7500Hit 記念 SS




7500 Hit記念 SS ─Sweet counter─ Written by G7 ─ねえ、マリア? 「好き」って気持と「愛してる」って気持はどう違うの…?─ 頭の中で反芻してみるが、はっきりとした答えは出てこない。 マリアはペンを置き、固まった背中を伸ばそうと腰掛けている椅子の背凭れに体を預ける。 目の前に置かれている日記がスタートして数ヶ月が経つ。 マリアとアイリスの日記帳、世間でいう交換日記というものだ。 元々、アイリスに日記を付ける事を進めたのはマリアだったが、中々長続きしない彼女の 方からの提案で始まった交換日記…。 初めは何を書いて良いものか戸惑ったマリアだったが、日々上達するアイリスの日本語や 普段の生活では感じられなかった彼女の成長を、文章を通じて感じる事が出来て、マリアと しても楽しく交換日記を続けている。 しかし、今日のアイリスの問いに何と答えれば良いのだろうか・・・。 マリアとしても、感覚では判っているつもりだ。 しかし言葉にして説明するとなると難しく感じてしまう。 だからと言って、曖昧な答えも返したく無い・・・。 「愛、ねぇ…」 一人呟いてみても、良い言葉が見つからない。 行儀が悪いと思いながらも、背凭れを支点に目を瞑り顔を逸らしながら大きく伸びをする。 「どうしたの?」 「……!?」 突然真上から掛けられた声に驚き、バランスを崩しそうになるが、後ろから廻された腕に 包み込まれ事無きを得る。 目を開くと、眼前に広がる大神の顔に頬が紅潮してしまう。 「なっ、なっ・・・何をしているのですか!」 自分の照れと驚きを隠す為に、僅かに声を大きくして彼を非難する。 大神はそんなマリアの態度に悪びれる様子も無く、後ろから彼女を抱き締めたまま、その 細い肩口に顎を乗せた。 「何って、風呂から上がって自分の部屋に帰ってきたんだけれど?」 肩から直接伝わる振動に、擽ったさを堪えながらも、如何にか首を捻り言葉を返す。 「いきなり後ろから声を掛けられたら、驚いてしまいます…」 「でも、マリアが随分と深刻な顔をしていたものだからね」 間近で見る大神の無邪気な表情に、マリアも咄嗟に次の言葉が出てこない。 「私は大丈夫です…。もう少ししたらベットに行きますので、先に休んでいてください」 邪険にしたつもりではないのだが、自分の言葉を聞いて僅かに拗ねたような表情を見せる 大神を見てしまうと、微かな罪悪感を感じてしまう。 「報告書は風呂前に貰ったし・・・、何か仕事が残ってるんだったら手伝おうか?」 そう言って机の上に目をやろうとする大神から、急いで開いたままの日記帳を隠そうと机 に覆い被さるように突っ伏した。 「お気持はありがたいですが、大丈夫です!!」 慌てた為か声が裏返りそうになる。 「どうしたの、そんなに慌てて?」 不思議そうな表情で声を掛ける大神。 「なっ、何でもありませんっ!」 「夫婦の間で隠し事はしないんじゃなかったっけ?」 そう言いながら、顔の近づく気配を感じたマリアは、日記帳を抱き締める様に力を込める。 「隠し事ではありません・・・。これは乙女の秘密です」 「オトメノヒミツ…?」 マリアの言葉に今度は大神が毒気を抜かれたように言葉を繰り返す。 身体を離し、顎に手をやりながら思案顔の大神、後ろ向きに振り返りその様子を確認した マリアはホッと息をはく。 「ふーん、乙女ねぇ…」 安心したのも束の間、意味深に呟きながら自分を見つめる彼の表情・・・。 咄嗟に出た自分の言葉を思い返し、マリアは再び顔が熱くなるのを感じた。 「何でニヤニヤしてるんですか!?」 マリアは日記帳を抱き締めたまま、身体ごと振り返り大神を睨む。 座ったままの体勢で、見上げるようにしている為かその表情に凄みはなく、寧ろ可愛らし さを感じてしまう。 「ごめん、別にマリアが乙女じゃ無いって訳ではなくて・・・、夫婦の秘密って奴も…」 柔らかい笑みに微かな含みを乗せて、大神は再びマリアに顔を寄せる。 「夫婦の秘密って…」 耳元に感じる彼の息遣いを直に感じながら、僅かな抵抗を試みるマリア・・・。 「だって日記には書けないだろう、こんな事…」 「……!!」 耳朶に響く言葉の意味に驚き、一瞬だけ身体が震えるが既に大神に抱き締められた身体で は、それ以上の動きは適わなかった。 「どうして…?」 途切れ途切れになりながらも、如何にか言葉を紡ぐ。 「うーん、支配人の秘密かなぁ…って言っても、気付いたのは途中からだけどね」 可笑しそうに耳元で囁く大神に、諦めた様に肩の力を抜く。 「ほら、日記帳を置いて・・・。乙女の秘密を抱かれたままってのは、如何にも後ろめたい気 がしてね…」 大神の抱擁の隙間から、上手く日記帳を抜き出して机の上に置く。 それが合図だった様に、自分を抱き締める力が強まるを感じる。 『結局、今日も押し切られてしまうのね…』 そう思いながらも、マリアは自由になった腕を大神の廻す自分に苦笑しながら、机に置か れた日記帳を横目で眺める。 『そうね、一郎さんに答えてもらおうかしら…』 自分の閃きに一人納得したマリアは満足そうに肯くと、近づいてくる大神に応えるように ゆっくりと瞳を閉じた・・・。 ◇ 「ねぇ、お兄ちゃん?」 「どうしたんだい、アイリス?」 飲みかけのティーカップを置きながら、大神は笑顔でアイリスを振り返る。 恒例の午後のお茶会。 すみれが引退した現在、彼女の煎れたお茶を飲む事は無くなったが、メンバー達が其々当 番制で準備をする事でお茶会は続けられていた。 「お兄ちゃんはアイリスの事をどう思うの?」 「どう思うって…。うん、大好きだよ?」 突然のアイリスの問いにも、大神は動じる事無く答えを返す。 「でも、いきなりどうしたんだい?」 「あのねぇ、好きって気持と愛してるって気持の違いが判らないの。お兄ちゃんはアイリス の事を大好きって言ってくれるけど、マリアには愛してるって言うんでしょう?」 両手を胸の前で合せ、覗き込む様に大神を見上げるアイリス。 その姿は数年前に出会った時よりも可憐に成長した姿を見せていた。 しかし、その瞳に映る純粋な好奇心の輝きは今も変わってはいない。 「そっ、そうだけど…」 尻窄みに小さくなる声を残しながら、大神は唇を湿らすように再びカップに口を付ける。 「アイリス、言葉で説明されても判んないから、直接『愛してる』って言っている所を聞い てみたいの」 「ゴホッ!!」 咽かえる大神を他所に、他のメンバー達も会話に参加しだす。 「そうですよね、舞台の台詞ではよく言葉にしますけど…」 「やっぱ、真実の言葉に敵うものは無しっちゅう事で…」 「そうだな、頭で理解するよりも心で感じる方が分かり易いよなぁ」 「僕も興味ある……」 次々とアイリスを支持する声を上げる面々。 「すっ、少し待ってくれ。愛してるって俺が?」 戸惑いながらメンバー達に確認する大神と、揃って首を縦に振る一同。 「マリアに…?」 大神は助けを求めるようにマリアの方を向く。 マリアはニコニコと微笑を浮かべたまま、此方を見ているだけだ。 「ねぇ、早く〜」 アイリスの催促に、他のメンバー達も耳を欹てる。 「えっ、あのっ…。マリア…?」 抜き差しならない状況に、言葉が続かない大神。 「はい、何でしょう?」 呼びかけに応え、マリアは大神の方に向き直り佇まいを正して小首を傾げる。 大神はその晴やかな表情を見て、完全に彼女の術中に落ちた事を知った。 『昨夜の事、怒ってたのかな…』 14の瞳が自分を注目しているのが判る。 男としての矜持なんてものでは無く、ただ気恥ずかしさだけが身体を駆け巡る。 「マリア…、そのっ、あっ、あいっ…」 覚悟を決めて言葉を出そうとした瞬間、間の抜けたチャイムの後にかすみのアナウンスが 聞えた。 ─大神さっ…、失礼しました。大神支配人、大神支配人、お電話が入っております…─ 「ゴメンっ!電話に出てくるっ!」 言うが早いか、大神はサロンを駆け出す。 その後ろ姿を呆然と口を開けて見つめる一同・・・。 「大神さん…?」 「逃げよったで…」 「ぶぅ〜っ、アイリス判らないままだよ〜」 「カッコ悪いで〜す」 「敵前逃亡?」 「ってレニ、敵じゃないだろ・・・。でもよ、マリアは良かったのか?」 軽くレニに突っ込みを入れながら、カンナが黙ったままのマリアを気遣う。 「何が?」 普段通りの落着いた口調で、不思議そうに言葉を返す。 「何がって、大神さん言ってくれなかったじゃないですか」 何故か悔しそうに顔の前で拳を握り締めながら、さくらが追随する。 「そや、ウチらも聞いてみたかったし・・・。なぁ、織姫はん」 「ワタシは別に聞きたくないデース」 そう言いながらも、何処か不満気な表情の織姫。 「まぁ、マリアが良いって言うんなら、それまでだけど…。こればっかりは、アタイもアイ リスに上手く教えてやれないしなぁ…」 メンバー達の言葉を耳にしながら、マリアは可笑しそうに微笑みながら口を開く。 「でも、だからこそ私達の隊長が務まったんじゃない?」 サロンの窓から差し込む光とマリアの柔らかな口調・・・。 騒がしかった面々も、その姿に見惚れながら、何となく納得してしまうのだった・・・。 ◇ 「あ〜っ!何ではっきりと言えなかったんだろう…」 桜の季節を迎え、日の出も随分と早くなったものの、まだ朝夕の気温には僅かな厳しさが 残っていた。 早朝、一人で川沿いの土手を歩きながら呟く大神の姿。 どうしても、昨日のサロンでの一件が心に残っているのか、普段よりかなり早く目が覚め てしまい、一人で朝の散歩に出掛けていた次第だった。 横で眠るマリアを起さない様に帝劇を出た…。 一応書き置きを残してきたが、直に伝えなかった所にも昨日の影を感じ、何時までも引き 摺っている自分に不甲斐無さを感じてしまう。 「桜か・・・、再会した時もこんな満開の桜が咲いていたっけ…」 何時しか足元は桜色の絨毯を引きつめたようになり、差し込む陽光も咲き誇る花弁越しに 淡く変化している。 数年前、航海演習を終えた大神が、再び彼女と出会った場所だった。 あの時と違い、時間も早く人通りもない川沿いの道…。 遥か先まで人の足が入っていない花弁の絨毯が続いている。 朝の桜はどうして見る者に、透き通った清麗さと微かな物悲しさを感じさせるのだろう。 昼間感じる朗らかな気持や、夜に見る艶やかさとも違う何か…。 それは皆が…、傍に彼女が居ないからだろうか・・・。 「ふぅ…」 そんな感傷的になった自分に対し溜め息を吐きながら、大神は一際大きな桜の木に寄り掛 かる。 張り出した根の上に立ち、僅かに高くなった視界・・・。 しかし、その先に見える景色は先程と変わりは無かった。 「愛してる…かぁ…」 目を瞑り、道を抜けて行く涼しい風を感じながら目を閉じる。 あの時、再び出会った時も、感動と照れで気の利いた言葉の一つも出なかった・・・。 元来自分は器用だとは思わない、だから行動する事で相手に気持を伝えて来たのだ。 しかし、それが言い訳になるとは思わないし、それだけでは自分を納得させる事が出来な いでいた。 風で零れた花弁が舞い落ちながら、優しく頬を撫でていく・・・。 閉じられた瞼の裏に、はっきりと思い出す事の出来るあの時の彼女の姿と表情…。 今でも目を開ければ、目の前には彼女が傍に立っているようで・・・。 「えっ、マリア!?」 再び目を開けた先には、あの時と同じ・・・、あの時よりも柔らかな笑顔を浮かべた彼女の姿 が見える。 オフホワイトのカットソーに、同色の春らしいふんわりとした生地のラップスカート。 その姿は周囲を囲む桜色の中で、何処か幻想的に見えてしまう。 「此処、よろしいですか?」 「えっ…」 大神が戸惑っているうちに、マリアはスカートの裾を靡かせて、その広い胸板に背中を預 けてしまう。 「おはようございます、一郎さん…」 普段より少しだけ高い大神の顔を見上げながら微笑むマリア。 「おはようって、よく此処に居る事が判ったね…」 「ふふっ、だって此処は二人の思い出の場所ではないですか…」 懐かしむ様に目を細めながら、自分を見つめる彼女の瞳には、昔と変わらない己の姿が映 っているだろうか…。 そんな不安と突然に現われたマリアが幻の様に思えてしまい、大神は思わず抱き締める腕 に力を込める。 「少し、きついです…」 「ごめんっ!」 反射的に手を放し、頭を下げる大神の様子を見たマリアは、クスクスと小さな笑い声を漏 らした。 「私の方こそすみませんでした…」 「えっ?」 「日記に書いてしまったんです。私では説明するのが難しいので、一郎さんに聞いてみたら って・・・」 背中越しに感じる大神の体温を心地良く感じながら、マリアは更に言葉を続ける。 「そうしたら、昨日の様な事になってしまって・・・。私も軽率でした…」 「そんな事ないさ、アイリスも一生懸命考えて俺に聞いてくれたんだから・・・。彼女に応えら れなかった自分の方が情けない位で…」 「違いますっ!一郎さんは…」 「でも、今なら言える…。聞いて欲しい…」 「……?」 一瞬、大神の言葉を図りかねたマリアだったが、その意味を理解し頬を染めた。 「此処で、ですか…?」 マリアは周囲を見回しながら、落着かない様子で問い掛ける。 「俺の気持をマリアに伝えるだけだもの、人が居ようと場所が何処だろうと関係なかったん だ…」 「一郎さん…」 「マリア…」 微かに風がそよぐ。 舞い落ちた桜の一片が風に乗り大神の口元に張り付く。 「あっ……」 マリアが手を伸ばし、その口元に指が触れた瞬間だった。 ─ザワッ─ 突然吹き抜ける強い春の息吹。 視界の中を無数の花弁が妖精の様に通り過ぎて行き、全ての音を消し去ってしまう。 無声映画のワンシーンの様に、彼の口の動きだけが目に飛び込んでくる。 『アイシテル…』 一瞬が永遠に感じられる時間の中、指先から伝わる彼の言葉を確かに感じた。 『一郎さん!』 声に出そうにも、妖精の魔法に掛かった様に言葉が出てこない。 このまま、風に舞う桜の精によって大神が連れて行かれそうな気がして、マリアは振り返 り目の前の胸に強く顔を埋めた。 「マリア…?」 風も収まり、飛び込んできた彼女に応えながらも、大神は不思議そうな表情でマリアを見 つめる。 「一郎さんが、桜の精に連れて行かれそうで…」 「ははっ…、そう言えば桜の精は女性だって言うから・・・。俺達に嫉妬したのかもしれない ね」 「駄目です…」 大神の冗談にも、マリアは小さく震えてしがみ付く腕に力を込める。 「でも大丈夫、俺はマリアを置いて何処にも行きはしないよ」 自分の腕の中で小さく震える彼女を安心させるように、大神は柔らかくマリアの頭を抱き 締めた。 「そろそろ帰ろうか?」 どれだけの間、そうしていたのだろうか・・・。 大神は幾分落着いた様子の彼女に優しく問い掛ける。 マリアが小さく肯くと、そのまま彼女の腰を抱く格好で歩き出す大神。 先程の風で、新たに広がった桜の絨毯の上を歩いていく二人・・・。 何処までも続くような春色の道を眺めながら、マリアは思う。 恋と愛との違いなんて自分には説明出来ないのかもしれない。 どちらも自分を弱くもするし、強くもしてくれる…。 恋の発展形が愛だとも思わない、だって隣にいる彼の事を愛していると確信していても、 この瞬間に見せるその表情に恋しているのも判っているから・・・。 勿論、自分の考えが正解だとも思わない。 だから、答えは自分自身で探すしかないのかもしれない。でもアイリスにもきっと判ると 思う、その扉の前に彼女も既に立っている筈だから・・・。 そんな自分の思いを今日の日記で、彼女に伝える事が出来たら良いと思う。 背中から吹き抜ける風に、もう恐怖や不安を感じる事はなかった。 廻された腕が、しっかりと自分を包んでいる事を知っているから…。 ふと、思い付いた様にマリアは大神に問い掛けてみる。 「一郎さんは恋と愛の違いって知っていますか?」 ─fin─




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