――――― 一章 ―――――
 
 千葉県の北東部、東京ディズニーランドにもほど近い場所に、その建物はある。
 私立赤星学園、通称・赤学。中高一貫・六年制教育を掲げるその学校は、中等部652名、高等部963名の生徒数を誇るマンモス校である。広大な敷地の東側が中等部校舎、西側が高等部校舎で、中等部には本館と新館が、高等部には東校舎と西校舎がそれぞれある。
 高等部には、運動系・文化系合わせて32もの部活・サークルがある。その部活のなかで、野球部に次いで部費の高い部活、それが報道部である。
 その報道部の部室、通称プレスセンター。クリスマスも間近に迫った放課後。部長である瀬戸陽は、今朝キオスクで購入した新聞に目を通していた。4回目の読み返しである。
「ついに千葉にも現れたか…」
 緊迫するアフガニスタン情勢にトップを奪われてはいるが、その記事の脇に、トップニュースと並ぶほど大きなスペースを取っている話題。見出しは「ライフル殺人、今度は千葉」
「首都圏初のターゲットが、よりにもよって千葉とはね」
「ショックだよねえ。東京でも神奈川でもなく、千葉だもんねえ」
陽のつぶやきに、同じ報道部員の葉山奈央が相槌を打つ。
 最近、全国各地で犯人不明の殺人事件が多発している。犯行の手口は、種類の違いはあるものの、一様に銃器によるものだった。
 最初の事件は大阪。大手製造業の下請け企業の幹部が、残業から帰宅しようとしたところを殺害された。当初は通常の殺人事件として捜査がすすめられたが、いくら捜査をしても犯人につながる手がかりは毛ほども出てこなかった。
 大阪の事件が迷宮入りしようかと思われたとき、今度は福岡・静岡・仙台で同時に殺人事件が起こる。しかし、どの事件も犯人につながる有力な手がかりは、やはりなかった。
 そうこうしているうちに、事件の波は函館・金沢・長崎・長野に広がり、今回はじめて首都圏が狙われたのだ。いずれの事件も、手がかりはない。
「この寒い時期に、よくやるよねえ」
「お姉ちゃん、それはあんまり関係ないんじゃない?」
奈央の妹である牡丹が意見する。彼女も報道部員だ。
「でも、函館なんてもう雪降ってるよ?遺体は雪の中から出て来たって言うし」
「しかしなあ、どうしてこう幹部レベルの人間ばかり狙うんだろうな」
「最初は、そいつらに恨みでもあるとか、そいつがいると不利益を被るとか、そういった連中の仕業かと思ったけどね。でも、殺された人間の間には交遊関係が全くなかったらしいし、同一人物の犯行とはとても思えないからねえ」
「でも、手口は同じなんですよね。銃で頭を」
「ああ。全員が一発でしとめられてる。相当に腕が立つんだろうな」
「プロってことですか?」
「ありうる」
「ってゆーか、それ意外に考えられないんでしょ?だったらそういった組織を張っとけば早いのに」
「それができたらとっくにやってる、ってことさ。そんな組織、どこにあるんだか分かったもんじゃない」
「大手を振って『殺人のプロ養成』なんてやってることろなんて、ないですよね」
「当然だろ。それどころか、事務所みたいなのが存在するのかすら疑問だし」
そのとき、部室のドアが開いて女子が一人入ってきた。2年の藤本鈴音だ。
「こんにちはー」
「おー、リンちゃん。ちーす」
「何の話してるんですか?」
「昨日のライフル殺人です。瀬戸さんが新聞買ってきてて」
「あー、私も今朝ニュースで見たよ。嫌だよねえ。ここのすぐ近くなんでしょ?」
「そうなんだ。高層ビルが林立してる真っ只中の道路上。車を運転中に」
「車?窓開けてたの?」
「フロントガラスもぶち抜いたらしいですよ。徹甲弾ですよね、きっと」
「銃自体の威力もかなりのもんだろうね。フロントガラスと貫通させて頭を撃つなんて、普通の銃じゃ無理だろ」
本当に物騒な世の中になったな、と陽は思う。サイバーテロのほうが興味はあるのだが。
「日本が安全だなんて、もう言ってられませんよね」
牡丹の科白に、誰もがうなずく。「日本安全神話」は、既に崩壊しているのだ。いつどこで危険が降りかかるかわからない。
「大地さんが、これを記事にする、なんて言い出したら、牡丹ちゃん、覚悟したほうがいいわね」
「さすがに殺人事件にまでは首を突っ込まないと思いますけど…」
「大地はなんでもやるからねえ。首を突っ込まないとも言い切れないね」
「やだ、お姉ちゃん。ぞっとするからやめてよ」
「何かの拍子に死体見ちゃったりして」
「やめてったらー」
話の内容的に笑えないのだが、とことん仲のいい姉妹だ。この2人がこうして痴話げんかをしていても、部室の中はあたたかい。
(この雰囲気は大事にしたいよな)
陽は思った。
 
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