思いつき SS 4




ポカポカと暖かい午後の日差しが、背中に降り注いでいる。 込み上げる欠伸を押し殺し、様子を覗うように下に目を向けた。 膝の上には、あどけない表情の親友の寝顔が見える。 普段の生活では見せる事の無いその無防備な様子に、カンナは心の中で嘆息してしまう。 『何やってるんだろう、アタイは…』 腿に感じる心地良い重さと暖かさ・・・、不思議と心に広がる安らぎが、彼女の瞼を重たく していく…。 思いつき SS 4 ─sleeping beauty?─ Written by G7 朝の訓練を終え、朝食までの僅かな時間・・・。 サロンの窓から差し込む陽光を全身に浴びて、カンナは体を反らし背中を伸ばす。 眼下に朝日で彩られていく街並みを眺めるのが、最近の彼女のお気に入りだった。 「んっ?」 視界の隅から立ち昇る白い蒸気。 気になって目を向けると、帝劇の玄関前に黒塗りの蒸気自動車が横付けされていた。 時間帯を考え、訝しく思いながらも観察を続けるカンナ。 暫くすると、軍服に身を包んだ大神が姿を現した。 『そう言えば、今日は海軍本部に行くって言っていたっけ…』 昨日の記憶を思い出しながら、そのまま大神の様子を眺めることにする。 車の後部座席に乗りこむ瞬間、大神は顔を上げて帝劇を見つめた。 後ろ髪引かれる表情…。 一瞬だけだったが、建物を見ているのでも、サロンの窓に映るカンナを見つけた訳でも ない様子だった。 『どうしたんだろう、隊長?』 大神の表情の意味を考えている間に、車は静かに走り去っていく。 窓枠に手を掛けながら、玄関前を見つめながら考えを巡らす。 しかし喉に小骨が引っかかったような、釈然としない気持ちだけが残るだけだった。 「後で、マリアにでも聞けば判るか…」 そんな事を一人呟き、カンナは食堂に向かって歩みを進める。 その時は、自分の安易な考えを後で反省する事になるなど、思いもしないカンナだった…。 ◇ 「マリア〜、入るぜ?」 短いノックの後、返事を待たずにカンナはドアを開ける。 普段なら、小言の一つも言われてしまう行動だったが、今はそれどころではなかった。 朝食の時間、普段と変わらない様子で食事をするマリア・・・。 しかし、カンナにはマリアの様子が、何処かおかしく感じられた。 同じ世代としての共感、格闘家として気配を感じたなどといったものではない。 長年付き合った親友としての勘がそれを気付かせたのかもしれなかった・・・。 傍からみれば、お節介というやつなのかもしれない。しかし、カンナの性格上、困った 人間を見て見ぬふりは出来ないし、それが親友の事となれば尚更だった…。 まして、朝の大神の様子を見ていた事もあって、カンナは大きく息を吸い込み気合いを 入れる。 『隊長が居ない今、アタイがしっかりしないと…』 そんな決意を固めて、カンナは部屋に入っていくが…。 「うっ…」 まず目に入ったのは、ベットの上で膝を抱えた状態で、蹲っている親友の姿だった…。 部屋を覆っている重たい雰囲気に、次の言葉が出てこないカンナ。 「マリア…?」 やっとの事で口にした言葉も、マリアの耳には届いていないのか返事は無い。 「なぁ、マリア。一体何があったんだ?」 マリアの横に腰を下ろし、肩に軽く手を置いて尋ねてみる。 「……」 俯きながら、答えるマリアの言葉はカンナに届く事無く萎んでいく。 「えっ…?」 良く聞えなかった為、顔を近づけて彼女の声に耳を澄ませようとする。 「カンナっ!私、どうしたら良いの!?」 「わっ!」 突然に顔を上げて、大きな声を出すマリア。 カンナはぶつかりそうになるのを避けながらも、驚いて仰け反ってしまう。 「危ないじゃな…、なっ、なっ…」 カンナの抗議の声は、途中で意味を成さないものとなる。 そんな彼女を見上げるマリア。 一頻り泣いた後なのだろう、少し赤く染まった瞼と瞳・・・。 今も溢れんばかりの雫を湛えてカンナを見つめている。 その零れそうな愁いを湛えた瞳が、上目遣いで自分に向けられているのだ…。 大神でなくとも、抱き締めたくなるような表情だった。 「なっ、なっ、なっ…」 意味不明な声を上げながら、真っ赤に顔を染めたカンナは、まともにマリアの視線を受 け止められずに、横を向いてしまう。 「カンナ…、和式と洋式どちらが良いのかしら?」 「はっ?」 突然の質問に、訳の分からないカンナは曖昧な言葉を返す。 「どちらも神様には違いがないのよ…。他にも仏前っていうのもあるらしいの…」 「はいっ??」 マリアはカンナの疑問の声もお構いなしに話を進めていく。 「もう、何が良いのか判らないのっ!」 一気に自己完結したマリアは、崩れ落ちるようにカンナの膝の上に覆い被さる。 膝が微かに濡れていくのを感じながら、状況が飲み込めないカンナはマリアの背中を摩 りながら天を仰ぐ…。 『アタイの方が、判らないよ…』 ◇ 「それでね…」 「はぁ…」 マリアの言葉も右から左へ抜けていく…。 気の無い返事をしながらも、カンナは事の発端を整理してみる。 事の発端は、近い将来挙げられるであろう、大神とマリアの結婚式の事だった。 先日、花組の前で正式に婚約を発表した事を考えれば、そう遠くない事だとは思ってい たが・・・。 式は教会で挙げるのか、神前にするのか、その事で朝から大神と話しをしていたらしい。 マリアとしては、自分なりに考えていた事もあるそうだ。 しかし先日、大神の実家から白無垢を贈られた事で、生真面目な性格の彼女は思い悩ん でしまった。 大神の意見も聞いてみようと、相談したものの…。 「マリアなら、どんな格好でも似合うと思うよ。俺は形式には拘らないし、それによって マリアを幸せにするって誓いが変わるわけでもないからね…」 そんな大神の言葉に、一人落ち込んでいたらしいマリアだった。 確かに、マリアの気持ちが分からないでもないカンナではあったが…。 カンナ自身、漠然とした形ではあるが、結婚というものを考える事もある。 ウエディングドレスや白無垢など…、そういった衣装への憧れも否定はできない。 しかし、根本は相手との気持ちであり、結びつきだと思っている。 そんな事はマリアも当然判っているのだ。 ただこの微妙な感情の機微を、大神にも判って欲しい…、一緒に話しがしたかったのだ。 そう、一言で言ってしまえば、マリアは拗ねていたのだ。 そして今は、何故かカンナを相手に惚気話へと変わっている…。 本人としては、真剣に悩んでいるのだろうが、傍から見れば惚気以外の何物でもない。 「ねぇ、カンナもそう思うのでしょう…。聞いている?」 言葉と膝に感じる刺激に、慌ててカンナは返事をする。 「もっ、勿論…」 「私としてはね…」 引き攣ったカンナの表情もお構いなしに、マリアは話しを続ける。 カンナは話しを聞きながらも、どうしても膝に感じる擽ったさに意識が飛んでしまう。 彼女の膝に蹲るようにしているマリアが、話ながら手持ち無沙汰になった指を使って、 カンナの膝で遊んでいるのだ。 マリア本人にしてみれば、意識しての行動ではないのだろう。 しかし、される方のカンナとしては、痒いような擽ったいような感覚で話を聞くどころ では無いのが現状だった。 『はぁ…』 心の中で、何度目かの溜め息を吐きながら、カンナは金色の髪へ手を伸ばす。ゆっくり と優しく指の間を流れて行く金色の波、稽古で鍛えられた硬い指に触れる滑らかな感覚が 心地良い。 初めは退屈凌ぎと、膝への意識を逸らす為だったが、何時しかマリアの髪を梳く行為に 集中していた。 『サラサラで本当に綺麗な髪だなぁ…。同じ髪の毛でも、アタイの髪とは別モノって感じ がする…』 そんな事を思いながら、柔らかな笑みを浮かべるカンナ。 本人は気付いていないが、その笑顔は普段見せる夏の陽光の様なそれでなかった。 カンナ自身がマリアを見て密かに憧れる笑顔、それと同じものを浮かべている。 いつしか小さな寝息が聞えてくるまで、カンナは金色のたゆたう波に指を遊ばせていた。 ◇ 「隊長の奴、帰ってきたら組手にでも付き合ってもらうかな…」 そんな事を小声で口にしながらも、物音を立てない様に静かにドアを閉めるカンナ。 最後に振り返り、マリアが眠っているのを確認する。 その安らかな寝顔に、自然と笑みが零れる。 『まぁ、良いモン見せてもらったし…』 そう心の中で呟いて、軽くウインクを飛ばす。 「カンナ?」 呼ばれる声に顔を上げると、少し驚いた表情の大神が部屋の前に立っていた。 帰ってきたばかりなのだろう、軍服姿のままの大神はカンナとマリアの部屋に対して交 互に視線を動かす。 僅かな間をおいてから、大神は少しバツの悪そうな表情でカンナを見つめた。 そんな大神に親指を立てて、会心の笑みを返すカンナ。 「隊長、一つ貸しだぜ?」 先程まで思っていた、大神に対する恨みも無く、素直に言葉が出た。 カンナの笑顔につられてか、大神も苦笑いを返す。 そうして、お互いに大きく一つ肯くと、そのまま歩き出す二人。 目線を合せる事も無く、お互いに真っ直ぐ前を向いている。 ─パンッ!!─ すれ違い様、どちらとも無く伸ばされた掌が、ハイタッチを交わす。 階段を降りる所で、マリアの部屋が開かれる気配を感じた。 「眠り姫を起こすのは、やっぱ、王子様の役目だからなぁ…」 一人呟きながらも笑みを零すカンナ・・・。 手に残る柔らかな感触に未練を残しながらも、気持ちを切り替えるように大きく背伸び する。 「さーて、飯の前に体でも動かすかぁ!」 カンナはいつもの様に、隙の無い颯爽とした歩みで階段を降りていく。 その歩調はステップを踏むように軽やかで、軽快な足音はリズムを刻むようだった…。 ─Fin─




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