Family 第二話   Op116−2


 いつも平和な(?)某男子校。
 悟浄のいる工業クラスでもいつものように平和な(?)昼食時間が訪れる……。


「あれ?悟浄、今日は弁当じゃねえの?」
「さては弁当の彼女と別れたな」
 ここ数日は弁当持ちであった悟浄が財布をもって立上がるのを見て、クラスメイトの山田(仮)が悟浄に声をかけ、それを増長するように佐藤(仮)も言う。
「まあ悟浄にそんな彼女がいつまでもいるとは思わなかったけどな」
 そう言う山田(仮)に悟浄は弁解する気にもならず短く溜息を吐く。
 ここのところの弁当、それは別に彼女お手製のものではない。
 昨日の日曜は悟浄が組んでいるバンドのライブがあり、打ち上げのまま朝を向かえ学校に来たので今日は弁当がない、それだけの事なのだ。
 今まで悟浄の弁当を作っていたのは、数ヶ月前に一ヶ月違いの兄となった男……。
「悟浄の彼女ってみんなケバ目な女ばっかりだもんな〜。
 弁当作ってくれるような家庭的な女なんて何処でみつけたんだよ」
 ケバ目の女…そう言われて……反論の余地も無かった。
 確かに自分の周りにはそんな女ばかりだ。
 料理も掃除も苦手そうな……。
 自分に弁当を作ってくれるようなヤツは一人もいない。

「そういえば、特進にずっげー美人が転入してきたの知ってるか?」
 佐藤(仮)の言葉に悟浄はどきっとする。
 校内でつるんでいるこの二人にも自分の新しい兄の事は言っていないからである。
「美人ってったって男だろ?」
 悟浄は出来るだけ動揺を抑えた声でいう。
 転入したての特進の男…それはほぼ間違いなく、あの男の事だろう。
「お前はよそに女がいっぱいいるからいいかもしれねえけどな。
 俺たちみたいな女っけのないトコにはさ、例え男だろうと美人はオアシスなんだよ」
「そうだぜ、よそのクラスにももうすっげー人気なんだぜ『特進の君』は」
 その言葉を聞いて悟浄は机に突っ伏す。
 まさか『特進の君』とまで名付けられるほどとは…。
 男子校は恐ろしい。
 この状態では、いまさら自分の兄弟だなんて言い出せない。
「話してみてーよな、特進の君」
「俺近くで見るだけでもいいんだけどな」
 悟浄の心中を知らない二人は勝手に話しを進める。
 その二人に悟浄は絶対に兄弟だという事は言えないと確信する……。
 これでは校内で話しかけられるだけでも自分の立場はピンチになりそうだ。
 ……しかし、ここ工業科の教室は普通科とは離れている、校舎も別だ。
 余程の事が無ければ校内ですれ違う事もないだろう。
 いらぬ心配だ。
 そう思い、悟浄は安堵の息を吐く。

「おい悟浄…アレ」
 そう言われて差された教室の入り口を見て悟浄は驚愕する。
 やたら教室がざわめきに包まれていると思った……。
 そう……何故か工業科の教室の入り口に噂の『特進の君』こと八戒がいるからだ。
「わー、マジで美人〜」
 そう言う周りの声を聴きながら悟浄は机に伏せる。
 何故八戒がこのクラスに……。
 おそらく自分を捜してだろうが、そんな事が周りにバレたら自分は……。
「あ、悟浄。机に突っ伏して何をしてるんですか?」
 せめて見つからないようにと机に伏せってみたものの、自分の目立つ赤い髪は隠し切れずあっさり見つかってしまう。
「あ…八戒……何?」
 動揺を隠しきれずに言う悟浄に八戒は持っていた包みを差し出す。
「悟浄、今朝になっても帰って来ないから……。
 お弁当ないと困ると思って持ってきたんです。じゃあ」
 八戒はにこやかにそれだけ言うと教室を出て行く。
 お弁当がないと困る……確かに困るかもしれない。
 しかし今の状態に比べれば、お弁当の一つや二つ……。
 そう思う悟浄にはクラスの8割から『どういう事だ』という冷たい視線が掛けられていた……。


「へー、そんな事俺たちに黙ってたわけ?」
 すべてを白状させられた悟浄に山田(仮)は冷たく言い放つ。
「いや…まあ……」
 何故こんな事に……と思う悟浄に尚もクラスの冷たい視線は途切れない。
 たった一人の男子のせいで……男子校はあなどれない……。
「とにかくこの弁当は没収だ!」
「へーへー……」
 この際弁当は諦めてパンでも買うか〜と立上がろうとした悟浄の背後で感嘆の声があがる。
 いくら『特進の君』お手製の弁当だからといって何をソコまで感動することがあるのだろうか。
 そう思い悟浄は振り返り、自分のモノだった弁当を眺める。
「…こ…これは……」
 思わず悟浄までも驚きの声を上げてしまう。
 それもそのはず……。
 美しい黄色の卵そぼろ……その中心には鮭そぼろで描かれた……。
「これは……ハート!」
「いや違う、コレを見ろ!」
 弁当と取り巻く男子学生の一人が弁当のふたを差す。
 そこには薄切りになったキュウリが張り付いていた。
 それをおそらくあったであろう場所に戻す。
 そうすると……。
「こ……これは……」
「なんと………」
 そこには鮭で描かれた花、キュウリで描かれた茎、これはまさしく……。
「ち…チューリップだ」
 それを見た瞬間に悟浄は脱力して机に倒れ込んだ。
 なぜ…今日に限ってこんな弁当を……。
「さらに、おかずの塩漬けキュウリも可愛らしくチューリップに……」
「なんとミニウインナーは爪楊枝に三つ刺されて串焼き風」
「サラダはトマトをくり抜いた容器に……」
「勿論デザートのリンゴは…ウサギだ!」
 見たこともないようなファンシーな弁当に次から次へと感嘆の声があがる。
 この盛り上がり様をみながら悟浄はこそこそと教室をでようとする。
 本能が感じ取る……このまま此処に居ては危険だと。
「うわっ…」
 しかし教室を出るより先に山田(仮)の手が悟浄の襟首を掴み引き戻す。
「どーゆーことか説明してもらおうか」
 その時の悟浄を取り囲むクラスメイトの目は今までで一番怖かった……By悟浄。



「おかえりなさい」
「た…ただいま…」
 帰ると八戒がいつものように台所で夕飯の支度をしていた。
 文句の一つも言ってやろうと思ったが、にこやかに調理する八戒に悟浄はなかなか言い出せない。
「はっかーい、きょうのべんとうすっげーかわいいって、せんせいにもいわれちゃったー」
 そんな悟浄をよそに、にこにことする悟空がそう言いながら八戒に空の弁当箱を渡す。
「よかった、がんばって作ったんですよ」
 つまり、園児仕様の弁当という事……らしい。
 八戒の弁当は大きさは違えどもみんな平等な中身……。
 何も同じデザインにまでしなくとも……そう八戒に言った所で『なんでですか?』とさらっと返されそうだ。
「おい、三蔵。テメーはどうやって弁当食ったんだ?」
 悟浄は横の三蔵に小さな声で言う。
 おそらく三蔵の弁当もチューリップ。
 大学生の……しかもあの三蔵がどうやって弁当を……。
「甘いな、大学にはいろいろ人気の無い場所ってのがあるんだよ」
 三蔵はさらりと悟浄に返す。
 高校でも人気のない場所がない訳ではないが、今日がアレだっただけに明日も昼休みにヤツらから逃げるのは相当苦難だろう。
「明日も可愛いお弁当つくりますね」
 そんな事を考える悟浄の耳に八戒の爽やかな声が届く。

 悟浄の穏やかな昼食時間は……まだほど遠い。


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