「やはり、定番だが王道を採るべきだろうなぁ・・・」 「王道か・・・、何か他に策は無いものか・・・」 「大神ぃこの場合、奇を衒っても仕方が無いことだろう?」  太正15年6月某日、皆が寝静まった深夜の帝国劇場の一室で続けられる会話。  帝国華檄団花組・月組、それぞれの隊長が人目を忍ぶ様に顔を付き合せての話となれば、 余程込み入った内容であると予測される。  しかし切羽詰った表情の大神とは対象的に、加山は湯気の立つマグカップに口を付けな がら、呆れ混じりの揶揄する様な表情で同期でもある親友を眺めていた。 「だが王道を採った場合、誰にも気付かれる事無それ・・を遂行するのはかなり困難なんだよな・・・」  大神は組んだ両手に顎を乗せた姿勢で虚空を凝視しながら、溜息と一緒に呟きを洩らす。 「まあ、リスクを犯さなければ、それに見合う対価も得られないと云うことだな・・・」  半ば慰める様な言い方で、加山は諭すように片方の眉だけを器用に上げてみせる。 「俺は花組隊長として、常に公平無私たらんと思っているからこそ、そのリスクを回避し たいと考えているんじゃあないか・・・。だから隠密部隊の隊長であるお前に相談してるんだ ろう?」 「大神、これは月組の隊長とかでは無く、一人の男として親友として言わせてもらうが・・・。 男は度胸と誠意だ、変に策を弄すると後で痛い目を見る事になるぞ・・・」  縋るような大神の視線を苦笑で受け止めながら、加山は寄り掛かっていた窓際から身体 を起こし、軽く親友の肩を叩いた。 「はぁ・・・、もう時間も無い事だし、やはり覚悟を決めるしか無いのかな・・・」  幾分かの躊躇いを残しながら、大神は力の無い言葉で覚悟を決めた・・・。 マリア タチバナ生誕祭 参加 SS ━紫陽花━ Written by G7 帝国歌劇団の女優として舞台に立つようになってから、誕生日やその日が近くなるとフ ァンから花やプレゼントなどを贈られる事が多くなった。 花の種類は様々だけれど、圧倒的に薔薇が多い。 『勿論、薔薇も好きなのだけれど・・・』 降り続く雨が窓ガラスを叩く音を聞きながら、マリアは一人中庭を眺めながら考える。 別段、雨の所為でも自分の誕生日が近くなるからでも無かったが、こんな雨降りの日は 益体も無い考え事が良く合う様に思えたからかもしれない。 マリアの視線の先には、淡い水色の花弁をつけた紫陽花が雨露に晒され小さく揺れる。 ファンからしてみれば、舞台で観る彼女のイメージが強いからだろうか、各メンバーが 贈られる花々もその人物をイメージさせる花が多いのも確かである。 マリアとて薔薇は好きだ。その気高く高貴なイメージに憧れもあるし、ファンの人々が 自分をそんなイメージで見てくれるのは嬉しい事だと素直に思う。 しかし彼女自身、そんなイメージを重く感じる時もある。 『私はそんなに華やかな女では無いのだけれど・・・』  先程から眺めている紫陽花が、風に吹かれて彼女の思考に呼応する様に花弁を震わせる。 『ふふっ・・・。そういえば、あの時も・・・』  意思があるかのような紫陽花の動きを眺めながら、マリアは記憶を辿るように目を細め た・・・。  初めてマリアがこの花を見たのは、彼女が帝都に来てまだ間もない頃だった。  あの頃はまだメンバーも少なく、こうして外を眺めながら暇を持て余す事も多かった。 だからこそ、花の色を変える紫陽花の存在に気付いたのかもしれない。  枯れる事も無く鮮やかに変化する花弁、興味を持って調べてみると元々は日本が原産の 花だと知った。そして江戸時代にヨーロッパへ持ち出され、最近になって改良された品種 が再び日本に逆輸入されたらしい事も。  そして今、中庭に花を咲かせている紫陽花はヨーロッパから持ち込まれた品種である事 も知る事が出来た。 『私と同じね・・・』  日本で生まれ、異国の地で彼女を産んだ母親。  そして母の生まれた国に流れ着いた自分・・・。  自分の境遇と紫陽花が重なっているようで、不思議な親近感をマリアは覚えた。  その親近感は興味を後押し、辞典の字面を追う速度は速くなる。  しかし最後の一文を読み終えると、マリアは自嘲気味の溜息と一緒に本を閉じた。 「花言葉まで私にピッタリなんて、皮肉なものね・・・」  変節・移り気・浮気・・・、余りに見事に色を変化させるからだろうか、その花言葉には良 い意味で使われる事が無い言葉ばかりが並んでいたのだ。  露西亜革命に紐育で過ごした日々、そして帝都で過ごしている今・・・。  その時々で持っていたつもりの信念や理想、そして自分というアイデンティティー。  自分では割り切っていたつもりだったが、変節や移り気といった言葉に反応してしまう のは、心の何処かに未だ燻っている何かがあるのだろう。  だが紫陽花の花言葉を知った後も、マリアは中庭を眺めるのを止めなかった。  彼女自身理由は解らなかったが、それは決して自嘲や自虐では無く、健気に咲き続ける 紫陽花に惹かれていたのかもしれない。  そしてある日の事だった。その日もマリアが日課の様に中庭を眺めていると、あやめに 声をかけられた。 「何を見ているの、マリア?」 「あやめ・・・さん」 「最近、よく中庭を眺めているようだけれど?」  強く問い質している訳でもない口調なのだが、何故かこの女性には本能的に逆らえない マリアは、暫し間を置いた後に口を開いた。 「紫陽花を見ていたんです・・・」 「あら、あの紫陽花に気付いてくれたなんて嬉しいわ」  あやめは少し大げさに両手を合わせ、嬉しそうな微笑みをマリアに向ける。 「あの紫陽花は、あやめさんが・・・?」 「そうよ、この中庭の木々や花々の一部は、私も参加して選ばせてもらったのよ」  マリアの隣に立ち、同じように中庭を眺めながら、あやめは話を続ける。 「あの紫陽花もそう、色々な意味を込めてね・・・」 「私も少しですが紫陽花について調べてみましたが、花言葉などには余り良い意味の言葉 は・・・」  紫陽花と自らを重ね合わせていた事は伏せたまま、目を合わせれば彼女には全てを見透 かされそうな気がしたマリアは、目線を中庭に向けたまま言葉を返す。 「ああ、ここの図書室で調べたのね。ふふっ、もう少し本の種類を増やさないといけない わね」  可笑しそうなあやめの口調を不思議に思い、マリアが顔を横に向けると童女の様な透き 通った笑顔が広がっていた。 「日本では花の色を変えることから、あまり良い意味で無い言葉が使われるけれど・・・。海 を渡った先の欧羅巴ではね・・・」 「・・・リア・・・」 「マリア・・・」  回想に耽っていたマリアは、自分を呼ぶ声に我に返る。 「どうしたんだいマリア、中庭を眺めて・・・」  聞き馴染んだ声にマリアが慌てて振り向くと、大神が不思議そうな表情で彼女の横に立 っていた。  無防備に深く回想していた事に恥じらいを感じながら、マリアは自然体を意識しながら 問いかけに答える。 「紫陽花を見ていたんです・・・」 「紫陽花?」 「はい、丁度色も変わって綺麗に咲いていたものですから・・・」  昔を思い出していた事を大神に悟られないように、マリアは言葉を選ぶ。 「マリアは紫陽花が好きなの?」 「ええ、好きですよ・・・」  マリアは先程途中で止まってしまったあやめとの会話を思い出しながら、ゆっくりと感 情を込めて大神に言葉を返す。 「そっ、そうなんだ・・・」  本人を指して『好き』と言われた訳でも無いのに、大神はマリアの言葉に明らかに動揺 した様子だったが、何とか会話を繋げる。 「誰に話した事がある訳では無いのですが、紫陽花は特別なんです・・・」  大神の反応に苦笑しながら、マリアは再び中庭の紫陽花に視線を戻す。 「特別か・・・、よしっ!決めたっ!」 「えっ?」  突然に発せられた大神の言葉に、マリアは意味が解らずに振り返る。 「ありがとう、マリアっ!」  視線を向けた時には、大神は既に小走りにエントランスの方へ向かっており、マリアに 満面の笑みで片手を振った。 「一体、何だったのかしら・・・?」  唐突な大神の行動に小首を傾げながらも、マリアはただ大神を見送る事しか出来なかっ た・・・。 ◆ 『花屋で宅配の手配もしたし、先程サロンの方を覗いてみたら、予想通り薔薇が殆ど・・・』  大神は満足気な表情を浮かべながら、先日マリアと見た紫陽花を眺める。 『色も同じ色にしたし、マリアはきっと気付いてくれるよな。加山の奴は自分で渡す事に 意味があるなんて言っていたけれど・・・』  雨に濡れた紫陽花も大神は美しいと感じたが、こうして太陽の光を浴びる姿も鮮やかで 良いと思う。  そよ風に揺れる今日の空と同じ色の花弁を眺めながら、大神は再度今回の作戦について 考えを廻らす。  花組の隊長として、表立っては個人的感情のこもった誕生日プレゼントを特定の隊員に 渡す事は出来ない。  勿論特定の隊員とはマリアの事であり、先の戦いや露西亜への旅を経てお互いの気持は 判っているつもりだ。  だが、激化する任務の中で二人の時間が取れないのも事実であり、大神としてはせめて 彼女の誕生日には、何とかして自分の気持をアピールしておきたかった。  プレゼントの品目は、加山曰く『王道』の花束に決定。  そこで考え付いたのが『葉を隠すなら森の中』である。  舞台女優としての顔を持つ彼女の誕生日には、多くのファンから花束などのプレゼント が贈られる。その中に紛れて花束を贈ろうと考えたのだ。  勿論、自分の名前などメッセージを残す事は出来ない。  だが、この方法であれば他の隊員達に気付かれる事も無いのだ。  ただ問題なのが、彼女が自分の贈った花束に気が付いてくれるかと云うのが最大の問題 だった。しかし、先日のマリアとの会話の中で、他の人間が知らない彼女にとって特別な 花の存在も知る事も出来た。薔薇などの花束が多い中で、紫陽花の花束を贈るのは自分だ けであろう。彼女もきっと気付いてくれる筈だと思った。  しかし大神の心の中で、ただプレゼントを渡す為にこんなに回りくどい方法を選択した 事を滑稽に思う気持ちもある。 『そんな事は当然判っている。俺だって直接渡せればどんなに良いかと思う、しかし花組 の隊長としては、隊の連帯を乱す事は出来ない。真に落着いた日々を手に入れる事が出来 たその時には・・・』  心の中で呟きながら、大神は納得させるように、無言で首を振って自分を肯定する。 「・・・?」  午後のお茶会の前に、フントの散歩に出かけようとしたレニは、中庭の前で佇む大神を 見かけ、軽く首を捻る。  今日、6月19日はマリアの誕生日であり、恒例のお茶会の後は皆で行う宴会の準備も控 えており、大神などはその段取りで忙しい筈だった。 「どうしたの隊長?」  彼が退かなければ中庭のフントを迎えに行けないレニは、特に感情を込める事無く大神 に声を掛ける。 「ん、レニ。フントの散歩かい?」 「うん、隊長こそ此処で何をしているの?」  普段であれば自分から話しを振る事の無い彼女だったが、振り向いた大神の表情が妙に 明るく見えて興味を引いた。 「ああ、紫陽花を見ていたんだ」 「・・・・・・好きなの?」 「好きになりそうってやつかな?」 「・・・?」  大神のテンションの高さと今一つ理解に苦しむ大神の返答にレニはどう切り返してよい か判断できなかった。彼女の頭の中では今までに本などで蓄えられた知識を総動員にして、 大神の好きになりそうな理由を見つけ出そうとする。 「確かに綺麗だけれど、如いて理由を考えれば日本が原産だという事くらい・・・。花言葉も あまり良いものでは無いし・・・」 「花言葉?」 「変節・移り気・浮気」 「えっ!」  目の前の大神の顔が一瞬にして青く変化して行くのを、レニは不可解な表情で眺めた。 「やばい、絶対にヤバイよなぁ・・・」  大神は頭を掻きながら一人ブツブツと呟き始める。 『やはり、今日の隊長は少し変だ・・・、でも退いてくれないと中庭には入れない・・・』  上官に対しての感情としては聊か不敬な気がしたレニは、そのまま無言で大神の様子を 観察しながら待機する事にした。 「とにかく言い訳を考えないと・・・、あっレニ、ありがとう・・・」  尻窄みな言葉だったが、彼女に一言挨拶すると大神はフラフラとその場を離れて行った。  結局最後まで事情の判らないレニは、頭の上に『?』マークを幾つも点灯させながら無 言で大神を見送るしか無かった・・・。 ◆   「しっかし、マリア。相変わらず凄っげ〜数だな」  サロンに処狭しと置かれた花束を見回しながら、カンナはソファーに腰掛けるマリアに 話し掛ける。 「そうね、これだけ私を応援してくれるファンがいるのだから、これからも頑張らなけれ ばならないわね」  マリアはすみれ特製の紅茶に口を付けながら、目を細めた。 「アタイの時は向日葵とか多かったけれど、マリアの時は薔薇が多いよなぁ・・・」  カンナは興味深気に薔薇の刺を突付いている。 「花束には種類や本数、咲き具合がメッセージになっているんです。彼方が突付いている その刺も、ちゃんと意味が有るんですのよ」  子供のように刺で遊んでいるカンナに、すみれが諭すように口を開く。 「意味ぃ?」 「そうですわ、刺には『不幸中の幸い』。紅い薔薇は『情熱』や『愛情』、白色は『心から の尊敬』など・・・。その花言葉を組み合わせ、贈り主は相手にメッセージを伝えるのです」 「なんか、まどろっこしいなぁ。アタイは意味云々より純粋に花束を贈られたら嬉しいっ て思うけど・・・」 「まったく彼方という人は優雅さに欠けますわね・・・」 「何だと・・・」 「二人とも、人の誕生日に喧嘩は止めてちょうだいね」 カンナがすみれに詰め寄ろうとした時に、マリアは軽く溜息を吐いて二人を諌める。 「勿論ですわ、マリアさん」 「アタイだって・・・。んっ、一つだけ違うのがあるぜ」  互いに付き合せていた顔を背けた拍子に、カンナが薔薇で埋められた花束の中に、一つ だけ違う小さな青い花弁を見つけた。 「紫陽花ですわね・・・」  カンナの声に釣られて、すみれもその花束に注目する。 「じゃあ、紫陽花の花束の意味ってなんなんだよ」 「確か紫陽花の花言葉は・・・確か・・・」  すみれはカンナの問いに、記憶を辿るように首を傾げた。 「変節・移り気・浮気・・・」  何時の間にか近くに寄っていたレニが、紫陽花の花束を抱えながら呟く。 「何か良い言葉じゃねえなぁ・・・」 「そうですわね・・・」  カンナとすみれは困惑の表情を浮かべ、横目でソファーに座るマリアの様子を窺う。  なにせこの花束を贈られたのはマリアである。悪気は無かったとはいえ、和やかな誕生 日の雰囲気に水を差すような事をしてしまい気になるのだろう。  当のマリアは紫陽花を見つめながら、何故か可笑しそうに表情を和ませ立ち上がってレ ニから花束を受け取る。 「マリア・・・?」  レニも彼女の表情の意味が判らず、不思議そうにマリアを見上げた。 『レニも此処で私と同じ本を読んだのかしら・・・』  心の中で呟きながら、マリアは顔を近づけて紫陽花の香りを胸一杯に吸い込む。  新鮮な芳香で身体も心も満たされるようで、マリアは透き通った笑顔を浮かべる。  そして、あやめから言われた言葉を思い出すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「日本での花言葉は先程の通りなのだけれど、紫陽花は欧羅巴では色を変えても枯れない で咲き続ける事から『辛抱強い愛』とか『想い続ける』という意味で使われるのよ・・・」  その場に居合わせた三人は驚いた表情のまま、マリアの話に耳を傾ける。 「日本の花言葉の意味も、海外の意味も含めて私はこの花が好き・・・」 『そんな訳で、日本と海外で受け取られ方が違うなんて面白いでしょう。でもねマリア、 例え色を変え雰囲気まで変えてしまっても、咲き続けるって素敵だと思わない。 変節なんて言葉は悪いけれど、それだけ生きることに一生懸命って事でしょう。 日本人は散り際の美しさとか、潔さみたいなものを尊び美徳とするけれど、どう変わっ ても咲き続ける・生き続けるって事はとても大切な事よ・・・。 だから私はこの紫陽花が好き・・・。 辛抱強い愛の方は、マリアもそのうち解る時が来ると思うけれど。 その時は又、紫陽花でも眺めながら相談に乗ってあげるわよ・・・』  マリアの心の中に、あやめの笑顔と言葉がはっきりと浮かんでくる。  彼女はあの時、山崎真之介の事を考えながら、紫陽花と己を重ねていたのだろうか・・・。  今となっては想像しか出来ないが、マリアには少しだけあの時のあやめの気持が解るよ うな気がした。 「へぇ、そんな意味もあったんだ・・・。でも、一体だれが・・・?」 「今の意味を知って贈ったのでしょうか?」  マリアの話を聞き終えたカンナとすみれは、感心の後に浮かぶ疑問を口にする。 「さあ、誰なのかしらね・・・」  腕の中の紫陽花を眺めながら、マリアは笑みを洩らす。 「・・・・・・僕、訂正と補足をしてくる」  それまでマリアの顔をじっと見ていたレニが、突然口を開いたと思うと足早にサロンを 後にする。 「何だ何だ?」 「変な子ですわね・・・」  カンナとすみれはレニの行動に首を捻るばかりだったが、マリアだけは彼女の後姿を優 しく見つめた。 『レニ、隊長によろしくね』 心の中でそう付け加えてから、マリアは少しだけ力を込めて花束を抱きしめる。 『本当は直接渡して欲しかったけれど、でも何時の日かきっと・・・。だって紫陽花の花言葉 は辛抱強い愛なのだから・・・。そうですよね、あやめさん』 ━fin━ 期間限定(?)の後書き 何とか形にする事が出来ました(笑) 初めてのお話、投稿が「マリ誕」で「花言葉」だったものですから、今回も「花言葉」で す。 改めて思い返してみると、あの頃も今も「マリアが好きっ!」という気持ちは変わってい ないなぁと感じました♪ これからも何らかの形で、この気持ちを表現出来たらと思います。 だから心を込めて・・・。 「マリア、お誕生日おめでとう!そしてこれからもヨロシクね♪」




戻る