Back in Time 1
(……あああ、今日の数学のテストもダメだったわ……)
 かごめは、とぼとぼと境内の玉砂利の上を歩いていた。
 ここは、現代の日暮神社。かごめは中間テストを受けるため、渋る犬夜叉を振り切って、3日間だけの約束で帰ってきていたのだった。
 パンパン、と勢いよく拍手を打つ音が聞こえ、かごめは顔をあげた。神社の前では、1人の少女が一心不乱に手を合わせていた。
(ずいぶん気合の入ったお参りね。あの制服は、東雲高校かな。セーラー服も好きだけど、ああいう清楚な感じのブレザーも素敵よね。……でも、今の成績じゃ東雲なんてとても無理だわ……)
 かごめは溜め息をついた。お参りしていた少女が、小さくガッツポーズをしながら振り返ったのは、同時だった。
 2人は目が合うと、軽く微笑んで会釈を交わした。そして、すれ違おうとした時、その声は聞こえた。

「おまえたち、四魂のかけらを持っているな!!」

 2人ははじかれたように、声のするほうを見た。神社の本殿の障子が、さっと開いた。そこには人影はなく、あるのは1体の古い日本人形だった。 
かごめは知らなかったが、それはかごめが学校に行っている間に、かごめの祖父が預かったものだった。人形の持ち主が処分に困り、神社に人形供養を依頼したのであった。
人形の目が光ると、肩のあたりで揃えられていたはずの髪の毛が、みるみる伸びて蛇のように蠢き、少女の首に絡みついた。
「な、なによ、これ!」
 少女は、締め付けられる苦しさに、顔をゆがめた。
 間一髪逃れたかごめは、社務所に向かって走った。
「逃しはせぬぞ!」
 追ってきた黒髪を、かごめは社務所にあった売り物の破魔矢でなぎ払った。
(よかった。おじいちゃんの作った縁起物の破魔矢だけど、一応武器になるわ)
 かごめはすぐに少女のもとに戻ると、首に絡みつく髪を破魔矢で浄化した。
 少女は苦しげに咳きこんだが、すぐにかごめに手を引かれて逃げ出した。
「ねえ、あれは何? 四魂のかけらって?」
「あとでゆっくり説明するわ。今は、とにかく逃げなきゃ」
 かごめも混乱していた。あの人形は「おまえたち」と言った。この少女も、四魂のかけらを持っているのだろうか?
 落ち着いた状況なら、意識を集中して気配を感じ取ることもできるのに、逃げ惑っている身ではそれもできない。
 逃げまわるのも限界だった。弓があれば、破魔矢を人形本体に射掛けることができるのだが、あいにく日暮神社に弓はなかった。
(このままじゃ、2人とも殺されちゃうわ。……犬夜叉がいてくれたら!)
 2人は祠の井戸の淵まで追い詰められていた。
(イチかバチか……彼女が四魂のかけらを持っているのなら……)
「飛び込むのよ!」
「えええっ? ちょっと!?」
 驚いている彼女と抱き合うようにして、かごめは井戸に飛び込んだ。

「おっせーな。今日帰るって、言ってたのによ」
 こちらは戦国時代の骨喰いの井戸の前。犬夜叉はイライラしながら、井戸の周りを行ったり来たりしていた。
「そんなに焦らなくても、今にかごめ様は戻ってきますよ」
「見苦しいよ、犬夜叉」
 弥勒と珊瑚は、犬夜叉に白い目を向けた。
「そんなに気になるのなら、迎えにいったらどうじゃ」
 犬夜叉は、七宝をきっと睨みつけた。七宝は震え上がって、弥勒の後ろに隠れた。
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!」
 突然、井戸の中から悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ?」
「かごめ様の声ではありませんでしたね」
 犬夜叉たちは、井戸の周りを囲んだ。
「なによなによ、この井戸すっごく深いじゃない! 死ぬかと思った〜」
 鈴を転がしたようなにぎやかな話し声と共に、少女が顔を出した。井戸をのぞき込むように見ていた犬夜叉と、顔がぶつかりそうになった。
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!」
 驚いた少女は、井戸の淵にかけていた手を離してしまった。そのまま井戸の中に落ちそうになるところを、弥勒が彼女の腕を掴み、井戸の外に引き上げた。
「……な、なんだ?」
 犬夜叉は呆然としていたが、井戸の中のかごめの声で我に返った。
「犬夜叉〜、こっちの妖怪が四魂のかけらを狙ってるのよ!」
「おう! 今行くぜ!」
 犬夜叉は井戸に飛び込み、かごめのところへ行ってしまった。
「……法師さま、いつまでそうやってるつもり?」
 珊瑚はこめかみをぴくぴくさせながら言った。弥勒は少女を引き上げたときの体勢のまま、彼女を抱きよせていたのだ。
「おっと、これは失礼」
 弥勒は少女にそう言いながら、ゆっくりと手を離した。
 少女はほんのり頬を染めたまま、潤んだ瞳で弥勒を見つめていた。
(なんなんだ、この女は?)
 そう思いつつも、ついいつもの癖で、弥勒は彼女の手を握り言っていた。
「……私の子を産んでくださいますか?」
(また、法師さまってば!)
 珊瑚の表情は険しくなり、七宝と雲母は思わず後ずさった。
「ハイ、先生♪」
 少女は満面の笑みで答えた。
「……え?」
「先生?」
「先生って、演劇部にも顔が利くのね。それにしても、すごい仕掛けね、この井戸」
 呆気にとられる弥勒や珊瑚をよそに、少女は1人でしゃべり続けた。
「あの人形にもびっくりしちゃった。ていうか、マジ怖かった。どうやって動かしてたの? それはそうと先生、そのお坊さんのカッコ、よく似合ってるね♪ でも、その格好に何か意味があるの?」
「……これは、私のいつもの服装ですよ。それに、私は先生でもお坊さんでもなく、法師です」
 やっと、弥勒は口を挟むことができた。弥勒の言葉を聞いて、少女は目をぱちくりさせた。
「……え?」
「おまえ、名前はなんというのですか?」
よ。先生、ボケるには早すぎるんじゃない?」
「……」
「あのさ、ちゃん。ここは戦国時代で、この人はこの時代の法師さまなんだよ。ちゃんは、かごめちゃんと一緒にそこの井戸を通って、この時代にやってきたんだ」
「はあ〜?」
 は素っ頓狂な声をあげた。簡単に理解しろというほうが無理かもしれない。珊瑚は溜め息をついた。
 だが、溜め息をついたのはも一緒だった。
「……あたし帰る。先生が、こんな悪ふざけするような人とは知らなかったよ」
「いや、だから私は先生じゃなくて……」
 言いかける弥勒を振り切るようにして、は井戸の淵に手をかけた。
「……っだよ。あんな雑魚妖怪に大騒ぎしやがって」
 が井戸に入ろうとしたのと、妖怪退治を済ませた犬夜叉が井戸から顔を出したのは同時だった。
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!」
は、その場にへたり込んでしまった。
「な、なんだ?」
 事情のよくわかっていない犬夜叉とかごめは、顔を見合わせた。