Family 第四話 Op116−4
八戒が来てから数ヶ月たった。
……逆にいえばまだ数ヶ月しかたっていないのだ。
それなのに、八戒はあっという間に家族の中にとけ込んでいた。
いや、バラバラだった家族が一つになったのかもしれない。
八戒が来るまでは……こんなに兄弟で会話なんてしていなかったような気がする。
父親は仕事で遅く帰ってくる事が多かった。
兄弟は各々好き勝手していた。
それなのに今はこうして、暇な時間に各々自室ではなく自然と今に集まるようになっていた。
これはやっぱり八戒効果なのだろうか、そんな事を考えながら悟浄は忙しそうに夕飯の支度をする八戒を眺めた。
「悟空、夕飯前にお風呂済ませちゃってください。
外で遊んできて泥だらけですからね」
「はっかいいっしょにはいろー」
悟空はいつでも八戒にひっついて甘えっぱなしだ。
まあ、自分や三蔵に甘えてどうなる……とも言うが。
「うーん、僕は夕飯の支度があるんで……。
でも一人じゃちょっと危ないですね。
あ、三蔵、悟空と一緒に入ってきてもらってもいいですか?」
「……仕方がねえな」
三蔵はそう言い、読んでいた新聞を置き立上がる。
……今までは何度いってもそんな事はしなかったのに。
「えー、さんぞーと?はっかいがいいなー」
「てめぇ…」
「今日の夕飯は悟空の好きな『水餃子』ですから、ねv」
八戒がそう言い微笑む。
悟空も『水餃子』の言葉と、八戒の笑顔に素直に首を縦にふる。
「なんか…どっかの親子見てるみてー…」
悟浄は誰にも聞こえないぐらいの大きさでそう呟いた。
「悟浄、暇なら手伝ってもらえません?」
八戒にそう言われてしまえば悟浄も断る訳にはいかず、重い腰を上げる。
三蔵と変わりないのかもしれない……。
今までだったら絶対にそんな事はしなかったのだから。
「何すればいいの?」
「これを混ぜて貰えます?」
そう言って差し出されたボールを悟浄は素直に受け取った。
八戒は男のくせに家庭的だ。
今まで母親の代わりにずっと家事をやっていたからだろうか。
料理も毎日きっちりと、手を抜いたりしない。
台所も部屋も隅々まで綺麗に磨かれている。
もちろん洗濯物が溜まるなんて事はない。
父から八戒に代わっただけで、代わらぬ男所帯だというのにこの差はなんだろう。
別に父親が気の利かない男だった訳ではない。
八戒が特別なのだ。
「なあ八戒、今の生活楽しい?」
悟浄は思わず八戒に尋ねる。
男四人、悟空は別にしたって残りの三人は同じ立場だ。
それなのに八戒だけが毎日家事に追われて……悟空の面倒をみて……。
「え?楽しいですよ」
「こんなおさんどん生活が?」
考えてみれば八戒は受験生なのだし、こんな事をしている場合ではないのだろうか。
「僕の作った料理をみんなが美味しいって食べてくれる事が嬉しいです。
悟空が僕を慕ってくれるのもとても嬉しいですよ。
今までは一人で食事をする事が多くて……母一人子一人でしたからね。
だからこうして四人で食事をするのって幸せです。
……ずっと夢見ていたから」
「でもお前だけが苦労する事ないんだぜ。
今までも……そりゃ適当だったけど何とかやってきたしな」
あんなに家事をするのがイヤで、八戒が来てから楽になったって思っていたのに、口からはそんな言葉がです。
「いいんですよ、好きでやってるんですから。
みんなが幸せになってくれればそれでいいんです。
僕、悟空の事も三蔵の事も悟浄の事も大好きですから」
そう言って微笑んだ八戒の顔はとても綺麗で……一瞬ドキドキしてしまった。
「俺も八戒の事……」
好きだと言いかけたその時、風呂場の扉が開いた。
「上がりました?
あ、悟空待って下さい。体拭いて服着ないと…」
裸のまま走り回る悟空を八戒はバスタオルを持って追いかける。
それを見ながら……喉まで出かかっていた『好きだ』という言葉はすっかり引っ込んでしまっていた。
八戒を好き、それは別に恋愛として好きだという意味ではない。
友に対する愛?家族に対する愛?
いや…これはきっと母に対する愛に近いものだろう。
そして悟空も三蔵も同じ様に母に対する愛を八戒に向けているのだろう。
母の様に優しく暖かい包容を求めて。
まだ小さい頃、母が生きていて甘えられたあの頃のように。
悟空は与えられなかった母のぬくもりを求めて……。
「八戒、古典が苦手だと言ってただろう。
今から見てやろうか?」
「え?いいんですか?」
だからみんなさまざまな方法で八戒の気を引こうとするのだ。
三者三様に……。
「え〜、三蔵兄ちゃんずる〜い。
可愛い弟の悟浄ちゃんには一度もそんな事言ってくれた事ないのに〜」
三蔵の行動を邪魔するように悟浄は巫山戯てそう言う。
「お前に教えてたら夜が明ける」
きつく返す三蔵に八戒はくすくすと笑う。
「なら悟浄の勉強は僕が見てあげましょうか?」
「八戒、こんなのに教えるのは時間の無駄だ」
「三蔵ひでー、そんな別に八戒にお返しに夜の勉強〜とかやったりしないって」
そう言った瞬間に悟浄の頭上に丸めた新聞が振り落とされる。
「ってー、何すんだよ」
「ゴキブリは早めにつぶさんとな。
それともこっちの方がいいか?」
三蔵は手元の六法全書の角を見せながら言い、それをみた悟浄は大人しく両手をあげた。
「なんかずりー、おれもなかまにいれてよー」
一人会話に入れなかった悟空が話に食らいつくように身を乗り出す。
「ガキは早く寝ろ!」
そう三蔵に一括されるが、悟空は懲りる様子もへこたれる様子もなく今度は八戒の腕をぎゅっと掴む。
「じゃあ、はっかいいっしょにねよ。
まえのおはなしのつづききかせてよ」
「ふざけるな!こっちが先約なんだよ」
「…あのー、あんまり騒ぐとご近所迷惑に……」
こうしてこの家では毎日次男ママを奪い合う熾烈な戦いが行われる。
そんな平和で幸せな一家の声は、今日も近所に響きわたる……。