主な目次
はじめに
「コントロールタイド方式による堰開放:汽水域の回復」
ハーリングフリート現地報告
なぜ河口はとても豊かなのか
生態系の経済的価値計算
あとがき
オランダ・ハーリングフリート河口堰視察報告書
2002年8月 〜生態系の回復をめざして、2005年堰開放〜
はじめに
私はこの夏、オランダ・ロッテルダム近くにある「ハーリングフリート河口堰」を訪れた。ライン川の最下流にあるこの河口堰を開放するとの新聞報道がなされたのが、2000年9月。それ以降、深刻な水質汚染の芦田川河口湖を何とかしたいと考えていた私は、ハーリングフリート堰開放の内容について検証したくて、現地視察をずっと考えてきた。国際的にみても河口堰を開放することは珍しく、まして、国土の1/3が海面下というオランダで”なぜ”との思いが強くあった。
さて、芦田川河口堰建設当時(1972年着工、1977年完成)を振り返ってみると、当時の開発優先のご時世では、残念ながら、河口堰建設による環境破壊や生態系の破壊に着目して声を上げた人はほとんどいなかった。私が知りうる限りでは、公害問題に真正面から取り組んでおられた広島大学の先生ただ一人だった。
そして、ほとんど議論らしい議論がなされることなく建設が始まった。工業化のための取水を目的として。
だが、当然のことだが、工業の発展とは裏腹に堰建設直後から環境破壊が始まった。堰建設直後、一時的に「異常繁殖」したシジミも全滅、魚の遡上もなくなった。また、地下水位の上昇により河口堰付近の畑や家が浸水し、その対策として多額のお金をかけて矢板を打ち込んだ。堰の影響は、上流の河川部だけでなく、下流の海洋部にも及んだ。予想しなかった?堰下流へのヘドロの堆積、干潟の消失、海苔の不作と言及すればいくらでもある。
堰建設により、汽水域の消滅という生態系破壊をはじめ、豊かな芦田川下流域の環境は破壊されてしまった。これまで「環境はタダ」との発想で、豊かな自然の恵みの経済的価値をちゃんと評価することなく、工業的価値優先の流れのでは、自然や環境は保全の対象でなく破壊の対象であった。
堰完成から25年を経過した芦田川河口湖を見つめ直してみると、異臭を放つ「川」になり下がってしまった。酸欠でぷかぷかと浮かぶフナやコイ、絵の具を流したようなアオコ、ユスリカの異常発生とその対策として全国でも稀な180基を超える誘蛾灯群が立ち並ぶ。環境悪化はピークに達している。
「クサイ、キタナイ、サカナもイナイ」芦田川だが、この惨状を何としようと行動を起こし始めた人が徐々に増えつつある。ちょうど8年前、芦田川の上流から下流の住民団体が結集して「ネットワーク芦田川」を結成した頃は、まだ河口堰の開放を求める声は小さかった。しかし、今年2月、芦田川河口堰の全面開放を目的に「芦田川ルネッサンスネットワーク」ができたが、このことは芦田川河口堰への関心が高まってきた証左でもある。
さて、冒頭ご紹介したオランダ・ハーリングフリート河口堰開放の大実験は、私にとっても、また福山市民にとっても極めて大きな意味を持つものとの確信し、現地へ連絡を取るため動き始めたのが今春。現地への連絡に少々時間を費やしたが、最終的には「公共事業チェックを求めるNGOの会」と「長良川河口堰建設をやめさせる市民会議」代表の天野礼子さんのご協力を得て実現した。
幸い現地で説明をしていただいたスタン・カークホフスさんは、「ハーリングフリート河口堰の新たな管理」プロジェクト・マネージャーで、2000年12月「交通公共事業水管理省」を代表して来日されている。長良川河口堰をはじめ日本の状況を把握されている方で、説明を聞いたり現地へ行くことで多くのことを学び取ることができた。改めて感謝したい。
この報告書は、現地でのカークホフス氏の説明、そしてハーリングフリート河口堰に関する公式ホームページと「長良川河口堰建設に反対する会」発行の「長良川ネットワーク」を参考にして作成した。
この報告書は、私的レポートではあるが、オランダ政府による生態系回復の一大プロジェクトの内容を少しでもお伝えできればと思い作成した。
「コントロールタイド方式による堰開放:汽水域の回復」
1970年、ハーリングフリートにあった汽水域が北海と切り離された。これは、ライン川、マース川、シェルト川河口にある居住地を洪水から守るための大規模な計画の一環である。安全確保の他、より効率的な水管理と淡水の供給を目的としていた。しかし、ハーリングフリート湾とビーズボス湿地で深刻な生態系の破壊が起こった。オランダ政府は、近い内にハーリングフリート河口堰を開口し、長期的には堰の段階的に開放を進めていく。この方法を進めることで、汽水域の生態系が回復するものと期待している。
ハーリングフリート閉鎖による影響
1953年、大洪水が発生し、オランダ南西部の住民1,800名が犠牲になった。そこで、この地域を洪水から守るため、デルタ計画が実行(1958年デルタ法を制定)され、ハーリングフリートダムによってハーリングフリートの汽水域が閉鎖されてしまった。この堰では、上流河川の淡水は排水するが、干潮時のみの堰の開放ゆえに塩水の流入が遮断される。
ハーリングフリートを閉鎖することで、ハーリングフリート付近の汽水域と淡水域で干満のある貴重な湿地だったビーズボスで、深刻な生態系破壊が起こった。砂州や干潟やクリーク(入り江)のある広大な潮間帯が消滅してしまった。その原因は、干満による変化が少なくなったためだが、波の当たる高さが同じ位置となったため、生態学的に貴重でなだらかな川岸が陥没し、急勾配なものとなった。また、塩水と淡水の混ざり合いがなくなり環境が急激に変化するために、鮭のような魚が回遊できなくなった。さらに、淡水魚の内、海で生まれたものは、川の水を放流する過程でほとんど死滅した。この放流された淡水は、岸に沿って流れ、岸辺に住んでいる魚や海洋生物にとって悪影響を及ぼすこととなった。堆積土はホランズディープ湾とビーズボス湿地で予想以上に早いスピードで進み、長期的に考えると、洪水の危険性を高め、船舶航行に必要な水深確保のための浚渫費に、膨大なコストがかかることとなった。
ハーリングフリートでの新しい目的
オランダ政府は、ハーリングフリート河口堰の堰管理を変更することで、ハーリングフリートとビーズボスの生態系を回復ができ、また、この地域での継続した経済活動としての水利用と洪水からの安全性が保証されることを期待している。3つの代替案と現行の堰管理を比較し、汽水域の生態系に与える影響とデルタ地域での継続した経済活動の可能性について、環境アセスメントの中で検討された。代替案は次のとおり。ストームサージバリアー(高潮防波堤)代替案は、異常潮位時のみ堰が閉じられる。コントロールタイド(潮汐調整法)代替案は、1/3のゲートを95%程度の期間開けておく。ブロークンタイド代替案は、ゲートを不規則に開けるものである。
ストームサージバリアー代替案を採用すると、汽水域の特徴的な生態系の回復や生物多様性が回復できる。ダム建設以前存在した淡水と海水の混ざり合いがほぼ回復し、潮間帯が再び回復するだろう。しかし、この代替案を実施するには多額なお金が必要となる。推計補償金は4億6千万ユーロ(552億円)に及ぶ。コントロールタイドは、ストームサージバリアー代替案と比較すると少々劣るが、根本的な生態系の回復が計られる。多少人為的な管理が伴うが、自然の営みが回復する。淡水の利用に関しては、ストームサージバリアーと比べても問題は少ない。農業用水や飲料水の取水口の変更などに対する推定補償金は相当少なく1億7千万ユーロ(204億円)となる。ブロークンタイド代替案では、汽水域の生態系を回復することができない。
ストームサージバリアーを採用した場合、コントロールタイドと比べて余計にかかる費用に見合う生態系の回復を計ることができない。したがって、政府としてはコントロールタイド方式を選択した。補償については堰管理変更前に実施する。コントロールタイド方式を採用する場合、補償実施には最低10年から15年かかるだろう。コントロールタイド方式の初期段階としては、95%の期間、最大10%堰を開放する。農業用水の取水口の変更や上水確保のための初期段階での補償には、5年の歳月と3千万ユーロ(36億円)必要となる。その後、堰をさらに開けるかどうかについては、水利用や海への影響が少ないことが前提となる。このコントロールタイド方式によって、回遊魚が堰を行き交うことができる。
さらに、自然循環を回復することで、生物種、野生生物生息地、湿地などにいい影響が出ることを期待している。
※この報告書では、1ユーロ=120円として計算。
ハーリングフリート現地報告
a.カークホフス氏からの説明
経過と現状
ハーリングフリート河口堰建設の動機は、1953年の大水害。1970年に建設完了、締め切られた。目的は、安全確保(治水対策)、農業用水や飲料水の確保、船舶航行の利便性確保。
堰は通常締めているが、上流の河川部の水位が高くなった干潮時にのみ堰を開ける。 河口堰で河口を締め切ると、汽水域が失われ、水質が悪化した。また、土砂(シルトなどのヘドロ)が堆積し、この流域のダイナミズムが失われ、真水域の潮流が失われた。
水質汚染に関しては、上流域(ドイツの工場)の廃水処理が進み、'70年代、'80年代、'90年代と徐々にきれいになっている。
堰を上げると、淡水は下流の海に流出し、塩水が流入してくる。したがって、補償が必要となり、技術面での検討も必要となる。
ハーリングフリートの立地条件は、本流は一本であるが、支流が多く相互に影響しあっている。また、淡水を利用している農家がたくさんあり、工場も1社ある。
最近できた新しい堰(ハーリングフリートの南西)は、いつも開けた状態で、嵐の時だけ閉める。1985年、環境意識が高まる中で、工事費のかかるより高度な堰を造ったが、1970年当時は安全確保や淡水化ということが優先していた。
堰で締め切ると淡水化し、生態系、動物・植物相が破壊された。この状態を回復するには、塩水と真水の混ざり合いが必要である。そこで、環境アセスメントを行い、堰管理の変更ができないかを検討することとなった。
3つの代替案
そこで、3つの代替案について研究を始めた。農業用水、工業用水、飲料水、漁業など、あらゆる面から検討した。その結果、「コントロールタイド」という方法を選択した。この方法は、堰の1/3を半開きの状態にし、徐々に生態系の回復を進めていくもの。そのことで、魚の遡上が可能となる。しかし、開いている割合が小さいため水位は変わらない。
次に、全体のシステムがどのようにうまくいっているかを検証し、問題が生じた場合はその原因を突き止める。そして、補償について検討する。
さらに堰を上げると、水位の変化が起こり、さらに補償が必要となる。水位が変化することで、船の航行に影響するため、浚渫が必要となる。
b.カークホフス氏への質問
●上流の汚染した水が流出することによる海への影響は。
堰上流の水は干潮時に流しているが、ドイツなど上流域の取り組みにより、以前(20〜30年前)ほど水は汚れていない。理想的とはいえないが、問題になるほどではない。汚染した土砂(ヘドロ)は、特別な貯蔵施設で浄化する。
----芦田川の写真(誘蛾灯とアオコ)を見せると......
→→ここの水はこんなに汚れていない。ここではユスリカは発生しない。芦田川に比べると水質は極めて良好。しかし、植物・動物相が破壊され、土砂(ヘドロ)の堆積という問題が発生している。汽水域の回復、生態系の回復を目指している。
「コントロール・タイド」方式の採用で、川全体のダイナミズムが回復し、堆積土も減る。堆積土があると船の航行に支障をきたすため浚渫が必要となる。しかし、ダイナミズムが回復することで浚渫費用が削減できる。また、50年、100年と長期的に見れば、土砂の堆積が防げ現状より少なくなるため、安全性の確保もできる。目的とするところは、生態系の回復である。この方式は徐々に開放していくやり方だが、実施するにあたっては、まず3200万ユーロ(35億円)の補償金が必要となる。その内訳は、飲料水の確保のため、取水用パイプライン移設のため、そして、2カ所の運河建設のためである。
また、生態系の回復とあわせ、塩分の流入についても考えなくてはならない。なぜなら、塩水が混ざれば、補償範囲が広がるから。そこで、船舶会社や水道公社と契約を結ばなくてはならない。
●新しい堰管理を実施するにあたっての問題は。
まず、コミュニケーション(対話)である。いろんな団体への説明や説得に多くの時間を要した。1988年の第3次報告書での堰管理の検討開始から、1998年の第4次報告書で「コントロール・タイド」方式の採用を決めるまでの10年間、もっとも力を入れたものはコミュニケーション(対話)で、環境への影響、安全確保などについて、特に2、3年間は大変な時期だった。会社がここで事業をしているのなら、引き続き現在地で事業をしたいと思うだろうし、その既得権を尊重しなければならない。
新しい堰管理で悪影響が出るならば、補償を考えなくてはならない。お金は重要なものである。塩水を流入させることによる補償も考えなくてはならない。
●芦田川河口堰開放に関連して、高い工業用水は買わないと言う意見があるが、それに対するご意見は。
物事を変えようとすれば、必ずお金が必要となる。オランダ政府の場合は、物事をすすめようとしてマイナス面が出るようであれば、補償をちゃんとする。日本の場合も当然補償金は要るし、現状を変えることにはお金がかかる。
オランダ政府の場合、堰管理方法の変更が必要で、そのための投資をし、補償をしようといっている。
●市民の同意についてのお考えは。
この地域の住民の最大の関心事は安全性。1953年の大水害を覚えている。そこで、堰管理の方法を変更すると、安全性はどうなるのだろうとの心配が出てくる。
そこで、安全確保はちゃんとやる。この点は最も重要なことだ。
堰管理の方法が変わることによっても、安全性が確保でき、変更に伴う弊害が出るわけでないため、住民からは理解を得ていると考えている。農家にとっては、用水の確保ができれば問題ない。堰管理の変更で影響が出るかもしれないが、オランダ政府は堰管理に責任をもっているし、「生態系の回復は重要なので、そのための財政出動を行う必要がある」との立場をとっている。
オランダでは、多くの住民が何らかの環境保護運動に関係しているので環境意識は高い。住民はどこでも、自分たちの住んでいるところの環境保護に異論はない。と同時に、私たちには国際的な責任もあるということを忘れてはならない。なぜなら、世界的にみて、汽水域がどんどん失われているから。また、この汽水域から多くの収入を得ることができることも。
多くの方から支持を得ているし、いいプロジェクトだとして、環境保護団体からも強い支持を得ている。国の担当大臣が孤立することもなく、もちろん農家の人とも対話を進め、賛同を得ることができたし、農業自然開発省からの支持も得た。
物事を変更しようと思っても、孤立していればうまくいかないだろう。管理方法を変更するには協力団体が必要だ。「コントロールタイド」方式の堰管理方法は、安全確保の上からも、環境保護の観点からも、またすべての点からも、よりいい方法だと確信している。しかし、長い時間を要するということを指摘しておきたい。ことによれば、数年間かかることもある。
1970年代には、開発によってお金儲けをすることがいいことだと思われていたが、それには限度がある。それに対する補償も払わなくてはならない。
また大企業には、環境を守る責任がある。また、環境保護には時間とお金がかかるもの。したがって、政府が補償に力を注がなくてはならない。
●長良川などを見てのご感想は
広い空間がない。住宅が川に競ってきている。そこで、高い堤防が必要となるが、オランダでは、堤防はいるが川にはもっと空間が必要だと考え、堤防の付け替えもする。そのことによって、川の水の調整能力を確保する。
日本では技術的なことで問題解決を図ろうとする。しかし、芦田川の誘蛾灯を見てわかるように、水質改善のため根本的な施策を進めるべきだ。総合的な解決策が必要だ。技術的な解決だけでは部分的にしかうまくいかない。問題は水質改善にある。そのためには、代替案が必要で、それによる効果、適切な解決策へとつながっていく。自然環境の回復、動物・植物相などを回復させる。
家庭や工場からの廃水処理と堰管理の変更を平行して行うべきで、解決方法としての代替案を考えるべきだ。
「長良川ネットワーク」Vol.25の講演録から
「水門の操業体制(堰管理の方式)を変えるための決定にたどり着くためには随分時間を費やした。かつてハーリングフリートを淡水化しようと選択した人々にとっては、そう簡単に気持ちを切り替えられるものではない。以前に出された決定を修正もしくは改訂する時には、多くの議論と情報の公開、そしてさらには政府当局などにおいて新たな人材の登用といったものが必要だろう。
市民との対話が最重要だ。」
スタン・カークホフス氏:
「ハーリングフリート河口堰新たな管理」プロジェクト・マネージャー 2000年12月、交通公共事業水管理省を代表して来日。1991年、内陸水管理・排水処理(RIZA)研究所に勤務。ここでライン川およびムーズ川の生態系再生に関わる数多くのプロジェクトに従事、1997年よりロッテルダムの南オランダ地方相互水管理局にて、オランダ・イゼール川の水浄化プロジェクトを手がけた。
なぜ河口はとても豊かなのか
ヘンク・サエージ氏(ライクシュタット州水管理局主任アドバイザー)の講演要旨から
「長良川ネットワーク」 Vol. 26より抜粋
○河口部に位置するデルタ地区は驚くほど肥沃である。ちょうど陸と海との間に位置し、その背後には港町が広がり、川は通常航行のために使われている。
○河口部はすばらしい食物の宝庫である。肥沃な堆積物がたまっている。
○河口部には価値の高い汽水域があり、水質は淡水から海水へゆるやかに変化している。
○典型的な河口部的形態があり、そこには潮の活動のある部分、海水の沼地、干潟、汽水域、そして淡水の部分もある。
○汽水域においては非常に数多くの有機物質が生まれたり死んだりする。
○この有機物質はむらさき貝やゴカイ、ザル貝のような「フィルターフィーダー」(フィルターの役割の意味)によって簡単に消費される(※干潟の浄化作用)
○河口は世界で最も生産性の高い生態系であり、生態学的、経済的にも非常に価値が高く、多くの可能性を秘めている。
○これは川が多くの栄養分を運び、それにより河口部は高いレベルでの第一次生産をすることができることを示す。
○河口部は何十億という幼虫を生産し、それにより年間を通して動物性プランクトンを近隣の沿岸部に提供することとなる。それにより沿岸部はとても肥沃な地帯となるのである。
○「フィルターフィーダー」によって、沿岸部での藻や赤潮の発生を防ぐ。
○世界の川の平均の生産物や恩恵の出来高は、年間1ヘクタール当たり21,000ドル(252万円)と推定される。
河口部の破壊の経済的打撃を説明するために、我が国の例を挙げよう。オランダはライン川とマース川のデルタ地区に位置し、20世紀において我が国の河口部86万6千ヘクタールの内、53%にあたる47万ヘクタールが沿岸部の工事により破壊された。そのために自然の生産物やサービスは大きな損失を受け、その額は年間100億ドル(1兆2千億円)と推定される。そしてこれまでの総額としては、2200億ドル(26兆4千億円)の損失となる。
年間80億ドル(9,600億円)の純生産高を得るため、我々は自然の価値を考慮に入れなかったために、これだけの損失を被ったのである。このように川や河口は隠された資産、財産である。意志決定の段階において、このような自然の機能はあらゆるところでないがしろにされているのだ。
※1ドル=120円として計算
生態系の経済的価値計算
カーステン・シュイジ氏(ロッテルダムエラスムス大学研究員)の講演要旨から
「長良川ネットワーク」 Vol.25より抜粋
これまでの50年間でライン川が持つ自然生態系の機能は、合わせて286億ドル(3兆4,320億円)の価値を生んだと推定できる。つまり、50年間にわたって人間がラインの生態系機能を侵害し、ラインの自然が持つ4つの機能、すなわち清浄な飲料水のための自然浄化設備、魚の生産、自然に本来備わっている価値、自然の保水能力の破壊によって生じた経済的損失はおおよそ286億ドルとなる。この試算に関する最終レポートは、2001年の初めに出版される予定である。
人間による生態系開発プロジェクトによって負の影響をうける様々な自然機能に、経済的価値を設定することによって、この研究は生態系機能が失った価値を明らかにしようとした。これらの価値はあらゆる将来の政策決定過程や、ダム建設も含む、自然水域の管理過程においても認識されるべきである。なぜなら、人間の生態系開発によってもたらされた損失は、社会全体が背負わなければならないものだからである。
このように、生態系の経済的価値計算によって、生態系機能を費用対効果分析に組み込むことが可能となった。そこで、この手法によって、これからは川の自然機能の破壊または損失に対する価値判断を、ダム建設などの政策決定過程に組み込める可能性がある。もし実施されれば、大規模ダムなどのプロジェクトの意志決定を経済的見地から、より効率的に下すことができるだろう。この価値計算はまた、日本のように自然の河川水域の価値をほとんど認めない国々にとって、これから最も重要なポイントとなるだろう。
●「長良川ネットワーク」は、
「長良川河口堰建設に反対する会」の発行です。
〒500-8432 岐阜県岐阜市なわて町2-2
TEL: 058-272-8495
FAX: 058-271-8279
HP http://nagara.ktroad.ne.jp
●ハーリングフリート公式HP http://www.haringvlietsluizen.nl
オランダ・ハーリングフリート河口堰視察報告書
発行責任者:村田民雄
発行日:2002年10月1日
連絡先:NPO法人 e&g研究所
〒720-0812福山市霞町4丁目1-25
Tel/Fax: 084-924-4435
e-mail: e-and-g@mx41.tiki.ne.jp
あとがき
日本で入手できる情報から判断して、オランダ・ハーリングフリート河口堰の管理方法を大幅に変更する理由は、水質浄化に重きをおいてのものと考えていた。しかし、担当責任者から説明を受け、現地を視察をした結果、そのねらいは水質改善というより生態系の回復にあることが分かった。とりわけ、塩水と淡水が混ざり合う汽水域での生態系の回復が、プロジェクトの中心に据えられている。その生態系の回復には、当然補償が必要となるが、「オランダ政府は堰管理に責任を持っている。生態系の回復は重要なので、そのための財政出動を行う必要がある」との立場で、国の責任で誠意を持って対話を重ね、交渉し、支払うとの力強い決意が伝わってきた。
ところが、日本での政策というと、どうも技術論優先に思えて仕方がない。原発政策もそうだし、温暖化対策をみていてもそう思う。このことが問題の本質的な解決を遅らせている。例えば、温暖化対策について本質的な対策をないがしろにし、技術優先で切り抜けようとするが故に、日本の温室効果ガスは1990年レベルと比べ10.5%の増加となったしまった。省エネを徹底し、エネルギー効率の向上に力を入れてきたドイツは、すでに18%の削減に成功している。
このことは、河川政策についても言える。この度のオランダ訪問で説明をお願いしたカークホフス氏は、「日本では技術的なことで問題解決を図ろうとする。総合的な解決策が必要だ」とおっしゃった。河口堰問題の本質とは、技術を駆使し水質を改善するというよりは、生態系の回復といった根本的解決を図ることにあるとの確信を得た。
もう一つ、この報告書を書いていて痛感したことがある。それは、これまで自然が持つ価値をちゃんと評価してこなかったことだ。自然はタダ、環境もタダとして、破壊の限りを尽くしてきた。汽水域が持つ莫大な価値について、見向きもしてこなかった。この点に関しては、カーステン・シュイジ氏が「生態系の経済的価値計算は、日本のように自然の河川水域の価値をほとんど認めなかった国々にとって、これから最も重要なポイントとなるだろう」と述べているが、この発言を真摯に受け止めるべきだと思う。
いったん壊された生態系を回復することは容易ではない。しかし、その可能性をオランダ政府は河口堰開放を実施することで証明しようとしている。カークホフス氏は「かつてハーリングフリートを淡水化しよと選択した人々にとっては、そう簡単に気持ちを切り替えられるものではない。以前に出された決定を修正もしくは改訂する時には、多くの議論と情報の公開、そしてさらには政府当局などにおいて新たな人材の登用といったものが必要となるだろう。市民との対話が最重要だ」と講演で発言されているが、まったく同感だ。
芦田川河口湖の現状を見ると、生態系破壊のピークに達している。今こそ根本的な解決に向けて動き始めるべきだと考える。芦田川の生態系を回復するために、河口堰管理の変更について検討を開始すべき時期に来ている。その第一歩として、市民参加を前提とした場づくりがいま求められている。
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