「どうしても行く、というのか?」
太い男の声が丹念に手入れされた庭園に響いた。
「はい。お父様」
あどけなさが残る顔で少女は真っ直ぐ男を見上げながら答えた。
「ふむ。ワシの娘だ。止めてもきかんだろうな」
庭園にさっと風が吹き、少女の肩下まで伸ばした金色の髪を揺らす。
「お父様が心配してくれる、その気持ちは痛いほど分かります。でも・・・」
「ふっ。お前が何を言いたいのか、みなまで言わずとも分かる。行って来い」
「お父様!」
少女の表情がぱっと明るくなる。
「ただし!」
男の顔がそれまでの穏やかな顔とは一変して険しくなる。
「生きて、必ず元気でいろ。いいな」
そう言うと男は優しい顔に戻って少女に微笑みかけた。
少女は目に涙をためながら、
「はい!」
それでも元気に男に答えた。
少女の名前は『リリー』。プロンテラに住む騎士の一族、
月之宮家の長女だ。
月之宮家が東洋の島国から海を渡りミッドガルド大陸のプロンテラに居を構えたのが100年前。その類まれな剣技が当時の王の目にとまり、それ以降幾人もの騎士・剣士を輩出してきた名門の家柄である。
リリーの父、『月之宮=サー=マーティス』はルーンミッドガッツ王国よりKnight
Grand
Commanderの爵位を受け賜った騎士である。プロンテラ王宮騎士団の中でその人あり、と言われた剣の達人である。
そのマーティスと妻、
『紅百合』の間には3人の子供がいた。
長男『野百合』、
次男『乃百合』、そして長女『リリー』。
長男『野百合』は母親の紅百合の血を濃く受けついたのか、母親と同じく聖職者の道を志した。
次男『乃百合』は生まれつき体格に恵まれ、幼少の頃から父マーティスより剣技を叩き込まれた。
長女『リリー』も兄『野百合』と同じく聖職者の道を志しているが、幼少の頃は『乃百合』と共に剣の修行を受けていたこともあった。
『野百合』は成人と共にプロンテラ大聖堂に仕え、司祭の手伝いの毎日を送りながらいつか自分も立派な司祭になれる日を夢見ていた。
『乃百合』は十三歳でルーンミッドガッツ剣士団に入隊するものの三年前、十七歳の時に突然退官し、現在は各地を放浪する毎日を送っていた。旅の空から毎月やってくる手紙が『乃百合』が生きている唯一の証であった。しかし、ここ数ヶ月その手紙がぷっつりと届かなくなった。
『乃百合』の身を案じた『リリー』は聖職者への修練を兼ねて旅に出たいと父母に懇願する。父母ともに当初は女の子の一人旅に難色を示していたが、『リリー』の固い決意に最後は心動かされ『リリー』の旅を許可することになったのである。
父親に最後の別れを告げた後、リリーは自室に引き返しすでに用意してあった荷物を抱えてその足で母親のもとに向かった。父親と同じくリリーの身を案じる母親に別れを告げて、住み慣れた家を後にしプロンテラの街へと踏み出した。
歩きなれた大通りでは人々があちこちでクリスマスの音楽を奏でたり建物を飾り付けていた。道行く人々は間近にせまるクリスマスに心躍らせていた。
「はぁ〜、みんなクリスマス、クリスマス、か。こんな時に兄君様を探しに旅に出る・・・健気だわ」
一人そう呟きながらプロンテラの大通りを歩き街の南口から外へ出た。『乃百合』から最後に手紙が届いた場所フェイヨン。そこに行けば何か手がかりがつかめるかもしれない、リリーはそう考えていた。
「ぅぅ・・・ワタシお父様の付き添いでイズルートにしか行ったことないのよね・・・」
そう考えると急に心細くなってくる。
「でも!兄君様のためにがんばろう!」
わざと大きな声を出して自分を励ますが、周りの人の視線が自分に集まっていることに気がつき、急に恥ずかしくなって、慌ててその場から立ち去ろうとした時、剣士とアコライトのニ人組みの男が近寄って来た。
「彼女、一人?もしかして一人旅?だったらさ、俺らが護衛してやるよ。一緒に旅しようぜ」
剣士の男が下卑た笑いを口元に浮かべながら声をかけてきた。アコライトの男もその後ろで腕組をしながらにやにやいやらしく笑っている。
「ぁ、い、いえ別に大丈夫ですから。あの、ごきげんよう」
そそくさとその場を立ち去ろうとするが、行く手を剣士が立ちふさがり、
「いいじゃんかよ。何も変なことしようなんてこれっぽちも思ってないんだからさ。な?」
そう言いながらリリーの手首を掴んだ。
「ああ。俺たちは親切心から言ってるんだよ」
ククッとアコライトが喉の奥で笑う。
「イタッ!離してください!!」
無理やり剣士の手を引き離そうともがくが少女の力ではびくともしなかった。
「暴れるんじゃねーよ。人の親切を足蹴にしやがって!お仕置きが必要だな。おい!」
剣士がアゴをしゃくってアコライトに指図する。
「君たち。見世物じゃないんだよ。そこをどきたまえ。道を開けたまえ」
アコライトは静かな口調だが目は異様な光を放っていた。周りで固唾を飲んで見ていた人たちが一斉に道を開けた。そこをアコライトが静かに進み、その後ろをリリーを掴んだ剣士がを続いていった。
「やれやれ。見ていられないわね」
人垣が作った道に一人の麗人が緑の黒髪をふわりと風に踊らせながら現れて行く手をふさいだ。その衣装からその麗人がプリーストであることがうかがたが、それでも行く手を阻まれたアコライトは臆することなくきっとそのプリーストをにらんだ。
「すいませんがどいてくれませんかね?」
「嫌だ、と言ったらどうなるのかしらね?」
「その時は実力行使、ですかね」
「アコライト風情がプリーストのアタシに勝てると思って?」
「普通に戦えばまず無理でしょう。ですが」
そう言ってアコライトは後ろをちらりと見た後正面に向き直り、
「二対一、貴方の方が不利、ですね」
そう言うとククッと喉の奥で笑った。プリーストは「はぁ」とため息をついた後、
「どうしてもそのコを離さないと言うなら神に代わってアタシが天罰を下さなければなりません。
それでもよろしくて?」
二対一という不利な状況下でもプリーストは臆する事無く余裕すらうかがえた。
「まどろっこしいやり取りしてんじゃねーよ。おい!女!俺が黙らせてやる」
それまで黙って聞いていた剣士が目を怒らせながら二人の間に割って入ってきた。
「援護しろよ!」
そう言うなり剣士はリリーを突き飛ばして剣を抜きプリーストに向かって一直線に斬りかかって行った。仲間のアコライトが『Increase Agility』を瞬間的に唱え、剣士の素早さを上げる。スピードが倍加した剣士はさらに勢いをつけてプリーストめがけて突進して来る。プリーストはその場から動こうとはせず、じっと剣士の動きを見つめていた。剣士とプリーストの距離が縮まる。剣士は片手に持った剣を両手で掴み直し頭上に振り上げた。
「死ね!」
剣士の剣がプリーストめがけて振り下ろされた。アコライトは相変わらずにやにや笑い続けていた。剣がプリーストを真っ二つにする、その惨劇を想像してリリーは両手で両目を覆った次の瞬間、ドスッという鈍い音と共に「ぐぇっ」という野太い男の声がリリーの耳に飛び込んできた。
リリーは恐る恐る手をどかし目を開けて見ると、プリーストがバイブルを携え足元に転がる剣士を冷たい目で見下していた。
「ひ・・・ひ・・・」
アコライトは腰を抜かしてその場で尻もちをついた。
「神の名を汚す不届き者。これ以上の悪行を重ねるならばさらなる裁きを下します」
プリーストがその冷たい視線を腰を抜かしているアコライトに浴びせた。
「ひぅ・・・はぐぃぃ」
アコライトは声にならないうめきを発しながら抜けた腰でばたばたと地面を手で蹴って逃げていった。
「さて」
プリーストがリリーを見る。その視線は先ほどまでとは違って温かい。
「大丈夫だった?」
そう言ってプリーストは地面にペタンと座り込んでいたリリーにそっと手を差し伸べた。
「あ、はい」
リリーは少し頬を赤く染めながらその手を取って立ち上がって、
「どうもありがとうございました」
元気にそう言いながらぺこりと頭を下げた。
「最近ああいった不届きものが増えているから気をつけなさい。えっと」
プリーストの穏やかな表情が少し曇るのを見て慌てて
「えっと、わたしリリーと言います」
リリーは自分の名前を名乗った。
「リリーちゃん・・・か」
そう言うとプリーストはぽむっとリリーの頭に手を置きくしゃくしゃと髪を撫でた。
「あの・・・」
「ん?あぁ、アタシ?アタシは
『夜魅』よ」
「あの夜魅さま。本当にありがとうございました」
リリーは自分よりも背の高い夜魅を見上げてにこりと微笑もうと思ったが、間近で見る夜魅の美貌に驚き赤面してうつむいてしまった。
「リリーちゃんは一人?女の子の一人旅は危険よ。またどうして一人旅を?」
夜魅の問いかけにリリーは兄を探して旅に出た経緯をまだ赤い顔でかいつまんで話した。
「そっか。そういう事情があったのね。じゃあアタシがリリーちゃんにプレゼントを上げる。ちょっと待ってね」
夜魅はそう言うと腰をかがめて前髪を左手で押さえながら、道端に置いておいた自分のリュックの中から”フレイル”を取り出した。
「アタシがまだアコライトだった頃にある剣士から貰った物なんだけどよかったら使ってね」
「そんな。助けてもたったうえにこんな高価な武器まで。悪いんですけど受け取れません」
リリーは手を突き出し右へ左へと首も一緒に振る。
「いいの。いいの。アタシにはもう必要ないもんだしね。それにちゃんと精錬してあるから結構強力よ。この武器。自分の身を守るためには持っていて損はないわ」
そう言うと夜魅は無理やりリリーの手に”フレイル”を握らせた。
「あぅ〜」
リリーは自分の手に無理やり握らされた”フレイル”と夜魅の顔を交互に見ながら頬を真っ赤に染めて困った顔をした。
「はは。気にしないの。それじゃアタシはそろそろ行くけどリリーちゃんも元気で。また、どこかで会おうね」
「ホント、重ね重ねありがとうございます」
リリーはぺこりと先ほどよりも深く頭を下げる。「ふふっ」と夜魅は優しく微笑み、
「神に仕えし天駆ける精霊たちよ。今我の声に応え我の求めに応じたまえ」
夜魅の周りに風が渦を作り次第にその渦が輝きを放つ。
「Gloria!」
夜魅のその声に反応するかのように光たちが集まって神に仕える聖歌隊の少女たちを形作り、周りに高らかな声を響き渡らせた。
「ふわぁ」
リリーはその幻想的な光景に見とれていて、夜魅がその場から光と共に消えていた事に気がついたは、その余韻が覚めた時だった。
「夜魅さま。このご恩は必ず」
リリーの呟きを風が静かに空へと運んでいった。
「よし!改めて出発よ!!」
夜魅から貰った”フレイル”を空に向かって元気に突き上げてリリーは歩き出した。
12月24日。クリスマスイブ。この日リリーの冒険が始まった。
2002年12月24日 第一版公開
2003年5月17日 改訂版公開
(一部の表現及び誤字を加筆修正)
2003年5月24日 一部改訂
(振り仮名をつけました。IE6.0で確認)
協力
英語訳:ミセス・ロビンソン
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