幻想交響曲 Op23

◇5楽章◇





 俺の葬式の日は、見事なまでに晴れ渡っていた。

 弔問に訪れる人は少なかった。
 全てが義務的なものだった。


 …誰も俺のためには涙を流さなかった。
 ……空すらも………。



 俺は空の上にいた。
 …いや、おそらく空の上ってカンジだ。
 真っ白で…何もない。
 ここが地獄?

 …予想外だな……。


 ふと背後に気配を感じて振り返る。
 底には、自分が殺してきた、多くの妖怪……。


 ……そういうことか…。

 そういう地獄なのか…ここは……。
 別にいいぜ……。
 何度でも殺してやるよ…。


 あれから何体もの妖怪が現れ、気が付けば俺は何かの順路に従わされているようだった。
 何もない空間だというのに、細い一本道を歩いているように思えた。



「………」
 ふと俺の足が止まる。
 …目の前には……長い髪の女………。

「…母さん……」

 そうか…俺が殺したようなものだからな…。
 俺のこと、恨んでるのか?
 母さんの頬を涙が伝う…。

 …母さんは…今でも俺のことが……キライ?

「…え……」
 そう思ったとき、急に抱きしめられた。


 …母さんに……。
 ……どうして……。

「…ごめんなさい…悟浄……」

 なんで謝ってるんだ?

「どうしたんだよ、母さん…」
「…私が……私が貴方のことを愛してあげられなかったから…」
 ……………。
「……愛してあげられなかったから…こんな事になってしまったのね…」

 ……なんだよ…。

「ごめんなさい。全て私のせいなのね…」

 …何言ってんだよ…わからねぇよ。
 知らない…こんな女知らない。

 俺は母を突き飛ばすと、その場から逃げるように走った…。


 …わからなかった……。
 母は…あんな女だっただろうか…。
 体に回された細い腕も…その暖かさも…俺は知らない……。
 優しくされたことも、抱きしめられたこともないから…。

 ……わからない。



 なにもかも…わからない。



 俺は走り続けた。
 八戒の顔が見たかった。




 あのあとも、俺が殺したヤツらが現れた。
 ……だが…八戒の姿がない…。
 俺はアイツの姿を捜し、歩き回った。
 無の世界の端に来たとき……。
 見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「……八戒」
 だが、八戒は全く動かない。
 …どうして……。

「八戒…?」
 八戒の肩を掴み、こっちを向かせる。

 ……………。

 どこを見ているかわからない八戒の瞳。
 目を合わせても、八戒は俺を見ていない。

 ……どうして…。
「なんでだよ、八戒。俺を見ろよ」
 なんの反応も示さない八戒……
「……」
 手の中でサラサラと八戒が崩れていく。
 少しずつ灰になっていって……。

 手の中で消えた…八戒……。

「…はっ…かい……八戒、八戒、八戒、八戒、八戒、八戒、八戒………」
 俺の声が無な空間に吸い込まれていった…。




 道で見つけたときから心惹かれた。
 死の寸前でも人を惹きつけ続けた…一輪の華……。



 どうしても手に入れたくて、無理矢理手折った…。
 俺のためだけに咲いていて欲しかった華…。

 でも、その華は枯れて手の中で崩れてしまった。
 無理に手折らなければ…お前はいつまでも俺のために咲いていてくれたか?
 俺のためだけに……。





 愛されずに育った俺が、初めて知った愛は俺には重すぎて……。
 重くて重くて…。
 だんだんおかしくなっていった。
 重みで痺れている手に感覚がないように、重みで痺れた心に感覚が無くなっていったのだ…。


 触れている感触も、暖かさも、痛みすらもわからなくなっていた…。



 後悔しても時は戻らない。
 たとえ戻ったとしても、俺は何度でも同じ事を繰り返すだろう。


 何度も…何度も……。




 鐘の音が聴こえる…。

 俺の葬儀の終わりの……。

 全ての終わりの…



 そして……。







 ─── 全ての始まりの鐘の音……。


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