――― 好きで、好きで…仕方がないんだ。
本当に好きで仕方が無い。
こんなに好きでいいのかな?
…いいんだよね?
でも、まだまだだよ。
だってもっと好きになれそうなんだもん。
本当だよ。
でも、ちょっと怖いんだ。
…本当はね。
「今日は寄って行かないのか?」
「う…うん」
2人が手を繋いで帰るのは日常茶飯事で、この日も同じように仲良く手を繋いで家路を急いでいた。
繋ぐと言っても、指を絡ませるラブラブ仕様だ。
この2人はラブラブバカップルの称号を欲しいがままにしている。
ラブラブのカップルでは無くて、ラブラブバカップルである。
そこのところは間違えてはいけない重大事項だ。
まずは、3年生である手塚国光。
中学生レベルを超越した力と、その見た目。
既に大学生レベルと言っても過言ではない。
それから、1年生である越前リョーマ。
1年生ながらに、3年生を負かすほどの力。
小さな身体に秘めたパワーは、乾の緻密なデータでも計り知れない。
この2人の出会いは、リョーマが青春学園中等部に入学してすぐの事だった。
男子テニス部の部長をしていた手塚は、生徒会の会長まで務めるほどの真面目一貫の人物。
勉強も運動も何もかもを真剣にこなしていた。
そんな人物は恋愛に対しても真面目かと思いきや、意外にもかなりの行動派だった。
テニス部に入部したリョーマに、いわゆる一目惚れをしてしまった手塚は、その数週間後には告白をしていた。
いきなりの告白に戸惑いながらも、リョーマは手塚を受け入れた。
“実は自分も一目惚れでした。”
付き合った時の季節が変わる頃、リョーマは手塚に自分も同じ想いだったのを伝えた。その時の手塚の顔が、心底嬉しそうにしていたのを今でも鮮明に覚えている。
付き合う前までの手塚国光という人物のイメージは、いつも無表情で何を考えているのか全くワカラナイ。
何にでも真剣で真面目で“手抜き”なんて言葉が全く似合わない、兎に角そんなイメージだった。
なのに付き合ってみたら、ガラガラと音を立てて完全無敵なイメージは脆くも崩れていった。
それでもって、いつも通りに手塚はリョーマを自宅へ連れ込もうとしていたのだ。
いや、連れ込むと言うのには少し語弊があるかもしれない。
リョーマも望んで手塚の自宅へ向かうのだから。
この2人の自宅は、とある道で正反対になる。
その曲がり角でリョーマは手を離そうとしたのだから、手塚は不思議そうに話し掛けたのだ。
「今日は帰る…」
「どうしてだ?」
「どうしてって…」
まさかリョーマが断るなんて思っていなくて、かなり驚いた顔をしていた。
2人が付き合ってから、もう半年になる。
あの頃は遅咲きの桜が見事に咲いていた。
薄い桃色の花弁は、2人を祝福するように空中をヒラヒラと華麗に舞っていた。
手を繋ぐ事すら戸惑っていたあの頃。
少し時が経つと花は跡形もなく全てが散り、青々とした葉が燦々と降る光に輝いていた。
キスをするのに少し恥ずかしがっていたあの頃。
今では青々とした葉が赤や黄にと色付いている。
初々しいお付き合いだった数ヶ月前とは変わり、手も普通に繋ぎ、キスも恥ずかしがらずに行うようになった。
そして今は、身体を重ねる行為にも何とも思わなくなっていた。
本来なら男同士である為、そのような行為は不要なのかもしれない。
帰国子女のリョーマにしてみては、至って問題無い関係だった。
問題は手塚の方で、それまで想い合っている相手と手を繋ぐ事はもちろん、キスだってセックスだって未経験。
はっきり言って、お付き合い事態が初体験なのだ。
だからってリョーマが既に『経験済み』と言うわけでは無く、アメリカに住んでいた為に、同い年の日本人よりかは、少しだけ知識として頭にあるだけ。
どちらかと言えば、手塚には未知の世界のはず。
なのに、先に誘いを掛けたのは手塚国光の方だったのだ。
手を繋ぐのも、キスをするのも、セックスの時も全てが手塚から。
誘いを掛けるのはいつも手塚なのだ。
付き合うとなると、いつの間にかどちらかが上位に立ってしまうもの。
この2人の場合はリョーマと思いきや、どうやら手塚だったらしい。
精神的にも肉体的にも年功序列。
流石は青学最強の男…。
「リョーマ?」
「どうしても…なの」
「俺はお前と一緒にいたいのだが」
熱い視線をリョーマに投げ掛ける。
この恋人に見つめられると、どうにもマズイ。
まだ数ヶ月の付き合いの中で、手塚国光の魅力たるものを知った。
その1つがこの視線だ。
普段はストイックな雰囲気なのに、一緒にいるとこうして、リョーマを捕らえて放さない。
狙った獲物は決して逃がさない。
例えるのなら、美しき猛獣。
まさにそんな表現が良く似合う。
「今日は用があるから…」
それをどうにか無視して手を離そうとする。
「そうか、それなら仕方が無いな…気を付けて帰れよ」
離そうとするリョーマの手をしっかり掴むと、甲に優しく口付けを贈る。
その柔らかく温かい感触は心地良い。
かなり良過ぎる。
「また、明日な」
誰にも見せないリョーマの為だけの微笑を浮かべ、手塚は愛しい相手の手をゆっくり解放した。
「うん…また明日…」
急激に消えていく体温に、ほんの少しだけ物寂しい気持ちになるが、どうにかしてやり過ごす。
踵を返し、リョーマは自宅へ向かった。
その後姿を、眼鏡の奥の瞳がずっと見つめていた。
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