11111Hit 記念 SS




11111Hit 記念 SS ─心にある絶対─ Written by G7 『双武起動手順、34番から50番まで終了』 『引き続き51番から開始します』 構内に響くにアナウンス、その指示に従って多くの人間が動き出す。 大帝国劇場、地下格納庫では朝から慌ただしい喧燥に包まれていた。 色分けされた霊子甲冑が並ぶ中、一際大型の霊子甲冑の周囲に人が集まっている。 そんな様子を、ぼんやりと眺めていた男が隣に立つ女性に声を掛けた。 「今更、双武の起動実験なんて意味があるんですか?」 「あら加山君、平和な時だからこそ意味があるのではなくて…?」 窘めるような表情で、かえでは加山を軽く睨む。 「まぁ、そうなんですが…」 返答に詰った加山は、欠伸を噛み締めながら再び作業を眺める。 『何もあの二人がやらなくても…』 心の中での呟きが表に出ない様に、気だるそうな表情を装う。 『そもそも、上からの急な命令ってのが気に入らない…』 軍人に有るまじき事を考えながら、加山は服の上から先の戦いで負った傷に手を当てる。 すでに治癒している筈の傷が、何故か疼いているようだった。 紐育華撃団の結成も決まり、最近では上層部の動きも慌ただしくなっている。 そんな折り、華撃団で使用されている霊子甲冑の数値取りの命令が下されたのだ。 ロールアウト時に基本的なスペックは出ているが、幾度の戦いを繰り抜ける度に、限界 以上の動きを見せた花組の霊子甲冑…。 愛や想いといった言葉を信じられない年寄り達は、確固たる拠り所として数字を欲して いるのだろう・・・。 『しかし、盆休みも返上なんて・・・、大神もマリアも融通が利かないからなぁ…』 新婚である友人が乗り込む白銀の巨人を見上げながら、加山は軽く息を吐く。 本来であれば今年の盆には、新婚である二人は大神の実家に帰省する予定だったのだ。 大神曰く、結婚前に一度マリアを連れて帰ったきり、バタバタと時間が過ぎてしまった。 一度紹介した家族は別として、今回は墓参りも兼ねて祖父や祖母の仏前に挨拶する予定 だったらしい・・・。 ─小さい頃、可愛がってもらったからなぁ…─ そう言って照れたように笑う親友の顔を双武の磨かれた装甲の上に浮かべ、加山は再び 小さく溜息を吐いた。 『まぁ、本人達が苦に思ってないのが、せめてもの救いなのか…?』 釈然としない感情を持て余しながら、加山はゆっくりと周囲を見回す。 誰もが忙しそうに作業を進めており、何もしないで眺めているだけの自分に対して、居 心地の悪さを感じているのも事実だった。 視線を泳がせていると、作業員に混じって紫紺のお下げ髪が揺れるのを発見し、加山の 表情が少しだけ和らいだものになる…。 『起動手順完了、各員は速やかに所定の位置まで退避してください。繰り返します…』 再びアナウンスが入ると、慌ただしく人の波が動き出す。 『大神はん、マリアはん。準備は宜しいか?』 先程まで双武の周りにいた紅蘭は、作業員達と計測器の前でマイクを持ちながら陣取っ ていた。 『此方大神、準備完了』 『私の方も大丈夫よ』 スピーカー越しに、既に双武のコックピットに乗り込んでいる二人から応答があった。 『よ〜しゃっ!ほな、行くでぇ〜』 紅蘭の掛け声を合図に、双武に搭載された新型霊子核機関が低い唸り声を上げ始動する。 『都市エネルギー変換率、60から70に移行』 『搭乗者の霊力も安定しています』 双武から送られてくるデータを読み上げる声を聞きながら、加山は再び欠伸を堪える。 疼く古傷を押さえ、この疼きが杞憂に終わる事を祈りながら・・・。 傍から見れば不謹慎な態度に見えるが、その表情の奥底に隠された感情の色に気付いた ものは誰もいなかった。 『双武、エネルギー更に上昇、120・130…!』 『上昇が止まりませんっ!』 悲鳴に近いオペレーターの声に、格納庫内が一気に騒がしくなる。 「あかんっ!実験中止や!」 紅蘭が慌てて双武を停止させようとするが、霊子核機関の唸りは止まらない。 「大神君っ!マリアっ!!」 咄嗟にかえでが双武に駆け寄ろうとするのを押し止める加山。 かえではその腕を振り解こうと力を込めるが、加山に捕まれた腕は僅かも動かない。 自分を睨む彼女の視線に気が付きながらも、加山は飽和した霊力が荒れ狂う双武を見つ めながら首を振った。 『臨界点突破しますっ!!』 悲鳴とも怒声とも付かないオペレーターの声と同時に、辺りが光りに包まれる。 「──っ!!」 加山は掴んだ腕を引き寄せ、かえでを庇うように抱き締める。 構内に待機していた全員が、身を固くして衝撃に備えた。 「……。」 「……。」 瞑った瞼の上からも判る光の氾濫が静かに収まっていく。 恐る恐る目を開けてみると、爆発の跡や人が倒れている様子も無い。 ただ、正面にいた白銀の巨人だけが、その姿を消しているだ。 「消えた…?」 目の前の現実に呆然としながら、加山は確認するように言葉を紡ぐしか出来ない。 力無く響く加山の声は、主役を失い静まり返った格納庫に虚しく木霊していった・・・。 ◇ 「んっ…」 頬に感じる風が心地良い。 空調から送られてくる風とは違い、生命の息吹を含んだ自然の風・・・。 『私は…』 まだ覚醒していない意識の中で、マリアは自分の前髪を優しく梳いている指先を感じた。 『気持いい…』 その穏やかなリズムと暖かい感触は、再び彼女をまどろみの中へ誘っているようだ。 『このまま眠っていたい・・・、昨夜も色々とあって寝るのが遅かったし…』 脳裏に浮かぶ最愛の人、僅かな愁いと無邪気な好奇心に溢れた少年の表情を併せ持つ笑 顔・・・。 密かにマリアが「夜の顔」と呼んでいる大神の表情が頭の中に浮かぶと、遂々昨夜の出 来事が鮮明に思い出されて、意識下の中でも顔が火照ってくる。 『今日は双武の起動実験があるって言ったのに…』 昨夜の事を思い出すと、僅かな非難や記憶などと一緒に心地良い疲労感が身体を支配し ていく…。 『起動実験っ!!』 ─ごちん─ 慌てて身を起したマリアは、鈍い音と共に額を押さえる。 「っ痛ぅ〜」 同時に聞き慣れた声が聞えた。 痛みを堪えながら目を開けると、自分と同じ様に片手で額を押さえている大神の姿が見 える。 「一、郎さん…?」 薄っすらと浮いた涙の為か、微かに霞む視界の先に見える彼の表情も何処か朧げに見え てしまう。 「おはよう、マリア」 「おはようって、起動実験は…?」 そこまで言いかけて、マリアは改めて自分や大神の姿を確認してみるが、お互いに戦闘 服に身を包んでいる。 二の腕に残る草の葉を払いながら周囲も見てみるが、どう考えても双武の内部には見え なかった。 どうやら、自分は彼の膝を枕に横になっていたらしい事が判る。 「まぁ、状況からして実験失敗って事じゃないかな…」 そう言って、大神は苦笑いを浮べながら上を見上げる。 マリアもそれに倣い顔を上げると、片膝を着いた姿勢の双武の姿が見えた。 双武の膝元に寄り掛るように、大神は背を預けて両足を投げ出した格好で言葉を続ける。 「何が原因かは判らないけれど、霊力の暴走で此処に飛ばされたみたいだ」 「飛ばされた?」 双武が作る影の中、大神の横に座り直しながら、マリアは話しの先を促す。 「要はアイリスの瞬間移動みたいなものだと思う。それの規模が大きくなっただけ…」 「瞬間移動ですか…。この事はもう本部に連絡を…?」 「それがね、双武が…」 マリアの問いに対して、大神は子供をあやす様に双武の装甲を軽く叩く。 「先程の暴走が原因なのかもしれないけれど、通信どころか起動も出来ない状態なんだ」 「という事は、私達は救出が来るまでこのまま…」 大神の話に現状を確認したマリアは、改めて周囲の状況を見回す。 「それにしても、一体何処に飛ばされたのでしょうか…?」 生い茂った木々の間から差し込む陽光、瑞々しい生命の息吹を感じさせる草花達…。 マリアが知る限りでは、帝都には存在しない場所だ。 緊迫した状況だと分かっているものの、周囲の長閑な情景が二人から緊張や緊迫感を奪 っているようだった。 「まぁ、場所に関しては大体の見当は付くのだけれど、原因が判らないし…」 「知っている場所なのですか?」 「ああっ…、痛っ!」 マリアに説明しようとして立ち上がろうとした大神は、顔を歪めてその場に片膝を付い てしまう。 「一郎さんっ!!」 「大丈夫…」 慌てて身体を支えるマリアに、強がりの笑顔を返す大神。 「何処か怪我でも…」 「本当に大丈夫だから…」 声色は変わらなかったが、浮べる笑顔の奥が僅かに顰められたのをマリアは見逃さなか った。 「大丈夫ではありませんっ!!」 自分でも意識していないほどに大きな声を出してしまう。 自分の身体には異状がなかったが、普段と同じ様子で話す大神も同じ様に怪我はないと 思い込んでしまった・・・。 そんな自分自身に対する憤りが、彼女の感情を一気に押し上げる。 一瞬、大神は驚いたような表情でマリアを見つめた。 「すみません…、でも…」 マリア自身、自分が怪我を負っていたとしても、これほど感情的にはならないだろう。 昔の事とはいえ、軍隊経験もある彼女である。このような状況下でどのように行動し、 如何に冷静さが大切なのかも熟知している筈だった。 大神が怪我をしているのであれば、今後の行動や方針が変わってくる。しかし、今のマ リアはそんな状況判断など関係無く、感情的になってしまっている。 「ごめん…」 大神は彼女の複雑な表情を見ながら、謝罪の言葉を口にした。 その言葉は軍人としての状況報告を怠った事に対して謝るのではなく、己の身を真剣に 案じてくれた彼女への大神 一郎としての言葉だった。 「私こそ声を荒げてしまいまして…、とにかく怪我の状態を確認しなければ…」 「うん、どうも左足首を痛めてしまったらしくてね…」 マリアは大神の言葉に従い、左足に手を伸ばす。 逸る気持を押さえながら、患部を刺激しない様にゆっくりと軍靴を脱がせていく。 「これは…」 マリアは思わず声を上げてしまう。大神の足首は軍靴を脱がせるのも苦労するほどに腫 れていた。 細心の注意を払っていたつもりだが、僅かな振動すらも響くのだろう、大神は僅かに表 情を歪ませる。 「この腫れ方、折れてはいないと思いますが…、かなり酷いですね」 患部を見ながらマリアが口を開く。 口調こそ落着いたものだったが、両膝が振るえ力が入らない。 『こんな酷い怪我を負っていたのにも拘わらず、私をコックピットから降ろして介抱まで してくれたなんて…』 「マリア…?」 自分の足首を見つめたまま、黙ってしまったマリアに対し、大神が恐る恐る問い掛ける。 「もう…、本当に…」 肩を震わせながら言葉を紡ごうとするマリアだったが、上手く口に出せない。 何度か同じ様なシュチュエーションを経験した事のある大神は、次に来るであろう彼女 の言葉に身を固くする。 「何時も…心配ばかりさせて…」 それだけをやっと言葉にすると、マリアは小指で溜まった涙を拭った。 『えっ…?』 大神は予想とは違うマリアの言葉と表情に、咄嗟に言葉を失ってしまう。 普段からも夫婦になったとはいえ、公私を問わずこういった事には厳しい筈のマリア…。 そんな彼女の厳しい言葉を覚悟していた大神は、呆気に取られて彼女を見つめる。 「無理ばかりしないでくださいね・・・」 彼女の涙声と照れた様な表情に見惚れながらも、大神は肯く事しか出来ない。 『そんな表情をするから、俺は無理をしちゃうんだよな…』 自分達が事故によって遭難した事も忘れ、大神はまだ小さく震えているマリアの肩をそ っと引き寄せた。 「大丈夫、絶対にマリアを悲しませる事はしないから・・・。まぁ、ハラハラさせる事はある かもしれないけれど…」 心の内を仕舞い込んだまま、大神は彼女を宥めるように語りかける。 大神の肩口に顔を埋めていたマリアは、顔を上げて大神の表情を見つめた。 「どうして…」 「えっ?」 マリアの囁くような声が聞き取れなかった大神は、浮べた笑みを崩さずに問い返す。 「一郎さんはどうして…、何故そんなにも確信を、自信を持って大丈夫だなんて言えるの ですか?」 マリアがずっと聞いてみたかった事・・・。 今まで、どんなに厳しい状況下に於いても、大神の一言で安心し闘う事が出来た。 マリアだけでは無い、他の隊員達も同じだろう。 どれだけ考えてもゼロに近い可能性を『絶対』に変えてしまう魔法の言葉・・・。 今もその一言を聞いただけで、何も判らない状況下でも安心してしまう。 自分が同じ事を言っても駄目なのだ、大神 一郎が発する言葉だから意味があるのだろう か…。 「自分では意識してなかったけれど、そんな風に聞えるのかな?ただ、自分の中にある『絶 対』に対して、誓っているからそう聞えるのかもしれないね…」 「自分の中の『絶対』ですか?」 問い返すマリアの表情に、照れたように顔を背けながら大神は話を続ける。 「昔からそんな事を言えるわけでは無かったんだ、でも今は自分の中に『絶対』を見つけ る事が出来たから…。だから断言できるのかもしれない」 「一郎さんの『絶対』って何なのですか…?」 そこまで聞いて、様々な言葉がマリアの頭に浮かんだが、朧げに判っている答えは彼の 口から直に聞きたかった。 「う〜ん、口に出してしまうと恥ずかしいな」 大神は顔を横に向けたまま、横目でマリアを見つめながら言葉を濁す。 「……」 マリアはただ黙って大神の答えを待つ。 「それは……」 ◇ 「少し休まないと身体が持ちませんよ…」 大神とマリアの乗った双武が格納庫から姿を消して半日が経った大帝国劇場。 支配人室の来客用ソファーに腰を下ろしながら、加山が声を掛ける。 「ええ…、でも二人の安否が分かるまでは…」 そう答えるものの、加山の対面に座るかえでの表情には疲労の色が強く滲んでいた。 「大丈夫ですよ、月組も総動員で動いています。大神達の居場所も絞り込めていますし…」 目の前の女性を安心させようと、加山は軽い口調で話しているが、かえでの表情は沈ん だまま変わる事は無い。 「心配なのは分かりますが、そんな顔をしていたら皆に不安が伝染しますよ」 「そうね…」 返事をするものの、どこか上の空な彼女の表情から加山は目線を外す。 『俺じゃあ彼女を安心させる事は出来ないのだろうか…』 主のいない支配人室の執務机を眺めながら、心の中で呟いてみる。 『お前だったらどうする、大神…?』 二人の乗った双武が何処かに瞬間移動した事は、早い段階から判っていた。 ただ、何処に飛ばされたのか、原因など現段階では不明であるが、整備班からは爆発や 炎上の心配は無いとの報告が上げられている。 加山自身、二人の身を按じているものの、安否に関しては楽観的な見方をしていた。 大神はこんな事故くらいで如何にかなる男ではない、加山の中にある揺るぎ無い大神に 対する信頼・・・。 それは士官学校で始めて顔を合わせた時から、数度の大きな戦いを共に闘った現在に到 り、その信頼は絶対の確信として加山の心の中に存在している。 益してや、その親友が尤も大事にする女性を守れない筈が無いと・・・。 「加山君は落着いているわね…」 かえでの声に現実に戻った加山は、再び目線を戻す。 顔を上げたかえでの表情は、先程よりも幾分明るさを取り戻しているように見えた。 「落着いてるって訳でもないんですが…、ただ大神の奴だったら大丈夫だと思えるんです よ…」 自分の心情を上手く言葉に出来たとは思わなかったのか、加山は説明の足りない部分を 笑顔で誤魔化す。 「でも…」 「絶対、大丈夫ですよ」 かえでの言葉を遮り、強い言い切りで加山が言葉を重ねた。 「……」 何かを考えているような表情で、かえでは無言で加山を見つめている。 「男の人って、どうしてそんなに自信を持って言い切れるのかしら…」 「えっ?」 咄嗟にかえでの伝えたい意味を図りかねた加山は反問する。 「私ね…、歳を重ねる毎に『絶対』とか『永遠』なんて言葉を使うのが恐くなるの…」 「かえでさん…」 「昔のように、無邪気に『絶対』や『永遠』を信じる事が出来ないから…」 そう口にして、かえでは自嘲気味な笑みで加山を見つめた。 「でも、貴方や大神君もそう…、自信を持った表情で簡単に口にしてしまう…」 「……」 加山は何も言わずにかえでの独白に耳を傾ける。 「でも不思議よね、今も貴方に絶対にって言ってもらうだけで、安心できるのだもの…」 安堵と憐憫が混じった微笑み、複雑な色を湛えたかえでの瞳を真っ直ぐに見つめたまま 加山は言葉を紡いだ。 「本当はただの強がりなのかもしれません…、でも自分の言葉で相手が安心して笑ってく れるのなら…」 「笑ってくれるのなら?」 自分の次の言葉を待つかえでの姿は、加山の目にひどく幼く儚げに映って見えた。 「俺はその笑顔を『絶対』として頑張れる・・・」 真摯な表情で、かえでから目を逸らす事無く加山は自分の言葉を伝える。 別の場所で交わされた、大神とマリアの会話…。 そして、大神がマリアに見せた力強い表情…。 それと同じ表情をかえでに向けている加山…。 奇しくも同じ表情で相手に語り掛ける二人の男と、その言葉を受け止める女達・・・。 「まぁ、男の戯言なのかもしれませんが…」 加山は表情を崩し、おどけたように片目を瞑ってみせる。 「それじゃあ、私はその戯言を信じる馬鹿な女ってところかしら…」 かえでも加山に合せるように、笑みを浮べた。 「どうでしょう・・・。正直、貴方が弱さや儚さを見せる度に、俺は強くなれる気がするんで すよ・・・」 「ふふっ、男の人って勝手よね・・・。それとも加山君だけがそうなのかしら…?」 「…?」 「だって、その気持は男だけが持っているわけではないもの…。寧ろ女の方が強いのかも しれないわよ?」 かえでの言葉に驚いたように片眉を上げながら、加山は苦笑いを浮べる。 そして彼女の口調が普段の調子を取り戻した事に気付き、その表情に柔らかい感情が混 ざり合う。 「そうかもしれませんね…」 加山はそう言って、優しく目を細めながらかえでを見つめた。 かえでも加山の視線を黙って受け止める。 互いに口を開く事は無かったが、二人の間には確かに通じ合う何かが感じられた…。 「見つかったで!!」 突然、沈黙を破る声と共に、お下げ髪を揺らした紅蘭が勢いよくドアを開ける。 ノックも忘れ部屋に駆け込んだ紅蘭は、息を切らせながら一気に捲くし立てる。 「なにボーっとしてんねん、二人の居場所が分かったんやで!!」 実験から着通しの作業着の裾で頬を流れる汗を拭いながら、怪訝そうな表情で黙ってい る二人を見つめた。 紅蘭の勢いに押され、呆然としていた加山とかえでだったが、一瞬だけ顔を見合わせる とお互いに立ち上がる。 「ありがとう、紅蘭…」 ポケットから取り出したハンカチで、かえでは紅蘭の頬に付いた汚れを拭き取ってやる。 「それじゃあ、大神達を迎えに行こうか!」 紅蘭の肩に軽く手を置いた加山は、そう言ってから力強くドアを開けた…。 ◇ 「おっ、レーダーに反応があったで!!」 紅蘭の言葉に翔鯨丸のブリッジに居合わせた全員が反応する。 「そろそろ肉眼でも確認できる頃だぜっ!!」 舵を切っているカンナが声を上げた。 一斉に窓枠に移動して眼下に視線を走らせる花組の乙女達。 「見つけたよ〜!!」 前方を探していたアイリスが嬉しそうに手を挙げた。 「あっ!此方に手を振っていますよ」 アイリスの横に駆け付けたさくらが涙声で報告する。 窓枠に殺到するメンバー達を他所に、カンナは操舵の為にその場に待機していた。 「絶対、大丈夫って言ったでしょう?」 ブリッジの最後方に立っていた加山が隣のかえでに囁く。 最初のアイリスの言葉を聞いて、安堵の涙を浮べていたかえでは、無意識に加山のスー ツの袖を握った。 微かな感触に一瞬だけ驚きの表情を見せた加山だったが、優しい微笑を浮べたまま無言 で船窓の外を見つめる。 自分の泣き顔を見ない様にしてくれているのだろうか、そんな加山らしい心遣いに自然 と笑みがこぼれてしまう。 よく見れば、普段と変わらない飄々とした表情だが、心なしか頬が赤いのが判る。 その微かに見え隠れする不器用さが、かえでの笑みを更に深いものにしていく。 大神達の姿を見つけ、歓喜の声を上げているメンバー達は、そんな二人の様子には気付 かないでいる。 「でも、何で栃木に飛んでしまったのかしら?」 空いた手で溜まった涙を拭いながら、かえでは横を見上げた。 「そうですねぇ…、大神達が飛ばされた場所ってのが、お墓の近くなんですよ」 「お墓?」 前を見つめたまま話を続ける加山に、かえでは「?」マークを浮べたまま問い返す。 「大神家代々の墓があるんですよ…」 「???…」 更に謎が深まった様な顔で、かえでは加山を見つめる。 その表情は、なぞなぞの答えを待つ子供の様に無邪気で幼く見えてしまう。 かえでの顔を見て、更に頬の赤味が増した加山は慌てて目を逸らす。 『墓参りが出来なかった大神達の気持がそうさせたのか…、孫の嫁を見たさに御先祖が呼 んだのか…』 そこまで考えて、加山は自分の推論にクスリと笑ってしまう。 『原因なんてどうでも良いのかもしれない…、二人が無事って事が一番大事なのだから…』 「加山くん?」 かえでが辛抱できないといった様子で声をかける。 「何にせよ、報告書を書くのが大変そうです…」 窓に張り付いて騒いでいる花組を眺めながら、加山はやっと口を開く。 「いいじゃない、二人が無事って事が一番なんだから…」 普段の落着いた彼女と違い、何処かはしゃいでいるような口調は、目の前で騒いでいる少 女達を連想させる。 「ねっ…?」 同意を求めるようなかえでの言葉に、加山は笑みを浮べたまま肯いた。 「そうですね、かえでさん」 両手をスラックスのポケットに入れたまま、加山は再び船窓から見える青空を眺める。 『大神…、人はこんな気持を積み重ねて強くなって行くのだろうな…』 何処までも続く青空に何を映したのだろうか、自信に満ちた表情で加山は小さく肯いた。 ─fin─




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