ケンジの物語 出会い


今日、ボクたちは旅の途中で無人島に立ち寄った。
「よーし、みんな出てこい!」
 ボクたちは、持っているポケモンを全部モンスターボールから出してやった。
 抜けるように青い空、白い浜辺でみんな楽しそうに遊んでいる。
 ボクとサトシとカスミは、少し陰になっている岩場でみんなの様子を眺めていた。
「みんな楽しそうね」
「ああ。やっぱり自然の中がいいんだな」
 ボクたちの前を、鬼ごっこしているピカチュウやトゲピーやマリルが走っていく。
「ねえケンジ、あたし前から聞きたいと思っていたんだけど」
 トゲピーに手を振りながら、カスミが言う。
「マリルって、どこでどうやってゲットしたの? あたし水系好きだから、ゲットしてみたいなー、なんて」
「マリルはね、ゲットっていう感じじゃなかったんだよ」
 マリルとの出会いは、ホンの偶然だった。ボクはその日のことを話し始めた。

 その日、ボクは父さんがポケモン学会に出席するため、ある街に来ていた。
「2時間ほどで終わるから、そこのバーガーショップで待ち合わせしよう」
 父さんにそう言われて、ボクは街の中を見て歩いて時間をつぶした。
 街の中にいるポケモンは誰かのペットばかりで、特別観察心をそそられるようなのはいなかった。それでも飼い主と信頼関係を
築いているポケモンたちは幸せそうで、見ていて心が和んだけれど。
 約束の時間が近づいて、ボクはバーガーショップへ向かった。
 そのバーガーショップの横の路地で、何かが動いたのがちらりと目に入った。
「リル……」
 その何かは、微かに鳴いた。そして、その向こうにペルシアンがいるのを見たとき、ボクは思わず駆けだしていた。
「危ない!」
 ボクがその何かに覆い被さったのと、ペルシアンがひっかく攻撃を仕掛けてきたのが同時だった。
「痛いっ!」
 左の肩から腕にかけて、鋭い痛みが走った。3本の赤い筋から血がにじんでいる。
 それでもボクは、かばうのをやめなかった。
「どうかしたの?」
 ボクの声を聞いたのか、バーガーショップの店員が路地を覗いた。
 人の集まりそうな気配を感じたのか、ペルシアンはさっと逃げていった。
「あなた、血が出ているじゃない!」
 店員は、ボクにハンカチを差し出した。そして、ボクの腕の中にいるポケモンを見て顔色を変えた。
「この子、生きてたの!」
「え?」
「そこのゴミ捨て場に捨てられていたのよ。ゴミ袋に入れられていたから、てっきり死んでいるんだと……。それにしてもひどいことすると思ったけど」
 ゴミ捨て場は荒らされて、ゴミ袋はずたずたに裂かれていた。腹を空かしたペルシアンの仕業だろう。
「この近くにポケモンセンターはありませんか?」
 ペルシアンの攻撃こそ逃れたものの、このポケモンはかなり衰弱していた。すぐにも治療してやらなければならない。
「ポケモンセンターは、この通りの向こうよ。でも……」
 店員は言いよどんだ。
「この子は無理よ。こんなに小さいんだもの。母親がいないと生きていけないわ」
「死なせないよ。絶対ボクが助ける!」
 ボクは、ポケモンセンターへ向かって走り出した。
 この小さなポケモンが、マリルだった。

 マリルの横たわるベッドの横で、ボクはじっと座っていた。
 マリルの心臓の動きを表すモニターが、単調な音を立てていた。
「ケンジ……」
 父さんが、そっと入ってきた。
 ボクは父さんとの約束を忘れていたことに、やっと気づいた。
「バーガーショップの店員に聞いたよ。おまえも怪我したんだって?」
 ボクの怪我は、ジョーイさんに手当をしてもらっていた。
「ボクはたいしたことないよ。それより……」
 そこへ、ラッキーを連れたジョーイさんがやってきた。
 ジョーイさんは、マリルとモニターの様子をチェックすると、ボクたちに言った。
「今夜が峠です。助かる確率は低いと覚悟しておいて下さいね。……こんな、生まれて間もないポケモンを捨てるなんて」
 ジョーイさんが行ってしまうと、ボクは父さんにすがりついた。
「父さん、マリル助かるよね?!」
 父さんは、とても辛そうな表情をした。
「生まれて間もないマリルは、母親の乳しか受け付けないんだ。母親の世話がなければ……」
「だって、ボクは母さんがいなくても、ちゃんと生きてこれたじゃないか! マリルだって」
「ポケモンと人間は違うんだよ」
 父さんは、ますます苦しそうな表情になった。
 ボクに母さんがいないことで、父さんは自分を責めていた。
「……ごめん、父さん」
 父さんを苦しめるつもりはなかった。ただ、母親がいないことでこのマリルは生きていけないと、みんなが思っているのが嫌だった。
「父さん、ホテルに帰ってて。学会で疲れているでしょう」
 ボクは、そのままマリルの横についていた。
 絶対死なせない、なんて言いながら何もできない自分が無力で悲しかった。
「マリル、死ぬな。元気になったら、一緒に旅をしよう。世界中の海や川で泳ごう。だから……」
 涙があふれてきた。ボクの言葉は、マリルに届いているのだろうか。
「ボクが、マリルの父さんになってやるから……」

「リルルー」
 気がつくともう朝で、ボクはマリルのベッドにもたれかかりながら眠ってしまっていた。
 マリルはまだ弱々しいものの、昨日よりは明らかに元気になっていた。
「良かったわ。人工乳も飲めるし、もう大丈夫よ」
 ジョーイさんが、にこやかに保証してくれた。
「良かったな、ケンジ」
「うん!」
 マリルの回復力はめざましく、3日後には退院することができた。
 ボクはジョーイさんに、調乳の仕方などを詳しく教えてもらった。
「君みたいなトレーナーに拾ってもらえて、この子運が良かったのね。
 ジョーイさんにそう言われて、ボクは照れ笑いした。

 マリルを抱いて、ボクは父さんと街の中を歩いていた。
 モンスターボールに入れてもいいのだけど、回復したばかりのマリルに外の世界を見せてやりたかった。
 交差点にさしかかり、ボクたちは立ち止まって信号が変わるのを待っていた。
「あれ、マリルじゃん」
 後ろにいた男の声が聞こえた。
「おまえが捨てたのも、あのくらいのマリルじゃなかったか?」
「ああ。でももう死んでるよ。生まれてすぐにゴミ袋に入れて捨てたから」
 ボクのマリルを抱く手に力が入った。
「ひでー奴」
「だって、もうマリル飽きたし。わざわざもらい手探すのめんどくさいじゃん」
 もう、黙って聞いていられなかった。
「ポケモンはおもちゃじゃないんだ! 生きてるんだぞ!」
 突然怒りだしたボクに、男たちはポカンとしていた。
「もう少しで死ぬところだったんだ。マリルに謝れ!」
「なんだよ、ガキ。俺のポケモンをどうしようが、俺の勝手だろ」
「そういう言い方は、ないんじゃないか」
 父さんも、口添えしてくれた。口調は穏やかだが、怒っていた。
「ポケモントレーナーなら、自分のポケモンに愛情と責任を持って接するべきじゃないのか」
「なんだと、じじい!」
 怒った男が、父さんの胸ぐらをつかんだ。
「けんかはやめなさーい! あなたたち、何してるの?」
 タイミング良く、ジュンサーさんが現れた。
「このガキが、俺に因縁つけてきたんだよ」
「この男が、マリルをゴミ袋に入れて捨てたんだ!」
「うるせーんだよ。それがどうしたってんだ」
 ジュンサーさんは、咳払いをした。
「この街では、条例でポケモンを捨てることを禁止されているのを知らないの?」
「え?」
 男の顔色が変わった。
「詳しいことを聞きたいので、署まで来てもらいましょうか」
「やったあ」
 ジュンサーさんは、ボクを見てにっこり笑った。
「あなたたちも状況を聞かせてもらいたいので、署までご同行してもらえるかしら」
「はい」
 マリルを捨てた男は、条例違反としてポケモン動物園での1ヶ月間無料奉仕を命じられた。
「いろいろなポケモンとふれあううちに、ポケモンへ愛情を抱くようになるといいんだがな」
「それを望んでの罰則なんですけどね。条例化しても、ポケモンを捨てる人が後を絶たなくて……」
 ジュンサーさんは、悲しそうに父さんの言葉に答えた。
 思えばマリルを襲っていたペルシアンも、誰かに捨てられたポケモンだったのかもしれない。
「君は、そのマリルを大切にしてね」
「はい!」
 ボクは、自信を持って大きな声で返事をした。

 浜辺では、まだマリルとトゲピーが元気に鬼ごっこをしていた。
「そっか……。マリルも大変だったのね」
 カスミは、少ししんみりしていた。
「でも、マリルはケンジと出会えて、ホント良かったよな」
「ピカピカ」
 いつの間にか横にきていたピカチュウが、サトシの言葉に相づちを打つ。
「ボクもマリルに出会えて良かったよ。マリルは最高のパートナーさ」
「わかる、わかる。俺とピカチュウみたいなもんだな」
「あらー、ピカチュウにとって、サトシは最高のパートナーといえるかしら」
「なんだよ、カスミの最高のパートナーは、コダックだろ」
「なんですってー!」
 今度は、サトシとカスミの鬼ごっこが始まった。
 大笑いしているボクのところに、マリルがやってきた。
「リルルー?」
「おいで、マリル」
 ボクは、マリルを抱き上げた。
 あのとき、ボクは心底マリルを愛しいと思った。
 ポケモンへの好奇心は昔から持っていたけど、「愛」に気づいたのは、マリルのおかげだった。
「これからも、ずっと一緒に旅しような」
「リルルー、リルルー」
 マリルは、うれしそうにしっぽを振った。

 



大好きなマリルのお話。
やはりケンジにとって、マリルは特別なポケモンでいてほしいんです。
だからお願い、今度出るときにはマリルも出して!
それにしてもこれを書いてたときは、マリルに進化前がいたなんて思いもしなかったわ。