22000Hit 記念 SS




初めての育児 ABC ─マリアの子育てAnecdote─ Written by G7 深夜の静寂を破る大音量の泣き声に、浅い眠りから一気に引き戻される。 マリアが慌てて起き上がり時計を見ると、先程授乳してから二時間程しか経っていない。 隣で寝ている夫を見ると、何度か寝苦しそうに頭を動かしていたが起きる気配は無いよ うだった。 「もう…?」 まだ朦朧とする意識を奮い立たせて、マリアは泣き声のする隣部屋へのドアを開ける。 開けた瞬間に更に大きく響く泣き声で一気に眠気が覚めるのを感じつつ、マリアはベビ ーベットから赤子を抱き上げた。 普段は抱き上げる度に生命の尊さを感じさせてくれるその重みも、今夜はやけに重たく 感じてしまう。 出産してから二ヶ月余り、昼夜を訪わない子供の世話に流石の彼女も心身共に疲れてい るのかもしれない。 軽く腕を揺らせながらおしめの具合を確かめてみるが、濡れてはおらず泣き出した原因 が空腹にある事が判った。 「じゃあ、今準備するから少し待っててね」 再びベビーベットに寝かしつけてから、マリアは授乳の用意をしようとした処で自分が 照明も点けずに月明りだけで行動していた事に気付く。 「私ったら…」 思いの他慌てていたのか、それとも自分がこの深夜の行動に慣れてしまったからなのか は判らなかったが、何故か乾いた可笑しさが込み上げてしまう。 明りを点けようと入り口付近にあるスイッチまで行こうとすると、突然部屋の照明が灯 り、マリアは驚いて立ち止まる。 「一郎さん、起きられたのですか?」 「さすがに娘の泣き声が聞えているのに、寝てはいられないよ」 眠たげな眼で不器用なウインクをしながらの大神の言葉に、マリアは自分が寝室へのド アを開けたままだった事に気付いた。 これだけ大きな泣き声を直に聞いてしまったら、どんなに疲れていても起きてしまうだ ろう。普段から大神の忙しさを理解しているだけに、マリアはその迂闊さに反射的に頭を 下げてしまう。 「すみません、お疲れの処を起してしまって…」 そんなマリアの言葉を聞きながら、大神はベビーベットに向かい様に彼女の肩に軽く手 を置く。 「何言ってるの、二人の大切な子供なんだから、マリア一人が全て背負い込む事は無いん だからさ・・・」 静かに言い終わった後、大神は何事も無かったように泣き止まない娘を抱き上げる。 「結構汗をかいてるね、此処の処は涼しくなったなと思っていたけれど?」 最初に比べれば幾分慣れた手つきで娘をあやしながら、大神はキョロキョロと辺りを見 渡していた。 「赤ん坊は平熱が高いとものと聞きますし・・・、タオルはベット横の机の上にあります」 「ありがと、よしっ!これで少しは気持良くなっただろう?ママの準備が整うまで、もう 少しだからね」 産着を開き片手で汗を拭う姿に、マリアとしては娘を落としはしないかと心配するが、 一向に止まらない泣き声に急かされながら、ガウンから肩を出して準備を進めた。 授乳で口にする辺りを軽く拭き終わってから、マリアは大神から娘を受け取る。 「はい、お腹一杯に飲んでね…」 そう言いながら乳房に娘の頭を近づけると、先程までの泣き声がピタリと止まる。 我子ながら現金なものだと思いながらも、ゆっくりとしかし力強く吸う様子を眺めてい ると、疲れを浮かべていたマリアの表情が和んで行く。 「食が細いのかなぁ、レニが昼間にミルクをあげてくれた時も全部は飲まなかったって言 うし、しっかり飲まないから直ぐにお腹が空いて泣き出すのかな?」 ベット脇に置かれた椅子の背凭れ部分に顎を乗せながら、大神が口を開く。 「まぁ個人差だとは思いますが、確かに一般と比べて授乳の間隔は短いようですね…」 マリア自身、大神の言葉に答えながらも、それが正しい事なのかどうなのかは今一つ確 証が持てないまま語尾を濁す。 娘を出産した後も帝国劇場内の新居で暮すマリア達、大神の仕事が忙しいのは勿論の事、 彼女自身も家事や雑務に追われる時は、花組のメンバー達が率先して娘の面倒をみてくれ ている。 メンバー達に迷惑をかけてはとマリアは思うのだが、彼女達にしてみれば可愛い妹が出 来たようなものらしく、時間を作っては娘の様子を覗きに来ていた。 そして大神にしても多忙なスケジュールの合間を縫っては、あれやこれと私と子供の事 を気にしてくれる・・・。 そう、マリアとしても十分すぎる程に恵まれた環境で、育児が出来ているのだと思って いる。 ただ、育児を手伝ってくれる人間には恵まれているものの、アドバイスをくれる人間が いないのだ。 マリア自身、初めての出産や育児に対し十分に知識を身に付けたつもりだった。 しかし実際に育児がスタートしてみれば、本には書かれていないイレギュラーな出来事 の連続なのだ。勿論、大神の母を始め義理姉である双葉なども、手紙や電話などで助言や 心配をしてくれている。 だが、何かある毎に電話で相談する訳にもいかないし、助言が欲しい時は大概急を要す る事が多いので、悠長に手紙を送る事も出来ない。 結局、最終的に判断するのは、親であるマリア達しかいないのだ。 その都度、間違った行動や対処はしていないつもりだったが、そんな時こそ経験者の何 気ない一言が欲しい事がある。 「まぁ、泣くって事はそれだけ元気があるって事だもんな…」 「そうですね…」 自分の思考に思いを巡らせながら大神と話していると、マリアは何時の間にか胸の吸わ れる感覚が無くなっている事に気付いた。 「あら、もうお腹が一杯になったの?」 マリアが時計を見てみると授乳を始めてから5分と経っていない。 普段であれば20分近くかけてじっくり飲んでいるので、何かあったかと時計から目を 離しマリアが再び腕の中を見ると、視線に気が付いたのか再び胸を吸われる感覚が戻って くる。 「ごめんね、ちゃんと見ているから沢山飲んでちょうだいね」 円らな瞳でじっと此方を見つめながらゴクゴクと母乳を飲むその表情は、全神経を集中 させているようにも見えた。 「二ヶ月位だと、まだ視界はハッキリしてはいないんだろう?」 会話が途切れてしまった大神は、手持ち無沙汰にタオルを畳みながらマリアに話し掛け る。 「そうみたいですね、でもこの子、私が見ているかどうかって、ちゃんと判るみたいです よ」 腕に抱く我子の顔を優しい表情で見つめながら、マリアは大神の問いに受け答えた。 「ふ〜ん、俺の時はそんなふうじゃないけどなぁ…」 声に混じる僅かに拗ねたようなトーンに、マリアは思わず笑ってしまいそうになる。 顔を向けなくても、自分の夫がどんな表情をしているかが安易に想像できるからだった。 「ちゃんと、お父さんの事も判ってるわよね♪」 意味など通じよう筈もないのだが、マリアは一心に母乳を吸う娘に対して問い掛ける。 「なんか、少し妬けるなぁ…」 その言葉が自分と娘、どちらに向けられたものかは分らなかったが、正直すぎる夫の反 応に、ついに堪えきれずに笑ってしまう。 「あっ、ごめんなさい。飲み難くなっちゃったわね」 僅かに身体が揺れただけだったが、それでも乳房から口を離さず吸い続ける我子に対し て、マリアは逞しさと可笑しさを感じてしまう。 「きっと、この集中力はお父さん似よね…」 授乳しながら娘に話かけるマリアと、特に離しかける事も無く頬杖を付きながらその様 子を眺める大神。 何時しか子供部屋は、真夜中本来の静けさを取り戻し、ゴクゴクと母乳を飲む音だけが 聞える。 「お腹一杯になったのね・・・、後は私がやりますから一郎さんは先に休んでいてください」 満腹になった為だろうか、マリアは腕の中で一休みといったふうに目を瞑る娘を抱え直 しながら口を開いた。 「大丈夫、特に手伝える事も無いけれど一緒にいるよ」 見ているだけの自分に負目を感じているのだろうか、少し恥ずかしそうな表情を浮かべ た夫の顔を見て、マリアは心が軽くなるのを感じた。 「では、おくびを出すのをお願いします」 「OK、でも上手く出せるかな…」 先程までの複雑な表情から一変して、ゆっくりと手を伸ばすマリアから娘を受け取り、 嬉しそうな表情になる大神。 恐る恐る肩に顎を乗せて縦抱きする姿は、マリアの目からみても十分に父親の顔をして いた。 大神が娘に「おくび」を出させようと格闘している姿を横目で眺めながら、マリアは手 早く片付けを始める。 「マリアぁ〜、出てこないんだけれど…」 少し慌てたような大神の声に、マリアは乳房を拭きながら口を開く。 「上手に飲めた時は空気が入らないんで、おくびが出ない時もあるんですよ」 「そうなんだ」 マリアの言葉で納得したように娘を寝かしつけた大神は、そのまま覗き込むようにして ベットに身体を預けた。 「でも、遺伝なんて当てにならないよな…。優勢や劣勢なんて言葉が使われているけれど、 本当にマリアに似て綺麗な髪だよなぁ…」 満腹になって安心したのだろうか、先程まで泣いていたのが嘘のように静かにまどろん でいる赤子の髪を、優しく撫で付けながら大神が呟く。 確かに遺伝学的に言えば、マリアと大神の間に生まれた子供は黒瞳・黒髪の可能性が高 い筈だった。 しかしベビーベットに寝ているのは、母親譲りの綺麗なブロンドと翡翠色の虹彩を持っ た愛らしい赤子である。 「髪だけじゃなくて、顔立ちもマリアににているよなぁ…」 「私ではなく、ご自分に似ていた方が嬉しいですか?」 片づけを終えたマリアが大神の肩越しに顔出し、うたた寝を始めた娘の顔を見ながら呟 く。 「いや、そういう訳じゃ無くて、少しは俺に似ている所もあるのかなって…」 「鼻筋も口元だって、一郎さんに似ていますよ・・・」 背中越しにマリアを感じながら、大神は微笑を浮かべながら答えを返す。 「そうかな・・・、俺の血がもう少し濃く出ていたら、双葉姉さんみたいな感じになるのかな …って、苦っ!苦しいよマリア…!」 大神の方に顔を預けたまま、マリアは空いている手を首に廻し僅かに力を込めた。 「少し納得がいかないです、今の台詞…」 「いや、どちらでも良いなぁって事だから…」 微妙なニュアンスを含む釈明に、今一つ納得出来ないままマリアは腕の力を抜いて大神 の背中に全ての体重を預ける。 「うわっ!危ないって、マリア」 口では慌てているものの、その鍛えられた身体は背後からでもマリアを受け止め揺るぎ もしない。 「知りません」 そして暫くの間、戯れのようなコミュニュケーションが続いたが、突然大神が声を上げ た。 「今、笑わなかった!?」 「えっ、本当ですか?」 大神の言葉にマリアも慌ててベビーベットに視線を落とす。 しかし、二人の愛娘は静かな寝息を起てて眠ってしまっている。 「気の所為じゃありません?」 「いや、確かにマリアそっくりの可愛い笑顔だった…」 何の気負いも無しに、真顔で喋る大神に、マリアは頬が染まっていくのを感じながら、 その無邪気な横顔を見つめる・・・。 『本当に一郎さんったら・・・。 嬉しそうにこの子を見つめるあの横顔、私にもあまり見せない表情をして・・・。 失礼だけれど、将来は絶対「親馬鹿」って感じがするわ。 でも、それも悪くはないかもしれない…。 私と一郎さん、そして今後授かるかもしれない弟妹達、そして帝劇の人々との中でこの 子はどんなふうに育っていくのかしら? 一郎さんを取り合ったり、共同戦線を張ったり、親子喧嘩してみたり…』 不思議と育児に対する不安や疲れはいつのまにか消え去っていた。 マリアは幸せな思考の中でたゆたいながら、表情を和ませる。 そして胸に湧き上る暖かな想いを逃さないように、大神の背中へと強く抱きついた・・・。 ─fin─ 後書き(言い訳) って訳で、120%私の想像&聞き齧った話で書いたお話しでした(爆) やはり育児ってのは実際にやってみないと判らない事や感じられない事が沢山あると思い ます。 リアリティという意味では薄いかもしれませんが、その分、私の妄想(理想)は「てんこ 盛り」で入れさせて頂きました♪ でも、子供の性別も容姿もすぐに想像が浮かんで来たのですが、名前だけは気に入った名 前が浮かびませんでした・・・(笑) また子供を絡めたお話しを書く機会があれば、考えてみたいと思います。




戻る