――――― 四章 ――――― |
夏樹の自宅の近所に住んでいる。妻子はいない。仕事は画家。おもに人物画を描く。名前は、須田武夫。 半日の聞き込みで得た情報だ。意外と近所に知られている人物らしく、写真を見せただけで次々と情報が手に入った。 「正直、驚いたな。たった半日でこんなに情報が入るとは思わなかった」 「そうですね。おかげで調査は楽ですけどね」 「この辺じゃ有名人なのかもな。と、このあたりじゃねぇか?ほら」 大地が指差した電柱には、住所表示の入った看板がくくりつけられている。その住所は、陽達が手に入れた須田の住所と一致していた。 「探してみるか。画家だったら家にいるだろう。すぐにつかまるはずだ」 「どうする?別れるか?」 「一緒のほうがいいんじゃないですか?別班を呼び出す時間をなくなりますし」 「固まって行動しよう。効率は落ちるが、逃がす可能性は減る」 「オーケー、わかった。…夏樹ちゃん、どうした?さっきから何も言わないけど」 そう、夏樹は先ほどから一言もしゃべっていなかった。表情が引きつっている。 「ちょっと…緊張っていうか…」 「何も緊張することなんかないよ。私達だっているんだし、何も恐いことなんかないよ」 「う、うん…ありがとう、牡丹ちゃん」 そうは言ったものの、夏樹の表情は未だに引きつっている。 「まあ、見つかればどうにかなるだろう。とりあえずヤツを見つけ出すのが先だ」 3人はうなずいて、歩き出した。陽は通りの右を、大地と牡丹は左を見る。 10分ほど歩いて電柱の住所表示が変わったのだが、「須田」という表札は見つからなかった。 「おかしい…」 「なんでねぇんだ?」 「変ですねえ…」 陽は、少々離れたところで掃除をしている初老の男に聞いてみることにした。 「あの、すみません。このあたりに『須田』さんっていう方がいらっしゃるはずなんですが」 「ん?ああ、いるよ。あ、兄さん達、家が見つからなくて困っとるんじゃろ」 「ええ、そうなんです」 「そうじゃろうな。あの人の家には『須田』という表札はついておらん」 「へ?」 「『田窪』という表札がなかったかな?彼はそこに住んどるんじゃ。前のオーナーの表札がそのまま残っとるんじゃよ」 「ああ、そうなんですか。どうもありがとうございました」 「いいや、なんの。がんばりなされ」 「はい。失礼します」 何が『がんばりなされ』なのかよくわからなかったが、とりあえず3人に、「田窪」という表札を探すように指示する。すると、 「田窪?あれですか?」 牡丹が指差した先には「田窪」と書かれた、薄汚れた表札があった。大地が、ガックリと肩を落とす。 「近いな、オイ…」 「目の前にいて『見つからない』なんて言ってたのか…」 自分で言って、陽は情けなくなる。 (ま、見つかったからいいか) 「よし、行こうか」 陽は呼び鈴を押した。 「私立赤星学園報道部?」 須田は陽が差し出した名刺(のようなもの)を見て、怪訝な顔をした。 「ご存知ないですか?これでも千葉県内では割と有名なんですが」 「ふーん…」 須田は、全く興味なし、といった感じだ 「で、その報道部さんが、俺になんの用だい?」 「彼女に見覚えはありませんか?」 陽は視線だけで夏樹を示す。須田はしばらく夏樹を見たあと、言った。 「いや、知らないね」 「またまた、とぼけちゃって」 陽が、須田を嘲るような口ぶりで言う。 「いや、本当に知らないね。誰なんだい、この子は?」 「そうですか。あくまでとぼけるんですか」 「とぼけてるんじゃないよ。本当に知らないんだ」 陽は呆れた様子で、首を横に振る。 「これでも、まだとぼけるつもりですか?」 写真を差し出す。体育祭の時の写真だ。 須田の表情が明らかに変化した。 「な、なんだ、この写真は?」 「何を言ってるんですか。あなたですよ」 「これがどうしたっていうんだ。俺は何も知らないぞ」 「何も、知らない?」 「そうだ!名前はおろか、携帯の番号なんて知るわけがない!」 「携帯の番号?なぜそんな言葉が出てくるんです?」 「な…?」 「僕は携帯の番号なんて一言も口にしていない。それなのにどうしてそんなことを言い出すんですか?」 「そ、それは…」 「簡単なことです。あなたが彼女の携帯番号を知っているからだ」 「…」 「違いますか?」 「…謀ったな…」 「失礼な。あなたが勝手に言い出だしただけですよ」 須田は、それ以上は何も言わなかった。沈黙が流れる。数分は経過したかと思われたとき、須田が口を開いた。 「知ってて、何が悪い」 「はい?」 「俺はな、この子をモデルに絵を描きたかっただけなんだ。それの何が悪い」 「認めるんですね、ストーカー行為を」 「ストーカー?ストーカーなんかしてないさ。この子に近づいただけだ」 「その近づき方が問題なんですよ」 「何…?」 「ストーカー規正法を知ってますね?」 「…聞いたことはある」 「ある一定の継続的な行為によって特定の人物が精神的・肉体的被害を負った場合、その原因となった人物は刑事裁判にかけられるんですよ」 「それが、何か?」 「彼女は、精神的な苦痛を味わいました。その原因は、あなたです」 「…!!」 「彼女が訴えれば、あなたを法廷で裁くことができます。そうなった場合、まあ有罪は確実でしょうね。こちらにはきちんとした証拠もありますから」 「ふざけるな!!俺は犯罪なんか犯しちゃいない!!俺は何も悪いことはやっちゃいないぞ!!」 「いいかげんにしてください!!!」 突然、それまで黙りこくっていた夏樹が大声で叫んだ。 「どうしてそんなことが言えるんですか?あなたには私の味わった苦しみはわからないと思いますよ。でも、それをこうして訴えてるのに、どうしてあなたはそうやって平然とかまえていられるんですか!!」 今度は、須田が黙りこんでしまった。 「あなたは男だからこんなことはないでしょうけど、でもやられたほうはすごく辛いんです。帰り道が恐くなって、学校に行くのが嫌になって、そのうち全く外出できなくなるんです。この苦しみがわかりますか!!!」 言いたいことを一気にまくしたてて、夏樹は泣き出してしまう。牡丹がそれをなだめる。大地が口を開いた。 「須田さんよう、この子をモデルにしたいと思うのはかまわない。よりよい人物画を描きたいと思うのは自然なことだと思うよ。でもさ、だからって何してもいいってワケじゃないんだぜ」 「好きだからって、何をやっても許されると思ったら大間違いですよ。どんな事情があれ、あなたがしたことは犯罪なんです」 陽が言う。 「彼女に、謝っていただけますか?」 陽の問いかけに、須田は黙ってうなずいた。そして。 「…すまなかった」 ただ一言、そう言った。 「ありがとうございます。それから、もうひとつ」 須田が、何事か、と顔を上げる。 「分かってるとは思いますが、もう2度とこんなことはしないと約束して下さい」 「…ああ。約束する。本当にすまなかった」 その言葉を最後まで聞いて、陽は立ち上がった。 「行こうか」 3人も立ち上がった。そして玄関のほうへ歩いて行く。 「須田さん」 陽が振り向いて言った。 「いい絵を、描いてくださいね」 陽は今度こそ玄関に向かって歩き出した。 「なんか、意外と聞き分けのいい人でしたね」 「そおかあ?最初のほうは全然とぼけてたじゃん。聞き分けがいいわけじゃないだろ」 「でもまあ、一応解決したんだよな。よかった」 「もう、一人で帰れるね。夏樹ちゃん」 「うん。みなさん、本当にありがとうございました」 夏樹は、深々と頭を下げた。 3人は不思議な人たちだ、と夏樹は思う。ときには楽しく、ときには優しく、またときには感情をストレートに出して怒ったりする。 そして何より、3人の間は「報道部の仲間」以上の絆で結ばれているような気がした。 (ちょっと、うらやましいな) でも、陽も牡丹も大地も、自分を「友達だ」と言ってくれた。短い間だったのに、何度も何度も言ってくれた。 (友達って、やっぱりいいな) 空は蒼く晴れ渡っている。冬の訪れを告げる冷たい風が、夏樹の髪を揺らしていた。 |
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