3500Hit 記念 SS




3500Hit 記念 SS ─古都の相合傘─ Written by G7 日も落ちて暫らくすると、息の白さが夜目にもはっきりと分かるようになる。 「京都は寒いなぁ…」 大神の言葉に対し、隣に立つマリアも顔が強張る程の冷気に目を細めながら頷いた。 「初めて京都に来たのですが、帝都とは違う寒さですね」 頬が風を切るピリピリとした感覚にも構わずに、大神は軍人然とした歩調で足を進める。 半歩後ろを歩きながら、マリアはその真っ直ぐな背中を眺めていた。 『モギリの一郎さんと、帝撃の司令である一郎さん…。どちらが本当の一郎さんなのかし ら…?』 紐育華撃団設立の為に「賢人機関」の会議が、京都で行われていた。 今回大神は、帝都・巴里華撃団の責任者として、マリアは帝都華撃団の副隊長として会議 に出席している。 結婚して暫らく経つが、このような公式な場に同行するのが始めてなマリアは、普段と は違う大神の様子に違和感を覚えていた…。 「隊長…、いえ司令。今回は何故、京都で会議が行われたのでしょうか?」 京都への出張、しかも二人きりということで、花組の面々には出発前に随分と冷やかさ れた事を思い出す。 「京都ってのは、千年の昔に創られた都市なのは知っているよね?千年の長い間、外敵か らも、霊的侵略からも耐え抜いてきた都市なんだ…。帝都や巴里、そして紐育といった比 較的新しい都市のモデルとして、視察の意味を兼ねて今回は京都なのかも知れないね」 「千年ですか…」 一言に大神は千年と言ったが、たった数年間帝都を守ってきたマリアだったが、その経 験は筆舌に尽くし難いものがあった。 そう考えてしまうと、千年という時間はマリアには想像も出来ない悠久の時間に思えて しまう。 「それと、司令なんて堅苦しい呼び方は止めてくれないかな…?」 大神は片目を瞑りながら、マリアに声をかける。 軍服姿の大神と、愛敬のある表情が妙にミスマッチに見えてしまい、マリアは顔を綻ば せてしまう。 「すみません…。一郎さん」 「今は公務も終わって、プライベートな時間なのだからね」 そう言って大神も快活に笑いだす。 夜の帳も落ち、辺りには人の姿も疎らだが、それでも幾人かの人間が振り返った。 「一郎さん、あまり大声で笑われては…」 マリアが小声で窘める。 純白の海軍礼装に身を包み、颯爽とした精悍な容姿の大神は、薄暗い夜道でも目立って いた。 「構わないさ、会議も終わったことだしね。宿に帰りがてら、少し歩こうか?」 普段見慣れているモギリ姿と違うからだろうか、軍服姿で迫られると妙にドキドキして しまうマリアだった。 「いっ一朗さん…」 気を抜くと置いていかれそうになりながら、先を歩く大神に声を掛ける。 「ああっ…、ゴメン。普段と同じペースで歩いてしまった、この服を着ていると、どうし ても歩みが早くなってしまってね…」 そう言って大神はマリアの側までやってくると、心配そうな表情で自分の顔を覗き込む。 「いえっ…、御気遣いさせてしまい申し訳ありません。ところでどちらに行かれるのでし ょうか?」 マリアの問いに、大神が答えようとした時だった・・・。 ─カラン・カラン─ 先の横道から小気味良い音が聞えてくる。 「…?」 軽やかな音に耳を傾けていると、艶やかな着物を着た女性が2人歩いてくるのが見えた。 大きく結い上げた髪に綺麗な簪をさし、ゆっくりと自分達の横を通り過ぎて行く。 過ぎ行き様に、此方を見ながらペコリと頭を下げていく。 しばらく立ち止まったまま、振り返り彼女たちを眺めていた。 「あれが『舞妓』ですか?」 「うん、ここら辺りは祇園甲部に近いからね、多分尾上流の舞妓じゃないかな」 「流派があるのですか?」 「五つ位かな、確かそれぞれの流派で互いに妍を競ってるって話だけれどね」 大神の澱みの無い説明に納得しながらも、心に湧く疑念を口に出す。 「随分と御詳しいのですね…」 意識したつもりはなかったが、言葉尻にかなりの刺を含んだ言い方になってしまった。 「そうかな?まぁ、舞鶴に寄港した時は、先輩や同期に連れ回されたからね」 苦笑いを浮かべながらさらりと躱されてしまう。 『やはり、いつもの一朗さんでは無いみたい…』 先程から心の奥を刺激する、言いようの無い疎外感が強くなってくる。 着ている服が違うだけで、こうも変わって見えるものだろうか…。 今日の会議でもそうだった。各国のVIPを前に華撃団について報告する大神。普段から は想像もつかない俊英な表情だった。 帰り際も警備の兵隊達から最敬礼で送り出される大神。 そこには普段帝劇にいる時に見せる、優しく少し抜けた所のある「大神さん」ではなく、 士官学校主席のエリート将校の顔があった。 『信じていない訳ではない。でも……』 益体も無い事を考えているのは判っている。 しかし、普段見せる事のない表情の大神や、京都という日本で最も歴史を残す街・・・。 マリア自身が意識しなくとも、感覚として何処か疎外感を感じてしまう。 半分だけ流れる日本人の血・・・。 外見と同じ様に、全くの異邦人だったらこの様な思いに悩む事も無かったのかもしれな いのに・・・。 それまでは、母の生れた国という以外の特別な感慨は無かった。 だが、大神 一朗の妻として生きていくこれから・・・。 今までの様に、帝劇の中で舞台や華撃団としての任務だけを考えているわけにはいかな いだろう。 そんな纏まる事の無い思いを引きずったまま、マリアは先を行く大神の背中を慌てて追 いかけた…。 ◇ 「此処…」 「ここですか…?」 そう言って大神が足を止めたのは、一件の古い店先だった。 もう店を閉めたのだろう、暖簾も下げられ雨戸も閉められた外観からは、何を商ってい る店なのかは見当がつかなった。 微かに明りの漏れる勝手口をノックする大神。 「すみません、大神ですが…」 短い沈黙の後、引き戸が開けられる。 「大神はんどすか、花小路の伯爵様から伺っております」 着物姿の品の良い女性が二人を丁寧に招き入れた。 「花小路伯爵ですか…?」 マリアの疑問の声にも、大神はただ笑顔を返すだけで、真相は分からない。 女性に案内されるままに、二人は店の奥に通される。 風情のある客間に置かれた火鉢には、既に火が入れられており、この訪問が予定されて いた事だという事が分かる。 相変らず大神の表情に変化は無く、出されたお茶を美味しそうに飲んでいた。 訳の分からないマリアは、釈然としない居心地の悪さを感じる。 行儀が悪いと思いながらも、何度か足を動かして正座の位置を直す。 そうしているうちに、障子が静かに引かれ、先程の女性が入ってきた。 「本日は、ほんによう御越しやす」 女性は二人の前に正座して、三つ指を立てて挨拶をする。 「こちらこそご無理をいいまして…」 大神も頭を下げて挨拶を返す。 横目で見ていたマリアも、慌ててそれに倣った・・・。 「ほんに、体型がよろしいさかいに、サラシを巻かはっても、何枚かお腹に手拭いを入れ へんと…」 呉服屋の女主人の言葉を聞きながら、マリアは事の次第を整理していた。 今回の会議の最終日、親睦を兼ねた夕食会が開かれる。 マリアも帝国華撃団の副隊長として出席するつもりだったが…。 花小路伯爵が副隊長ではなく大神一朗の妻として、マリアの出席を大神に依頼した事が 始まりだった。 大神も京都に来てから知らされたらしい。 当然、衣装にしても準備がないので、断ろうとしたらしいのだが…。 すでに花小路伯爵の馴染みの呉服屋で用意は進んでいた。 突然の申し出に戸惑っていた大神も、二人への結婚祝だと言われてしまっては、断る事 が出来なかったようだ。 結局、会議の準備に追われていた大神は、マリアに伝える暇もなく現在に到ってしまっ たらしい。 あれこれ考えているうちに、足袋と襦袢を着け終わり、後は着物と帯びを着けるだけに なった。 『一朗さんには、いつも振り回されてばかり…』 軽く息を付いたマリアは、気持ちを切り替えて女主人の話しに耳を傾けた。 「一朗さん…」 マリアは着付けている間、何もすること無く別室で待っていた大神は彼女の声に顔を上 げた。 ゆっくりと襖が開き、彼女が部屋に入ってくる。 「……」 一瞬、言葉を失う大神。 似合うだろうとは思っていた、普段から舞台などで煌びやかな衣装を着ている姿も見て いる筈なのに・・・。 「似合いませんか…?」 マリアの声に、大きく首を横に振る事しか出来ない。 結婚した女性の礼装とされる黒留袖・・・。 前身ごろのつま下には、橘をあしらった絵模様が施されていた。 着物自体に金箔や銀糸を使った派手さはない。 しかし彼女の透き通る白い肌と金色の髪が、落着いた絵模様を引き立たせ、豪奢な雰囲 気を醸し出している。 着物に入る五つ紋も、大神家の家紋が入れられており、全体を引き締めていた。 歩くだけでも普段とは違い、気を遣う。 腹部もコルセットを着けたように固められており、思うように動けない。 『しかし、これに馴れないと、一朗さんの妻として…』 京都に来て感じる疎外感と、着物を着て感じる違和感。 それらが、大神一朗の妻としてやっていく為の試練のように感じてしまうマリア・・・。 必要以上に、どうしても大神の反応が気になってしまう。 「上手い言葉が出てこないけど…、凄く綺麗だ…」 それ以外に言葉は無く、惚けたようにマリアを見つめる大神。 マリアは大神の様子を不安そうに眺めて、周りに目をやるが店の女主人は満足そうな表 情で肯くだけだった…。 ◇ 「やはり、寒いですね…」 自分の白い息が空に上がっていくのを、目で追っていく。 既に夜の帳が落ちた頭上には、曇天が広がり星々の姿を覆っている。 会議の最終日、レセプションを兼ねた夕食会で、マリアは注目の的だった。 帝国華撃団の副隊長としてではなく、大神一朗の妻として出席した彼女。 花小路から送られた留袖を着たマリアは、まさしく宴の華だった。 馴れない着物の為に食事もままならなかったり、出席者に囲まれるマリアに大神がヤキ モチを嫉いたり、色々あったりしたが…。如何にか無事パーティーは終了した。 送迎を断り、宿まで古都の夜道を歩く事にした二人。 「大丈夫かい、マリア?」 着慣れない服装を心配してか、大神が気遣わしげな表情でマリアを覗きこむ。 「はい…」 大神の問いに口を開きかけた所で、一瞬寒さで体が震えた。 「大丈夫では無いみたいだね」 自分の動作に顔を赤らめるマリアに対して、大神は苦笑しながら自分の外套を彼女の肩 に掛けてやる。 「一朗さん…、それでは貴方が風邪を引いてしまいます」 「海軍で鍛えられたからね、平気だよ…」 そう言って、彼女の肩に掛けられた外套を直してやり、柔らかい笑みを浮かべる大神。 「ありがとうございます…」 マリアは俯きながら感謝を言葉に乗せ、外套の衿を両手で締め合せた。 「重たいだろう?実用一点張りの支給品だからね」 しかし肩に掛る外套の重みは、何故かマリアに安心を与えてくれた。 「でも、暖かいです…」 マリアの言葉に、無言で微笑み返す大神。 『結局、何に対して肩肘を張っていたのだろう…』 そう心の中で考えて、マリアは表情を緩めた。 日本人、軍人の妻…。 そんな事はどうでも良かったのかもしれない。私は大神一朗という男性の妻となったの だから…。 母親である橘須磨も、外交官だからとかロシア人であるからといって父と結婚したわけ ではないだろう。 それまで、漠然としか理解できなかった両親の絆…。 今、自分自身が妻という立場になって、始めて理解できたような気がした・・・。 あんなにも思い悩んでいた事が、彼の何気ない優しさで溶けて無くなってしまうのだ。 何処か違和感を感じていた着物も、今は自然な感じで着こなせているような気がする。 僅かにしか進めない歩幅も、今のマリアには何故か楽しいものに感じてしまう。 暫らく無言のまま歩みを進める二人。 最初に気が付いたのはどちらだっただろうか・・・。 「「雪…?」」 同時に声に出して、空を見上げる。 曇天の空から次々と舞い落ちる白い雪・・・。 「道理で寒い訳だ…」 大神は苦笑いしながら、掌を広げて雪を乗せる。 掌に落ちた雪は、体温で直ぐに溶けて消えてしまう。 「一朗さん、やはり外套を着て下さい」 「マリアこそ折角の着物が雪で濡れたら大変だろう」 そう言って、大神は再び空を見上げる。 以外と頑固な所のある人だ、一度言ったら頑として外套を着ようとしないだろう。 そんな事を考えながら、マリアは空を見上げる大神を見つめる。 少年のような表情で、雪が降ってくる様を眺めている大神…。 諦めの溜め息を軽く吐き出した後、マリアは先を急ごうと大神に声を掛けようとした。 「軍人さん?良かったら使っておくれやす」 街路に並ぶ店の番頭だろうか、雪降る中立ち止まっている大神達に声を掛けてきた。 人当たりの良い笑顔を浮かべ、二人に一本の番傘を差し出す。 「ありがとうございます…、けれど宿まで直ぐそこなので…」 「かまわしまへん、宿の者に渡してくれはったら戻ってきますさかいに」 男はそう言って、大神に番傘を押し付けると小走りに店の方向に戻っていった。 「ありがとうございます!ご厚意に甘えます」 大神はその姿を見送りながら、一礼して謝辞を送る。 マリアもそれに倣って頭を下げた。 「番傘かぁ、風情があるね…」 傘を開きながら、大神が呟く。 竹骨に赤い和紙を張り付け、大きく白い字で屋号が書かれている番傘。 帝都では珍しい物になったが、古都で使うには何処か風情を感じさせる。 「ほら、もっと寄らないと…、濡れてしまうよ?」 マリアの肩を引き寄せながら、悪戯な口調で大神が囁く。 「あっ、余り近づいたら歩き難いです…」 口では反論しながらも、マリアは大神に従い足を進める。 「相合傘だね…」 薄っすらと積もり始めた道を歩きながら、ぽつりと大神が漏らす。 「前にもこんな事がありましたね…」 「でも今日は急いで帰らなくてもいいね…」 「はい…」 短い返事の後、マリアは大神に身を寄せた。 二人の歩いた後に、薄らと足跡が残る。 降り続く雪は止む気配もなく、辺りを白く覆っていった。 そうして古都の夜は静かに二人を包み込み、ゆっくりと時を刻んでゆく・・・。 ─Fin─ 後書き 京都弁(?)、ツッコミは無しということで・・・(笑) どうしても、雪の京都で相合傘して欲しかったんです。




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