3000Hit 記念 SS




3000Hit 記念 SS ─心伝わる瞬間─ Written by G7 ─カチ、カチッ─ 静かな部屋の中、時計の針が時を刻む音が響く。 暖房を入れたばかりの室内は、まだ冷たい空気が支配している。 底冷えする真冬の冷気が、時計の機械的な音を引き立たせていた。 そんな中で、ベットの上で重ねられた掌だけが暖かい。 『どうして…?』 心の中で自問してみるが、答えは出てこない。 沈黙が嫌いなわけではない、しかし今の状態に居心地の悪さを感じているのは確かだっ た。 横目で時計を見ると、既に11時を回っており、かなりの時間をこうしている事になる。 『後少しで、今日が終わってしまう…』 そんな焦りを憶えながら、隣に腰を下ろしている彼に目をやるが、沈黙を破る気配は無 かった。 一月三日、今日は彼の二十三回目の誕生日だ。 先程まで、楽屋ではささやかな誕生会が開かれていた。 先日の戦闘の事もあり、花組隊員達の体調を気遣った彼の提案により、短めのパーティ ーだったが、皆も楽しんでいた様子だった。 彼の見回りが終わるのを見計らって、自分の部屋を出る。 疲れも残っていたのだろう、どの部屋の照明も落されているようで、他のメンバー達は 早々と床に就いた様子だった。 規則違反なのは判っている。 ただ一言、どうしても彼に伝えたかった。 花組の一隊員としてではなく、マリア・橘という一人の人間として、彼に直接伝えたかっ たのだ…。 部屋の入り口で、一言だけ伝えられればそれで満足だった筈…。 しかし何も言えないまま、私は彼のベットに腰掛け、静寂の中で掌を重ねている。 「隊長…」 意を決して、彼に言葉をかける。 「んっ…、何?」 振り向いた彼の顔は、とても穏やかな表情だった。 しかし、どこか愁いを帯びた瞳が、私の言葉を鈍らせる。 「御誕生日、おめでとうございます…」 やっとの思いで、それだけを声に乗せる事が出来た。 胸に溢れる想い全てを伝える事が出来たなら…。 貴方に出会えた事、貴方という存在を知る事が出来た喜びを・・・。 そうして、私は変わる事が出来ました…。 今日、貴方が生れ落ちた日を、この世に誕生した事の奇跡を感謝し祝福したい…。 しかし、今はこの言葉を贈れただけで十分だった。 どれだけ自分の想いが伝わっているかは判らない、しかし今は言葉に出来ただけで良か ったと思う。 「ありがとう…」 彼は重ねた掌に、少し力を込めながら答えを返す。 「毎年、誕生日を迎える度に考えるんだ…。それまでの生き方を、これからの生き方を…」 そう言って、彼は穏やかな笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。 「生き方ですか…?」 彼の真意が判らないまま、私は鸚鵡返しに言葉を紡ぐ。 「まぁ、そんな大層な事では無いのだけれどね…。 正直言って、此処数年はこれからの生き方なんて、あまり考えている余裕がなかったし …」 「……」 先の戦い…、葵 又丹こと山崎 真之介とあやめさんの事を指しているのだろう。 あの時は誰しもが、運命や宿命という残酷な渦の中を必死で戦っていたのだ。 そして今後迎えるであろう、激しく厳しい戦いの予感…。 まだ思い出にするには生々しい記憶と、厳しい先行きを思いながら、私は無言で彼の表 情を見上げる。 「あの時、俺個人だけならば…、軍人として大神 一朗という一個人としても、帝都の平 和やあやめさんを取り戻せるのだったら、この命絶えて惜しまん…なんて事を考えていた …」 そこまで語り終えると、大きく深呼吸して一息つく。 「でも…」 「でも…?」 「うん、でも戦いが終わって、皆の…、マリアの笑顔を見た時に思ったんだ…。 命を賭して何かを守るという事は、自分を含めて生き抜いてこそ本当の意味じゃない かってね。軍人としても、個人としても独り善がりの考えかもしれないけれど…。 ただ、俺はこれからも、皆と一緒に生きて行きたいと思っている。 だから死ねない、死ぬわけにはいかないんだ。 男としては情けなく、弱い考え方なのかもしれないけれど…」 語調は穏やかなものだったが、私の反応を覗うように向けられている彼の瞳。 その瞳には、自分の心情を吐露した開放感と、僅かばかりの躊躇が入り交じった複雑な 色を湛えていた。 「隊長…」 その瞳の真意を確かめたくて、私は一言呼びかけただけで彼を見つめ返す。 いつも強い人だと思っていた…。 性別の違いこそあれ、人間として純粋に憧れと尊敬の念を抱いている。 その気持ちが、女としての思慕に変わっていくのも判っていた…。 私の、私達の前では決して見せる事の無い、彼の弱い一面を垣間見てしまった今、私は どう反応すればよいのだろう…。 自身を照らし合わせても、強さと弱さが同居するものだということは知っていた。 彼と出会った当初の私がそうだった様に…。 しかし、彼の気持ちは本当に弱さなのだろうか…? 「……マリア?」 彼の声が布越しに直接体に響く。 気が付けば、私は自分の胸に彼を引き寄せていた。 年上の、しかも上官に対しての行動ではない事は分かっている。 しかし何故かこうするのが正しい事だと、私の何かが訴えたのだ。 「それは弱さではありません…、隊長の思いの形は間違ってはいません。」 「……」 身動ぎするでもなく、彼は言葉を噛み締める様にゆっくりと私の背中に廻した腕に力を 込める。 「人の生き方や考え方は様々です。けれど、言葉や行動が違っていても、表現のしかたが 自分と同じでなくても…、根底に流れる想いが同じなら…」 「それじゃあ、俺の中にある想いも…」 顔を上げて、私を見つめる彼に笑顔で答える。 「ええ…、私の想いも隊長と同じです。そして周りの人々も…。 たとえその想いが世間から、世界から否定されたとしても、私達は隊長を信じています」 彼も体を起こし、間近で見つめ合う。 目の前の彼も、その瞳に映る私も、互いに先程までとは違う晴やかな笑みを浮かべてい た。 「マリア…」 「隊長…」 呼び合う声に、普段とは違う感情の色を感じながら、私は一瞬息を止めて瞳を瞑った…。 ◆ 「……」 「……」 互いに見つめ合ったまま言葉は無い。 ただ、お互いの表情と、触れ合う肌から伝わる体温が心地良かった。 成り行きのまま…、と言われてしまえばそうなのかもしれない…。 しかし、交わし合う視線に、触れ合う肌の暖かさからは、そう言った躊躇いや後悔の念 は感じられなかった。 まだ身体の奥に残る彼の余韻に浸っていると、彼の腕が背中に廻されて、ゆっくりと半 身を引き上げられる。 肩から零れたシーツは、廻された彼の腕によって胸の上辺りで留り、即席のイブニング ドレスを纏っているようだった。 上半身だけ起こしながらも、まだ力の入らない身体は彼の胸へと預けてしまう。 薄っすらと彼の胸に浮いた汗が、外気に冷やされて自分の頬の火照りを静めてくれる様 だった。 もっと彼を感じようと顔を埋めようとするが、私の前髪を優しく掬う彼の指先に添って 顔を上げる。 視線が再び彼の瞳と交じり合う…。 吸い込まれそうな漆黒の瞳。 しかし、その内には先程まで感じられた躊躇いの色を、見つける事は出来なかった。 こんな気持ちで彼の瞳を見るのは始めてかもしれない。 ただ、その漆黒は、揺るぎ無い透明さを湛えている。 そして、そこに映る自分の表情も、透き通った笑みを浮かべていた。 「マリア…」 見つめ合ったまま、名前を呼ばれる。 呼ばれた瞬間に、全ての心、感情の扉が一斉に開け放たれていくのが感じられた。 出会いから始まる全ての思い出が一気に駆け抜けて行く…。 ただ名前を呼ばれただけなのに、彼の暖かい想いが私の心に流れ込んでくる。 その言葉だけで十分だった。 私は今、彼と心の根底で結ばれる事が出来たから…。 その言葉の意味を理解する事が出来るから…。 「はい…」 軽く肯いて、私はそれだけを言葉に乗せる。 彼も何も言わずに空いている右腕で、私の左手を取った。 そして、厳かな表情でゆっくりと私の薬指に唇を落す…。 私はただ黙ってその光景を眺めるだけだった。 生涯忘れる事のないだろうこの瞬間を…。 長い口付けを終えた彼が顔を上げる。 いつのまにか流れていた涙が滲んで、彼の顔が霞んで見えてしまう。 彼の暖かさが残る薬指を大切に胸に抱きながら、瞳を閉じて涙を堪えようとするが、溢 れ出る涙は止まらない。 目元に感じる感触に瞼を開けると、彼の指が私の涙を拭っていた。 幾分はっきりとした視界に、彼の笑顔が飛び込んでくる。 「……!」 衝動に駆られた私は、そのまま彼の胸へ顔を埋めた。 抑制の効かない歓喜に翻弄され、しゃくりあげる私を彼は黙って抱き締めてくれる。 『隊長…、一朗さん…。私は、私は…』 沸き上がる言葉にならない自分の想い…。 でも、これだけは言える。 これからどんな困難があろうとも、この気持ちがある限り…。 貴方に、貴方と一緒に歩いていけると…。 もう、凍てつく真冬の空気も、冷たい時計の音も気にならなかった。 ただ、彼に包まれている温もりと、私を安心させる胸の鼓動しか感じない…。 そんな安らぎの旋律は、子守り歌のように私の内に響いていく・・・。 ─Fin─ 後書き 時間軸は「2」の第十話の後です。 大神さんらしく、簡潔なプロポーズを・・・。 という事で考えてみたのですが(汗)反則ギリギリですね・・・。 色々なプロポーズの形があると思いますが、「こんな形もアリかな?」って 笑って頂ければ幸いです。




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