【本郷界隈吟行レポート】

6月12日(日)梅雨の晴れ間を縫って『本郷界隈吟行、行ってきました!』



【吟行アルバムから/千駄木だんだん】※パスワード(midy)


【6月12日(日)午前10:30 千代田線千駄木駅】※文中の写真はクリックで大きくなります。
梅雨の晴れ間だと言うことで、願った以上の好天のもとに集まったメンバーは6人。
初参加の「踏破」さんの紹介も終えて、いざ吟行開始です。
タイトルが「本郷界隈」なのに千駄木集合になったのは、
陰のテーマが漱石の「三四郎」の舞台を巡ることだからです。

【団子坂】
千駄木駅「団子坂」口を出て左に曲がると団子坂下交差点。
それをもう一回左に曲がると団子坂です。
一行はこの坂道をゆっくりと登ります。
三四郎は、この団子坂の菊見で「里見美禰子」への恋心を一気に高揚させるのですが、
その折に美禰子の言う「迷える子羊(ストレイ・シープ)」に悩むことなく、
ひたすら自分流で突き進むのです。
「迷える子羊(ストレイ・シープ)」は漱石がこの小説に与えたテーマでもあり、
三四郎の恋の先行きは、この言葉に意を介さなかったということで暗喩されているのです。
この団子坂、鴎外の「青年」の中でも主人公・純一の下宿に近い場所として登場しています。
往時の面影は坂道の石垣などにわずかに残るだけですが、
坂上には森鴎外が30年住んだ「観潮楼」跡があり、
左に曲がり薮下道に入ると、街中とは思えない静かなお屋敷町になるあたり、
東京最初の「山の手」の雰囲気が漂います。
「観潮楼」跡は現在「鴎外記念本郷図書館」となっています。
館内には貴重な資料やデスマスクを収めた「記念室」も設けられており、
庭には詩集「沙羅の木」に因んだ沙羅や根府川石、往時からの銀杏の木、
鴎外・露伴・緑雨が三人で語り合ったと言う「三人冗語」の石などが
そのままに残されています。
ここで『団子坂〜観潮楼』で詠まれた句を紹介しましょう。


団子坂美禰子のパラソル見失う   えみこ

梅雨晴れや自転車過ぎる団子坂   踏 破

根府川石沙羅の落花を受け止めり  智 子

沙羅の花三人冗語に散りて在り   智 子

沙羅落花三人冗語の石が受け    牡 丹

冗語石沙羅の花落つ二つ三つ    智 子

沙羅落花厚き髭あるデスマスク   えみこ


【薮下道〜千駄木だんだん】
薮下道は車で通るのは憚れるような細い道ですが、
まだまだ大きな門構えの道が続く静かな住宅街。
途中の小さな公園には鴎外の「舞姫」に因んで作られた彫刻「舞」があり、
100米も歩くと、ここが小高い丘であることを思い返させるように
小さな階段状の坂道が出現します。これが『千駄木だんだん』。
「だんだん」の両側はおおきな家で立派な庭があり、実のなる木がいっぱい!
この時期「梅」「柿」「李」「枇杷」「李」がたわわに実をつけています。
今ほど生鮮品の流通が良くなかった時代、
これらの果実はどんなにか食を豊かにしたことでしょうか。
この「だんだん」を登りきり、50米も歩くと今度は下りの「だんだん」。細い!
こんな細い路地、それも階段の坂道は郊外の新興住宅地では絶対お目にかかれない。
「だんだん」を下りきった所に「ふれあいの杜」と名付けられた屋敷森跡の公園。
家並みがぎっしり詰まった所に突然のオアシスの出現です。
樹々がうっそうと茂り、足下にはドクダミの白い花。空気もひんやりとしています。
「千駄木だんだん」を詠んだ句を紹介します。

柿・枇杷・杏段々坂を埋め尽くす  えみこ

李生る千駄木だんだん風薫る    牡 丹

鈴なりの枇杷は孤独か古屋敷    智 子

木下闇飲み込み育つ屋敷森     えみこ

屋敷森茂りの中の地域猫      踏 破

指さされ迷惑顔の涼み猫      万 州

椎の花ふりまく匂い屋敷跡     智 子

青柿や千駄木だんだん親子連れ   緑 山

千駄木の茂りに枇杷の点灯す    万 州

山式部千駄木階段つき当たり    智 子




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