幻想交響曲 Op23
◇2楽章◇
あれから数日が経った。
俺の中でアイツへの想いはどんどんふくれあがっていく……。
気が付けばアイツを目で追っている。
そのくせ近くに寄りすぎると変に意識をして、避けてしまう。
バカだよな…俺って。
思春期のガキかよ…。
家にいるとなんだが気まずくて……俺は毎夜早めの時間から酒場へ行き、そして女の所へ泊まり朝帰る。
そんな生活を繰り返していた。
もう何日アイツのことをまともに見ていないんだろうか。
会わなければ忘れられると思ってた。
……でも違ってた。
目を閉じると鮮明に思い出される…アイツの姿。
記憶の中のアイツはいつも笑っていた。
優しく微笑む八戒……。
その周りの空気は春の日差しのように暖かくて……。
なんか……聖母マリアのようだ…なんて、自分で考えてなんだか恥ずかしくなってくる。
こんな気持ちは初めてだ。
今夜も俺は酒場にいた。
今日のカードもまあまあで、周りにいる女達もそれなりに悪くはない。
テキトーに愛想振りまいて女達を侍らせて、いつも通りを振る舞っていても、心はここにないってかんじ。
くだらない日常。
女を抱くのもイーかげん飽きてきた。
どんだけ女を抱いていても、俺の求めるものとは別だから……満たされない。
アイツじゃないとダメなんだ…。
この俺が、こんなに人を求めるなんてな…。
そんな気持ち…あの時すっかり置いてきたと思ってたのにな。
求めても求めても、与えられるのは暴力ばかりで…。
あの時…思った……。
……はじめから求めなければよい。
求めなければ、傷つかない。
そう思ってずっと生活していた。
そっちの方が楽だった。
これからもずっと、そう生活していくつもりだった。
……それなのに…。
俺はこんなにもアイツを求めている…。
ふと、俺の口元から笑いが漏れる。
……なんか、バカだよな、俺。
カッコワリィ。
この女達はどう思うんだろうな。
俺がこんなにも男であるアイツを求めていると知ったら……。
店の中に、小さなザワめきが生まれていた。
女達の視線がある一方を向いている。
「なに?なんかあったの?」
「今ね、そこにすっごい美形の二人組がいるのよ」
「俺よりも?」
「ふふっ…。どうかしら」
女達が俺の周りで黄色い声を上げる。
別に興味はなかったが、話合わせのためにそっちを見た。
「………」
薄暗い酒場でも鮮やかな光を放つ金色の髪……。
「……三蔵…」
いつもの法衣姿ではなく、Tシャツとジーパンという姿であるが、見間違えるはずはない……。
そして、その隣にいるのは………。
…………八戒。
なんで三蔵と八戒が……。
八戒の表情は、今まで俺に見せたことのないような…幸せそうな笑顔…。
そっと三蔵に寄り添うようにする八戒…。
まるで恋人のように見える二人…。
…どういうことだよ。
信じられなかった。
「…じょう…悟浄。どうしたのよ」
「あぁ…いや……なんでもない…」
俺は何を考えてんだよ…。
別にアイツが三蔵と酒場にいたって…別に……。
この胸のモヤモヤした感じは…。
こんな気持ちは知らない。
怒りと苦しみが重なるような……イライラする。
……これが…嫉妬?
「ホントに悟浄ったらどうしたのよ」
「……ワリィ…ちょっと考え事しててさ…」
「あら。悟浄でも考えごとするのね。フフッ」
女と話している間も、俺は二人が気になって仕方がなかった。
表面上では普通会話していた。
でも、俺の心の中では、複雑なドロドロした気持ちが渦巻いていた。
たまに横目で二人を見る
二人は店の奥の少し死角になっている席に座っている。
この位置からでは二人を確認しづらかった。
置かれている観葉植物のスキマから時折見える。
楽しそうに笑っている八戒……。
見たことにないくらい安らいだ表情をしている三蔵…。
時折、お互い見つめ合ってる姿は…まるで恋人同士のようだった。
三蔵を見つめる八戒の顔は微かに艶っぽくて…。
……お前は三蔵を愛しているのか?
八戒の表情は…女が男に向けるような…。
俺は何度もそういう表情を見てきた…。
だからわかるのだ…。
八戒は三蔵を…愛しているのだ…。
三蔵の表情も、けしてそれを否定しない…全てを受け入れるような、そういったカンジだ…。
見ていて苦しかった…。
それなのに俺は…二人から目が離せなかった。
もう、それしか目に入らなかった。
話していた女の声も…もう耳に届かない…。
ふいに三蔵の手と八戒の手が重なり合った…。
「ちょっ…悟浄、何してるのよ」
悲鳴のような女の声に、俺は我に返る。
砕けたグラスが俺の手の中にあった。
酒と血の混ざった液体が床にこぼれ落ちる。
俺は気付かぬうちに、手の中でグラスを握り砕いていたようだ…。
手にいくつもの傷が出来ていた。
しかし、不思議と傷口は全く痛くなかった。
それよりも胸が痛かった。
痛くて痛くて…はりさけそうだ。
もう一度二人の方を見た…。
しかし、そこに二人の姿はなかった。
「今日の悟浄、変よ。どうしたのよ…」
「…おれ、今日はもう帰るわ……」
「え…ちょっと……悟…」
話も終わらぬうちに俺は店を出た。
そして全力で走った。
森を抜け、家が見えたが、灯りは点いていなかった。
鍵を開け、家の中に入る。
人の気配はしない。
「…八戒……いるか?」
それでも、なんとなしに訊ねる。
…返事は戻ってこない……。
時刻は十二時を少し回ったトコだった。
この時間に八戒が出かけていることなんて無かった。
さっきのが幻であったら…と帰りながら思った。
しかし、この暗闇が…全てが事実であると伝えた。
俺は暗闇の中、アイツを待ち続けた。
いろいろな想いが俺の心の中を駈けめぐった。
─── あいつが帰ってきたら、この想いを伝えよう…。
そしてそのまま夜が明けた……。