「やっぱり、国光は強いね」
「お前も強い
部活が終わると、肩を並べて帰る。
何時もの2人だけの帰り道だ。
今日は軽くワンセットマッチの試合なんてものを行ったが、勝負は手塚の勝ちだった。
勝ちと言っても『何とか勝った』という内容で、手塚の強さにリョーマが近付いている。
手塚の背中を追っていたリョーマはもういない。
肩を並べるのは近いだろう。
「もっと強くなりたい…」
「もっとか…俺もうかうかしていられないな」
「国光と親父を倒すのが俺の目標だからね」
覚悟しておいてよ。
ニヤリと口元に笑みを作り、如何にも小生意気な発言をした。
これが越前リョーマだ。
可愛い時もあればこうして小生意気な時もある。
手塚にしてみては、どれもこれも『可愛い』の部類に入ってしまうのだろう。
「あぁ、楽しみにしているから早く来い」
「うん。待っててよ。絶対に行くから」
繋いだ手をしっかりと握った。
いつもの道順で歩くと、必然的に手塚の自宅になる。
開けられたドアから当たり前のように入り、初めにキッチンにいた母親に挨拶をすると部屋に向かう。
「ね、ちょっと座って」
いつもならまずは、汗を流す為に軽くシャワーを浴びるのだが、今日は違った。
手塚はリョーマに言われるがままに座ると、リョーマはバッグから何かのパンフレットを取り出した。
「何だ?」
「ね。今度さ、一緒に旅行に行こうよ」
バサリと置いたパンフレットは全て旅行会社の物。
北は北海道、南は沖縄とかなりの量だった。
「旅行と言ってもだな…」
今はまだ2学期。
こんな時期に旅行なんて行っていられない。
「…じゃ、俺のバースディ記念で、とかは?」
「誕生日?」
「そ、国光のは終わっちゃったから」
手塚の誕生日は平日だった為、大きなお祝いは出来なかったが、リョーマのプレゼントはかなり喜ばれた。
良くあるパターンで悪いが、自分に可愛らしいピンクのリボンを付けて登場した。
『俺がプレゼントだよ。大事にしてね?』
なんて他人が聞いたら鳥肌モノのセリフを、リョーマは恥ずかしげも無く言ったのだった。
『今まで生きてきた中で最高のプレゼントだ』
無論、手塚は有り難く頂戴した。
いや、美味しく頂いてしまった。
その日の手塚は何時にもまして優しかった。
優し過ぎて次の日はいろんな意味で大変だった。
「リョーマの誕生日は…いいのか?御両親は」
「別に…関係ないよ…だって」
せっかくこんなに大好きな人がいるのに、親に祝ってもらうだけなんてツマラナイ。
自分の誕生した日が、それだけでは無いのも知っている。
だったら1年に一度しかないその日を、大好きな人と一緒に過ごしたいと思う。
それはとても感動的な1日になるだろう。
「わかった。お前が望むなら行こう」
気持ちが通じたのか、手塚は悩むのも考えるのも全て拒否し、リョーマの希望を叶える事にした。
「本当に?」
「本当だ」
「ありがとう」
「礼など必要ないぞ」
俺もお前と2人きりになれるのが嬉しいからな。
耳元で囁く言葉に、リョーマは顔を真っ赤に染めて幸せ満開の笑顔を浮かべて、お返しに首にぎゅっと抱きついて頬にチュッとキスをした。
「俺も国光と一緒にいられるの、すっごく嬉しい」
「リョーマ…」
些細な仕種も何気ないセリフも手塚にしてみては、全てが愛しいと感じてしまう。
行き先は、あれやこれやと見ているうちに即決定した。
リョーマの希望は温泉宿。しかも、部屋に露天風呂が付いている豪華宿。
それに見合った宿は、無いようで結構あった。
場所はあまり遠くない所を選んだ。
学生だから、移動手段は公共交通機関しか無いからだ。
しかし、クリスマス・イヴに温泉。
どうも不釣合いな感じは否めないが、2人でゆっくりと過ごすのにはかなり良い環境だ。
ゆったりと広い温泉に浸かって、美味しい食事に舌鼓を打つ。
まだ十代半ばなのに、こんなにオヤジチック思考でいいのだろうか?
「楽しみだな。ね、温泉ってどんな感じ?」
パンフレットに載っている温泉の写真に釘付け状態のリョーマは、それらに対したっぷり時間を掛けて堪能すると、顔を上げて手塚に尋ねる。
「初めてなのか?」
「うん。だから、憧れてたんだ」
手足を伸ばしても何にもぶつからない広さ。
大きな岩や1本の木を削って作った湯船。
満天の星の下で開放的な露天風呂に入ったら、さぞかし気持ちがいいのだろう。
「そうか。まぁ温泉と言っても色々あるしな、何にしろお前なら気に入るはずだ」
それでなくても、入浴剤を好んで使っているのだから、きっとどんなタイプの温泉でも感動するに違いない。
「楽しみだよな〜」
想像しただけでも、かなり楽しいようだ。
ご満悦な表情を浮かべている。
「そうだな、次の土曜日にでも行ってみるか?」
「うん、行く」
「では、そろそろパンフレットを止めて、俺に切り替えてくれないか?」
リョーマがパンフレットばかり見ているのが気に入らないのか、手に持っていたそれを奪い取り、自分の胸に身体を引き寄せた。
中学生が旅行に行けるほどのお金があるのか?
それには心配ご無用だ。
手塚はそれほど物を欲しがるタイプでは無く、子供だから与えられるお年玉なる高額の金は、趣味の釣竿とかに使用するくらいで、残った分は全て貯金している。
対してリョーマは、アメリカでの試合には賞金が付いていた為に、密かに多額の貯金があるのだ。
通帳は母に渡している為に、本当に必要な時にだけ金を出して貰っていた。
やはり、いろんな意味で最強だ。
「今年は旅行に行かせてもらいます」
手塚はリョーマが帰った後、両親にまだ先の予定を話した。
複雑そうな顔をする手塚の父親と、反対に楽しそうな顔をする母親。
両極端な反応だった。
日付が日付なだけに、母親は目をキラキラと輝かせて楽しそうにしている。
「国光、リョーマ君とご一緒なの?」
誰と行くのかは言っていないのに、女の勘とはやはり鋭いもので、時に『と』の部分にしっかりとアクセントが付いていた。「そうです」
特に隠す必要も無いので、質問には答える。
「まぁ、それはいいわね」
「大丈夫なのか、2人だけで?」
父親は中学生がたった2人だけで旅行に行くのに、少々心配だった。
「大丈夫です」
「そうね、国光がいれば大丈夫でしょ」
「まぁ…そうだな…」
普段通りの冷静な対応で、両親を納得させた。
「そういう訳で、今年は家にいないから」
リョーマも家に着くなり、居間で寝転がってテレビを見ている父親と、キッチンで話している母親と従姉妹に誕生日の予定を話した。
「あら、旅行ですか?」
「おいおい、お子様が大丈夫なのか?」
ニヤニヤしながら、「こりゃ楽しい話になりそうだ」と起き上がりリョーマに突っかかる。
「大丈夫だよ。1人じゃないし」
「おうおう、頼もしいこった」
「まぁね」
リョーマも父親の扱いには慣れてきたのか、そんな挑発には乗らない。
「…そうね、たまにはいいじゃない?」
「いつまでも家でなんてつまらんだろうしな」
こちらの両親は、どちらかと言えば放任主義。
たったの数分で話が通ってしまった。
これで、今年のクリスマス・イヴの予定は決まった。
「あのコト話しておいたよ」
「そうか、俺も話しておいた」
他人が聞いたら、意味不明な会話をする2人。
毎度お馴染みのラブラブバカップルの行動は、今や名物になっていた。
もちろんテニス部内だけでだが。
「にゃに〜?何の話?」
今日は菊丸が参加しに来た。
コートに入った瞬間、耳に入れてしまった話についつい語り掛けてしまった。
「菊丸か…」
「今日は参加するんスか?」
「だっておチビと手塚ばっかり強くなっていってズルいからにゃ〜。で、何の話?」
「内緒っスよ」
「ちぇっ、やっぱりな…でも」
どうせ聞いても答えてくれるとは思わないが、こうも素っ気無い返事だと何だか無性に気になる。
「教えろ〜」
「わっ、何するんスか!」
菊丸はリョーマに抱きついた。
手塚の前でリョーマに抱きつくなんて、かなり勇気ある行動だ。
部員は絶句して成り行きを見つめていた。
何かが起こるかもしれない。
タラタラと冷や汗が背中を伝う。
「菊丸…」
だが、意外にも手塚は普通にリョーマを抱き締めている腕にポンと手を掛けた。
無表情からでは今がどんな感情なのか、予測出来ない。
「手塚が教えてくれるの?」
「あぁ、だからその手を離せ」
キラキラと目を輝かせるとあっさり手を離した。
「で、で、何?」
「…旅行に行く」
「旅行?」
「そうだ」
「おチビと?」
「そうだ」
「2人きりで?」
「そうだ」
「うわ〜、もしかして婚前旅行ってコト?」
「…菊丸…」
何時行くのか、どこに行くのかは、この際話す必要は無いだろう。
とりあえず馬鹿な発言には溜息を吐くしかない。
「へ?手塚とおチビってそういう関係っしょ?」
オカシイな、と首を傾げ両腕を組んだ。
「だからと言って、婚前旅行は無いだろう」
「べっつに、いいじゃん」
「変な誤解をするな」
「誤解?おチビとエッチしてるくせに…」
「菊丸…お前…」
キッパリ物申す菊丸に、手塚は眉を寄せかなり深い皺を刻んだ。
隣で二人の掛け合い漫才を見ていたリョーマは、楽しそうに眺めるだけだった。
口を挟むのは元々好きでは無い。
必要な時は会話に加わるが、よほどじゃない限りは静観している。
「おチビもそう思ってるだろ?」
「えっ、俺?」
くるりと身体の向きを変えて、菊丸は手塚からリョーマに矛先を切り替えた。
「おチビは手塚が好きなんだにゃ」
「うん」
「結婚したいって思わない?」
「…結婚って男同士っスよ」
「うにゃ〜、方法なんていくらでもあるっしょ」
「方法って言われても…」
困った顔をして、手塚に助け舟を求める。
ここまで執拗に拘る必要がどこにあるのか?
理由が解らない。
「…そろそろ練習しないか?」
「逃げるつもりだにゃ」
「逃げる?…菊丸、お前は一体何を知りたいんだ。まさかと思うが…不二か?」
「不二?不二は関係ないよ。だって旅行に行くって言うから、気になるんだも〜ん」
男同士の恋愛が長く続くなんて思わなかった。
手塚とリョーマ。
正反対の性格だと、誰もが感じていた。
人は自分が持っていない物を欲しがる傾向にある。
付き合ったとしても、常に相手に何かを求める。
手塚がリョーマに何を求めているのか、リョーマが手塚に何を求めているのか、それは2人にしか理解できない事だ。
だからなのか?こうして上手くいっているのは。
「お前には関係が無いだろう。それとも何か、お前もリョーマが好きなのか?」
呆れた口調で菊丸に話せば、「まさか」と言って手をブンブンと振った。
「おチビのコトは気に入ってるけど、手塚みたいにキスしたいーとか、エッチしたいーとか思わないよ」
可愛い後輩とは思うが、手塚や不二とは違って恋愛対象にはならない。
自分はお付き合いをするなら可愛い女の子がいい。
小さくって楽しい子なら最高だね。
あれ、もしかしておチビっぽい?
そりゃ、おチビが女の子だったら可愛いかも…。
「…ヤバイ」
手塚や不二の事をとやかく言えないやと、その考えを抹消した。
「…菊丸先輩」
「ん?何かにゃ〜」
再び2人の会話を聞いていたリョーマは、おもむろに口を開いた。
「俺は先の事なんてまだ考えてないっスよ。今が大事なんだから」
先の事を考えても未来は誰にもわからない。
決まった未来なら自分で切り開いていけばいい。
自分にはそれが出来ると信じている。
「そうだな、俺も今この時を大切にしたい」
見つめ合う2人。
その間に挟まれる菊丸。
「…うにゃ〜、ラブラブだにゃ」
バタバタと両手を振り、菊丸は飛び交うハートを目の前から散らした。
「失礼な奴だな。行くぞ、リョーマ」
「あっ、うん」
手塚はリョーマの手を掴んで、練習に参加する為に歩き出した。
「ほら、やっぱりバカップルっしょ?」
周囲にいた部員にこう尋ねると、全員が首を大きく縦に振っていた。
休日の部活が休みになった前日、リョーマは手塚の家に泊まった。
いつもより長く続いた行為の後は、ゆったりとした時間を過ごす。帰る必要がないから、慌てる必要は無い。
行為の跡を残す汗や体液はシャワーで洗い流し、乱れたシーツは取り替えた。
さらりとした肌は、どれほどくっ付いていても嫌な感じはしない。
2人ともベッドに入ると、リョーマは手塚の胸に顔をすり寄せる。
「でも、俺はずっと一緒にいたいって思ってるよ」
胸から顔を上げて、リョーマは今の気持ちをしっかりと手塚に話した。
菊丸には、『今が大事』と言ってしまったが、今もこれから先も同じ位に大切だと思う。
「俺もお前がずっと傍にいてくれたら嬉しい」
手を伸ばしてリョーマの頬に触れる。
柔らかくて、温かい頬。
「だって、俺はまだ中学生なんだからね」
時間はまだまだたっぷりある。
何年後かなんて、予測不可能だ。
「そうだな…」
嫌いになれる要素が無い。
好きになる要素はいくらでもある。
「だからさ、これから先のコトなんてまだ考えない方がいいよね?」
「あぁ、俺達はこれからなんだからな」
少し濡れた髪に口付けて、しっかりと抱き締める。
時計の針の音がカチカチと響く中、お互いの体温を分け合いながら抱き合う。
「…ふぁ…」
「もう寝るか?」
小さく欠伸をするリョーマの肩に、しっかりと布団を掛ける。
「ん、そうする」
もぞもぞと動き、眠るのに一番いい場所を探す。
「お休み、リョーマ。良い夢を…」
「お休み…」
最後に深く口付けて、2人は同時に瞼を閉じた。
2人の関係はいつまで続くのか?
それは誰にもわからない。
2人にもわからない。
わかっている事は、好きだと言う想い。
今はこれだけあれば充分。
2人はラブラブ。
誰にも負けない、とっても甘い恋をしている。
最高に甘い恋をね。
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