思いつき SS





甘いのはお好きですか? ─番外偏─ Written by G7 「あっ、加山隊長?」 帝国劇場、地下への階段の手前で、カンナは声を掛ける。 「やあ、おはよう。カンナくん」 目の覚めるような白いスーツと赤いシャツの組み合わせ、そんな格好を嫌味に感じさせ ない飄々とした雰囲気を纏った加山が挨拶を返す。 「ああ、おはよう。加山隊長…」 「どうしたんだ?朝から憂鬱そうな顔をして」 相変らずの捉えどころ無い笑顔だが、その洞察力はさすがに月組の隊長といった所だろ うか…。 そんな加山の言葉に苦笑するカンナ。 「お互い様だろう?加山隊長だって、浮かない顔してるぜ」 そう言って、互いに顔を見合わせて、笑いをかみ殺す。 「隊長の所に行くんだろ?」 「ああっ…、だがドアから入るのは緊張するなぁ」 加山が照れたように目尻を掻く。 そんな加山の様子を呆れたように眺めるカンナ。 神出鬼没の月組の隊長・・・。 そもそもは、大神がマリアと結婚する前の事だ、何時もの様に窓から部屋に入ろうとし た加山だったが…。 何故か(?)大神の部屋に居合わせたマリアに、エンフィールドで撃たれそうになる大 騒動があったのだ。 当初の予定では大神とマリアは、屋根裏を改装して新居とするつもりだったそうだが…。 結局、地下にある薔薇組の部屋を使う事になった。その決定の裏に何があったかは、その 発砲騒動を知る帝劇関係者の間では、暗黙の了解となっていた…。 「アタイは別の意味で緊張するよ…」 「そうだなぁ…、確かに二人の新婚オーラは凄いからなぁ」 「そうだぜ、この間なんて…」 そう切り出してから、カンナは先日の出来事を思い出す…。 ◇ 始まりは大神の一言からだった…。 元来、帝劇での食事は全員が揃って摂るものでは無かった。各々が決められた時間帯内 で食事をするといったスタイルだった。 しかし大神が隊長に就任してからは、全員が揃って食事をするようになった。 多分、個性の強い花組のメンバーの事だ、隊としての結束を強める為だとか規律が云々 といった理由では、不平不満が爆発した事だろう…。しかし、 「食事は大勢で食べた方が、断然美味しいじゃないか」 という満面の笑みに乗せた大神の言葉に、全員が不満も無く従う事になったのだ。 そして今日も 朝食の準備が整い、大神とマリアを呼びに行く事になったカンナ。 隊長である大神と、規律を重んじるマリアである。朝食に遅れるという心配は無かった が、隊員達の心遣いとして二人を呼びに行く事が習慣となっているが…。 カンナ自身、既に何回かは新居に遊びに行った事があったのだが…。 ドアの前まで来て、ノックしようとした瞬間だった。 「あら、一朗さん。ネクタイが曲がっています…」 ドア越しに聞える声は、確かにマリアのものだった。 今まで聞いた事が無いような、甘く恥じらう様な親友の声に、思わずノックを躊躇って しまう。 「ありがとう、マリア」 続いて聞える大神の声にしても、普段の威厳など微塵も感じないものだった。 別段悪い事をしている訳でもないのだが、何故か息を殺し会話に聞き入ってしまうカン ナ。 彼女もまたお年頃なのだろう…。 「マリア、行ってきますのお約束は?」 「そんな……」 「してくれないの?」 延々と続く甘ったるい会話に身体を掻きながらも、エスカレートする内容から耳が離せ なくなる。 『どこまで行くんだろう?』 徐々にドアに近づいていってしまう。 ─ドンッ─ 突然ドアが音を立て、耳を欹てていたカンナは驚きで飛び上がってしまう。 それでも声を上げなかったのは、さすが武道家といったところだろうか。 「一朗さん、離してください…。本当に遅れてしまいますよ」 「ダーメ、マリアがお約束をしてくれるまで離さない」 どうやら、大神がマリアを抱き寄せた際、勢い余ってドアに背中を預けた音らしい。 重厚な樫の扉でも、直に体を付けて話していれば、その声はいやでも良く聞えてしまう。 なまじ内容が内容だけに、声だけしか聞えないシュチュエーションが、逆にカンナの妄 想を逞しくしてしまう…。 ◇ 「っう訳で、二人が出てくるまで待ちぼうけって事があってさ」 「そうかぁ、大変だったなカンナくん」 「なんか、面白がっているように聞えるのは、アタイの気のせいか?」 幾分、刺のある視線を加山に送るが、当人は気にした様子も無く大袈裟な仕種で否定す る。 「ははっ、誤解だよ。でも、そんな事があったのに、何故又カンナくんが…?」 「そうなんだよ、アイリスやレニも一緒に来たがるんだけどよ…。あんなの二人に聞かせ られないし、教育上良くないと思うんだ」 「教育上?」 「そうだよ!あのまま隊長達がエスカレートして行ったら…」 「エスカレートねぇ」 「って何を言わせるんだよっ!」 自分の言葉の内容に赤面するカンナは、照れ隠しに拳を繰り出す。 「おおっと、失礼。何にせよカンナくんも大変だなぁ…」 勢いのある拳を余裕を持って躱しきり、笑顔を向ける加山に対して、カンナは真っ赤な 顔のまま何も言えなくなってしまう。 「まったく…。やりにくいよな加山隊長って…。こっちの考えが全部見透かされているみ たいでさ…」 加山の顔をまともに見られないカンナは顔を横に向けたまま呟く。 「そんな事は無いぞ、世の中判らない事だらけだ…。特に男女の事柄に関してはね」 そう言って、ウインクする加山に、つられて表情を和らげるカンナ。 「ふーん、加山隊長にも判らない事があるんだ。確かにかえでさんは手強そうだしな…」 「おいおい、誰も名前は言ってないぞ」 「へへっ…。お返しだよ、加山隊長」 幾分、困った様な表情の加山に対し、今度はカンナがウインクを返す。 互いに自然と笑みが漏れる。 「「ははっ…」」 「どうしたんだ、二人とも?」 二人が笑いあっていると、階段から大神達が上がって来た。 「よっ!おはよう、おふたりさん!」 「今日は良い朝だなぁ、おはよう大神にマリアさん」 互いに笑みを浮かべたまま朝の挨拶をする。 そんな二人の様子に、大神もマリアも顔を見合わせるが、答えは出てこない様子だった。 互いに頭の上に疑問符を灯したまま、一応の挨拶を交わす大神とマリア…。 「朝から何かあったのかい?」 大神が問い掛けるが、二人の笑みは深くなるばかりだ。 「なんでもないよ隊長。それより、朝食の準備が出来たみたいだぜ」 「ありがとうカンナ…」 釈然としない表情のまま、どうにか返答するマリア。 「そうだな大神ぃ、俺の話も朝食を摂りながらしようか…」 どうやら今朝は加山も参加しての朝食になるらしい。 「そうだな、食事は大勢で食べた方が美味しいからな。それじゃあ、食堂へ行こう」 大神の一声で、食堂に向かい廊下を歩き出す四人。 和やかな雰囲気の中、加山が首を捻りながら一人呟く。 「うーん、調子が出ないなぁ、大神に主導権を取られているようで…。やはり登場の仕方 がまずいのかな?」 「今度の部屋には、お前が入ってこられる窓はないからな」 加山の言葉に釘をさす大神。 「窓が駄目なら…。穴でも掘って床から登場しようか…」 「加山隊長も懲りないねぇ。今度は本当に撃たれるぜ、自分の掘った穴が墓穴になっちま う」 呆れた表情でカンナが加山を見つめる。 「カンナっ!もうその事は…」 恥じらいに頬を染めたマリアが、柔らかくカンナを睨む。 「ははっ…。加山、そういうのを『墓穴を掘る』っていうんだぞ」 軽くマリアを引き寄せ、カンナと加山を追い越しながら大神が得意げに言葉をかけてい く。 食堂に歩いて行く二人を見送りながら、得意の諺でお株を奪われた加山は、複雑な表情 でカンナに視線を送る。 「加山隊長…。ホントに墓穴を掘ったって感じだね…」 カンナも既に『幸せなオーラ』を発している二人を見送りながら、溜め息をつく。 「大神ぃ、お前が結婚してから俺は寂しいぞぉ…」 「まぁ、加山隊長も飯でも食って、元気出そうぜ!」 勢い良く加山の背中を叩いてから、笑いながら歩き出すカンナ。 少し咽込みながらも、加山もカンナの後をついていく。 帝劇の一日は、まだ始まったばかりである…。 ─Fin─ 後書き 一応コメディータッチで仕上げたつもりですが…。 G7のSSでは、大神くん×マリアが殆どなので、偶には周囲にもスポットを…。って事 で書き始めたモノです。 と、大層(?)な事を言っていますが、実際は妄想の膨らむままに書いてしまいました。 でも加山って本当に『いい人』ですよね(笑)今度は是非カッコイイ加山隊長にチャレン ジしてみたいです。




戻る