不意に目を開けてみると、カーテン越しに明るい日差しが差し込んでいる。 普段であれば、短いまどろみの後に目を開くのだが、何故か今朝はパッチリと目が開い てしまった。 僅かに目を細めながら、壁に掛けてある時計を見てみると普段より幾分早い時間に起き てしまった事にマリアは気付く。 『晴れたのね…』 6月19日早朝、梅雨の中休みといった処だろうか、昨日まで降り続いていた雨だったが、 眩しい程に差し込む朝日は、今日一日の快晴を予感させるものだった。 『誕生日だからって特別何か有る訳ではないのに、何故…?』 体調の変化も無く、体内時計も狂っている様子も無いのに何故か普段より早く目を覚ま してしまった事に疑問を覚える。 マリアは早起きの原因を探ろうと、思考の海に意識をたゆたわせるが、明確な答えは出 てこない。 『取り敢えずカーテンを開けて…』 まだ完全に覚醒しきっていない思考で、カーテンを開ける為に起き上がろうとすると、 自分の身体がしっかりと抱き締められて動かない事に気が付いた。 『???…』 状況を確認しようと顔を動かしてみると、帝劇の総支配人である大神 一郎が自分の身 体をすっぽりと両手で抱き締めているのだ。 総支配人の他にも様々な役職や呼び名もある大神だったが、今この瞬間はマリアの夫と して彼女を腕の中に抱き寄せ、眠りに就いている。 普段であればマリアにとっても当たり前の光景だったが、しかし今朝は頭の上に「?」 マークを浮かべたまま、彼女は再び考え込んでしまう。 『確かに昨夜は背中を向き合って眠った筈なのに…?』 まだ朝の到来を告げる小鳥の囀りも疎らな時間、マリアは一人記憶を遡って行く・・・。 101歳マリアお誕生月間 参加作品 ─誕生日と早起きの魔法─ Written by G7 『後暫くしたらお開きの時間ね…』 キッチンから見える掛け時計を確認しながら、マリアは手際良く洗い物を済まして行く。 時折、流れる水道の音に混じって聞えてくる笑い声に、軽く溜め息を吐いてしまう。 「もう少し長引きそうかしら…」 心成し眉を顰めて呟いてみるものの、何処か柔らかい雰囲気を纏った彼女の言葉に棘は 感じない。 加山がマリア達の新居に出入りするようになったのは、此処数ヶ月の話だった。 新婚当初は何かと理由を付けては新居に来たがらなかった加山だったが、今では挨拶がて ら定期的に新居に遊びに来るようになった。 勿論、挨拶がてらと云っても、本当の処は仕事上の込入った話をする事が殆どなのだ が・・・。 ただ、大神と加山の二人は同期という事もあってウマも合うのだろう、仕事の話が終わ れば少しお酒を入れながら雑談に華を咲かせる事もある。 『男の付き合い』なんてモノは漠然としか理解出来ないマリアだったが、甲斐甲斐しく お酒やおつまみの準備などしていると、『妻の実感』なんてものを感じられる気がするの だ。 勿論、自分だけが動いている訳ではなく、偶にはご相伴に与かる事もあるのだが・・・。 そんな事をカンナを始めとする花組の面々に話すと、「アタイにゃ無理」とか「封建的や なぁ…」などと言われてしまうのだが、元来動く事が苦にならないマリアとしては、こう して家事をこなす事はそれなりに楽しい事だった。 一通り片づけが終わり、手の水気を取るとマリアはリビングへと向かう。 断片的に聞える二人の声のトーンに、話が盛り上がっている事が判る。 仕事の話が終わった後の二人の雑談を聞くのがマリアは好きだった。 大神の士官学校時代の話など、普段はあまり自分の事を話したがらない夫の昔を知る事 は純粋に楽しかったし興味もあった。 キッチンからリビングへと抜ける僅かな間、徐々に話し声も鮮明に聞えてくる。 「あの時、お前も言っていただろう…」 「そうだったかな?」 『何の話をしているのかしら…?』 二人の声を聞きながら、マリアはリビングのドアを静かに開けた。 「絶対に言ってたぞ、年上が好きだって!」 「そんな事を言ったかなぁ?」 マリアが部屋に入ると、ソファーに腰掛けた加山の背中と何かを思い出すような思案顔 の大神が正面に見える。 二人共、ほんのりと頬を染め、良い感じで酔いが廻っている様子だった。 「何の話題で盛り上がっているのですか?」 何気なく問い掛けただけだったが、一瞬リビングの空気が数度下がった。 「マっ、マリア…」 ぎこちない動きで首を回す大神と何故か引き攣った表情の加山・・・。 「いや、その…」 そんな二人の表情を見ながら、マリアは心の中で嘆息する。 『そんな態度を取られたら、私の方が困るじゃない…』 話の内容は大方予想は付いていた。士官学校時代に同期達と話した四方山話・・・。 若い男子の集団だ、好みのタイプや理想の女性の話位はするだろう。 マリアとしても夫の『好み』に興味が無い訳ではないが、昔の大神の『好み』に目くじ らを立てようとは思わない。 昔はどうあれ、今は十分に大神の気持を感じる事ができるし、その行動の端々にも自分 に対する想いの丈は伝わっている。 「変な話では無くて、昔は大神も年上の女性に憧れていた時代もあったって事で…」 「そうですね、加山隊長は今も年上の女性がお好きなようですし…」 普段の軽快な語りではなく、何処か歯切れの悪い加山の言葉にマリアは笑みを浮かべた まま答えを返した。 「ははっ・・・、一本取られてしまったな…。まぁ昔の話だし・・・、なぁ、大神!」 必死にフォローする加山の言葉に、大神は何かを考えているようで一瞬間が空いた。 ─ゴンっ!─ 向い合ったソファーの間、テーブルの下から鈍い音が聞えてくる。 「痛っ!そっ、そうだな…」 どうやら、反応の無い大神の足を加山が蹴飛ばした音らしい。 「私は、絶対に一郎さんより年上になる事はできませんから…」 無意識に出た呟くようなマリアの一言が、部屋の温度を更に低くする。 マリアとしては、二人の三文芝居じみた取り繕いはどうでも良かったのだが、大神の一 瞬だけ考え込むような間の方が気になってしまう。 勿論年上だけに限らないのだが、思い返してみれば、あやめやかすみ、かえでなど更に 上に遡るのであればグラン・マも・・・。 家庭環境を鑑みれば納得出来る事なのだが、尊敬や思慕は別にしても、何となく大神の 行動が年上の女性には特に甘い気がしてしまうマリアだった。 『分ってはいるけれど、何故か少し腹立たしいわね…』 同じ年に産まれたとは云え、マリアより半年ほど先に生を受けた大神。 二人が共に同じ時間を歩む限り、決して変化する事のない差・・・。 年下や同じ年にはなれても、絶対にマリアが大神に対して年上になる事は出来ないのだ。 不条理な『やきもち』だとは理解しているものの、段々と心が刺々しくなって行くのを 止められない。 「加山、そろそろ時間も遅いし…」 「そうだな、俺も帰ろうと思っていたんだ…」 大神の言葉に加山が反応し、窓際に向かって立ち上がる。 「玄関までお送りしますね、加山隊長」 別段意識したわけではなかったが、彼女の強い口調に二人の男達は背中を丸めながら、 玄関へと続くドアを開けるのだった・・・。 ◇ 『あの後、一郎さんの言い訳にも耳を貸さずに拗ねたまま眠ってしまって…』 大神の腕に包まれたまま、マリアは昨夜の出来事を思い返した。 結局、加山が帰った後も何処と無く気不味い雰囲気の二人…。 大神の必死の弁解を聞いている内に、段々と怒りよりも寂しさが込み上げてしまい、ム キになって拗ねてしまい大神の話を聞こうとしなかったのだ。 『でも、お互い背中合わせで眠った筈なのに、起きてみたら普段と同じ態勢なんて…』 目の前に広がるパジャマ越しの大神の硬い胸に顔を埋めながら、マリアは小さく笑う。 双方が無意識に動かなければ、決してこの様な態勢にはならないだろう。 そんな事を考えていると、昨夜の不条理な『やきもち』が他愛も無い事に思えてしまう。 『確かに一郎さんの好みなんて良くは知らないけれど、私を好きでいてくれる事も私が一 郎さんを好きな事も確かな事なのだし…』 誕生日を迎え、今年も一つ歳を重ねる。 二人の間の年の差は、これ以上は縮まる事は無い。 しかし、そんな歳の差は関係ないのかもしれないとマリアは思う。 今この瞬間、二人で一緒の時間を共にする事がマリアには何よりも掛け替えのない事に 思えたから…。 『ふふっ…』 窮屈な格好で手を伸ばして、大神の顎に指を這わせるマリア。 微かに浮いた無精髭が指先を擽る。 「んっ…」 マリアの指先が擽ったかったのだろうか、大神は微かに身動ぎするとマリアを包む両腕 に力を入れて抱き締めると、再び規則正しい寝息を立て始める。 『結局、早起きしてしまった理由は分らないけれど…』 誰にでも来る一年に一度の誕生日…。 普段と変わらなく流れる時の中で、自分だけの特別な記念の日・・・。 誕生日だからという訳ではないけれど、少しだけ優しい気持でいられるそんな一日・・・。 マリアはそんな事を考えながら、再び大神の胸に顔を埋めながら目を閉じる。 『来年の誕生日も少しだけ早起きをしてみよう・・・。 きっと良い事がありそうだから・・・。』 ─fin─

後書き(補足?) 時間的には「4」の後、大神さんとマリアは結婚しています。 誕生日の前日、妙にドキドキ・ワクワクする事がありますが、誕生日の当日に早起きして みると、少しだけ嬉しい時間が長くなるようで得(?)した気分になりますよね(苦笑) 大神さんの「年上好き」、オフィシャルな設定ではありません。 私のプレイした大神さんは、そんな感じになってしまったってだけで…(汗) 拙い文章に込めた思いでしたが、マリアがこれからも素敵な誕生日の朝を迎える事を祈り つつ・・・。

↑此方からお戻りください↑




戻る