淡淡と、若紫の垂(しずり)。
初夏。花の簾。
梅雨と梅雨明けの合間に咲く紫の露。
その露の形の小さな花弁より深い紫を含んで艶やかに光を流す髪に、そっと、
触れる。
するりと指の隙間を流れる質感。
そっと、水の表面に指で輪を描いているような感触。
そのくせ、サラサラとして。
零れる 髪
零れる 花
ひと房、軽く掌で持ち上げた永泉の髪に、泰明は唇を寄せる。
柔らかな水を口に含んだ時と似た感触だった。
人間の体は自分よりも脆いと泰明は知っている。特に、この生き物…自分の半身とも言うべき彼は、何処もかしこも頼りなく柔らかく、脆い。
なのになんだろう、この強かさは。
いつの間に、これほどに、
泰明の中に浸透し、沁みこんで、泰明を潤して。
干からびて何も無かった不毛の地。
それと酷似していた泰明の内に静かに流れ込んできた水は、暖かくしっとりと荒地を満たしてくれた。
今では、四季折々、花を咲かせてくれるまでになった。
その花の名、ひとつひとつを永泉は泰明に教えてくれる。
この花が良いと言えば、永泉は微笑み返す。
その花が枯れる時期になれば、永泉はそっと泰明のそばに寄り、共に散る花を見送る。
何も言わない。
ただ優しく寄せられる彼の身の柔らかさと暖かさは。彼から流れ込む水の気と同じ、しかし生身のぬくもり。
いつか。
いつか、自分もまた花の如く散る日が来て、その時をもし永泉が見届けることになるのだとしたら。
永泉は泣くだろうと確信する。
彼の涙は、透明で一点の濁りも無いけれど、自分の為に流すそれは、この花のように
藤の花のような
若紫であればと思う。
雫の花と同じ雫を、自分の為に流してくれればいい。
きっと。
幾つも幾つも、尽きぬほど涙は零れて川になる。
優しく柔らかく、暖かい薄紫の川になる。
その川にゆるりと身を委ねて、果ての無い時の旅路を辿るのだ。
見る夢に浮かぶ花。その傍らには微笑む彼がいるだろうきっと。
ああ、本当にそれは、夢のようだと泰明は目を閉じる。
髪に唇を寄せたままでうっとりと。
でもこんな想い、言えば永泉を今、泣かせてしまう。
ただでさえ彼はよく泣くし、泣き顔を見ると泰明は何故かしら胸が痛くてたまらなく辛くなる自分を知っているから。
だから、言わない。
それでも自分の為にだけ、
零れよ雫
若紫の花の如く
そんな、残酷で甘い、酔狂の囁きを、二人の上で咲く垂達が聞いている。
|