恵方巻
「恵方巻って何?」 知らない事は何でもいいから訊いてくれと言い出したのは手塚の方。 だからリョーマは学校や街中で耳にした話で、意味がわからない内容は全て訊いてくるようになった。 「恵方巻とは節分の日に食べる太巻き寿司の事だ。そうだな、商売繁盛や無病息災に厄落とし、あとは願い事が叶うなどといった意味を持つ」 リョーマが訊いてくる事は日本の習わしが多く、祖父の影響を受けまくっている手塚にしてみれば、答えに困るような疑問は今のところ無かった。 「へ〜、何かスゴイ。で、節分っていつ?」 「2月3日だ」 「じゃあ、3日ならいつでも食べてOK?」 「いや、節分の夜に恵方に向かい、目を閉じて願い事などを思い浮かべながらまるかじりするんだ。無論、食べている間は無言でなければならない」 「まるかじり…無言…何か暗いね」 食べている様子を想像したのか、薄ら笑いを浮かべていた。 想像通り、恵方巻を食する時は、全員が同じ方向を見据えて太巻きを食べるのだから、何も知らない人が見たら「何をしているんだ?」と不思議に思うに違いない。 だが、手塚にしてみれば、それは年間行事の1つに過ぎない。 「自宅ではやらないのか?」 「ん〜、アメリカじゃやらなかったし、菜々子さんも何も言ってなかったから、やらないんじゃないかな」 そういえばそうだ、と手塚は今更ながらにリョーマがアメリカから来た事を思い出した。 両親が日本人でも、さすがにアメリカでは節分行事を行わないだろう。 それにリョーマの母は和食よりも洋食が得意だと聞いているので、面倒な巻き寿司を作らないと勝手に決め付けた。 「では、家に来るか?母が家族の分を作るからお前の分も頼んでおこう」 何事も経験するに限るとリョーマを誘うが、手塚の母が作る料理はリョーマの口に非常に合っているので、食事に誘われれば必ずやって来る。 絶対に『NO』とは言わない。 「ホント?じゃあ、行くから彩菜さんによろしく」 「ああ、着替えも忘れるなよ」 「ん、わかってる」 当日は練習があったリョーマは、昼を過ぎてから手塚の自宅にやって来た。 「いらっしゃい、リョーマ君」 「今日もお世話になります」 出迎えたのは手塚ではなくて母の彩菜で、今日は黒のワンピースに淡いピンクのエプロンを身に着けていた。 「国光は出掛けているの」 「はい、聞いています」 部活の練習が終ったのを見計らったかのように、手塚からは用事があって所用が出来て出掛けているからと連絡が入っていた。 祖父は警察の道場に行っていて、父は早朝から釣りに出掛けていると聞いている。 こうしてリョーマは出迎えるのは彩菜しかしない。 「今日の夕飯は太巻きだけなんだけど、良かったかしら」 「大丈夫です。楽しみにしてました」 予め、手塚から話を聞いていたから、夕飯が太巻きだけでも問題は無い。 パタパタとスリッパの音を廊下に立てて、2人はお喋りしながらリビングに向かう。 「あの、恵方巻って普通の太巻きと違うんですか?」 「そうね、七種類の具を入れる事かしら?」 「七種類?何で?」 「それは後で国光に訊いてみてね。きっと、リョーマ君が大満足するくらいの答えをくれるでしょうから。夕飯はちょっと早めにするから、もし遊びに行くなら早く帰って来てね」 やんわりと微笑むと、彩菜はキッチンに行ってしまった。 もしかして誤魔化されたのかな?とソファーに座れば、漸く手塚が現れた。 「待たせたか?」 「今来たトコだよ」 持って来たバッグを肩に担いで、リョーマは手塚と共に2階に上がる。 そして、部屋に入ると同時に先程の質問をぶつけたのだった。 「七福神にちなんで七種類入れるのだが、七福神は…知らないよな」 「しちふくじん?何だろう?」 「七福神とは福をもたらすとして日本で信仰されている神でな、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の七神だ」 「…国光って何でも知っているんだね」 何も調べずに疑問にここまでスラスラと答えてくれる手塚に、リョーマは尊敬の眼差しを送る。 愛すべき相手からそんな風に見つめられれば、常に冷静沈着な男でも一瞬にして、ただの男に変身してしまう。 「…リョーマ」 バッグを床に置いているリョーマの背からかぶさるように抱きつき、背後から頬にキスをする。 乾燥する季節でもリョーマの肌は瑞々しく、唇で触れてもそのハリは感じられ、手塚は何度も唇を押し当てる。 「も、キスするならちゃんとしようよ」 「そうだな」 邪魔になりそうな眼鏡を外し、今度は正面から抱き締めて柔らかな唇にキスをすれば、リョーマも応えるように背中に腕をまわしてくれた。 キスも西洋では触れる場所によって意図するところも違う。 手の甲は尊敬で、掌はお願い、頬は親愛で額は挨拶。 そして唇は愛情。 初めは唇をくっ付けるだけのソフトなものだが、お互いに気持ちが盛り上がってくると、キスの内容も濃くなり、最終的にはディープなものに変化する。 「…ん、くにみつ」 蕩けるような声で名前を呼ばれれば、手塚国光を作り上げている箍が全て外れてしまう。 うっとりと見つめてくるリョーマをベッドに誘導して、ゆっくりと押し倒した。 「…エッチするの?」 「嫌ならしない」 「イヤじゃないよ…」 頬を朱に染めて瞳を閉じる行為はリョーマなりのOKサイン。 手塚は優しいキスを繰り返しながらリョーマの衣類を次々と剥いで、自分の服も脱ぎ捨てた。 どこもかしこも甘く感じる肌をじっくりと堪能した後は、トロトロと濃密な蜜をこぼす半身に手を掛ける。 「…あ…んっ」 一番顕著な反応を見せるリョーマに、手塚はゴクリと喉を鳴らす。 まだまだ幼くて、たまに本気で申し訳ないと思ってしまうが、一度味わった悦楽はそう簡単には手離せない。 誰にも触れさせたくない。 誰にも見せたくない。 心の狭い男だと思われても構わないくらいに、手塚はリョーマにのめり込んでいた。 「…やっ、も、イく…」 彩菜が階下にいるからか、あまり声を出さないようにしていたリョーマが唇を噛み締めて絶頂を迎えると、手塚は口内に放たれた体液を一滴残らず飲み干していた。 その後で、リョーマにキスをすれば、青臭い味に眉を顰める。 「…あ、もう…また飲んじゃったの?」 「いけなかったのか?」 「だって、マズイでしょ」 「いや、お前のものだからな。それほど気にならない」 「…国光がそこまで言うのなら…」 よしよしと頭を撫でてやれば、損ねさせた機嫌を取り戻す。 「…じゃ、今度は俺がする…あっ」 「どうした?」 「恵方ってどっち?」 「北北西だからな、こちらだ」 と指を差せば、何やら企んでいるようなワクワクとした表情になる。 「えっと、恵方を向いて食べるんだよね。だったら…」 リョーマは自分の体勢を恵方を向くようにしてから、手塚を手だけで呼ぶ。 「何だ」 「こっちに座って」 とりあえず言われたようにする。 「練習させてね」 天使なのか悪魔なのかわからない笑みを浮かべてから、リョーマは手塚の猛る熱塊に顔を近付ける。 何時もなら手で何度か扱いてから、先端から舌で舐めて、最後に口に含むという工程なのだが、今日はいきなり口に含んだ。 「リ、リョーマ!」 焦りを含んだ声で名前を呼ぶが、リョーマは何も言わずに目を閉じてしまい、唇で食むようにして熱塊を味わっていた。 太くて硬い熱塊は口を大きく開かないとならない。 間違っても歯を立ててはならないのは、同じ男だからリョーマも良く理解していた。 「…はぁ、リョーマ」 自分の欲望の証をここまで懸命に愛してくれるリョーマに対し、手塚はもっと深く強く繋がりたいと思い始める。 「もう、いいぞ」 止めようとしてもリョーマは絶対に口を離さずに、もっと深く口に含んで激しく頭を動かした。 「…くっ……出すぞ…」 その激しい動きに内側から湧き上がる欲望を抑えきれなくなった手塚は、リョーマの頭を押さえ込むようにして口内に激情を吐き出した。 「…ん、う」 喉に突き刺さるようなえぐい味。 リョーマは眉間にシワを寄せながらも、喉に流し込んだ。 「…ふぅ、練習終わり」 「何の練習だったんだ」 濡れている口元を拭ってやりながら問い掛けてやれば、リョーマはニッコリと微笑みながら、こう言ってきた。 「恵方巻って太巻きを一気に食べるんでしょう。だからその練習だよ」 同じ食べ物を黙って食べ続けるのはちょっと苦しいかもしれないと思ったから、リョーマは手塚の熱塊を太巻きに見立てて練習していた。 本来なら噛んで食べないといけないのだが、手塚の身体の一部を食べるわけにもいかないので、太巻き最後まで食べられるよう、口を大きく開き続ける練習をしていた。 「国光って大きいから、太巻きくらいの大きさだよね」 「いや、流石にそこまで太くないぞ」 「えっ、国光のより太いの?」 「それに太巻きは齧ればいいのだから、口を大きく開く必要はないのだぞ」 「えっ、そうなの?」 想像していた食べ方と異なっていたのか、リョーマは大袈裟すぎる驚きを見せた。 「それよりもだな、続きをしても構わないか」 このままでは途中で終わってしまいそうで、Hな気分になれるように手塚はリョーマの身体を弄る。 「…あっ、ん、いいよ」 胸元を弄られて、リョーマは甘ったるい声を上げながら、行為の続きを求めた。 「はい、これが恵方巻よ」 「わっ、美味しそう。…本当だ。すっごく太いや」 干瓢と椎茸と人参と胡瓜とでんぶと穴子、そして甘い伊達巻が入った太巻きは、手塚の熱塊とは比べ物にならないほどに太くて、思わず声に出してしまった。 「…国光のは平気だったけど、これは口に入るかなぁ?」 じぃっと太巻きを見つめるリョーマは、つい先ほどまで自らの口で味わい、目にしていた手塚の下半身を思い浮かべる。 「何か言った?」 「リョーマの独り言ですよ。母さん」 リョーマの呟きをしっかり耳にしてしまった手塚は、即行で何でもないと彩菜に告げた。 目の前にある太巻きと自分の下半身を比べられるのは照れ臭い上に、今からそれを食べるのだ。 何だか、自分の下半身を齧られるような気がして、手塚としてはかなりの苦痛だった。 「それじゃあ、頂きましょう」 もぐもぐと家族全員が同じ方向に向かって太巻きを食べている図は滑稽でしかないが、初体験のリョーマは願い事を思い浮かべながら、彩菜手作りの美味しい太巻きを食べていた。 「ご馳走様でした」 太巻きだけでは寂しいと、全員が太巻きを食べた後で、具がたくさん入った澄まし汁が出てきた。 「美味しかったです」 太かったが長さはそれほどでも無かったので、全員が完食していた。 「それは良かったわ。来年も来てね」 「はい、絶対に来ます」 1年も先の約束を彩菜としてから、再び手塚と共に2階に戻った。 「本当に国光より太かった」 部屋に戻ったリョーマは、太巻きの感想を手塚に伝えるが、感想の全てが太巻きと下半身の違いについてで、手塚は何と言って良いのかわからずに困惑していた。 「ね、もう1本食べてもいい?」 「太巻きはもう無いぞ。何か用意してもらおうか?」 大きな太巻きは1人1本しか無かったが、小柄でも多く食べるリョーマには足りなかったのかと、何か別のものを用意しようとしたが、リョーマはふるふると頭を左右に振る。 「食べられない太巻きだからいいんだよ」 「…食べられない?ああ、そういう事か」 それならばいくらでも食べさせてやると、手塚はリョーマを軽々と抱き上げてベッドへと運んでいた。 「そういえば、願い事は何だったんだ」 「ナイショ」 エヘ、と可愛らしく舌を出す。 「…吐かせてやりたくなるな」 「願い事は言うと叶わなくなるんでしょ。だから言わない。だって国光だって教えてくれないでしょ?」 「まぁ、それもそうだな」 リョーマの願いは気になるところだったが、ここまで頑固になると絶対に言わないのはこの付き合いで良く知っているから、手塚はリョーマの願い事は不明なままだった。 『来年も国光の家で恵方巻を食べられますようにってお願いしたんだよ』 この日の願い事を手塚が知るのは、今から丁度1年後の節分になるのだった。 |
1週間前のお喋りから出来た話です。
ちょっと意地悪な手塚バージョン(一部)はこちらから。