─星空のクリスマス─ 24時を回った劇場内は、深夜の冷気と相俟って清んだ静けさに包まれていた。 遅くなった見回りを続ける大神は、寒さに丸まりかけた背中を伸ばす。 毛の長い絨毯が自分の足音さえ吸収し、まるで音の無い世界に迷い込んでしまった錯覚 に陥る。 先程まで、クリスマスパーティーを兼ねた、レニの誕生会が開かれていたのだが…。 皆の笑い声や楽しげな会話の余韻が、余計に静寂を意識させた。 正面玄関から階段を上がり、テラスの戸締まりを確認してサロンへ抜ける。 「…?」 遠目から、サロンの窓から伸びる月明りに気が付く。 カーテンを閉め忘れたのだろうか。 ライトの光りを上げながら、サロンへ向かう大神。 「マリア…?」 差し込む月光の下、ソファーに腰掛けたマリアが外を眺めていた。 「一朗さん…」 「どうしたんだい?もう部屋で休んでいると思ったのだけれど…」 大神は懐中電灯のライトを落し、窓際のマリアに近づく。 「すみません、少し酔いを覚まそうと思いまして…」 外の景色から目線を戻したマリアは、そう言って大神に頭を下げた。 「いや、良いんだ・・・、今日は結構飲んでいたようだったし…。気分は悪くない?」 大神はマリアを気遣う言葉をかけながら、彼女の隣に腰を下ろす。 「気分は大丈夫です。ただ…」 「ただ…?」 「雪、降りませんね…」 そう言って、マリアは再び窓の外に視線を向ける。 「アイリス達は楽しみにしていたみたいだけれど…。今日は降りそうもないな…」 「はい…」 大神も窓の外を眺めながら呟く。 「何かあったの…?」 「いえ、大した事ではないのですが…」 互いに外の景色を眺めながら、大神は静かに彼女の話に耳を傾けた。 ◇ クリスマス公演終了後、パーティーまでの空いた時間。 アイリスとレニ、米田を加えた四人で、マリアは毎年クリスマスイブの夜、密かに通 っていた教会に出掛けていた。 この教会で行われる子供を対象にした、クリスマスミサに参加する為である。 ミサと言っても、子供達にクリスマスを知ってもらおうというイベントであり、紙芝居 や歌などを盛り込んだ、お楽しみ会のようなものだった。 パーティー用に準備するお菓子などの一部を、ミサに訪れた子供達に分けてあげたい。 そんなアイリスとレニの提案をマリアが付き添う事で了解したのが始まりだった。 まだ日本では馴染みの薄いクリスマス。 そんな風習を少しでも知ってもらおうとの行動に、大神も快く了承した。 マリアの顔を覚えていた教会の牧師も、喜んでアイリス達の申し出を受け入れてくれた。 遊びに来ていた米田に、アイリス達がサンタクロースの仮装をお願いして、四人は夕刻 の教会に到着した。 クリスマス本来の意味など漠然としか理解出来なくとも、真摯に祈りを捧げる子供達。 そして、米田扮するサンタクロースと共に、子供達にお菓子を配るアイリスとレニ…。 「お姉〜ちゃん!俺にも頂戴よ〜」 「私にも〜っ」 次々と寄ってくる子供達に、満面の笑みを浮かべて相手をするアイリス。 「ほら〜、ちゃんと並ばないと駄目だよ〜」 帝劇で見せる幼い一面は影を潜め、しっかりと「お姉さん」をしている。 「押すなよ〜」 「なんだよ!」 その横では、諍いを始める子供達を諭すレニ。 「友達同士、仲良くしないと…」 物静かな言葉は普段と変わらないが、優しい色を浮かべた瞳とその表情・・・。 喧嘩した事も忘れ、子供達はレニを見上げて見惚れてしまっていた。 それぞれに、性格の違いはあるものの、子供達と接する二人。 そんな様子を眺めていると、何故か心が熱くなるのを感じる。 二人が帝劇にやって来てから、様々な出来事があった。 出会いに別れ、そして数々の戦い…。 まだ年端もいかない少女達にとって、それは辛いことだっただろう。 そんな中、特に幼かった二人が、健やかに成長してくれた事は、何より嬉しい事だった。 帝劇で過ごす日々。 繰り返されていく日常。 人も街も少しずつ変わって行く…。 ふと、そんな事を考えていたマリアは、自分の周りにも集まっている子供達にコートの 裾を引かれて我に返った。 「お姉ちゃん、どうしたの?」 心配する子供達に笑顔を返しながら、マリアも慌ててお菓子を配り始めた…。 ◇ 「嬉しかったんです…。私が彼女達に、何をしたわけでも無いのですが…」 寂寥と喜び・・・。 蒼い月光の下、複雑に混ざり合った笑顔を浮かべながらマリアが呟く。 「そんな事はないよ。皆が互いに影響しあいながら成長しているんだから…」 外の景色ではなく、硝子に映るマリアを見つめながら彼女の呟きに答える大神。 「私も…、ですか?」 マリアも夜景に融ける大神の姿に視線を合わせる。 硝子の中で合わさる視線…。 「うん、凄く綺麗になっていく…」 「じょ、冗談はやめてください!」 大神の言葉に、振り返りながら、否定の言葉を口にする。 振り返った後、大神がいつの間にか直に自分を見つめている事に気が付くマリア…。 「ははっ…。そういう自然な表情が多くなった所とかね」 「えっ…」 「勿論、綺麗になっていくってのも本当だよ」 大神は軽く片目を瞑って、おどけてみせる。 そんな表情を見て、マリアも顔が綻んでいくのを感じた…。 「一朗さんは、クリスマスに雪が降った方が好きですか?」 お互いに微妙な距離を保ちながら、二人は再び夜空を眺めていた。 「そうだなぁ、子供の頃は田舎育ちだったから、クリスマスってものを知らなかったし…。 でも、雪が降ると嬉しかったなぁ…」 「どうしてですか?」 「雪が降ると、家族全員が暖を取りに囲炉裏の傍に集まってくるんだ。 普段は食事以外に全員が一緒にいる事は少ないのだけれど、家族一緒っていう事が凄く 嬉しくてね。体だけでなく心も暖かいっていうのかな…。 勿論、積もった時の雪遊びなんかも好きだったけれどね」 少し照れくさそうに、大神が頭を掻く。 「家族や友人と一緒にいられる幸せを感謝する…。 本来の意味とは違うかも知れませんが、クリスマスとはそういうものなのかもしれませ んね…」 マリアは自分の伝えたい事が、全て言葉に出来たとは思わない。 ただ、同じ様に大神も今日という日を感じてくれている事が判っただけで満足だった。 「雪降るクリスマスも素敵だけれど…」 硝子越しに見える夜空を見上げる大神。 冷たく清んだ空気が、夜空に広がる星々の輝きを際立たせているようだった。 「こんなに綺麗な星空は見えませんからね…」 マリアも夜空を眺めながら、蒼く輝く月と星々に祈りを捧げる。 「……」 視線はそのままに、大神はマリアを抱き寄せようと腕を伸ばす。 しかし、静かに祈りを捧げる彼女の姿に、何も言わずに腕を引き戻した。 そして自分も短く祈りを捧げる…。 『同じ星空の下にいる全ての人にメリークリスマス…。 願わくばこれから先も、この良き日を大切な人と過ごせるように…』 ─Fin─ 謝辞に代えて 今回はこの様な素晴らしい企画に参加させて頂き、ありがとうございます。 未熟な作品ではありますが、少しでもこの催しに華を添えられればと思います。 この企画を主催された皆様、参加された皆様、遊びに来られた皆様が素敵なクリスマスを 過ごされる事をお祈りいたします。

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