月光〜SONATA for Sanzo×Hakkai〜 Op145
湖に映った月を求めて、水面が静かに波打つ
それがただの影だと気づいているのかいないのか……
ただ静かに、月を飲み込もうと水面に波が起こり……
そして消えていく……
静かに……静かに……
僕の恋はそんな……ピアノソナタ月光の様に静かに始まった
◆第一楽章◆
この恋が報われないのは、初めから分かっていた。
それでも僕は彼を求めずにはいられなかった。
『三蔵』
どんなに呼んでも三蔵は振り向かない。
もう一度三蔵の名を呼び、手を伸ばす。
でも三蔵に触れた瞬間、三蔵の体は霧の様に消えてしまう。
そしてまた離れた所に浮かび上がる……三蔵の姿。
『三蔵……三蔵……』
何度呼んでも、何度手を伸ばしても……三蔵は消えてしまう……。
「三蔵!」
「どうかしたか?」
開いた瞳に映る……目映い程の光……。
思わず閉じて閉まった目を開き、僕はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「いえ……何でもありません。
ちょっと夢見が悪くて……。
起こしちゃいましたか?」
目の前に広がるのは、安い宿の部屋。
そういえば、昨夜は三蔵と同室だった。
「……………」
あれは夢だったのだ。
そう思い気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐いた。
夢……でも……現実を表わしているのかもしれないけれど……。
「起こすも何も、もうとっくに朝だ。
いつまで寝てる気だ」
三蔵の言葉に僕は手元の時計を見る。
時計の針はいつもの起床時間を大幅に上回った時を指し示していた。
「あっ……」
「そろそろバカどもが朝飯だと騒ぎだすぞ」
「す…すいません。直ぐに支度します」
僕はそう言いベッドから降りると慌てて身支度をする。
「……俺の夢は魘される程いやなのか……」
着替えをしている僕の背中に、三蔵の溜息程微かな声が届く。
その言葉を理解して慌てて振り返った。
三蔵の夢が……嫌なわけではない……。
「あ…ちがいます。
そんなんじゃなくて……」
「おはよー、メシ行こーぜ!」
いい訳をしようとした言葉は、勢いよく空けられた扉の音と悟空の声にかき消される。
僕は続く言葉を言えずに、ゆっくりと唇を閉じた。
「八戒、行くぞ」
「はい……」
悟空に続いて部屋を出る三蔵の背中を、何か寂しげに見つめながら僕は小さくそう言った。
あの夢は……僕の心の現われだ。
もう一度今朝の夢を思いだし、溜息を吐く。
三蔵の事を想ってから、どれぐらいの時が過ぎただろう。
一体いつから彼の事を想っていたか……もう思い出せない程長い。
三蔵への思いは大きくなる一方。
それでも……自分の気持ちは何も彼に伝わらない。
ただ黙って背中を見つめるだけ……。
「どうした、食わんともたんぞ」
三蔵の言葉にハッとした。
僕は箸を持ったままぼんやりとしていて、目の前の朝食にはほとんど箸がつけられていない。
気が付けば他の三人の食事はほぼ終わっていた。
「八戒、どうしたの?体調でも悪いの?」
きっと浮かない顔をしているだろう僕に悟空は心配そうに声を掛ける。
「いえ、何でもないですよ。
まだ寝ぼけているのかもしれませんね」
そんな悟空に僕はそっと笑顔を作った。
朝からずっと三蔵の事を考えていた。
考えない様にしようと思っていたのに、気が付けば三蔵の事を考えている。
他の事を考えようにも、今日のルートは単調な道のりで、運転をしていても気が違う方にいってしまう。
……考えても仕方がないのに。
そう……今更何を考えても……何も変わらない。
何も変える事が出来ない。
自分には……そんな勇気すらない。
自分に自信を持つことも出来ない。
自分の気持ちを伝える事すら出来ない。
……ただ見つめる事しか出来ない。
三蔵はどう思っているのだろう。
こんな僕の事を……。
今まで考えても見なかった。
彼が僕の事をどう思っているかなんて。
考えるのが怖かったのかもしれない。
きっと三蔵は僕の事なんて何とも思っていない。
それを知るのが怖くて……。
ジープのシートに影が落ちる。
「お、敵さんのお出ましだぜ」
悟浄の言葉に空を見上げれば、数名の刺客。
僕は何かほっとした。
闘っていれば考えなくてすむかもしれないと思ったから。
「相変わらず、手応えもねーなー」
でもその言葉の通り、今日の刺客は雑魚ばかりで、僕の気を逸らすには不十分だった。
単調な攻撃をかわしながら単調に敵をしとめていく。
それだけの行動に、僕の思考はまた現実から離れていってしまう。
もし自分が敵の攻撃で重症でも負ったら……。
三蔵は心配してくれるだろうか。
もし死んだら……。
彼は悲しんでくれるだろうか。
そこまで考えて小さく笑う。
「バカですね……僕は……」
そんな事をして、三蔵を試してどうするのだろう。
馬鹿げている。
何よりも……。
そんな事をしてでしか他人の気持ちを確かめられない自分が……一番馬鹿だ……。
「八戒、後ろ!」
そんな事を考えていたから、罰が当たったのかもしれない。
後ろからの強い衝撃に……僕の意識が闇に沈んだ……。