思いつきSS 3




思いつきSS 3 ─お兄ちゃんの受難?─ Written by G7 「と、いう訳で明日一日、隊長はアタイ達の兄貴になってもらうぜ」 カンナを先頭に、背後ではマリアを除いた花組の面々が肯いている。 「えっ…?」 大神は訳が分からないながらも、本能的に後退りながら、言葉を濁す。 仕事が一息ついた午後、サロンに顔を出しただけの筈だったのだが…。 「私達って、男性の兄弟がいないんです。だから…」 「だからって…、花組は家族みたいなものだから、いまさら兄妹っていうのも…」 さくらの真剣な表情に押されながらも、何とか反論しようと試みる大神。 『マリア…、こんな時に限って、どうして居ないんだ…』 心の叫びも虚しく、ジリジリと壁際に追いつめられていく大神。 普段なら、止めに入る役のマリアは、花小路伯爵に用事を頼まれ、泊りがけで横浜に行 ってしまっている。 「皆さんの女優としての幅を広げる為にも…」 正論を言っている様だが、すみれの瞳にも怪しい光が宿っている。 『そう言えば、すみれ君も一人っ子か…』 突然の展開に、今一つ事の真相は判らないでいる。しかし、この場を脱出する為にも、 取り敢えず了解の旨を伝える大神。 「わっ、分かったよ…。それで、俺は何をすれば良いのかな?」 いきなり兄になれと言われても、大神とて一人っ子である。妹を持った事も無ければ、 その接し方も分からない。 「そうやなぁ…」 言い出したものの、全員が一人っ子なのに気が付き、顔を見回し首を捻る面々…。 「お兄―ちゃん!」 ただ一人、アイリスだけが普段通りに、大神に飛びついてくる。 そんなアイリスの様子を見て、残りのメンバー達は感心したり、何かを閃いた様子で肯 いていた。 『一体、何があったんだ…?』 こうして、大神の困惑を他所に、兄としての受難の一日が始まろうとしていた…。 ◇ ケース@ すみれとカンナの場合 朝食を終え食堂を出た所で、大神を待ち構えている人影。 着物の裾を握り締め、僅かに俯いているすみれだった。 明らかに普段とは違う様子に、大神は恐る恐る声をかけてみる。 「どうしたんだい?すみれくん…」 「お兄様…」 「えっ…?」 声が聞えずに、一歩前に出る大神。 「お兄様!!」 真っ赤に染めた顔を突き出すようにして、すみれは大神に呼びかけた。 心なしか瞳も潤んでいるようで、思わずその迫力に背を逸らしながらも、何とか返事を する。 「どうしたのかな?すみれくん…」 「違いますわっ!」 普段よりもオーバーアクション気味に身体全体を使って否定されてしまう。 「何っ…、何が違うのかな…?」 幾分引き攣った表情ながら、すみれを刺激しないように声をかける。 「すっ、すみれ、と呼んで下さいまし…」 少し視線を逸らし、いつもとは違う消入りそうなか細い声・・・。 「えっ…」 しかし普段が普段だけに、大神もおいそれと呼び捨てにする事など出来なかった。 元来、大神は役者でも何でもないのだ。 一応、劇場関係者ではあるが、本職は軍人である。しかも、生来の不器用な性格上、い きなり兄になれと言われても、対応の仕様が無い…。 すみれは目を逸らしたまま、大神の言葉を待っている様子だった。 『大神一朗!お前も男だったら、彼女達の願いを叶えてやらなければ、男が廃るぞっ!』 随分と大袈裟な気もするが、大神の性格上ここまで追い込まなければ、例え演技であっ ても難しいものらしい…。 「すっ、すみれ…、どうしたんだ?」 これが舞台であれば、一発で駄目出しの出そうな台詞だったが、当の本人達は至って真 面目なのだ…。 大神の言葉に、すみれの表情が一気に華やいだ。 「お兄様っ!!すみれは、すみれは…、お兄様とお買い物に出かけて、帰りにはには仲良く手など繋いで……」 祈るように両手を掲げ、すみれは一人喋り出す…。 喋っているうちに、完全に自分の世界に入ってしまったようで、すみれはクネクネと身 体を捩じらせて、妄想の世界を謳歌している様子だった…。 『どうすれば良いんだ…?』 一人取り残された大神は、すみれに声すらかけられずに、その場に立ち尽くす。 「よう、たっ…、じゃあなくて兄貴っ!」 救いの声に振り向くと、やはり照れくさいのか、頬を掻きながらカンナが歩いてくる。 「カンナ…」 この状況を何とか抜け出そうと、視線を使ってカンナに助けを求める。 カンナはすぐに現状を把握したようで、苦笑いを浮かべながら大神に手招きする。 「すみれの奴は放っておいて、アタイと組手でもしようぜ、兄貴?」 最後の言葉は、多少ぎこちないものだったが、その外は何時もと変わらない様子のカン ナだった。 「しかし、すみれくんをこのままにしておいては…」 「良いって、良いって。下手に止めた方が、面倒だとおもうぜ、あの幸せそうな顔を見ろ よ…。ほら、早く行こうぜ!」 カンナに引きずられるように、その場を後にする大神。 すみれの方に目をやると、まだ妄想の途中らしい…。 途切れ途切れに聞えてくる言葉を聞いていると、妄想はまだ終わらない様子だった…。 大きく溜め息を吐いて、大神は素直にカンナの言葉に従うことにする。 『はぁ…、マリアぁ、早く帰ってきてくれ…』 ◇ ケースA レニとアイリスの場合 『なんか、何時もより気合いが入った組手だったなぁ・・・。これも兄妹効果なのか…?』 カンナとの組手を終え、痛みの残る腕を摩りながら地下からの階段を上がっていく大神。 「あっ!お兄ーちゃん、見ーつけ!」 声と同時に、身体ごと飛び込んでくるアイリス。 辛うじてバランスを崩さずに彼女を受け止める事ができた。 まだ幼いとは言え、成長期を向え日々大きく育っている彼女のダイブを受けるのは、大 神とはいえ辛くなってきている。 「アイリス、廊下は走ったら駄目だって…」 「ごめんね、お兄ちゃん」 狙っていたように、大神の顔を見上げながら笑顔で謝るアイリス。 「…今度から気をつけるんだぞ」 アイリスの無邪気な表情を見てしまうと、それ以上の小言を言えなくなってしまう。 マリアには「甘やかしすぎです」と注意されるのだが、こればかりは性格からか、どう しようもない大神だった。 しがみつくアイリスを柔らかく引き剥がしながら、目線を戻すと彼女の後ろに立つレニ の姿も見えた。 「レニも一緒かい?」 「……うん」 短い返事だが、普段と変わらないレニの様子に、小さく安堵の息を漏らす。 下の方で、モゾモゾと動く感触に目をやると、アイリスが頻りにレニに向かって視線を 送っていた。 レニの方もアイリスの視線を感じているらしく、軽く肯いているものの、その動きに変 化はない。 「レニぃ〜」 アイリスが急かすように声をかける。 それまで普段と変わらないレニの表情が、徐々に変化している事に気が付く。 何かを伝えようとするのだが、上手く表情や言葉に出来ずに頬が薄っすらと染まってい く…。 それは僅かな変化ではあったが、普段から彼女を良く知る者にとっては、驚くべき変化 だった。 「あのっ…」 言いかけては口を噤み、自分の気持ちを言葉に出来ないレニ…。 アイリスも固唾を飲みながら、真剣に様子を覗っている。 「どうしたんだい、レニ…?」 ─ぽふっ─ 目線を合わせ、彼女の頭に軽く自分の掌を載せる大神。 彼女を見つめるその瞳は何処までも透き通り、全てを包み込む優しさを湛えており、暫 らくすると、始めは驚いていたレニの表情も和らいだものになっていく…。 「うん…。僕達と一緒に散歩に行って欲しいんだ…、兄さん…」 反応を確かめるように、大神の表情を覗うレニ。 「よし、それじゃあ昼飯を食べたら、出発しようか?」 「えっ…、良いの?」 大神の返事に戸惑うように、レニが問い返す。 「もちろんだとも!大切な妹の頼みを断れる訳がないだろう?」 そう言って、彼女の頭の上に載せた掌で、柔らかな銀糸の様な髪を優しく掻き回す。 レニは少し擽ったそうに肩を竦めるが、その表情には確かな喜びが浮かんでいる。 「やったね、ちゃんと言えたね、レニ!」 大神の隣で彼女にウインクするアイリス。 大神によって跳ねた髪の毛を気にする事も無く、レニも笑顔を返す。 「うん!」 「とりあえず、昼にしよう!」 二人の様子を優しく見ていた大神が立ち上がる。 「うん、アイリスお腹ペコペコだよ〜」 大神の右手にぶら下がるようにしてアイリスが相槌をうつ。 「兄さん、僕も…」 幾分ぎこちないものの、大神の空いている左の指をそっと握りながら、レニも後を付い て行く。 大神は先端だけ握られた左指を器用に動かし、小さなレニの手を掌全体を使って包み込 んでやる。 「……」 大きな掌に包まれた自分の手を、興味深そうにレニは眺める。 「偶には…、兄貴らしい事も良いだろう?」 両眉をおどけた様に上げ、レニに伝える大神。 「うん」 どこか嬉しそうに答えるレニの表情は、年相応の少女のものであり、足取りも心なしか 軽いような気がする。 『兄と妹って、やっぱりこんな感じなのかなぁ…?』 大神自身も不思議と暖かな気持ちに、足取りを軽くしながら食堂への廊下を歩いて行っ た…。 ◇ ケースB さくらと紅蘭と織姫の場合 「あっ、居ったで〜」 自室のドアノブを掴んだ所で、声をかけられた。 隊員達の部屋の方から、パタパタと軽やかな足音が近づいてくる。 恐る恐る振り返ると、紅蘭・さくら・織姫らが此方に向かっていた。 『最後は彼女達か…』 心の中で覚悟を決めると、大神は少し引き攣った笑顔を浮かべて、彼女達を迎える。 ふと、数年前の深川での出来事を思い出してしまう。 年頃も近い為か馬が合うのか、彼女達は特に仲が良いと思う。 隊長として隊員同士の仲が良い事は好ましい事なのだが…。 しかし紅蘭の怪しい提案にさくらの思い込み、そして織姫の勘違いが加わった時、必ず 大きな騒動が起るのは、花組のお約束と化しているのだ…。 「哥哥!何をボーッとしてるん?」 思わず考え込んでしまっていたらしく、紅蘭の呼びかけに慌てて返事を返す。 「ごっ、ごめん…。ところで『哥哥』って…?」 「ホンマは小ちゃい子が使う言葉なんやけど…。中国の言葉で『お兄ちゃん』って意味な んや。ウチも一度言ってみたかったんや」 照れたように俯く紅蘭、おさげ髪が小さく揺れる様子と相俟って、その幼げな表情が堅 かった大神の表情を幾分和らいだものにする。 「私だって…、兄様っ!」 何故か紅蘭に対抗意識を燃やしたさくらも大神ににじり寄る。 その様子は、兄を呼ぶ妹と言うよりは、果たし合いを申し込む武士のような気合いの入 った物言いだったが…。 「チェリーさん、そんな事では駄目でーす」 織姫が両肩を上げ、さくらに駄目出しする。 「むぅ〜っ、だって、だって恥ずかしいんですよ?」 さくらの思い込みをもってしても、恥ずかしいものらしい…。 『そんなに恥ずかしいのなら、言わなければ…』 そう心に思う大神ではあったが、口が裂けてもその様な事は言えない。 言ってしまえば、さらに面倒な事態を招いてしまう事を、身を持って知っているからだ。 「ほんなら、織姫はんが見本を見せて欲しいわ」 「OKでーす!」 紅蘭とさくらが見守る中、織姫は大神の前に立って顔を上げて目線を合わせる。 「……」 織姫の真剣な表情に、大神は思わず喉を鳴らして言葉を待つ。 「おっ、お兄ちゃんサーン…」 「お兄ちゃんさん?」 「最後の『さん』は要らんとちゃうか?」 「別に良いデース!」 さくらと紅蘭の言葉に、頬を膨らまして横を向いてしまう織姫。 「なんや、織姫はんも照れてるんか?」 「違うですネー!」 結局、何時ものドタバタに発展する三人の様子を眺めながら、騒ぎを収めるでもなく、 この日何度目かの大きな溜め息をつく大神。 『なんだかんだ言っても、呼び方が変わっただけで何時もと変わらないじゃないか…』 ◇ ケース?? マリアの場合 「それは大変でしたね…」 大神が明日着る為のシャツとズボンを準備しながら、マリアは苦笑する。 「呼び方が変わっただけで、そんなに違うものなのかなぁ…」 ベットに足を投げ出し、頭の後ろで手を組んだ大神は、天井を見つめたまま言葉を返す。 「ふふっ…、判ってないですね、一朗さんは?」 マリアは両手で抱える、折りたたまれた大神のシャツで口元を隠しながら、意味深な言 葉を残す。 「えっ、どういう事?」 足を上げた反動で、勢い良く起き上がる大神。 しかしその表情は、マリアの言葉の意味を理解しているとは言えないものだった。 「御自分で考えてみて下さい…」 そう言って、クルリと大神に背中を向けるマリア。 「うーん…」 暫らく声に出して悩んでみても、答えは出てこない。 「マリア〜、降参っ!」 マリアの後ろ姿に、手を合わせる大神。 「一朗さんにとって、花組とは何ですか…?」 大神に背中を向けたまま、手を動かしながらマリアは口を開く。 「そうだなぁ…、俺にとっては大切な仲間であり家族であり…、いやそんな月並みな言葉 ではなく、もう俺の一部なんだろうな…」 一人一人の顔を思い出すように、大神は答える。 「私達も同じです…。心では繋がっている、家族だと思っています。 私は一朗さんの妻という公な立場にいます。でも、他の子達は世間の目から見れば、一 朗さんとは隊長と隊員、劇場関係者という間柄でしか括れないんです…」 「そんな事はっ!俺は……」 「判っています…。でも、言葉にして確認したい時もあるんです…」 大神の言葉を遮るように、話を続けるマリア。 何時の間にか、作業する手は止まっており、その視線は何処か遠くを眺めている。 「俺の力不足ってやつなのかな…?」 「そんな事はありませんよ…。ただ、人間は訳も無く不安になる時があるんです。一朗さ んの所為では・・・」 マリアから視線を外し、再び天井を眺める大神…。 幾分沈んだ雰囲気の中、マリアが洗濯物を畳む布ずれの音だけが聞える。 再び視線を戻すと、大神に向き直ったマリアの姿が目の前にあった。 前かがみになって大神の様子を覗うマリア。 「マリアはどうなの…?」 そんな彼女の頬に手を伸ばしながら問い掛ける。 「私は…、私は…」 咄嗟に言葉に詰まるマリア。 「やはり、不安になる時がある?」 彼女の頬から滑らかな顎にかけて指を滑らしながら、さらに問いを重ねる大神。 「不安という言葉を当て嵌めて良いのかは判りません・・・。でも、私も一朗さんとの絆を信 じて、感じていますから」 「自信を持って良いのかな…?」 「ふふっ、御自分で判断してください…」 マリアの言葉に安心したのか、大神の表情に和らいだものが混じる。 そんな大神の表情を見て、マリアも穏やかな笑顔で答えを返した。 暫くの間、無言で視線を交わす二人…。 「マリア…」 そのまま大神はマリアを引き寄せようと、彼女のうなじに手を伸ばす。 和らいだ表情の中、彼の瞳の奥に灯った秘めやかな感情を察し、マリアはするりと大神 の手を抜ける。 「一朗さんは行動では示してくれますけれど…。やはり、私も言葉にして欲しい時もあり ます…」 「えっ…、マリア…?」 空を切った手をそのままに、情けない顔をした大神が呟く。 大神の表情に苦笑いを浮かべながら、マリアは茶目っ気たっぷりな表情で言葉を返す。 「頑張ってくださいね、お兄ちゃん!」 「おっ、お兄ちゃん?」 驚いて口にぱくぱくさせている大神に、ウインクを残し背を向けるマリア。 「ふふっ…」 再び洗濯物を畳もうとするが、大神の表情を思い出し笑いが零れてしまう。 口に手を当てて堪えようとするが、可笑しさを堪えることが出来ない。 『少し可哀相だったかしら…。でも花組の為にも…、これからも良いお兄ちゃん、夫でい て下さいね、一朗さん…』 心の中でそっと大神にエールを送りながら、手を動かすマリア。 残された大神は、ただ彼女の姿を背中越しに眺めている事しかできない…。 『上手く躱されたのかな…?しかし、マリアにお兄ちゃんって呼ばれるのも悪くないかも しれない…』 先程のマリアの表情と言葉を思い出し、一人表情が緩む大神。 彼がマリアや花組にとって、良い夫・兄となる日までは、まだまだ時間が掛かりそうだっ た…。 ─Fin─ 後書き 無駄に長くなってしまったような・・・。 「花組のメンバー達は、大神さんが兄だったら何と呼ぶんだろう?」という小さな疑問 (?)からスタートしたお話だったのですが…。 花組全員に出番を作るってのは、本当に難しいですね(力不足です・・・) ウチの大神さんも、マリアや他のメンバー(扱いがぞんざいな人もいますが…)の為にも、 『イイ男』の人になって欲しいものです・・・(笑)




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