狂った歯車
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早く修理しないと、全てが壊れてしまう。 「…や、やっと、着いた」 どんなに急いでも、いつもの倍以上の時間が掛かってしまった。 今日は家には誰もおらず、こんな情けない姿を見られずに済んだ事にはとりあえず安堵した。そう、誰もいないから手塚を家に招いたのに、こんな結果になるなんて…。 「…うっ…く…」 玄関に入り鍵を閉めるとその場に座り込む。 何でこんな目に合わないといけないんだ? 何であの人が傍にいないんだ? 何で…? 怒りや悲しみが混合して、リョーマは大粒の涙を流す。 「…風呂に入ろ…」 そこでどのくらいの時間を過ごしたのかわからないが、泣いた事によりリョーマは少しだけ落ち着きを取り戻した。 起きてしまった事は事実として受け止めるしかない。 こんなものは犬に噛まれた程度だと思うしかない。 どうにかして自分の中のタンスに整理して、ようやく考えが一つにまとまった瞬間、玄関のチャイムが鳴りビクリと身体が揺れる。 「…だ、誰?」 黒い人影が玄関のガラス越しに見られるが、暗くて誰なのかはわからない。 家族なら鍵をもっているので勝手に開けて入ってくるはずだが、チャイムを鳴らしてその場に立ち止まっているので、家の者ではない。 バッグに入っているラケットを取り出し、ぎゅっとグリップを握る。 「……リョーマ」 「…国光っ?」 しかしリョーマの耳に届いた声は手塚だった。 リョーマは急いで鍵を開けて扉を開けば、目の前には私服姿の恋人の姿。 「用事は全て終わらせてきた」 「…用事?…用事って何?」 あまりにも普段通りの様子にリョーマは戸惑う。 それに自分の知らない内容が余計に戸惑いの強さを上げさせる。 「不二に聞いたのだろう?」 「…先輩達は…先輩は…」 「…リョーマ…座って話さないか」 伏目がちになるリョーマに、どこかおかしいと察知した手塚は、こんな場所で立ち話をしていても仕方が無いからと、リョーマの肩を抱いて家の中に入る。 「何かあったのか?」 居間に入り、リョーマと向き合って座る。 「……」 いつもと様子が違うリョーマに手塚は何やら良からぬ予感がしていた。 自分のいない、たった数時間の間に何があったのか? 「…っ!」 不図、見つめたリョーマのシャツの襟元。 ボタンのはまっていない場所から見える肌に、明らかな内出血の痕。 「…リョーマ、それは?」 「え?」 手塚の視線の先を辿り、自分の身体に視線を向けるが、場所的に自分では届かない。 何があるのか、と手で探れば、先ほどの出来事が鮮明に思い浮かんだ。 その場所は不二に…。 「…あ…ヤだ…見ないでよっ」 シャツを握り、手塚の視線から逃れるように身を捩れば、ツキンと痛みが身体に走る。 「…まさか、不二達か…?」 身体に残る所有印を思わせる痕。 変に視線を泳がせるリョーマの様子に手塚の考えはまとまった。 「何を言ってるんだよ、あんたが頼んだんでしょ…」 「俺が?」 「先輩達は国光に頼まれたって言ってた…」 「詳しく話してもらえないか?」 リョーマも手塚の真意を知りたくて、全てを明らかにした。 自分にとっては屈辱的な行為でも、これが恋人の仕向けたものなら、どうしてこんな事をさせたのかが知りたかった。 「で、何回も挿れられた。痛くて泣いても、全然放してくれなかった。気持ちいいなんて感じなかった。ただ痛くて…気持ち悪くて…」 「…リョーマ」 生々しいリョーマの話しに手塚は、眉を寄せる。 「本当に先輩達に頼んだの?」 「誰がそんな事を頼むものか!何よりも誰よりも大切なのに…」 今にも泣きそうな声を発するリョーマを手塚は強く抱き締める。 自分の不注意が招いた悲劇とも言える出来事に、手塚はリョーマを抱き締めて弁解する。 「今日は本当に仕方なかったんだ…祖父が救急車で運ばれて」 「おじいさんが?」 手塚の祖父は、年齢と反比例しているほど元気な人。 そんな人物が救急車で運ばれるなんてよっぽどの事だ。 「あぁ、柔道で受身に失敗して腰を打ったようだが、全く異常が無くて大事には至らなかった」 「そうなんだ、良かった…」 「良くない…祖父は何とも無かったのに、お前がこんな…」 いつもなら抱き締めればリョーマの匂いしかしないのに、今日は違う。 リョーマ以外の匂いが鼻を掠める。 「国光が頼んだんじゃないなら、いい」 これで少しは心が安らぐ。 体に残る傷痕はいつか消えるが、心の傷痕は簡単には癒せない。 「…リョーマ」 「忘れるから、俺は今日の事は全部忘れるから」 「…だが…俺は悔しい……」 搾り出すように吐き出された手塚の言葉にリョーマは絶句する。 「まだ早いと、口付けからは先に進まないように必死になって自制していたのに…」 今までキスだけの関係だったのは、相手を思っての気遣いだったのに、それがこんな結果を招いた。だったらもっと早くに深い関係になってしまえば良かった。手や指、唇や舌で感じる以上の行為を。 「国光…」 抱き締めている手が微かに震え、その振動がリョーマの身体にダイレクトに伝わる。 悔しい気持ちだけでなく、様々な思いが手塚の中で蠢いているのだろう。 「本当にすまない」 頭を垂れて謝罪する声までもが震えていた。 「俺は忘れるから、国光も忘れてよ」 「無理だ」 自分の知らない間に愛しい相手に起きてしまった最悪の出来事。 一対一ならリョーマもどうにかできたのかもしれないのに相手は3人。華奢なリョーマでは到底無理な話しだった。 「…それなら今から国光が俺を抱いてよ」 「リョーマ?」 「…国光にしてもらえたら、全部忘れられる気がするから」 「しかし…」 「俺は国光としたいよ。そりゃ、他の男に先に抱かれた俺なんて穢いかも…」 自分を罵ろうとするリョーマを手塚は更に強く抱き締めて、続く台詞を止めさせる。 「お前は何も変わっていないし、穢れてもいない」 リョーマも手塚の背に手をまわし、ぎゅっと抱き締める。 忘れられないのなら、それ以上を身体や心に埋め込めばいい。 リョーマの出した結論は『お互いが忘れる為には同じことをする』だった。 手塚がリョーマの結論に賛成してくれる確立は低そうだったが。 「…お前はいいのか?いや、それよりも身体は大丈夫なのか?」 リョーマの意図を全て受け止めた手塚は、自分の気持ちを隠すのを止めた。 愛する相手と繋がりたくない奴なんているはずがない。 「国光なら、いい…」 「リョーマ…」 2人は視線を合わせたまま、深い口付けを交わした。 ベッドに行く前に、リョーマは手塚と風呂場へ向かった。 身体を洗っている間は、裸である事に意識して無かったが、出た瞬間からどこか緊張が生まれてしまった。だからといってもう止められない。 「……国光…」 ベッドに優しく押し倒されて、手塚に正面から見られる。 「リョーマ」 ほんのりと湯で染まった胸にピンク色をした2つの突起。その周囲には自分が付けた覚えのない、内出血の痕。そこの上にに唇を寄せて吸い上げると、紅色が濃くなった。 不二達が付けた痕を自分のものにしようと手塚は全てに唇を寄せる。 柔らかくて甘い香りがするこの身体を先に触れた男達の顔を思い出すと、頭に血が昇りそうになる。 「…くに、みつ…?」 突然動きを止めた手塚にリョーマは訝しげに呼び掛ける。 「すまない…どうやら俺は忘れるどころか、あいつらに怒りをむき出しにしそうだ」 「イヤだよ、お願いだから忘れてよ…」 ふるふると軽く頭を振って、リョーマは手塚の頭を自分の胸に抱く。 リョーマの想いは、手塚によって全てを忘れる事を望んだのに、手塚が何時までも問題視していると、リョーマの望みが叶えられなくなる。 「俺は国光だけだよ、だから…」 「……リョーマ、泣くな…」 感情の昂ぶったリョーマが堪えきれずに涙を零す。 「…国光」 「わかった。お前がそう望むのなら忘れよう」 瞬きの度に零れ落ちる雫を唇で吸い取りながら、手塚はリョーマの望みを叶える為の言葉を紡ぐ。 「…うん…」 やっと、手塚の口から『忘れる』との台詞を訊けて、リョーマはホッと息を吐いた。 「続きをしてもいいか?」 「…うん、して」 手塚は出来る限りを尽くして、労わりながらリョーマを抱いた。 熱く滾る雄をリョーマに収める時も、慎重に慎重を重ねて全てを収めた。 「…明日は…のんびりしたい…」 「あぁ、2人でな」 「うん、2人でね…」 1日に4人との性交により、かなりの負担を強いられたリョーマは会話の直後深い眠りについた。 「さて…」 リョーマが眠った後、手塚は3人と携帯で連絡を取った。 言うべき内容は決まっている。 『今日の事は、越前も俺も忘れる。お前達には二度と越前に触れさせない』 自分が出来る事は、それくらいしかない。 不二達がどうしてこんな行動をしたのかなんて、手塚にはもうどうでも良かった。 どんな言い訳をされても、消せない記憶なのだから。 忘れたくても、記憶までは消せない。 不二達がリョーマに対してどんな想いを抱いていても、手塚には関係が無い。 それだけを伝えると、携帯の電源を切った。 3人に伝える終えると、隣で眠るリョーマの頬に口付けを落とした。 「…二度と辛い目には遭わせない」 誓いのように唇に口付けて、手塚もリョーマの横で眠りについた。 壊れた歯車の修理は迅速に行い、見事なまでに元通りになった。 |