思い付き SS 5




思いつきSS 5 ─大掃除?─ Written by G7 年の瀬を迎えた帝国劇場。 前日に劇場内の大掃除を終え、後は各自の部屋の掃除を残すのみとなっていた。 戦いの日々も終り、それぞれ生れ故郷に帰省する者、劇場で過ごす者・・・。 正月を前に、各々部屋の大掃除に取り組んでいる事だろう。 そんな中、大神 一朗もワイシャツの袖を捲り、気合いを入れていた。 「よしっ!頑張るかぁ…」 声を上げて改めて部屋を見回してみる。 この部屋に越してきて早数ヶ月、大分馴染んできた新居には、まだ真新しい木の香りが 微かに香っていた。 マリアと結婚してから、この部屋で暮らしている。 元々几帳面なマリアと、荷物を持たない大神である、大掃除といっても改めてやる事は 少なかった。 普段からのマリアの頑張りと自分の協力の成果だと思うと、夫婦として順調に生活が機 能している様に感じられ、大神は満足そうに首を振って一人肯いてみる。 今更、大袈裟に掃除する所も無いのも事実だった。 しかし、結婚して引っ越した当時のまま、忙しさにかまけて紐解かれない荷物が幾つか あった…。 折角の機会に、それらも整理しようと大神は収納から葛篭を取り出す。 「何が入っているんだっけ…?」 葛篭を縛る封を解きながら、記憶を掘り起こしてみる。 大神自身、先の戦いが終わっても、支配人・総司令就任、そして最愛の人との結婚とい う出来事が立て続けに押し寄せた。 自分の事よりも、他人や仕事を優先してしまう大神だ。 結局、再び帝撃に戻った時のままの荷物が今も残っているのだ。 「これは、演習航海の時の…」 次々と出てくる思い出の品々を眺めながら、大神の瞳に懐かしい光が宿る。 「…?」 葛篭の奥から出てきた、小さな漆塗りの小箱…。 大神が必死に思い出そうとも、この小箱が何なのか思い出せない。 訝しく思いながら蓋を開いてみると、中からは束になった手紙が出てきた。 「こっ、これは…」 便箋の束を眺めながら、大神は素早く辺りを見回して、人気の無い事を確認してから便 箋を広げた…。 拝啓、お元気でお過ごしでしょうか? 帝都では霜寒の季節を迎えている頃でしょうね。 自分は元気でやっています。 甲板に上がって、空を見上げると満天の星空を見る事が出来ます。 帝都では見る事の出来ない、この景色を君にも見せてあげたい・・・。 星座とかはよく判らないけれど、輝く星々を線で繋いでみると いつも君の笑顔が浮かんできます…。 「うわっ…、恥ずかしい…。俺、こんな事を書いていたんだ…」 途中まで手紙を読んだ所で、大神は顔を上げた。 自分で書いた手紙であるが、正直すぎる文章に赤面してしまう。 演習航海や巴里出向中に書き綴った手紙。 結局送る事の出来なかった思いの丈の数々…。 今もその思いが変わる事は無い。 しかし、その時はどうしても素直に伝える事の出来なかった気持・・・。 恥ずかしいながらも、遂々手紙を読みふけってしまう。 「何されているんですか?」 間近で聞える声に、驚いて振り向く大神。 掃除用に着けたエプロンと、頭に三角巾を巻いたマリアが後ろから覗き込んでいた。 「マっ、マリアぁ!?」 思わず大きな声を上げ、手紙を抱えたまま後退る。 「一朗さん、何を慌てているのですか?」 水周りの掃除をしていたのだろう、マリアはエプロンで手を拭いながら、前かがみにな って顔を近づける。 頬に薄く汗を浮かべ、不思議そうな表情で大神の表情を覗き込むマリア。 「なっ、なんでもないよ…」 間近で感じる彼女の纏う微かな香りと、翡翠色の瞳に思わず引込まれそうになってしま いながらも、大神は辛うじて言葉を取り繕う。 「何でも無いって、手に持っているのは何ですか?」 明らかに手紙と判る束を持って慌てる大神…。 マリアで無くとも怪しんでしまうのは仕方の無い事だろう。 「本当に何でも無いんだって!」 声も大きく否定して見せるものの、大神の言葉には説得力が無い。 「何でも無ければ見せてください」 大神の態度に、マリアも多少強い口調で詰め寄る。 床に腰を落したまま、器用に足を使ってマリアから距離を取る大神。 「一・朗・さ・ん。夫婦の間で隠し事はしないって言ったではないですか…」 口調こそ寂しげなものだったが、その瞳は完全に据わっている。 「隠し事では無いんだけれど…」 「では隠さないでください…」 お互いに会話は平行線のまま…。 迫るマリアに後退る大神。 暫く無言のままの二人だったが、一瞬の隙を突いてマリアが大神の腕から一枚の手紙を 抜き取った。 「あっ!」 「隙ありです、一朗さん」 大神に背中を向けて座り込むと、マリアはゆっくりと便箋を広げる。 「やっぱり、駄目っ!」 立ち上がった大神は、そのまま背中を向けているマリアに覆い被さるようにして手紙を 抜き取ろうとした。 「きゃっ!」 マリアも驚きの声を上げるが、しっかりと便箋を握って離さない。 「一朗さん、止めて下さい」 「マリアもいい加減に…」 交わされる会話だけを聞いていると、二人とも真剣に争っているように聞えるが、便箋 を取り合う事を理由に戯れている様にしか見えない…。 「あっ……」 最後には、体力的に勝る大神が、マリアを組み敷く格好で決着をみる。 勢いで大神が持っていた手紙の束が散らばり、マリアの被っていた三角巾も取れてしま い、金色の波が放射状に広がった。 自分を見つめる漆黒の瞳。 この状況の中、微かに熱を帯びた視線に耐え切れずに、マリアは横を向く。 逸らした視線の先に見える、散らばった手紙…。 ─ マリア・橘 様 ─ 偶然目に入ったその文字に、漠然と手紙の内容が理解できたマリアだった…。 「一朗さん…」 「マリア…?」 自分を見上げる彼女の表情を見て、大神は苦笑いを浮かべながら返事をする。 「いつも再会する時には、『手紙も出せなくてゴメン…』なんて言っていたのに…」 大神を詰るような口調だったが、声に混じる微妙な甘さが言葉の刺を感じさせない。 「結局、出せなかった事は事実だし…」 マリアの言葉に、今度は大神が顔を背ける。 「でも、確かに届いていましたよ…。一朗さんの想いは…」 「ありがとう、マリア…」 再び視線を合せ、優しい笑みを交わす二人だった…。 「オッホン!」 完全に二人の世界に入っていた大神とマリアは、突然の咳払いに驚いて振り向いた。 「「さくら(君)…?」」 二人が振り返った先には、襷掛けに箒を持ったさくらと塵取りを抱えたアイリスの姿が 見えた。 「大神さん・マリアさん?何をしているんですか?」 「大掃除をしっかりやらないと、良い年を迎えられないよって教えてくれたのはマリアだ よね〜っ?」 穏やかな口調だったが、二人とも目は笑っていない…。 「新居の大掃除、お二人では大変だと思って手伝いに来たんですけど…」 「アイリス達、お邪魔だったのかなぁ〜」 二人の言葉に、大神もマリアも冷や汗を浮かべて返答に詰まってしまう。 どう見ても今の体勢を見られては、言い分けもできない二人だった…。 「あの〜っ、さくら君?」 「箒の握り方が違うようだけれど…?」 竹刀を握るように、箒を大上段に構えるさくら、アイリスも塵取りで顔を隠してはいる が、僅かに見える表情は凄みを秘めたものだった。 「そのっ!」 「落着いて二人共っ!」 部屋に木霊する大神とマリアの声。 「お覚悟っ!」 「アイリス、行っくよ〜」 こうして大神家の大掃除が終了するのは、深夜を過ぎる頃になったという…。 ─Fin─ 後書き HPを立ち上げて、初めての年末。 何かそれらしい事を…。って事で大掃除ネタを書いてみました。 年末の忙しい時期、少しでも皆様の息抜きにでもなれば…と思います(汗)




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