Family 第三話 Op116−3
七月後半、小・中・高校生は夏休みまっさかり。
しかし社会人は仕事まっさかりである。
そして大学生はひっそりと試験中だったりする。
そんな夏休み中の高校生八戒は試験中の大学生三蔵を送り出し朝食の片づけをする。
平日は朝食後すぐに学校に行かなくてはならないので、どうしても台所などがあまり片づかないので、こういう休みの日にしっかりと台所磨きなどをしたい所である。
「おはよー……」
「おはようございます。
珍しく早いですね」
八戒の背後で同じく夏休み中の悟浄の声がする。
日曜日など昼過ぎまで寝ている悟浄の事だからてっきり夏休みも遅くまで惰眠を貪るのかと思いきや、意外な事もある……。
悟浄の朝食なんて……失礼な事だが用意していない。
「どこか出かけるのですか?」
慌てて残りのご飯を確認しながら問う八戒に悟浄は不機嫌そうな顔をする。
悟浄の早起きの理由の内の一つ『デート』ではないらしい。
それならもっと嬉しそうな顔で起きてくるだろうし……。
「……補習……」
「あ……」
悟浄の言葉に八戒は言葉を飲む。
それは不機嫌にもなるだろう。
特進クラスなんかには希望者のみで行う進学の為の補習というのもあるが、悟浄のは明らかに『赤点者補習』なのである……。
「悟空と三蔵は?」
「悟空は保育園のお楽しみ会、三蔵はまだ試験中だから学校ですよ」
そう言った瞬間八戒の携帯が鳴る。
相手は今噂していた三蔵である。
「もしもし……どうかしましたか?」
八戒は電話で話ながら辺りを見回す。
「あ…ありました」
そしてテーブルの端に一つのレポートを見つける。
今日提出のレポートを忘れてしまったらしい。
「今から悟浄が学校にいくから、ついでに持たせましょうか?」
その言葉が聞こえた悟浄は露骨にイヤそうな顔をする。
電話の向こうから聞こえてきた三蔵の声もやはりイヤそうに『お前が持ってこい』というものであった。
八戒・悟浄が通う高校と三蔵が通う大学は同じ敷地に建っている。
というのも同学園であるからなのだが。
同じ敷地に建っていても、高校生の大学の進入も大学生の高校進入も禁じられているため大学の敷地にはいるのは初めてであった。
勿論禁じられていても入り、大学の生協や食堂を仕様する悟浄のような者もいる。
それ以外で高校の行事で大学のホールを使用するため入る事もあるのだが、まだ転入後まもない八戒はそのどちらも体験していない。
「……高校と違ってちょっと広いような狭いような感じですね」
初めて見る大学に八戒は思わずそう漏らす。
割と町中にあるこの大学は他の学校と比べて決して広いものではないが、同じ町中の狭い高校からみれば随分な感じである。
それでも高校よりも校舎も多いので狭いという印象も受けかねない……。
「あ、三蔵」
指定された掲示板の前で三蔵の姿を見つける。
「休日なのにわざわざすまなかったな」
「いえ、まだ定期も切れてませんし、今日は特に用事ありませんから」
八戒は持ってきたレポートを手渡す。
三蔵はそれをペラペラとめくり中を確認する。
こうして見ると三蔵も『大学生』といった感じで何かすごく大人なように見える。
通り縋りの何人かの女性が三蔵に声をかけていく。
明らかに女の影のありすぎる悟浄と違って三蔵はあまり女の人がいるなんて感じはしなかったが……。
こうして同性の自分から見ても三蔵は綺麗で……女性にもてるのも頷ける。
「あれ?三蔵君可愛い男の子連れてるじゃん。弟?」
「でも三蔵君の弟ってもっとホスト臭い赤毛の子じゃなかった?
前に私、彼に口説かれたわよ」
「あ、あたしも〜」
そんな会話を聞きながら三蔵が悟浄にレポートを届けさせるの嫌がった理由が分かったような気がした……。
「……弟だ。だからお前らに構ってる暇はない。
八戒、行くぞ」
三蔵はそう言い切り八戒の手を掴むと女達の前から離れていく。
「……あの人たち、いいんですか?」
自分のせいなのだろうかと、八戒はおずおず三蔵に言う。
「いちいちあんなウザイの構ってられるか」
「俺は今からあと一教科試験がある。
それが待てるなら昼飯ぐらい奢ってやるが、どうする?」
八戒はそう言われて時計を見る。
まだ昼前で、急いで帰る用事があるわけでもない。
それにせっかく普段はいることの出来ない大学部に来たのだから少し見学もしてみたい。
「分かりました、校内見てますね」
そう言って八戒は三蔵と別れた。
八戒は一人校舎内を歩いていた。
試験期間中の大学にはあまり人気はなかった。
いろいろな物を見ているうちに奥まで来てしまったらしく、辺りはひっそりとしていた。
そろそろ戻ろう……そう思った時、閉まっていた教室の扉が急に開いた。
「あっ……」
そして中から出てきた手に腕を掴まれ、いきなり教室へと連れ込まれる。
その反動で八戒は床に倒れ込んだ。
打ち付けて痛む体をさすりながら、何が起こったのかを考える。
そして見上げたその目に映ったのは……。
「貴方は……清一色…先輩……」
「お久しぶりですね。
まさかこんな所でアナタにあえるとは思ってもみませんでしたよ」
…八戒は恐怖に体を強ばらせた。
こんな所で……この男に……。
「我に会いに来てくれたのですか?嬉しいですね」
「違います!」
誰がわざわざ会いになど…。
この男から逃れる為に、学校も移ったのに。
それなのに、その新しい学校の隣の大学にいるなんて……。
こんな所で会ってしまうなんて……。
清一色は床に座り込む八戒に覆い被さる様にその身を寄せる。
「や……人を呼びますよ」
「やってごらんなさい。こんな奥の教室まで来る人なんて誰もいませんよ:
そう言って清一色は強引に八戒に唇をあわせる。
そのおぞましい感触に忘れかけていた恐怖が広がっていく。
「あ…やっ…たすけてっ……」
「何をしている!」
清一色の手が八戒の上着のボタンに触れようとした時、勢いよく教室の扉が開けられた。
「三蔵……」
そこには……三蔵の姿。
「何ですかアナタは。
我の邪魔をするのですか?」
そう言う清一色を三蔵は蹴り飛ばす。
「八戒に何をするつもりだテメエ。さっさと失せろ」
「……今日の所は退きますが、我は決してアナタを諦めませんよ」
三蔵の言葉に清一色はそう言い教室を出て行った。
「八戒、大丈夫か?」
「さ…三蔵……」
「試験が早く終わって外にでたら、窓からお前の姿が見えたんで慌てて来たんだが…。
ヤツに何もされなかったか?」
八戒はゆっくりと首を縦に振る。
もし三蔵が気が付かなくて、ここにこなければ……自分はどうなっていたか。
それを考えると恐ろしい。
助かったと、ほっとして気の抜けた八戒の瞳から涙がこぼれる。
「アイツは誰なんだ……?」
「あの人は……前の学校の先輩で……僕にストーカーみたいにつきまとっていたんです。
卒業してからも…学校や家に……。
引っ越しをして学校も代われば大丈夫だと思ってたんですけど……」
泣きながら語る八戒を三蔵はそっと抱きしめる。
「……大丈夫だ。これからは俺が守ってやる。
体に伝わる体温で…心まで温かくなる。
「三蔵……」
あの時とは違うんだと。
自分の為に働いている母には心配かけられなくて…言うことが出来なかった。
でも今は一人で悩んでいたあの時とは違う。
信じられる家族がいる。
……だからもう大丈夫……。