3.ショック+バネ (1/4ページ)

 「よしなしごと」の1項にも書きましたが、ノーマルGTIの足のセッティングには、やや疑問の点もあります。とくに、操縦性の面でステアリングを切り始めるときのグラリとくるロール感はいかにも不自然です。慣れるまではズッコケそうな恐怖感すら感じます。コーナリングのGがある程度高まってくれば、それなりの反応をするのですが、横Gが0.1とか0.2とか、ごく普通に曲がっていく感じの領域で反応がリニアじゃないという感じです。雑誌などを見ても、モータージャーナリストの中で信頼の置けそうな方ほど、ゴルフ4のハンドリングをあまり良く評価していないようです。そして、そうした記事のいくつかには「ロールセンタが低い」と書かれてあります。

  

 では、ロールセンタとは、いったい何なのでしょう?上の絵は車を正面から見たもので、左は静止状態または直進状態です。車がカーブを曲がる場合、カーブの外側方向に遠心力が掛かります。これは体感的にも分かります。この遠心力は実際には車全体に掛かってくるのですが、簡単化して重心(G)の一点に作用すると考えて差し支えありません(中学高校の物理で習いましたね:笑)。ロールは、主に車輪と車体との間のサスペンションが作動することによって生じますから、ここで重心(G)は正確に言えばバネ上の(車体の)重心です。重心(G)に遠心力が作用すると車体はカーブ外側に傾くのですが、その際に車体はロールセンタ(C)と言われる仮想点を中心として振り子(上向きの振り子)のように傾きます。

 上中の絵は、ロールセンタが高い位置にある場合の絵です。絵では約8゜のロールアングルがついた状態に描かれていますが、車体はその場で捻られるような動きになっており、重心の移動量は多くありません。右はロールセンタが低い場合の絵ですが、同じ8゜のロールアングルでも車体は横方向に移動しながら傾いており、重心の移動量も大きくなっています。また、そうした車体の動きにもまして重要なのは、ドライバーの頭の動きです。ロールセンタが高い場合は、ドライバは自分の腰の辺りを中心に捻られるような感覚になるのに対し、ロールセンタが低い場合は頭も腰も横方向に振られて、何か不安定な高い物の上に乗っているような感じになります。これが、グラリと傾く感覚の正体であり、ドライバーに不安感を与える原因になっています。 

 また、ロールセンタが低いと、ロールモーメントが大きくなるという問題もあります。車体をロールさせようとする作用の程度は、遠心力(F)の大小だけで決まるのではなく、遠心力(F)とロールする際のテコの長さ(R)を掛け合わせたモーメント(M)の大小で決まってきます。ロールする際のテコの長さとは、ロールセンタ(C)と重心(G)との距離であり、これを仮にロール半径(R)と書けば、M=F×Rとなります。極端な例で言えば、重心とロールセンタの高さが一致しているような車を造ったとすると、どんなに軟らかいバネを使ってもコーナーでは全くロールしないという車になります。

 さらに、ロールセンタを重心よりも高くすると、コーナリング時に車体が内側に傾くようにもできます。モーターボート(船)などはロールセンタを重心よりも高くしてあり、内側に傾きながら曲がっていくのはよく見る光景です。車の場合は、ロールセンタを高くしすぎるとコーナリング中にジャッキング現象という危険な現象が起きやすくなることもあり、ロールセンタを極端に高くすることは実際的ではありません(詳細は長くなるので割愛)。ただ、ロールセンタが必要以上に低ければ、ロールモーメントが大きくなって、グラリとロールしやすくなることは明らかです。

 もう少し付け加えると、ロールセンタを低くしてロール半径が大きくなり、それによってロールモーメントが大きくなった場合でも、実はその分だけまともにロールアングルが増えるというわけではありません。車がロールすると、外輪のバネは縮み、内輪のバネは伸ばされます。またスタビライザーが着いている車であれば、スタビライザーが捻られます。それらの反発成分とロールモーメントが釣り合ったところでロールアングルが落ち着くわけですが、このロールに対する反発成分の大小をロール剛性と呼びます。ロールセンタが低くなるようなジオメトリは、ロールモーメントが大きくなるのと同時にロール剛性も稼ぎやすいので、実際にはロールアングルは常識的な範囲で落ち着く結果となります。

 ただし、そうした作用はある程度ロールアングルがついてからの話です。ロール剛性はロールアングルに対してリニアではなく、中立付近ではタイヤの横変形やブッシュ類の変形などの影響を大きく受けるためにロール剛性は極端に低くなります。その結果、ロールセンタが低い車は、中立付近では大きなロールモーメントの影響をモロに受けることになり、いきなりグラリとくる感じになってしまいます。モータージャーナリスト的な言葉で言えば、ステアリングを切り始めた時の初期ロールスピードが速い、ということになります。ゴルフ4は、まさにその状態だと言えます。

 では、ゴルフ4のロールセンタが低いと言っても、具体的にどう低いのでしょう?ロールセンタというのは、機構学的な言い方をすると、地面を基準に考えたときの車体のロールモーションの瞬間中心なのですが、これを求めるにはサスペンションの機構解析をする必要があります。ゴルフ4のロールセンタが低いと言われているのは主にフロント側で、フロントサスペンションはマクファーソンストラット形式です。マルチリンク式サスペンションなどの機構解析となると素人の手には負えないのですが、マクファーソンストラットなら二次元CADで素人でも簡単に解析できます。

 初めにやることは、車体の計測です。設計図面があるわけではないので車を実測します。傾向を掴みたいだけなので、多少の誤差は問題ではありません。上図は、概ねスケールどおりに描いたゴルフ4のフロント足まわりです。解析のために必要なのは、図中に黄色の十字で示した左右各3つの関節点の位置だけです。ロールセンタを求めるには、まず車体側を基準としてサスペンションがストロークするときの車輪の動きを解析し、その瞬間中心を求めます。すでに頭痛がしてきた方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、やることは意外と単純です。

 上図は、ホイールストロークの瞬間中心の求め方を示しています。マクファーソンストラット式サスペンションの瞬間中心は、上図のようにストラットアッパーマウントの関節点(A)を通過するストラット実質角度(赤線)の垂線(緑線)を引き、次にナックルジョイントの関節点(B)とロアアームの車体側取り付け点(C)を結んで実質ロアアームの延長線(青線)を引きます。そうして、青線と緑線の交点(D)がホイールストロークの瞬間中心になります。(こちらの絵はページ幅内に納めるために若干デフォルメしてあります)

 つまり、車体を基準に考えると、ホイールはこのD点を中心として弧を描くようにストロークするということです(但し、瞬間中心ですから、ストロークに伴って中心点自身も移動します。詳細後述)。この瞬間中心(D)と接地点(E)を結ぶ線分をスイングアーム(仮想スイングアーム)と呼びます。この絵を左右両方の車輪について描き、両方の仮想スイングアームが交わった点がロールセンタです。地面を基準に考えたとき、車体はこのロールセンタを中心に振り子状にロールするわけです。

 パワーポイントのマンガでは、解析はできないので、実際には二次元CADで解析します。上の絵は、解析中のCAD画面の例です。タイヤやホイールの細かな絵は解析に不要なので、単純な線だけで表しています。(以下、パワーポイントの作図は面倒なので、このCADの絵で説明していきます)。

 実際に、車体を計測した数値をもとに解析したのが上の絵です。サスペンションの瞬間中心は、車体のずっと外側で地面よりもずっと下です。黄色線で示した2本のスイングアームの交点であるロールセンタは、やはり地表面よりも少し下に位置しています。

 ロールセンタ付近を拡大すると、ロールセンタは地表面よりも40mm以上も下にあることが分かります。もっとも、解析は正確でも、結果として出てきた数値自体は不正確なので、あまり信用しないで下さい。車体の計測がいい加減だということもありますが、そもそもこのような解析でロールセンタを正確に求めても意味がないからです。なぜなら、機構解析はタイヤやブッシュ類の変形を加味していないので、実際に車を走行させた際のロールセンタは、機構解析の結果よりもずっと下の方になります。ただ、傾向としてこのような位置にあるということです。・・・っと言っても、それだけでは、高いのか低いのか分かりませんね(笑)。

(このページは、掲載している方法および結果を保証するものではありません)