古代インド・イラン高原・中央アジアの民族宗教と系譜(変遷・影響)に始まり、ザラスシュトラ・スピターマ(ゾロアスター)の人生、ペルシア帝国史(アケメネス朝・アルサケス朝・ササン朝)を概観し、さらには現在のゾロアスター教の成立過程をも見据える。大乗仏教への影響のみならず、さらにはイラン高原のイスラーム化を通じた「ザラスシュトラ伝説」の発生を通じて、中世・近代ヨーロッパにおける「ツァラトゥストラ伝説」さらにはニーチェ・ナチスへの影響までキチンと伝えている。
人智学→フリーメイソン→モーツァルト/シカネーダー歌劇『魔笛』への影響が語られていないが、その枝葉末節の漏れについては「瑕きん」とするにあたらないであろう。
著者は謙虚に下記の一文で本書を閉じている。
本書が(略)ドイツのロマンティシズムや、日本独特のエキゾチズムから解放された、客観的なゾロアスター教思想像を提供できていれば幸いなのだが。
客観どころか、唯一無比、最高峰。主観の入れ方(著者の現地ルポ等)も巧妙で全体を阻害していないし、かえって他の資料・筆致を引きたてている。資料としても読み物としても超一流の書籍。「ツァラトゥストラかく語りき」の言葉を聞いたことのあるすべての人に勧めたい最高の良書。
……ただし、食事中に読むことは控えたほうが良い。というのは、ゾロアスター教の教義は(洋の東西を問わず)現代社会一般の衛生観念と相容れないものが多々ある。つまり……というものが「聖なるもの」とみなされるので、そういう倒錯的な嗜好を持たない人は、断じて、本書を食事中に読んではならない。