彼女が私に失望した直接の原因となった、粗暴な行為。
その原因は、「彼氏としての責務」という強迫観念、いや妄想に近い代物だった、と考えられる。
私が彼女に「晩御飯作らなくていいから」と言ったのは、就職活動で苦しんでいる彼女に、手料理を作らせるなどという手間をかけさせることはしたくない、と感じたためで、本来彼女を大切に思う気持ちから発生したものだった。
しかし、いつしかそれは「彼氏たるもの彼女に苦労させてはならぬ」という強迫観念へと変わっていった。そして毎日の仕事の後、「家に帰ったら彼女がいるからお世話してあげないと…」という気持ちが先にたつようになった。休日のデートも本来楽しいからするものだったはずだが、いつしか「彼氏としての義務」を全うするためのもの、と思っていた。これらはすべてプレッシャーと化し、彼女へのいとしい気持ちをも失わせていっていた。私が考えていた「彼氏としての義務」、そもそもいったい何なんだろうか。
内容としてはこんな感じである。
・毎日仕事で疲れて帰ってきても、必ず彼女の相手をし、就職活動のグチを聞いてアドバイスする。
・彼女に家事をさせる手間を一切かけさせてはならない。手料理を作らせるなどもってのほか。
・休日は彼女とデートをするためにある。疲れているからといって寝てはいけない。
・プライベートはすべて彼女に捧げること。個人的な趣味より彼女を優先させる。
・彼女のプライベートは保護し、趣味を邪魔してはならない。
…これを彼女が本当に求めていたのか、というと、かなり怪しい。何しろそうしろ、とは一言も言われてないから。
逆に、彼女が私に口をすっぱくして言っていたことがある。
「無理しないでね。無理をして私につきあって、私のこと嫌いにならないでね。」
以前彼女には、そんな話をした記憶があった。女の子にあれもしなきゃこれもしなきゃ、と考えると、それだけで嫌になってくる、というような…。
つまり、彼女は自分が奉仕されることそのものについては、私に一方的なサービスは求めていなかった、ということになる。私が無理のない範囲で、つまり「やりたいな」と思う範囲でやってくれればそれでいい、ということだったのだ。
したがって、仕事で疲れて遅く帰ってきたのなら、休んでもよかった。
家事の手間も、無理ならする必要がなかった。料理だって彼女が勝手に作っているなら、それはそれでよかったのだ。むしろ彼女はそうして私に手料理を作ることで、私が喜ぶだろうと思っていたという。それを「手間をかけさせないため」と拒否するのは、逆に彼女にとって不幸である。
デートについても、彼女は別に毎回外に出ないでもいい、と言っていた。デートは二人で楽しく過ごすための手段の一つであって、それ自体が目的ではなかった。だから本当に疲れているなら、家でのんびり二人だけの時間を作っても一向にかまわなかったのだ。
彼女は、音楽という自分の趣味を確立していて、プライベートの重要性をよく理解していた。彼女は自分の趣味を大切にする反面、他人の趣味を尊重する姿勢があった。私にもプライベートをすべてささげることを、求めてはいなかった。だからこそ、ネットゲームをやっていても黙っていてくれたのだ。彼女が本当に「滅私奉公」を求めていなかったのか、は正確にはわからない――誰にも本当のところはわからんだろう。
ただ、何をやるにしても大前提として、
「彼女と一緒にいることで、私が幸せを感じること。」
ということがあったに違いない。
彼女は常に、気分屋の私の機嫌に気を使ってくれていたし、私が気分を落ち着かせてリラックスしているときは、本当に幸せそうな笑顔をしてくれていた。デートも何も、あくまで手段であって、それが目的ではなかった。だから、決して自分からそれは望まなかった。あくまで私に従っていただけだった。反論したところで私が逆ギレするだろう、ということを彼女は知っていたから。本当の「彼氏としての責務」って、一体何なんだろう?
そもそも恋人と付き合うのに「責務」と考えなきゃいけないものがあること自体、おかしい。
恋人のことが好きだから、一緒にいたいと思う。毎日声が聞きたいと思う。初めて会った日や誕生日を特別に感じる。何かプレゼントをあげて喜ばせたいと思う。ごく自然の気持ちがそのまま行動になって現れてくるはずで、責務でもなんでもない。やりたいからやる、それだけだ。
ただし、一つだけ考えなければいけないことがある。
彼女に何かするのは、彼氏としてのメンツや、自分の気持ちをパーフェクトに表すための自己満足で行うものではなくて、大好きな彼女を喜ばせるためにやる、ということである。
だから、本当に彼女が何をして欲しいのかをよく考えて、彼女の気持ちを満たすような行動を取る必要があるだろう。それがプレゼントなのか、デートなのかはわからないが、自分がやりたい、やれると思う範囲でできることを考えて、実行する。
もしそれで彼女が不満を言うようであれば――自分の手には負えないもの、と思って、どんなに素敵な人でもあきらめるべきだろう。
自分が選んだ、自分を愛してくれる女性であれば、決してひどいことは言わないはずだ。(03/1/2)