BLACK and WHITE

〜 最終話 〜








「越前、少しいい?」
「不二先輩……いいっスけど…」
ちらり、と見た先にいるのは手塚。
「大丈夫、手塚には話したから」
数日が過ぎた後、不二は部活中にリョーマに話し掛けた。
あの事があってから、リョーマは意識的に不二に近寄らないようにしていたので、こんなに近距離で話すのは久しぶりだった。
以前と何一つとして変わっていない笑顔。
だけど、どこか強張った笑顔だった。
「それじゃ、ちょっと行こうか」
「ういーっス」
何を言うつもりなのかは、わかっている。
リョーマは不二に連れられてコートを出た。

行き先は部室だった。
練習中なので当たり前だが中には誰もいない。
不二が少しだけ窓を開ければ涼しげな風が入り込んできた。どことなく淀んでいた空気が一気に清浄される。
静かにしていると、ボールの音や誰かの声が聞こえる。
「…まずは謝らないとね」
不二は扉の前で直立不動の姿で突っ立っているリョーマの前に立ち、顔から笑顔を消した。
「…不二先輩」
「君を巻き込んでごめんね。僕が君にしてしまった事を許して欲しいなんて言わないけど、今は謝る事しか出来ない」
不二の取った行動は、リョーマにとっては災難でしかない。
身勝手な感情の元に傷付けられた身体と心。
「…先輩の復讐は終わったんスか…」
二人きりになると、あの日を思い出してしまい、リョーマの身体は少し緊張気味になる。
声も心なしか震えている。
「終わったよ。僕の勝手な思い込みの復讐はね。結果としては君が傷付いただけで…」
結局は手塚に対する復讐など出来やしなかった。
手塚は不二の行為には怒りを覚えても、それについては何もしなかった。
ただ行為そのものを『忘れる』だけで、不二の思惑通りには手塚は動かない。
「ごめんね、越前」
「俺もあの日の事は忘れます。でもこれだけは言わせて下さい。不二先輩は部長じゃ無いんスよ。不二先輩のプレイは部長には出来ないし、部長のプレイは誰にも出来ない」
再度謝る不二にリョーマは小さく首を振った。
「越前?」
「不二先輩は優しいけど、部長は厳しいし、上手く言えないけど、先輩が部長を憎むなんておかしいっス」
言葉を選びながらリョーマは思っている事を伝える。
「……越前」
リョーマは不二に対し、手塚に負い目を感じる必要は無いと言って来た。
「部長も不二先輩も俺に言わせりゃバケモノっスよ」
「………」
不二はリョーマからは怒声や罵声しか掛けて来ないと思っていただけに、信じられない言葉に声が詰る。
「俺は…不二先輩のテニス…好きっスよ」
「……ありがとう、越前」
手塚もリョーマも不二を罵る権利はある。
特にリョーマはあれだけの事をされたのだから、気が済むまで殴っても不二が文句を言う資格は無い。
それなのに、リョーマは何も言わず不二を許したのだ。
「不二先輩…」
「…馬鹿だね、僕って」
不二の頬を一筋の雫が伝った。
「越前はテニス好き?」
「もちろん好きっスよ。誰にも負けたくないくらい」
テニスをしている時のリョーマはとても生き生きしていて、見ているこっちまで元気になるくらいだ。
どことなく菊丸と似ているが、リョーマの場合は普段とのギャップが激しい。
「部活も好き?」
そんなリョーマらしい答えに不二は微笑を浮かべると、もう一度訊ねた。
「…練習なら家でもやりますよ。そうしないと部長にも不二先輩にも勝てないんだし」
「君も手塚と同じだね」
くす、と笑う不二の表情は、とても自然だった。
「越前」
不二を残して一足先にコートへ戻ったリョーマを手塚は呼び止める。
「…部長」
「話は済んだのか?」
「…ういっス」
小さく微笑んで応えたリョーマに、不二と拗れなくて良かったと、手塚は胸を撫で下ろした。
ようやく胸のつかえが取れた手塚とリョーマ、そして不二の三人は何も無かった頃に戻ろうとしていた。



本当は何も無かった頃に戻れるはずは無い。
全ては実際に起きてしまった、空想でも仮想でもない現実。

不二の心の奥底で眠っていた想いは、リョーマの出現により表に出てしまった。
手塚への嫉妬や妬みにより、手塚と良い仲になっていたリョーマは不二にレイプされ、身体を傷付けられた。
しかしリョーマは手塚により身体も心も癒された。
不二の嫉妬は手塚にだけ向けられていた。
リョーマはその為だけの駒に過ぎなかった。
手塚は不二の策略には嵌らず冷静に対応していた。

…不二の誤算。
だが、不二は手塚とリョーマにより、己の醜い嫉妬心を消していた。
手塚とリョーマの優しさに触れた事により、黒の部分は真っ白に。
今ではもう、本来の不二の姿に戻りつつあった。
人の痛みも自分の物にして、同じ痛みを共有するくらいに本来の不二は優しい人物。

「もしも僕が手塚で、手塚が僕だったら、どうなんだろうね?」

同じ事を考えるのか?
それとも…
それだけは永遠にわからない。


誰もが心に持っている『黒』と『白』の部分は人それぞれなのだから。





BLACK and WHITE もこれで終わりです。
光と闇の部分を出そうと奮起したのですが、難しかったです。