7. 『どんな相手でも、勝つのはただ1人』
「越前」
「……何?」
程よく身体が温まり、ラケットを下ろした瞬間、名前を呼ばれたリョーマが声のする方向を見れば、真田を筆頭に数人の元立海大付属レギュラーが立っているのが視界に入った。
何故かキレイに一列に整列しているから、リンチでもされそうだと思ってしまうが、良く良く考えればそんな愚かな行為をするようなメンバーでは無かった。
「少し話があるのだが、良いか?」
リョーマが手塚とアップをしているのを黙って眺めていた立海大付属のメンバーは、キリが付いたところで行動を開始したのだ。
「…話って、真田さんと幸村さんと柳さん、えーと…仁王さんに柳生さんに丸井さんの全員が?」
リョーマの記憶の中で顔と名前が一致した順番に口にする。
特に順番なんてリョーマはどうでもいいのだが、ズラリと並んだ立海大付属のメンバーは何番目に呼ばれるかはかなり重要だったらしく、最後に呼ばれた丸井ブン太はがっくりと肩を落としていた。
「そうだよ。でも…手塚には用は無いけど」
全く口を出さず只管に傍観している手塚に対しての幸村のセリフに、リョーマの背筋には冷たいものが走り、ブルッと身体が奮える。
不二のように穏やかな性格で、このメンバーの中なら一番の優男の幸村も、この時ばかりは開眼した不二と同じような青く冷たい炎をまとっているイメージを受けた。
こういうタイプが一番怖い相手だ。
「そうそう、俺達は越前に用があるんだからさ」
噛んでいたガムをプクーと膨らませたブン太も、幸村に同調する。
「そうですね。出来れば手塚君には席を外して頂きたいものですね」
睨みを利かせた眼差しに加え、我先にと邪魔者の手塚に対して棘棘しい言葉を投げ付けるが、手塚は全く動じない。
「ふ、天下無敵の最強集団と謳われていたくせに…見苦しいな」
それどころか、余裕の笑みを見せるくらいだった。
「どういう意味だ、手塚!」
1週間前の跡部にもこんなセリフを言われたな、と手塚は記憶を巡らせていた。
隠していた全てを打ち明けて、蟻の入る込む隙間も無い事を教えておいた。
「それはな…」
跡部の時のように、この連中にも真実を伝えようと口を開きかけた瞬間。
「俺は手塚先輩が好きだから、誰に何を言われても何とも思わないよ」
手塚の声が口から出る前に、それを遮るように違う声が飛んで来た。
「なっ」
「何だって!」
「本当なのか!?」
「マジで、この手塚と?」
手塚が言う前に、今度はリョーマの方から話してしまった。
当事者であるが故に、好きでも無い相手から一方的に想いを伝えられても迷惑なリョーマは、自分の口から真実を言ってしまった方が楽だと考え、手塚よりも先に目の前の壁に言い放っていた。
「本当だよ。現在進行形で俺は手塚先輩と付き合ってるから」
さらりと言うと、手塚に向かって大輪の花が咲いたような眩しい笑みを見せれば、手塚は満足気な表情を真田達に見せた。
リョーマの方から言うとは考えていなかったが、結果的には問題が無さそうなので、手塚も少しは付き合っている証拠を見せ付ける為に、リョーマの肩に手を置いた。
「…くっ、まさか手塚に先を越されるとは…」
「手塚もいっちょ前にやる事やってんだ」
「…侮っていましたね」
自然に置かれた手を凝視しつつ、悔しそうに拳を握る者もいれば、しかめっ面になっている者もいる。
時々、聞き逃せないような内容を言っている者がいるが、気分がいいから空耳だと自分に言い聞かせてしまった。
「悪いが、お前達には渡さない…」
何にも勝る『優越感』を手に入れた手塚は、肩に置いていた手を少しだけずらして腕を抱くと、身体を引き寄せた。
手塚の行動に目を見開く真田達は、完全に“敗北した”事を実感していた。
◇
「どうやら上手くいったみたいだね」
試合が始まる事を知らせに来た不二は、どんよりとした暗いオーラに包まれている立海大付属のメンバーと、カラリとした明るいオーラに包まれている手塚を見て、柔らかな笑みを浮かべていた。
「ところで、何を言ったんだにゃ?」
「俺が口を出す前にリョーマが奴等に話してくれた」
リョーマの試合を静かに見ていた手塚を囲むように菊丸と不二は立った。
ゲームカウントは5−0でリョーマの勝利は確定しているが、最後の瞬間までプレイを見ていたい手塚は、質問には答えるが不二と菊丸の顔は全く見なかった。
「ほへ〜、とうとうおチビが」
「あの性格だからね。いつまでも黙ってなんかいられなかったんだろうし。あの真田達を相手に有耶無耶になんて絶対に無理だしね」
何だか納得できてしまう。
リョーマも勝手に想いを寄せられて迷惑していたのだ。
跡部に続いて真田達も撃退できて、かなり満足しているようだ。
「それであちら側はあんなに暗いんだ〜」
こちら側は晴天でも、コートを挟んだ向こう側は曇天。
勝者と敗者が一目でわかる。
何も知らない立海大付属の部員達は、青学との練習試合の結果があまりにも悪いから、言葉も無いのだと最後まで勘違いしていた。
「これで少しは安心できるね」
「そうだな」
跡部と真田達を抑えておけば、暫くは安心だ。
残りの奴等も早いうちに始末するだろう。
手塚はリョーマとの恋愛を至極真剣に考えているのだから。
◇
「今日の試合内容はとても良かったぞ」
「本当?ま、国光の前でダラダラした試合は出来ないからね」
少しくらい手を抜いても誰も気が付かないだろうが、手塚には直ぐにわかってしまうだろう。
そんな事をしたら、長時間の説教をくらうのは必至だ。
わかりきっている事をあえて行うのは愚か者がする行為だ。
そんな事で自分を見切るような相手では無いが、印象が悪くなるだけで自分が損をするだけ。
「良くわかってるじゃないか」
「当たり前だよ」
練習試合が終わった後、何かを言いたそうにしている真田達と立海大付属のメンバーを見送って、リョーマは手塚と共に家路を急いでいた。
立海大付属の新レギュラーは、王者と言われていた真田達と比べて強さのランクが落ちるが、厳しい練習を乗り越えてレギュラーになっただけあって、なかなかの試合展開になっていた。
「でもさ、切原さん以外はそれほどでもなかったな」
リョーマと試合をした人物は切原と同じ2年生だったが、全く相手にならなかった。
真田にも勝っているリョーマの実力を考えれば、レギュラーになったばかりの相手では可哀想。
「ふむ、真田達に比べると劣る感じはしたが、こちらも同じじゃないのか」
「まぁね、やっぱり荒井先輩達はまだまだだけどさ」
うーん、と口を曲げて先輩達のプレイスタイルを思い出す。
レギュラー経験のある桃城と海堂以外は、他校との練習試合時のぎこちなさはまだ拭いきれていない。
数を重ねれば慣れると思うが、こうも強い相手ばかりだと緊張しっ放し。
「…次はどこと試合なんだ?」
この先の予定は聞いていない。
ここまで練習試合が続くと、また来週も試合があると勝手に思い込んでしまう。
「次?暫く無いみたいだよ」
「続いていた練習試合が無くなると、荒井達の緊張感が薄れるな」
「でも、やっと…国光といられる時間が増えるから、俺は嬉しいんだけど」
練習試合が続いていたから、手塚との逢瀬の時間は限られていた。
テニスというどうしても避けられない束縛から解放された事で、リョーマは自分の気持ちを表に出していた。
「それもそうだな」
まだ細かい問題は残っているが、残る人物はそれほど頭を悩ませなくてもよさようだ。
それにリョーマも行動に移してくれたので、1人で動く必要も無くなった。
「やっと、まともに恋愛が出来るね」
「今までは違うのか?」
「今までもだけど、これからはもっとだよ。だって2人じゃないと恋愛って出来ないからさ」
邪魔者がいなくなれば、安心して恋愛が出来るというものだ。
誰にも邪魔されないところでゆっくりと見つめ合って、手を繋いで指を絡めて、キスをして、身体を繋げて。
恋愛している事を身体中で感じよう。
「…今日は家に寄るか?」
とても機嫌が良さそうなリョーマに、手塚も乗り気になった。
「いいんスか?」
「まだ時間もあるし、まともな恋愛を始めようではないか」
「そうっスね」
それからもまだ残っている、山吹中の千石や、六角中の佐伯達にも同じようにしてリョーマを諦めさせていた。
全ての恋敵に言い終わる頃には秋は更に深まっていて、もう10月が終わってしまっていた。
|