1500Hit 記念 SS





1500Hit 記念 SS 「explosion」 Written by G7 ─ゴンッ─ 球同士がぶつかり合う、重く乾いた音が遊戯室に響く。 視線の先で、9番と印された球がポケットに吸い込まれていく。 しかし続いて、白色の手玉まで9番ボールの後を追って、ポケットインしてしまう。 私は手玉も拾わずに台の上に腰を下ろし、チョークをキューの先に擦り付ける。 微かに飛び散るチョークの破片が、ゆっくりと床に落ちていく。 『隊長、今日も来ないのですね…』 破片に目を細めながらも、私は尚もチョークを擦り付ける作業を続ける。 先日のスパイ事件の後、帝劇に戻った大神は多忙を極めていた。 サキがいなくなり、その彼女自身の問題も含め、連日遅くまで華激団としての職務に追 われている。 深夜まで、加山隊長などと協議を重ねる事も多いようだ。 部署は違えど現場の指揮官である二人だ、今後の対策を含め話し合う事は多いのだろう。 目の前に映るテーブルの上には、黒色の8番ボールだけが残っていた。 「私も一人…」 小さく呟いてから、腰を上げてキューを構え直す。 片目を閉じて、真剣な表情で狙いを定める。 視線の先の黒い球面が、彼の漆黒の瞳と重なった。 その表面に映る歪んだ自分の顔…。 『隊長の瞳には、私はどのように映っているのだろう…?』 己の迷いを断ち切ろうと、掛け声と共にキューを送り出す。 「ハッ!」 勢い良く弾かれた球は、何度かクッションを繰り返し右隅のポケットを目指す。 ─トンッ─ しかし穴に吸い込まれるように滑り込んでいった球は、ポケットの角に邪魔され跳ね返 されてしまう。 力無く転がる黒い球を見ていると、何故か乾いた笑いが漏れてしまう。 一人だけの遊戯室に笑い声が響く。 声が響く度に、この言いようの無い感情が増殖していくようで気持ちが悪かった。 しかし笑いを止める事が出来ない…。 ただ、壊れた蓄音機のように、私は笑いを繰り返すだけ…。 ◆ 消灯時間を廻った深夜、扉から漏れる光に彼がまだ起きている事を知った。 扉の前で軽く深呼吸して、気持ちを落ち着ける。 光と共に微かな話し声も漏れていた。 『加山隊長かしら…?』 話の途中に入っていくのは気が引けたが、意を決してノックする。 ノックの後の短い沈黙…。 「はい?」 椅子を引く音に続いて、此方に近づく靴音。 力強い特徴的な靴音が、近づいてくるのが大神である事を教えてくれる。 「マリア…。どうしたんだ、こんな遅くに…」 扉を開けた彼は、責める口調では無かったが、僅かな驚きを含んだ声で私を迎えた。 「報告書をお持ちしました…」 そう言って、私は手に持っていた報告書の束を差し出す。 「ありがとう、マリア。でも無理しなくても、明日でも良かったのに…」 労いの言葉が、何故か自分の張り詰めた感情を刺激する。 自分を思いやってくれている、それなのに…。 こちらを見つめる視線に、彼を見る事が出来ない私は俯いたまま返事をする。 「良いんです…」 「そんな事は無い、マリアにばかり負担は掛けたくないんだ、先日の疲れも残っている だろうし…」 彼が優しい言葉をかけてくれるほどに、私の心は掻き乱される。 いつもは、その声や言葉で心穏やかになれる筈なのに…。 ─ポタ・ポタッ─ 何時の間にか流れ落ちた涙が報告書に落ちる。 涙がインクを滲ませていく…。 「マリ…ア?」 小さく震えるように鳴咽を漏らす私に、彼は驚いて手を伸ばす。 私は彼の手を逃れるように、後ずさり報告書ごと自分の身体を抱きしめた。 「私・・・花・・・の・・・隊長です…」 俯いたまま呟いた言葉は、意味を伝える事無く消えていく。 「どうしたんだ、マリア!」 彼は後すざる私を追いかけるように、腕を伸ばしたまま一歩を踏み出す。 身を捩り、私はきつく自分の身体を抱きしめる。 強く、もっと強く…! 一度外れてしまった感情の箍。 抱きしめなければ、自分という存在が感情の奔流によってバラバラになってしまいそう だから…。 止めど無く流れ落ちる涙は止まらない、そして感情も…。 「私は花組の副隊長…」 顔を上げ、声を上げる。 瞳に溜まった涙が、顔を上げた勢いで周囲に零れ飛ぶ。 手を伸ばした彼の指先にも、その一滴が当たって弾けた。 「私は…、私は帝国華激団花組副隊長、マリア・橘です!」 彼は黙ったまま私の言葉に耳を傾けている。 「隊長、私はそんなに頼りないですか?私では貴方の力になれませんか…?」 心の奥底で渦巻いていた感情が爆発する。 始めは小さな嫉妬だった…。 加山隊長やかえでさんのように隊長から頼られたい…。 華激団の仕事に追われる隊長、当然華劇団の仕事も平行してこなしている。 日毎に疲れていく姿、隊員達の前では微塵もそんな素振りを見せないが、確実に疲弊し ているのが判る。 そう、毎日彼を見つめているのだから…。 それが自分の奢りだという事も判っている。他のメンバー達も当然気付いているのだ…。 仲間であったサキが、敵のスパイだったという事実は、彼女達にも相当な衝撃を残した。 ただ、彼女達は平穏に日常を送る事、明るく朗らかに振る舞う事で、彼に心配を掛けな いようにしているのだ。 しかし、私は…。 実働部隊の副隊長として、隊員達を纏め隊長をサポートする事…、それが自分の大切な 役目。 でも、もうそれだけでは満足出来ない自分がいる。 もっと彼の力になりたい、彼を支えてあげたい。 もっと彼に頼られたい、彼に寄り掛かって欲しい。 日々強くなっていく彼への気持ち、膨らんでいく想いは、今の自分の置か れている現状に満足できないのだ。 私はもう……。 「………」 無言のまま、彼は指先に付いた雫を口に含み、僅かに表情を曇らせる。 私はその様子を涙で曇る視界で、ぼんやりと眺めるしかできなかった…。 ◆ 「すみれ君のように上手く煎れられないけれども…」 私はベットの縁に腰掛けたまま無言で肯く。 顔を上げると、書類の散乱したテーブルに先程まで隊長達が飲んでいたのだろう、まだ 薄っすらと湯気を上げている二つのティーカップが見えた。 隊長に支えられるように部屋に入った時には、室内に人影は無く、ただ開けっ放しの窓 から入り込む風にカーテンが揺らいでいた。 加山隊長だったのだろうか? 今の自分を人には見られたくなかったので、その心遣いが嬉しかった。 「悪いね、ティーカップは使ってしまったものだから…」 漠然と部屋を眺めていた視界に、中腰になった隊長が映る。 力一杯に握り締めていたからだろうか、血の気が通わず真っ白になった私の指を一本ず つ解きほぐしていく隊長。 そうしてから、私に両方の掌で包み込むように、暖かいマグカップを握らせた。 「ありがとうございます…」 何とか言葉になった謝辞の後、カップに口を付ける。 少し強めの芳香が口の中に広がっていく。 気を利かしてブランデーを入れてくれたようだ。 しかし、酒の量が多い為か紅茶が完全に消されてしまっている。 「ごめん、ちょっと入れすぎたかな?」 視線を移すと、苦笑気味に自分のカップに並々とブランデーを注ぐ彼の姿が見えた。 酷いジャム抜きロシアンティーだったが、不思議と心が落着いてくる…。 部屋の中を静寂が包み込む。 だが、決して嫌な沈黙ではない…。 落着いたからだろうか、隊長の視線を暖かいと感じる事ができる。 「落着いた?」 優しい視線を向けたまま、沈黙を破る隊長。 「すみません、取り乱してしまいまして…」 「俺の方こそ…、マリアの気持ちに気付かないなんて…。これじゃあ、隊長どころか恋人 失格だよな」 彼は一気にカップの中身を空けると、自嘲気味に呟いた。 「違うんです…、最初は嫉妬だったんです…。でも、だんだんと色々な感情が混ざり合っ て、自分でも押さえ切れなくて…」 幾分落着いてきたが、先程の感情を思い出すと胸が苦しくなってくる。 「これ以上、隊長を好きになってしまったら…。私、どうなってしまうんでしょうか? 恐いんです、あの感情が強くなっていくようで…」 サイドテーブルにカップを置き、再び自分の身体を抱きしめる。 「マリア…」 視線を上げると、目の前に彼の気遣わしげな表情が広がる。 彼の瞳に映る自分の姿…。 先日の遊技室での出来事を思い出してしまう。 そんな私を見つめながら、中腰のまま彼は話を続ける。 「俺も嫉妬することがある、それは誰にでもある感情だと思う。 普段、花組の隊長として清廉潔白な男でありたいと振る舞っても、心の奥底のドロドロし た嫉妬や猜疑心に流されそうになる事もある…。 ましてや愛する人だったら、愛すればこそ、そういった感情は強いものになると思う。 でも、相手に対する思いが強ければ、逆に昇華する事も出来ると思う…、出来る筈なん だ」 「昇華ですか…?」 「そう、想いは強さに変わり、何者にも負けない不変の愛へと昇華するんだ」 言い終わって、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。 「少し仰々しかったかな?でも、そうあって欲しいと俺は思っている」 「隊長っ!」 涙で揺れる視界の中でも、なにも考えずに身体を投げ出す。 とにかく全身で彼を感じたかった。 隊長は、彼は必ず受け止めてくれるから…。 「わっ!」 流石に中腰では勢いを殺しきれずに、そのまま倒れ込んでしまう。 けれど彼の腕は、しっかりと私の背中に廻されている。 押し倒すような形で、床に寝そべる私達…。 「隊長…、私は隊長を好きでいて良いのですね?どんどん好きになって構わないのです ね?」 「勿論、マリアのどんな想いだって受け止めてみせるさ…」 そう言って笑う彼の顔に、私の涙が止めど無く落ちていく…。 零れ落ちた一滴が、彼の唇を伝う。 「おかしいですね、涙が止まりません…」 「構わないさ…。マリアの涙、先程と違ってとても甘いから…」 喜びや羞恥などが入り交じり、咄嗟に彼の胸に深く顔を埋める。 目を閉じるが、溢れ出る涙はゆっくりと彼の胸を濡らしていく。 でも暖かい…。 「隊長…、少しだけこのままで…」 返事の代わりに、背中に廻された腕が強くなる。 『今までも、これからも…、貴方が好きです。 どんどん大きくなるこの想い、受け止めてくださいね、隊長……』 ─Fin─ 後書き 1500Hit 記念 SSです。 時間軸的には「2」の6〜7話の間くらいで…。 説明しないと分かりにくいかもしれませんね(汗)




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