2−4.運命の出会いを求めて

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 恋人を作りたい……そう思っても、周囲に相手がいなければ何も始まらない。
 ある大学で生化学をやっている友人の場合、同じ学部にいる女性自体がとても少なく、2ケタに達しないらしい。研究熱心な方でサークルにも入らず、合コンを主催する人々と積極的なつきあいがある、というわけでもない。彼もまた私と同じ男子校出身だから(といっても女嫌いだというわけではないが)ともかく出会いは少ない――というよりほとんどないのである。
 私の場合、まだサークルでのつきあいがあるだけましである。部内の人間だけでなく、他大学の女性とも話をする機会を得た。しかし、だからといって必ずしも、その中に恋人となるべき人がいる、というわけでもない。自分の好みの女性がいないだけなのか、それとも自分を好きだと言ってくれる女性がいないのか、どちらかなのかはわからないが、ともかく、僕は恋人を作ることなく、ここまでやってきた。
 私は、特に私立の大学生と比べて、出会いの多い方ではない。いや、同じ大学の学生と比べても、自分から女性とのつきあいを避けてきた分、ずっと少ないかもしれない。他大学で純邦楽サークルに所属する学生たちと二度ほど合宿をしたことがあったが、女性とは一度として合奏したことがなかった。夜の飲み会で男女隣どうしに座ることがなかったら、私は女性と話すことは全くなかったかもしれない。飲み会で親しくなった女性にも、私は翌朝には「全くの他人」という態度を取っていて、自分から話しかけることは一切無かった。
 これというのも、私は女性に嫌がられたくなかったからである。いままでの経験から、自分がそうそう好かれる体質だとは思えない。前の晩の飲み会だって、酒が入っていたから我慢してくれただけで、シラフになってまでつきあおうなどとは思っていないだろう。同じく疎遠になるにしても、近づいて嫌がられるより、自分から遠ざかって行った方がいいではないか。

 私はこうすることで、多くの出会いを自分から拒んできたと言っていい。
 しかし、出会いがない、ということは、世の中にどのような女性がいるかもわからない、実は目の前に自分の恋人となるべき人がいたのに、それをみすみす見逃しているかもしれない。すてきな女性がいるということ自体わからない上、記憶にあるのは恐ろしいイメージのみ……これでは女性嫌いも直ることなく、ますます距離を置いていくことになる。

 好かれる自信が極端にない=モテない、ということは、自分に興味を持ってくれる人が少ない、ということだ。となると、恋人となるべき人と出会う確率がともかく低いということになる。
 そんな人が恋人を見つけようと思うなら、むしろ大量の人に出会う必要がある。モテる人はすぐに相手が見つかるが、モテないからには、かなりたくさんの人と会って話をする必要がある。――などという、あまり歓迎したくない結論が出てくる。自信がないからこそ、積極的に出られないというのに、思い切っていろんな人に話しかけろ、と言うのだ。そんなナンパなことできるかいっ!と言いたくなってくる。
 しかし、私が女性嫌いを直すきっかけになったのも、クラスの親切な女性であり、サークルや他大学の女性である。出会いによって、私は女性にもいろんな人がいること、必ずしも嫌な人ばかりではなく、いい人がたくさんいることを知った。確率論からも経験論からも、モテない人ほどいろんな人と話すことで、数少ない、自分にぴったりの相手を見つけだせるのだろう、と思っている。

 モテない人とモテる人、恋人探しはどちらが楽かというと、それはわからない。
 モテる人にはともかく候補者は多い。しかしその分、誰が”一番ぴったり”かはわかりにくい。そのためにいろんな人ととっかえひっかえつきあっていくことになる。恋愛を始めるのは簡単でも、かなりの数の「後始末」をやらなければいけない。恋愛の後始末ほど、どろどろしていてシャレにならないものもない。精神的にかなりタフでないとやっていられないだろう。
 一方でモテない人は候補が少ない上、本当に好きだと思う人しか寄ってこない。誰を選んでも”大ハズレ”にはならないだろうし、たくさんの相手とつきあう必要もない。よって後始末もほとんどしなくてすむ。最初につきあった人とそのまま連れ添うことになってもいいし、ほとんどはそのパターンだろう。ただし、その数少ない人を見つけるために、かなりのエネルギーを必要とする。何度もフラれて、自分のプライドも自信もどんどん崩される。しかし、恋人のできる時間は遅くとも、前の恋愛の後始末に苦労する必要はないのである。
 私は、ヘタにモテない方がいい、と思っている。相手にフタマタかけられたなら、それはそれで相手が悪かったんだし、そんなヤツとはつきあわん、と切ることもできるが、親しくしている二人の女性から同時に告白されたらどうしろというのだ。どちらかを選ぶとしても、もう一方へのダメージを避けることは絶対にできない。自分が傷つけられるのは、自分で何とかすればいいだけだからいっこうにかまわないが、相手を傷つけてしまうことはしたくない。その人が自分のことを「好きだ」と言ってくれているならなおさらである。
 どちらがいいか、というのは個人の性格による。他人への気配りのうまい人ならモテてもいっこうにかまわないだろう。

 さしあたり、私は出会いを増やすために、

・ホームページを開設する。
・あちこちの掲示板に書き込んで、自分をアピールする。
・チャットに挑戦してみる
・日本テレビが企画したサイト「ネットでガーデン」を利用する。

ということをやってみている。ホームページはそれ自体は知名度が上がらないが、ネット上の知り合いを集める場所として使える。掲示板への書き込みも、ホームページのアピールの一環だったりする。
 チャットは慣れないとなかなか難しい。しかも相手の顔が見えない状態で、全く知らない人と話すことになる。これ、実はかなり怖い。普段面と向かって人と話をするときは、相手がどういう関係の人なのか、だいたいわかっているし、当然自分の関係者である。しかし、チャットにはそんな手がかりが全くないのである!一体どういう人なんだこの人、と勘ぐり出すと、怖くなって冷や汗がにじんでくる。40分の軽いチャットを終えただけで、冷や汗びっしょりになってしまった。どこまで自分の手の内をさらすか、微妙な綱渡りをすることになる。これだけで知り合った人とオフラインでつきあうのは、非常に恐ろしいことじゃないかと思う。
 「ネットでガーデン」は、かなり優良なサイトと言っていい。お互いの持つ「カード」によって相手のことが多少でもわかるから、怖さを覚えることも少ない。一部の出会い系サイトのように、何か強烈にのめり込んでいる物事や知識がないと相手が見つからなかったりすることもない。気軽にたくさんの人との出会いが実現できるのである。一人の人とつきあうのもいいし、多くの友人を作るためにたくさんの人と連絡を取るのもいいだろう。しかし、このサイトも99年12月20日をもって閉鎖。たいへん残念である。

(99/11/2初出、02/10/4加筆修正)
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