クローバーファンタジー Op151

◆U:午後の間奏曲◆



 穏やかな午後。
 爽やかな風が部屋を吹き抜ける。
 手には八戒がいれたコーヒー。
 それを飲みながら、悟浄はゆったりとソファーに腰をかける。
 ……そして、その隣には……本を読む八戒。
 特に会話をする訳でもないけれど、ゆったりと流れる二人だけの時間。


 悟浄はこの時間を結構気に入っていた。
 前は……八戒に会う前は嫌いだった気がする。
 誰かと二人でいて、何も喋らないなんて……息が詰まりそうだった。
 だから、誰かといる時はくだらない事でも喋っていたし、そうでないのはセックスの時ぐらいだった。
 落ち着きタイト器は一人でいる。
 他人なんて気にせずに。
 そうでなければ落ち着けない。


 でも今は一人でいるよりも落ち着いている。
 最も穏やかな時間だ。
 八戒の気配は決して邪魔にはならない。
 ゆるやかな……暖かな風のように、心を和ませる。



「俺も末期かな」
 思わずそう呟いてしまう。
「え…何か言いました?」
「いや、何も」
「そうですか……」
 不思議そうにしながらも、八戒はまた読んでいた本に目を戻す。
 そんな八戒をそっと横目で見る。
 自分とは違った、白く透き通った肌。
 柔らかい栗色の髪がさらさらと揺れる。
 八戒は男の目から見ても綺麗だ。
 でもあくまでも八戒は男で、自分の興味の対象になるなんて思わなかった。
 ……が、あっという間にそんな考えはとんでしまった。
 今では八戒が生活の一部、
 無くてはならない存在に鳴っている。
 八戒が好きだと、はっきり言う事が出来るぐらいに。
 誰かを本気で『愛してる』なんて思った事は無かった。
 でもこんなに変わった。
 八戒が来てから。
 八戒という存在で……。



「あれ、八戒?」
 八戒の持っていた本が音を立てて床に落ちる。
 何が起きたのかと覗き込むと、八戒は目を伏せて静かに寝息をたてていた。
「ま、無理もねーか」
 昨夜は割と遅くまでしていたのに、いつも通り朝早く起きて家の中の事をしたのだろう。
 八戒なんて自分よりも負担も大きいのだから、疲れているだろうに……。
 自分が起きた時には、掃除も洗濯も完璧に済まされていた。
 そんな感じでは昼に眠くなるのも仕方がない。
 無防備に眠っている八戒が可愛らしくて、悟浄は小さく笑うとそっと八戒の体を引き寄せた。


 八戒の寝息が静かに体に伝わってくる。
 こんなに無防備な八戒を見るのも珍しい事だ。


 八戒がここに来たばかりの頃……。
 その頃は心を閉ざしている感じだった。
 いつも笑って……色々気を回して……。
 でも心は全然開いてなくて、見えない壁があった。
 笑顔で壁を作って身を守っていた。
 誰にも心を許さず、誰もが敵であるかのように。
 それから二人で暮らして、つきあい始めても……なかなか八戒の壁は崩れなかった。
 一緒に眠っていても、ほんの少しの物音で目を覚ましたり……。
 長い間の警戒心は簡単には解けなかったようだ。
『ごめんなさい、悟浄の事好きです。
 でも無意識に……ごめんなさい』
 そんな事を八戒はいつもあやまっていた。


 こんな風に自分に方を寄せて眠るなんて……大進歩だろう。
 毎日毎日……壁は消えて……。
 あと壁はどれぐらい残っている?
 それとも、もう……。

 
 でも言える事は一つ。
 今、幸せであると……。


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