幻想交響曲 Op23
◇1楽章◇
『お母さんって、暖かいんだよ』
……わからない。抱きしめてもらったことがないから。
『お母さんって優しいんだよ』
……優しくされたことなんて無い。
『お母さんの笑顔、大好き』
いつも母さんは泣いている。
……笑ってよ…。
一度でいいから笑顔を見せてよ。優しくしてよ。抱きしめてよ。
『子供が大事じゃない親なんていないよ』
俺が本当の子じゃないから?愛人の子だから?
だから母さんは俺を愛してくれないんだ。
本当の母さんだったら笑ってくれる?優しくしてくれる?抱きしめてくれる?
……愛してくれる?
─── 俺を愛して………
『………じょう…』
ん……あったかい………
「……起きて下さい、悟浄」
「………ぁさん…」
「もう、寝惚けてないで起きて下さい」
その声に俺の意識が浮上する。
「あ…ワリィ……」
俺は寝惚けて八戒に抱きついていたようだ。
「女の人とイイコトする夢でも見てたんですか?」
八戒がクスクスと笑う。
まさか…母親の夢見てたなんて言えねーよな。
俺ってもしかしてマザコン?
ちょっとそれは困っちゃうなぁ。
「朝御飯出来てますから起きて下さいね」
そういうと八戒は部屋を出ていく。
俺は部屋に一人取り残され、何ともいえない気持ちを抱えたまま……。
まぁ、夢のこといつまでも考えてたって仕方がないから、とりあえず着替えるか。
……とその前に。
俺はサイドテーブルに置いてたタバコを取ると火を付ける。
「…あーあ……」
なんか意味もなく溜息が出る。
朝からこんなんじゃ、今日一日最悪だな。
……でも、いつからだろう。
朝、こうして誰かが起こしに来るということ。
そして、俺にとっていつからそれが日常になったのだろう…。
「朝食、出来てますよ。顔はもう洗ってきましたか?」
ダイニングに入った俺に八戒が言う。
ホントにお前は……。
「お前ってホント、オフクロみてーだな」
……オフクロみたい?
オフクロってどんなんか、わかってないくせに。
……俺のために用意された朝食。
それもいつの間にか日常…。
「母親みたいに口うるさいのは嫌ですか?」
八戒が楽しそうに言う。
「べつに」
ホントは憧れてたのかもな。
口うるさい母親。
でも、それは自分を見てくれている証拠。
「ま、そういうのもイイんじゃない?」
「やだ悟浄、それって奥さんみたい」
そう言って顔馴染みの女が笑う。
「………そうか?」
俺としては母親が出来たってカンジだけど、一般的に見ると女房をもらったってカンジなのか?
「そうよ。だいたいその人だってそう思ってるんじゃない?」
「………?」
「だって、好きでもない男のために、掃除・洗濯・食事の支度なんて毎日出来ないわよ」
ま、そう言われればそうなんだけどさ…。
「まぁ、よっぽどの世話好きは別だけどね」
アイツはよっぽどの世話好きかもしんねぇな。
毎朝毎朝早く起きて…。
ゴミ溜みたいだった俺の家もあっという間にキレイになった…。
シーツもタオルもシャツも、いつも真っ白になっている。
……そして、いつも俺のために用意される…温かい食事……。
そこいらの女よりも気が利く。
「よっぽどの世話好きかもな」
俺は軽く笑い飛ばす。
「そう?よっぽどの世話好きさん拾って良かったわね。
でも、どっちかというと、悟浄の方が拾われたって感じね」
「なんだよソレ」
「だって、すっかりその世話好きさんのお世話になってるじゃない」
……ま、そうなんだけどさ。
どうせ、俺は掃除も洗濯も…料理だってろくそこできねぇよ。
今までよく生活してたなぁ、ってカンジだ。
「それに…」
「それに?」
真っ直ぐ俺の目を見て付け加えられる言葉。
「…心も救われてるんでしょ」
「どういうイミ?」
心が救われてる?なんだよ…男相手に?
「以前の貴方はどれだけ人の中にいても孤独な瞳をしていたわ。
たとえ抱き合っていても…まるでその人が見えていないかのように…。
貴方の瞳には何も映らない……」
女の両手が俺の顔を包み込む。
「でも、今は違うわ。
……貴方の瞳に映ったものは…何?」
入れは一人残された席で杯を傾ける。
「言うだけ言って帰りやがって…」
胸のあたりがモヤモヤする。
俺はそれを洗い流すかのように酒を飲む。
『……貴方の瞳に映ったものは…何?』
そう言われた瞬間から……。
…死にかけながら俺を見た碧の瞳。
頭にこびりついて離れない
まさかあれで俺が変わったとでも言うワケ?
『今の貴方は……そうね…恋をしている人みたい』
恋ってなんだよ。わかんねぇな…。
俺が八戒に恋をしてるとでも言うのかよ。
この俺が男相手に?
馬鹿みてぇ。そんなコトあるわけないじゃん。
ぐっ、と杯に残っている酒を飲み干す。
『ほどほどにしておかないと、奥さんに逃げられちゃうわよ』
だから奥さんじゃねぇって…。
でも、なぜかその言葉が頭の中で回ってしまうので俺は酒場から出た。
時間はまもなく日付が変わるかってかんじ。
普段ならまだまだ宵の口ってかんじなんだけどな。
逃げられるのがそんなにコワイのかよ…ってかんじ。
別にかまわない…ハズなんだけどな。
アイツがいなくなったらいなくなったで、前みたいに気侭な一人暮らしに戻るだけじゃん。
それはそれで気侭でよかったんだけどなー。
『人は一度人の暖かさを知ったら、もう一人には戻れないのよ』
そうかもな。
今は八戒がいることが自然で……。
アイツの暖かさに甘えてるのかもな。
そう考えると、心が救われてる…ってヤツなのかな。
『貴方はその人に母を求めているの?それとも女を求めているの?』
母ってのも女ってのもオカシイ話だよな。男相手に。
まぁ、そんなことは知らずに言ってるんだろうな。
人を拾ったってコトしか言ってねぇし。
「ただいま」
家に着くと、まだ灯りは点いていた。
「お帰りなさい、悟浄。今日は早いんですね」
そういえば八戒、いつも俺が帰ってくるまで起きてるよな…。
「まーな」
大概帰るのは一・二時なのに…。
「もしかして、今日は大負けですか?」
コイツは俺のことどう思ってんだろう。
『好きでもない男のために……』
好き…?
俺のことを…?