――――― 序章 ―――――
 
 足音が聞こえる。自分のものだけではない。他に、もうひとつ。
 学校帰りの暗い夜道。街灯もまばらで人気も少ないこの道を、安達夏樹は早足で歩いていた。胸に、言い知れぬ恐怖を抱いて。
 角を左に曲がる。すると、足音も同じ方向に向かってきた。今度は、急に立ち止まってみる。足音も止まった。ふたたび歩き出すと、また足音が聞こえてくる。

 恐い。

 ここ何日か、ずっとこんなことが続いている。夏樹は確信していた。ストーカーだ。テレビで何度か耳にしたことがある。あるニュース番組では、「行きすぎた愛情表現」と紹介されていた。それがまさか、自分が狙われるなんて。
 振り返るなど、できなかった。自分を狙っている相手の顔を見る勇気など、あるはずもない。恐怖に耐え切れず、夏樹は走り出した。あと角をふたつ曲がれば、自宅に着く。そうすれば安心できる。夏樹は走った。
 家に飛び込みドアを閉めると、すぐに自分の部屋にこもった。母親が自分を呼んだ気がしたが、耳に入らなかった。息が荒い。走ってきたこともそうだが、それよりも恐怖で足が震えている。

 恐い。
 どうして?どうして私なの?どうして―――

 涙がこみあげてくる。今日はもう寝てしまおう。そう思って、枕に顔をうずめる。ほどなくして、夏樹は深い眠りに落ちた。
 
 
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