「あー、やっぱりダメだ。俺らしくない!」
うだうだと1人で考えていると、悪い方向ばかりに進んでいく。
あれからもう1週間になる。
こんなにも長く一緒の時間を過ごさない事なんて、付き合ってから一度も無かった。
好きで、好きで…たまらない。
こんなにも彼を求めている自分がいるなんて。
もう彼無しでは生きていられないほど。
だったらいっその事、話してしまえばいい。
話したら少しは楽になれるかもしれない。
何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
進むべき道は一本では無いのだ。
何本にも分かれた道のどれを選ぶのかは、これから考えればいい。
1人で考えるのか、2人で考えるのか、それもこれから考えればいい。
好きな気持ちだけは絶対に変わらない。
今更、変えられない。
「よし、そうしよ!」
部屋から飛び出て、階段を駆け下りる。
キッチンにいる菜々子に「出かけてくるから、ご飯いらない」と告げて玄関を出て行った。
走って、走って、走り続ける。
一秒でも早く会いたい。
「こんなに一生懸命走るのって久しぶりだな」
どんな時だろう?
試合の時と、部活で乾先輩の野菜汁を飲まされそうになった時かな?
「野菜汁か…」数度飲んだ事のある、かなり強烈な味を思い出してクスクスと笑った。
オレンジ色や深い緑色、紫色。
他にもいろんな色があったけど、どんな色でも共通しているのは『美味しくない』の一言に尽きる。
猛烈なほどの不味さだった
しかも改良を加える度に、不味さも数段なんて言えないほどレベルアップしていた。
「でも、もう暫くは飲む事ないけどさ…」
誰もアレを継ごうとする人物はいないだろう。
ただの罰ゲームとしか思えなかったのだから。
あの角を曲がれば手塚の家が見える距離まで走ると、突然走るのを止めた。
「何て言えばいいのかな…」
息を切らしながら一歩ずつ歩く。
頭の中でいろいろと考えていると、角を曲がる瞬間、誰かが出て来た。
ぶつかりそうになって、慌てて後ろに身体をずらす。
すみません、と謝ろうとしたが自分より先に相手が口を開いた。
「…リョーマ?」
「えっ、国光?何でここに?」
その相手は今まさに自分が求めていた相手。
まさか出会うとは思っていなかった相手。
驚いた表情はお互い同じ。
2人とも息を切らせて見つめ合っていた。
「どうしたんだ。リョーマ?」
「国光こそ…どうかしたの?」
「いや、俺はお前に会いに行こうと思ってだな」
「…俺も国光に会おうと思って…」
手塚はリョーマの家に、リョーマは手塚の家に向かう途中だったのだ。
所詮、考え方は同レベルのようだ。
恋愛に対しては、年上とか年下とかなんて関係が無い。
求める時はいつでも同じ。
求められる時も同じ。
「俺の家の方が近いな、来るだろう?」
「うん。行く」
拒む理由も無く、リョーマは手塚の家に行く。
もちろん、手をしっかりと握って。
ラブラブモードは全開だった。
「あら、やっと来てくれたのね。嬉しいわ」
家に入れば、母親の彩菜が目をキラキラと輝かせながらリョーマを招き入れた。
そのままリビングへ連れて行かれて、食事が準備出来るまでその場に座るハメになった。
仕方なく2人して座り、何となく不思議な雰囲気になっていた。
何かを話すでもなく、ただ座っているだけ。
時々、視線を合わせ見つめ合う。
言葉には出さず、目線だけで想いを伝えているようにも見えた。
好きだという想いを…。
「お待たせ。さぁ、お食事にしましょう」
出来上がれば、それは嬉しそうに呼びに来た。
突然来たのにも係わらず、大好きな物ばかりが目の前に並べられた。
焼き魚や茶碗蒸し。
栄養満点の料理が所狭しと並んでいた。
まるでリョーマの為に用意されたようだった。
家では断っておきながら、ここではしっかり食べてしまった
当たり前のように出されるデザートも、残す事無く平らげる。
自分の母親や菜々子が作る料理も美味いが、好きな相手の母親の料理は格別に美味い。
リョーマが好きな和食中心だと言うから、好きになってしまうのも当たり前だ。
そんな事をうっかり口にしてしまえば、「毎日でも来ていいのよ」とでも言われてしまうだろう。
「ご馳走様でした」
最後に出されたお茶を飲み干して、リョーマは終わりの挨拶をする。
「あら?もういいの」
「はい。もうお腹一杯っス」
自分の腹を擦りながら、満足気な顔をして立ち上がる。
華奢な身体のクセに食べる量はかなりの物。
なのに全く変わらないプロポーションは、女性から見たら羨ましく思えてしまう。
同時に手塚も立ち上がり、空になった食器を流しに片付ける。
「では、部屋に行きますので…」
リョーマの横に立ち、実母に『邪魔しないで下さい』と無言の圧力を掛けた。
「あら?国光ったら独り占めなのね」
息子がリョーマの腕をさり気無く掴んだのを見て、ウフフとやけに楽しそうに笑うと、「ごゆっくり」と極上の笑みを浮かべた。
手塚国光の母である手塚彩菜は、息子には負けるがリョーマが大好きなのだ。
息子とリョーマが、友達以上の付き合いをしているのも知っている。
『男同士でなんて』とも思ったが、リョーマが可愛いからそれでもいいかも。
もしかしたら、一生結婚しないかもしれない一人息子だが、自分が選んだ最愛の人と幸せになってくれればそれでいいのかもしれない。
「もしそうなるのなら、お父さんに相談してちょっと頑張ってみようかしら?」
手塚の母は息子とは違い、かなりあか抜けた性格だったらしい。
その後部屋に入れば、ドアを閉めた直後から引かれるように強く抱き締め合う。
薄暗い部屋の中は、沈んでいく夕日に赤く照らされていた。
その灯りを頼りに部屋の灯りは点けずに、しっかりと抱き合う。
「…ねぇ、聞かないの?」
戸惑いがちに話し掛けると、少しだけ身体が離れる。
「聞かせてくれるのか?」
「うん、怒らないでね」
「あぁ…」
2人ともベッドに腰掛けると、リョーマは不安に思っていた事を全て話した。
あまりにも好きで好きで、好きすぎて、もしも嫌われたらどうなってしまうのか…それが怖い。
自分にはこの気持ちを抑える事が出来ない。
こんな自分を嫌いにならないで欲しい…。
「俺がお前を嫌いになるはず無いだろう」
リョーマの不安内容は手塚にしてみては、あまりにも嬉しい内容だった。
好きすぎて、怖い。
こんなにも想われている自分が誇らしい。
世界中の誰よりもリョーマを愛しているし、愛されていると実感ができた。
「でも…」
「リョーマ…『でも』とか、『もしも』とか、そんな必要の無い事は考えるな」
身体を引き寄せて、ゆったりと黒髪を撫でれば、艶のある柔らかい髪が手塚の指に絡まる。
るでベルベットのような滑らかな質感。
しっとりとしていて、いつまでも触れていたくなる。
「国光…」
目を細めてその手の動きをじっくりと感じる。
こうして髪に触れてもらえるだけで、何とも幸せな気分になれる。
「俺の方が嫌われたのかと思った…」
「俺が国光を嫌いになるワケ無いじゃん」
「そうか…そうだな…」
自分には“嫌われるのが怖い”と言いながら、同じ事を問えば“嫌いになる訳が無い”と言う。
相手を想う気持ちと想われる気持ち。
2人ともが相手を想う気持ちが強い。
それが解り合った瞬間、もっと好きになれる。
「リョーマ…」
「わっ、何?」
ひょいとリョーマの身体を抱えると、ベッドへと直行した。ドサリと音を立てて、リョーマは降ろされた。
衝撃に一瞬だけ瞳を閉じたが、すぐに開いて見上げると熱い視線で見下ろされていた。
見下ろす瞳には、情欲と言う名の炎がチラチラと踊っていた。
「…抱きたい」
「国光…」
「今すぐお前を抱きたい。いいか?」
自分もベッドに上り、リョーマが逃げないように両腕で逃げ道を塞ぐ。
「…えっ?だって、まだお風呂入ってないし…」
逃げ道が無いのは本能的に察した。
逃げるつもりなんて全く無いけど。
ただ気になるのは、汗を掻いた自分の身体だけ。
「後で入ればいい。今はお前を全身で感じたいんだ…嫌か?」
「…や…じゃない…」
否定でない返事を聞くと、手塚は口付けを贈る。
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