恋愛のススメ


4. 『強力なライバル達』



あれから月日は過ぎ、今はもう10月に入った。
部活においては、地区予選に始まり、都大会、関東大会、そして手塚の夢だった全国大会にまで駒を進ませ、長く苦しい戦いの後、青学は優勝トロフィーを手にしていた。
全国大会の決勝戦は、3年生にとっては事実上の引退試合。
テニスを止める気のない者達は、身体が鈍るからと部活には参加する。

手塚とリョーマは相変わらず仲睦まじく、菊丸はどれだけ時間が過ぎても変わらない2人に白旗を上げた。
リョーマの事はあの頃から変わらず好きだけど、この場合は手を引くしか方法が無かった。
今では不二と共に『手塚とリョーマを見守る会』を立ち上げているほどだ。

そんな中、前々から危惧していた事が、どうやら現実となり始めていた。

「最近、練習試合が多いんスけど、この時期ってそういうもんなんスか?」
この日の昼休みの時間、リョーマは不二と菊丸に連れられて屋上にやって来た。
本当なら手塚と昼食を共にする予定であったが、後期の生徒会メンバーに掴まり一緒にいられなくなった。
他の奴らと一緒の時間を過ごさせるくらいなら、と手塚は自分達の関係を知っている不二達に頼んでおいたのだ。
「…練習試合って他校との?」
「そっスよ」
弁当を持参しなかったリョーマは、購買で買ったコロッケパンを頬張る。
「…他校との試合は確かにあったけど、多くは無かったよ」
弁当箱の中から、照り焼きチキンのサンドウィッチを手に取った不二は、1年前を思い出し答えた。
「うんうん、他校との試合はあったけど、月に1回か多くても2回だったにゃ」
肉そぼろが乗ったご飯を口一杯に突っ込んだ菊丸も、口をモグモグさせた後に答えた。
「先月の2週目から、毎週のように他校との試合が続いているんスけど」
「「ま、毎週?」」
見事なまでにハモった2人の声に、リョーマは大きく頷く。
「初めは不動峰で、次は山吹、その次は聖ルドルフときて、今月の頭は六角。テスト週間の時は流石に無かったけど、今度の土曜には氷帝っス」
次々と出てくる学校名に、不二と菊丸は呆気に取られた。
それもそのはずで、全ての学校では無いが、この中には自分達と同じ想いを抱いている者がいるのだ。
不二達はリョーマが手塚と付き合っているのを知っているが、他校にいる者達はその事実を知らない。
どうやらリョーマにアプローチを掛け始めたようだ。
「あ、そういえば昨日も…」
最後の一口を口に入れ、パックの牛乳も飲み干すと、リョーマは何かを思い出した。
「昨日って何かあったの?」
「そっか、昨日は不二先輩も菊丸先輩もいなかったから知らないっスよね…」
リョーマは昨日の出来事を話し始めた。





「越前リョーマ!」
委員会の仕事を終えたリョーマが少し急ぎ足で部室に向かう途中、どこからか低いトーンで名前を呼ばれ、辺りを見渡してみれば、見覚えのありすぎる顔があった。
「何で真田さんがここにいるんスか?それと柳さんまで…」
そこにいたのは、関東大会でも全国大会でも戦った相手校である、立海大学付属中学校男子テニス部の元副部長と元参謀の2人組。
真田弦一郎と柳蓮司。
その2人が何の用があって青学にいるのか?
リョーマは不思議そうな眼差しを向けた。
「練習試合の申し込みだ」
訝しげに見つめるリョーマに真田はあっさり答えた。
「へぇ…ってそんなのコーチとか監督とかがするもんじゃないんスか?それに真田さん達って…」
ありがちな回答であったが、それがまたリョーマには疑問となってしまった。
「申し込み自体は監督に任せているが、後輩達の相手となるのだからな。どれほどの練習をしているのかは確認しておかねばならん」
副部長ではなくなった今でも、真田も柳も勢力的に手を貸している。
「ふーん、手塚先輩と一緒だ」
「…手塚と?」
手塚の名前を出した途端、真田の表情がきつくなった。
「色々と助けてくれるっスよ」
いきなり顔色を変えた真田を、リョーマは不思議そうに見上げる。
「手塚の他にはいないのか?」
「他にもレギュラーだった人達はほとんどっスよ」
不二と菊丸は勿論の事、乾や大石も練習に参加しては後輩の面倒をみてくれる。
「ふん、ぬるま湯には浸かっていないようだな…」
「ぬ、ぬるま湯って、変な言い方…」
手塚以上に堅苦しい物言いにリョーマは思わず笑う。
「………」
キュートに笑うその姿に真田は黙ってしまい、その横にいる柳は困ったように眉をしかめていた。

そう、この真田もリョーマに恋する者達の1人なのだ。

「弦一郎、今は…」
「…わかっている。越前」
天使のような笑顔に見惚れてしまい、本来の目的を忘れそうになった真田は冷静な自分に戻る為に咳払いを一つする。
「何スか?」
「練習を見学させてもらうが、異存は無いな」
「オバサンから了解もらっているんでしょ?俺なんかにわざわざ言う必要なんてないし…じゃ、行きますんで」
「お、おい、越前」
「どうせコートの場所は知ってるんでしょ?」
早く練習に行きたいリョーマは、2人を残してさっさと行ってしまった。
「…振られたな…弦一郎」
「今のはカウントに入れるな」
早足で行ってしまったリョーマの背中を、真田は物憂げに眺めていた。

そんな真田と柳は練習を途中まで見学して帰って行った。





「…そんなワケで氷帝の次は立海大付属っス」
「そんな訳って、他校との試合ばっかりじゃない」
他校との交流は今の力を計るには大切だが、こうも毎週のようでは土日の貴重な練習時間を割いているのと同じ。
授業後の時間では足りない分を土日で補っているのに、これでは逆効果になりかねない。
「そうっスよ。だからちょっと聞いてみようかなって…」
「比較にならないよ、去年とは」
「六角とやって次は氷帝に立海大付属。うわ〜、強豪ばっかりにゃ」
どこも知れた名前ばかり。
全国で優勝した効果もあるが、これは尋常ではない。
「…ちょっと休みが欲しいっス」
次々に申し込まれる他校からの練習試合に、テニス好きなリョーマでもげんなりしてしまう。
当たり前だが土日に集中するので、最近では手塚とのデートをする休日が無い。
学校の帰りではそれほど時間が無いので、リョーマの方も出塚と会えない不満が溜まっている。
「…大変だね…」
リョーマの話から、ついに真田までもが青学に乗り込んで来たのを知った。

青学では不二と菊丸。
氷帝は跡部景吾。
跡部は青春台のコートで出会った瞬間、勝気な態度を見せたリョーマに一目惚れし、それに追い討ちを掛けるように、関東大会での日吉との試合。
一目惚れそこらの話では無くなっていた。
普段の跡部ならば、即行で何かを仕掛けるのに、リョーマに対してだけは慎重になっていて、未だに何もしていない。
山吹は千石清純。
千石の場合は青学に偵察に来たその日に一目惚れ。
女好きで有名な千石が、それっきり女の子と遊ばなくなってしまうほど、マジ惚れしている。
時々、偶然を装って近場に現れるが、リョーマは全く気が付いていない。
六角は佐伯虎次郎。
佐伯の場合は幼馴染の不二が、ヤケに気に掛けているのを見ていたら、こちらまで気になり始めた。
しかし不二がいる以上、なかなかアプローチを掛け難いらしく、その気持ちを抑えている。
そして立海大付属は真田弦一郎。
真田は公式試合で対戦した唯一の相手。
初めは小さな身体に満ち溢れるパワーに惹かれたが、何時の間にかそれが本人に至ってしまった。
手塚以上にテニスだけの男が、初めて本気の恋をしてしまった相手がリョーマなのだ。

他にもまだまだリョーマに恋焦がれる者はいる。
リョーマと試合をした者はもちろんの事、その力を間近で感じてしまった者達。
タイプはそれぞれだが、最終的には全てが同じ感情を抱いてしまうのだ。
リョーマの魅力に気付いた誰もが恋に堕ちる。
それはまるで鉄則のようになりつつある。
「何だか大変なコトになりそうな予感がするにゃ…」
これから起こる争いをモヤモヤと思い描いた菊丸は、大きく息を吐いて最後に残ったミニトマトを口に入れる。
「菊丸先輩、大変な事って何スか?」
「へ?べっつに大した事じゃないにゃ〜」
まさかリョーマに聞かれているとは思っていなかったので、ぷちゅ、とトマトを口に中で潰した菊丸は、自分の発言に少し焦りながら、あえて何も無かったように振る舞う。
「何か隠してないっスか…」
「そーんなコト無いにゃ〜」
あははと声高く笑いながらも背中には冷や汗が伝う。
「…それが怪しいっスよ」
「ねぇ、リョーマ君はどこの学校と試合するのが好き」
納得していないリョーマに不二はにこやかに話し掛ける。
「え…どこの学校が好きって言われてもな。別に好き嫌いは無いし、それに強い相手だったら誰でもいい」
「さっすがおチビだにゃ〜」
下手な事を言ってリョーマに気付かれるとまずいのは、不二にもわかっている。
菊丸は話題を変えてくれた不二に、目配せをして両手を合わせた。
「リョーマ君、手塚に相談してみたら?」
「きっと手塚先輩に言っても、結局は桃部長とオバサンが決めちゃうから同じっス」
「桃は単純だからにゃ〜」
いろんな相手と試合をする事で自分の弱点を見つけられる。
同じ相手ばかりでは気付かない点も多々ある。
桃城的にはそこに重点を置いているから、他校の申し込みを全て受けている。
「試合の後は何かするの?」
「そのまま練習の時もあるけど、試合の時間によっては終わるの遅くなるからそん時はそれで解散するけど、あっ、そうそう、この前の六角の時は佐伯さんに誘われて、ファミレスで奢ってもらった」
「佐伯が?」
佐伯の名前がリョーマの口から出ると、ピクリと不二の片眉が上がった。
「おチビ、佐伯と2人で行ったの?」
「他は…天根さんと黒羽さんと樹さんがいたっスよ」
2人きりで無かった事に菊丸は胸を撫で下ろすが、どうしてこう自分達のいない時に限って、そういう輩が付録のように付いて来るのだろう、とも同時に思う。
「へぇ、六角も後輩思いが多いんだね」
「でも、普通に試合には参加してたっスよ」
不二達は練習試合の時は遠慮して参加しない。
自分達がいつまでも出張っていては、後輩達の練習にならなくなってしまう。
これが本来3年生の姿のはずなのに。
「…今度は行こうかな」
「おチビ達の成長振りを見るのもいいしにゃ」
他校がそうくるのなら、何も遠慮する必要は無い。
試合には出られないが、牽制にはなるかもしれない。
「手塚にもそれとなく話してみようか?」
それには手塚を連れて来るのが一番効果的だ。
「そうそう、手塚だっておチビの試合は見たいだろうし」
「…そっスね。でも来るかなぁ…」
リョーマがOKを出してくれたので、後は手塚に事の詳細を話して部活に参加して
もらうだけだ。

「よし、それじゃそろそろ教室に戻ろうか」
密かに進んでいる他校からのアプローチの存在を教え、手塚にも進んで動いてもらわなくてはならない。





「不二から他校からの試合の申し込みが多いと聞いたが、本当なのか?」
「本当っスよ」
夕方の部活が終り、生徒会の引継ぎを終えた手塚とリョーマは帰りを共にしていた。
昼休みが終わる前、簡単に話だけは不二から聞いていたが、実際問題、本当にそうなのかは本人か真相を確かめるしか無い。
「そうか…では今週は氷帝だったな。是非、見学をさせてもらおうではないか」
「見に来てくれるんだ?珍しい」
「氷帝ならばお前と戦った日吉や鳳達が来るのだろう?彼等は氷帝の即戦力だからな。お前や桃城と海堂は特に問題は無さそうだが、他のメンバーでどれだけ対抗できるか、この目で確かめておきたい」
「そっか、そうだよね」
尤もらしい事を言いリョーマを納得させるが、どうせ跡部がおまけについて来るのは目に見えている。
手塚も他人がリョーマを熱い視線で見ているのに気が付かないほど愚かでない。
「試合の後は一緒にいられるしな」
「…そうだね」
頬を赤く染めてはにかんだリョーマの可愛らしさに、手塚の頬も緩んだ。
「じゃ、また」
「気を付けてな」
別れ際にはいつもの口付けをして、2人はお互いの家に向かった。


「さて、少し考えておくか」
とりあえずは目先の障害物を排除させていくしかない。
だが、相手は全国レベルの者達ばかり。
今のところは自分に分があるが、何時、何が起こって、この関係に終止符が打たれるかなんてわからない。
強い者が大好きなリョーマだから、そういう面では気を引き締めないとならない。
決してリョーマは八方美人ではないが、『テニス』を出されてしまうと、弱い部分がある。
何よりリョーマが自分に興味を抱いた切っ掛けも『テニス』だったのだから。
「まずは、跡部から始めるか。他は真田や千石に…」
手塚は授業で出された課題を片付けると、新しいノートを取り出してこれからの課題についてまとめて始めた。

大切な恋人に群がるだろう奴等の対応策を。



第4話は不二や菊丸の青学以外の学校にも
リョーマラブな奴らがいる、という話でした。