――――― 壱 其の三 ―――――
 
 仙界の中心に位置する崑崙山。その頂上に、西王母とその娘の公主たち、そして数々の侍女たちが暮らす玉虚宮はあります。頂上といっても、その広さは人界の大きな町がひとつ、丸々収まってしまうほどですから、頂上というよりは台地といった感じです。
 崑崙山頂上は、すべての女仙と道姑を収める西王母の住まう地。ですから当然、男子禁制です。西王母やその公主たちに仕えるものの中にも、男子は一人もおりません。一様に女性ばかりです。
「ひゃ―――」
青峰の飛雲に乗って、清華と春麗がやってきました。見たこともない巨大な宮殿に驚いているようです。
「こんな大きな建物、仙界にあったんだ」
「崑崙山に登ったことなんてなかったから、全然知らなかったよね」
 そうなのです。清華たち一般の道姑や女仙は、たいていは崑崙山のふもとの周辺に住んでいます。道姑だけでなく、同士や男仙もそうです。ただ、住む地域だけはある程度区別されています。ですから、多くの道姑や道士は玉虚宮を見たことがありません。修行を積んで仙人として認められたときに玉虚宮に赴くので、女仙や男仙なら入ったことがあるのですが、経験の少ない道姑たちはまだ入ったことがないのです。清華と春麗も、そんな中の一人でした。
「春麗、清華」
青峰が二人に声をかけました。
「西王母様の御前だからといって、無理に緊張することはありません。最低限の礼節をわきまえ、西王母様や公主様たちに失礼のないように。それだけ気をつけていれば十分です」
「はい」
「わかりました」
二人が返事をする間に、飛雲は高度を下げ、地面すれすれまで降りていきました。目の前には、玉虚宮の壮麗な正門がそびえ立っています。
「さあ、行きなさい。もうすぐ時間ですよ」
二人は飛雲から降り、門をくぐって宮殿へと歩いていきます。二人の胸は、期待と緊張で高鳴っていました。



「頭をお上げなさい。固くなることはありませんよ」
西王母は笑って言いました。もっとも、西王母の微笑んだ顔以外の表情を見たことがある者はほとんどいません。何百年もの長きに渡り、不屈の微笑みをたたえて玉座に鎮座しているのです。
「青峰から話は聞いていると思います。あなたたちに、人界へ向かっていただきたいのです」
清華と春麗は緊張した面持ちで西王母の話を聞いています。固くならなくてもよい、言われても、やはり緊張するのです。
「今回のあなたたちの任務は、青銅版の結界を操作している原因を探し、見つけ出すこと。それ以上のことは要求しません。発見次第仙界に帰還し、それに関することを報告してください。あとはこちらで処理します」
そこまで言うと、西王母は傍らの九点玄女に命じて、何かを持ってこさせました。どうやら、服のようです。
「不測の事態に備えて、あなたたちに道着を渡しておきますね。私の三番目の娘が織ったものです。糸に私の仙力を込めてありますから、何かあっても多少のことならあなたたちの身を守ってくれます」
清華の道着は緑を、春麗のものは朱色を基調にしたもののようです。どちらもシンプルなものですが、控えめに飾られた刺繍は、それは綺麗なものです。
「娘は、もっと飾りをつけたいといったのですがね。九点玄女がそれをとがめましたので」
「飾る必要のないものですから。あくまで機能性が第一です」
九点玄女の、西王母とは正反対の凛々しい表情で言われると、なんとも迫力満点です。清華と春麗の緊張に、さらに拍車をかけてしまいそうです。
「では、出発は三日後。それまでに仕度を済ませて、西の冥門に来てください。そこから人界へ向かっていただきます」
「はい!」
二人は大きく返事をしました。元気がよくてなかなかよろしいことです。
「何か質問はありますか?」
「はい。あの・・・・」
春麗が口を開きました。少し考えてから、続けます。
「行くのは、私たちだけ、ですか?」
西王母は、ああ、と思い出したように手をポンとたたき、九点玄女に確認して二人に告げました。
「人界でもう一人合流することになっています。どんな者かというと・・・・」
西王母は、いたずらっぽく人差し指を口唇に当てて、
「それは、会ってからのお楽しみにしましょう」
二人は、はぁ、と、ちょっと気抜けした様子です。西王母は、二人がもう質問しないと判断すると、最後に言いました。
「他になければ、今日は終わりです。今回の任務は仙界の将来にかかわる重要なものですから、気を引き締めてしっかりやってください」
「はい」
 こうして、清華と春麗の初めての宮殿訪問は終わりました。二人はこの先の三日間、いつものように鍛錬する傍ら、人界へ向かう準備をします。
 そして三日後、西王母に指定された西の冥門から、二人が人界へと降り立ったのです。
  
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