SONATA 第一楽章(三話) Op1−3
「俺と悟浄は奴のところへ行ってくる。
悟空、お前は八戒のこと頼んだぞ」
いつもなら自分が置いていかれることに文句を言う悟空だが、今回は黙って頷く。
「……どこか出かけるんですか?」
その時、てっきり寝ているものだと思っていた八戒が姿を見せる。
「八戒、寝てなきゃダメだろ」
悟空が慌てて八戒に近寄る。
「もう大丈夫ですよ」
「でも……」
大丈夫だと言うが、八戒の顔色はお世辞にも良いとは言えない。
まだ体調が悪いのだろう。
「…悟浄と三蔵は?」
ほんの少し悟空に気を取られただけなのに、気が付くと二人の姿がない。
「ん、少し調べもんがあるんだってさ。
だから八戒は俺と留守番。別に良いだろ?」
そう言う悟空の様子がどこかおかしかった。
まるで自分の隠し事をしているようなふうに思える。
「…悟空…ごめんなさい」
「え……?」
吠登城に行く間…二人の間に会話はなかった。
互いに固く閉ざしている口が開かれることはない。
…別に話すべき内容があるわけでもない。
ただ、互いに考えていることは…早く八戒の呪いを解くことだけだった。
「首輪の鍵を渡せ」
数日前と全く同じ状態で三蔵がニイに向かって言う。
ニイの方も数日前と同じように、押しあてられた銃を気にすることもなく笑っている。
「どうだった?僕の仕込みもなかなかのモノでしょ」
どこか人を馬鹿にしたような口調でニイが言う。
「……貴様…」
「実験もそろそろフィナーレかな。
ちょうど役者も揃ったみたいだしね」
その言葉に悟浄と三蔵が後ろを振り返る。
「……八戒」
そこには、悟空と共に宿にいるはずの八戒の姿があった。
「お前…どうしてここに……」
「すいません。何か様子がおかしかったので…。
悟空には眠ってもらいました」
八戒が少し俯いてそう言う。
首輪の鍵の金属が擦れあってチャリッと鳴った。
「この首輪が関係しているんですよね。
僕の記憶が抜けていること…。
そして…この人も…関わっているのですよね…」
八戒が?を見る。
初めてあったはずなのに…身体が恐怖を憶えている。
自分はこの男に会ったことがあるのだろう。
そして…この場所で……。
八戒が辛そうに顔を歪める。
「…………」
悟浄と三蔵は返答を返せなかった。
何時までも誤魔化しておくことが出来ないのはわかっていた。
何時かは知られるだろうとも思っていた。
それでも八戒に事実を告げることは出来なかったのだ…。
悟浄も…三蔵も……。
八戒が全てを知ったら…。
八戒の精神が危ない…そう思ったから。
だから告げることが出来なかった。
「八戒」
その静寂を破るようにして、突然ニイが八戒の名を呼ぶ。
その瞬間、八戒の身体がびくんと揺れる。
「……八戒?」
八戒の様子がおかしい。
虚ろな眼差しでゆっくりとニイの元に向かって歩き出す。
悟浄と三蔵が八戒の名を呼ぶが、まるで聞こえていないかのように何も反応しない。
───
操られている?
慌てて悟浄が八戒を追うが、何かに阻まれてしまう。
「…っ、結界か…」
ニイは歩いてきた八戒の手を取り、部屋の隅に置かれたソファに移動する。
ソファに腰をかけるニイの元に八戒は跪く。
そして、ズボンの前をくつろげニイのモノを取り出し口に含む。
ゆっくりと舌を絡め、ニイのモノを高めていく。
ニイの手が八戒の上着の前ボタンを外す。
前をはだけさせ、その滑らかな肌に手を滑らす。
固くなった胸の突起を摘み上げると八戒はその感覚に耐えられず、ニイのモノを口から外してしまう。
「あぁ…」
八戒が甘い声を漏らす。
ニイの手が八戒の肌の上を滑る度に八戒は甘い声を漏らし啼いた。
まるで媚薬でも使われているかのように、八戒はニイの与える愛撫に過敏なほど反応を示す。
「御主人様…もう…」
八戒が耐えられずにニイを求める。
「…もう…何?」
ニイが八戒の耳元で意地悪く囁く。
そんな声すらも刺激になるのか、八戒の身体がびくんと揺れる。
「御主人様のモノが欲しい…」
八戒は自分から唇を合わせ舌を絡める。
「欲しいなら自分で入れてごらん」
ニイは離した唇を首筋へ移動させ、その白い首を舐める。
八戒はニイの上の跨ると、恥ずかしげに目を伏せ腰を落とす。
「ああぁ…う…あん……」
足を限界まで開き、ゆっくりとニイのモノを収めていく。
八戒の唇から熱のこもった息が漏れる。
ゆっくりと少しずつ腰を下ろし完全にニイのモノを体内に収める。
深く息を吐くと今度は腰を上下に動かす。
「あ…ごしゅじんさま…」
八戒の瞳から涙がこぼれる。
八戒はニイのモノを求め何度も腰を揺らした…。
「やめろ!」
八戒とニイの痴態から目を背ける。
八戒の喘ぐ声がまるで耳元で囁かれているように伝わってくる。
耳を塞いでも、その声は耳に届く。
ソファがきしむ音や、布が擦れ合う音までも…。
それなのに、いくら叫んでも声は八戒に届かない。
まるで一方通行であるかのように。
どんな力を加えても結界は揺るがない。
「八戒!」
手を差し伸べたくても…その手は届かない。
どんなことをしても八戒を救うことが出来ない。
「ちくしょう…」
何をすることも出来ず…ただ見ているしかないのか…。
見たくない…。
八戒のあんな姿など見たくない…。
何も聞きたくもない…。
それでもその音は耳を塞いでも耳へと届く。
目を閉じてもその姿が鮮明に映し出される。
─── 狂いそうな時間だった。
一体どれほどの時間が経ったのだろうか…。
どうすることも出来ないこの時間が突然崩される。
ガシャーンという音に、三蔵と悟浄は我に返る。
突然何かの力が加えられ、結界がガラスのような音を立てて崩れる。
ここにいる八戒以外の者が、その力が加えられた方を見る。
そこには息を切らせ汗を滴らせている赤毛の男の姿が……。
「……紅孩児」
「またですか…王子様……」
ニイは自分の身体から八戒を降ろす。
八戒は糸の切れた操り人形のようにソファに倒れ込んだ。
そんな八戒を見ようともせず、ニイはソファから立ち上がると、乱れた着衣を整える。
「敵を助けるなんて、完全な裏切りですよ」
まだソファに倒れ込んでいる八戒とは違い、まるで何事もなかったかのように振る舞う。
「こんなやり方に何の意味がある」
「……イミ?」
声を荒げて言う紅孩児にニイは鼻で笑って返す。
「こういう人たちには、精神的にダメージを与える方が効果的だと思いませんか?王子様」
確かにニイの言うことは間違っていない。
今回のことは三蔵一行に大きなダメージを与えただろう。
───
しかし…。
紅孩児はぐっと唇を噛みしめる。
「とにかく俺はこんなやり方は反対だ。
こいつらとの決着は俺がちゃんとつける」
何かを断ち切るかのようにそう言い捨てると八戒の元へと歩む。
そして、虚ろな目をしている八戒をそっと抱き上げる。
痛々しいその姿に紅孩児は八戒から僅かに目を背けた。
「…頼んだぞ」
三蔵の元へ行くと、八戒をそっと降ろし、三蔵の手に首輪のと思われる鍵を手渡す。
「鍵も見つけちゃったんだ…。
ちょっとそこまではやりすぎじゃない?」
あくまでも相手は敵なんだよ、と?は笑う。
「王子様は優しいねぇ」
そのあとに、でも…と付け加える。
「その優しさが命取りになるよ」
…それは寒気を覚える笑みだった。
「とりあえず、八戒の呪いを解くぞ」
悟浄は八戒の上半身を抱き起こす。
そして首輪につけられた金色の錠に鍵を差し込む。
カチリ…という音を立てて錠が外れた。
「八戒、大丈夫か?」
虚ろな八戒の目の焦点がだんだんと合っていく。
「……ッ!」
急に目を見開くと、支えられている腕を振り払う。
頭を抱え、床に座り込むとガタガタと震え出す。
「八戒…?」
その様子は普通ではない…。
まるで何かに怯えている子供のようだ。
「貴様…八戒に何をした!」
「…別に。あ、そうだ。一つ言い忘れてたよ」
ニイは巫山戯たような表情で笑う。
「その首輪、外すと今までの記憶が全て戻るんだよ」
「記憶……」
八戒が捕らえられていた時の記憶…。
八戒に残されていた痕から、一体何が行われていたのかは大体予想がついていた。
今、それが
───
「八戒…」
八戒はまだ座り込んだまま小さく嗚咽を漏らしている。
きっと八戒に呼びかける声も彼には届いていない…。
ニイはそんな八戒を横目で見る。
「情緒不安定な美人さんじゃ、精神の方が持たないかもね」
笑い声と悲鳴だけが、薄暗い部屋に何時までも響き渡った……。
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