全てが元通りとなった美しいトロデーン城。
婚礼という名の祝宴の中、時も場所もシチュエーションも選ばず女性を口説き始めた男が一人。それはもうこれまでに旅の仲間たちに見せてきた人助けは面倒だの俺ってばなんて不運だの嘆く態度は微塵も見せず、ただただ情熱的に、世の中は素晴らしいとかき口説いていた。
本人して自信があるのだという声を響かせ青い瞳で熱っぽく見つめ、メイドらしき少女に愛を語っていた。

それを見つけたのは一人の少女。
彼女はその手のひらに集めていた炎の塊をぶつけてやろうかと標的を前方のそれにさだめたが、それこそ罪のない人を巻き込んで這い置けないと思い直し、空に向かってぽんと打ち上げた。音を立てて爆ぜる炎。拍手喝さいで喜ぶ子供たち。ああ、私も我慢強くなったものだわ。そんなことを思いつつシャンパングラスを傾けているとどたどたとあわただしく現れたのは旅の仲間の一人、元盗賊。
右手に骨付き肉、左手にビールジョッキという装備で現れた彼は出っ張った腹を大きく揺らし、げらげらと笑いながら口を開いた。



「ゼシカの姉ちゃんも大人になったもんでげすなあ。あっしはてっきりぶつけちまうかと思ったでげすよ」



初めてであったときに今のものよりも大分威力は落ちるものの、それでも立派な火球をぶつけられそうになった経験を持つ男の笑いながらのコメントに、ゼシカは真面目な顔をしてうなずいた。そうよねえ、前の私なら確実にぶつけてたわ。




「しっかしなんでそんなに怒ってるんでがす?いつものことじゃねえでげすか」

「ええいこんなところでナンパするやつがあるかーっ…っていう」

「あいつにこんなところもどんなところもねでえでげすよ」

「せめてみんなから見えないところでやんなさい!って思わない!?ほらさっきからあの人とかそれはもう嫌そうな顔してるし」

「えっそれでいいんでがすか?」

「えっだって根本的解決は死なないと無理じゃない?開放感から浮かれてるのかもしれないしちょっとは見逃してるんだけど」

「まあ久々見るでげすがねぇ、旅のあいだにちったぁ落ちついたかと思いきや…あいつの破廉恥っぷりも相変わらずでげす」

「そうよねえ。あ、あの人たちミーティア姫の護衛のときついてきた女の人じゃない?」

「おお、そうでげすそうでげす。なんだかすげえおっかねえ顔して…おおおっ」

「うわぁあ痛そうあれ爪ひっかかってるわー」

「女のビンタほどおっかねえもんはねえからなあ」

「ゲルダさんにやられたことあるの?」

「昔はしょっちゅうでげすよ。若かったんでげすな」

「そういえばうちの母さんも父さんが生きてたころは平手打ちしてたって話よ」

「良家のお嬢様じゃないんでがすか、姉ちゃんは」

「うちの父さんほんといくじなしだったみたいでね、母さんがそうやって気合入れてくれないとがんばれなかったみたい」

「ははぁ、そういう使い方もありやすなあ…しっかしなんで修羅場になるって分かっててああいうことをすんでげすかねえ。あっしにはわからんでがす」

「あたしにもわかりません。まあミーティア姫に手を出さなきゃいいんじゃないかな」

「わわわ、そんなおっかねえことしたら兄貴がきっと一思いに止めを刺しやす」

「きっとトロデ王に呪い殺されるわ」

「げすげすげす!おっさんの呪いは強そうでがすなあ!」

「きっと姿を緑色の魔物みたいにされちゃう呪いよ!?」

「げーすげすげすげす!そいつぁ美男子になっちまいやす!」








おおわしのことを呼んだかっと現れたトロデ王をおっさんいつの間に!とお約束で迎えながら考える。もしこのハレンチ男がラプソーンの呪いを今受けて、魔物化したら今のような行動を反省するだろうか。
そのうち聞いてみようと男のいたほうを振り返ればそこには誰もいなかった。…おや?



「…あーあー」

「ありゃ、結構、アレでげすなあ…」

「残念ながら、私ザオラルしか使えないから死んでもらわないと。あれ、まだ生きてるわよね?」

「残念でげすが、あっしはベホイミしか使えねえんで回復がおっつかないでげす。あれ、まだ生きてると思うでがすよ」

「女って怖いわねえ」

「ほんとでげすなあ」




笑いながら彼らはグラスとジョッキを打ち鳴らした。
ああ麗しきトロデーン城に、戦友の未来の幸せに、乾杯!











視界の端にちらりと屍が映った気がしたが、二人は見えなかったものとした。
どんな時でも反省する時間というものは必要なものだと考えたからである。