1000Hit 記念 SS





『婚約を交わしても、何も変わらない…』 婚約、エンゲージメント…。 古今東西、言い方は違えども、その中身は変わらない。 かく言う自分も、つい先日、婚約を交わしたのだが…。 勿論、彼女に対する想いは変わらない。 ただ、今一つ実感が無いのだ。 ベットに寝転がりながら、一人物思いに耽ける。 彼女と二人で、帝劇の面々に報告をした時は緊張したが…。 薄々と感じていたのだろう、驚きの言葉より祝福の声が多かったのは嬉しかった。 しかし、婚約と言っても結婚の約束を交わしただけであり、生活の方は今までと殆ど変 化が無い。 変化があったといえば、米田長官や加山など、何故か酒の席に呼ばれる事が多くなった 事だろうか。 帝劇と帝激、二つの引き継ぎに追われ、結婚自体は身辺が落着いてから…、という大雑 把な取り決めしかしていないのが現状なのだ。 『今まで待っていられたのです。一朗さんを信じていますので、大丈夫ですよ』 そう言って、はにかむ彼女を思い出す。 出会ってから4年以上が経つ…。 考えてみると、随分と彼女を待たせてしまったと思う。 その分、幸せにしてあげたい、幸せになっていきたい…。 実際、今の所はお互いに別々の部屋で寝起きしているし、日常も変化はない。 婚約を実感させる物といえば、贈った指輪のお返しに貰った、このネクタイピンだけだ ろう…。 「あれっ…?」 緩めてあったネクタイに目をやると、タイピンが無い事に気付く。 最近は職務上、軍服を着る事も多くなった。しかし、帝劇で仕事をする時は、必ず着け ていた筈なのだが…。 彼女の方も、帝劇の女優として表に出る時は指輪を外していた。 結婚するまでは、無用な混乱を避ける為である。 「どこで外したっけな…?」 ベストの胸ポケットやズボンも探してみるが、それらしい感触は無かった。 思い返してみるが、タイピンを外した記憶が無いのである…。 「落着け、よーく思い出してみろ…」 焦る気持ちを落ち着けようと、大きく深呼吸してからベットに腰掛け直す。 「昨日は、賢人機関の会議に出席して…。その後、加山に誘われて酒を飲んだ事までは憶 えている…」 口に出してみるものの、酒が入った後の記憶が曖昧になっている。 「その後、マリアが止めるのも聞かずに、酔ったまま見回りに出かけたんだっけ?」 そして、今朝起きて顔を洗って着替えた時には、タイピンは無かった様な気がする…。 「……どうしようか…」 顔面から血の気が引いていくのが判る。 タイピン自体も勿論だが、彼女との「約束」の品を無くしたという罪悪感…。 戦闘時など、迅速で的確な判断を導き出す「士官学校主席卒業」の頭脳も、今はただ空 回りするだけだった…。 1000 HIT 記念 SS 探し物と見えない想い Written by G7 「マリア…」 「一朗さん…」 稽古後の楽屋に秘めやかな声が聞える。 「僕と結婚して欲しい…」 「うん!いーよ」 ぎこちないながらも、指を絡める二人…。 「駄目ですわっ!」 「アイリス、もうちっと雰囲気を出さんとなぁ…」 駄目出しをする紅蘭とすみれに対し、さくらが間に入る。 「まぁまぁ、これは大神さんとマリアさんのプロポーズがどんなものだったか、想像して みようってお遊びなんですから…」 マリアを抜かした花組のメンバー達。 手を繋いだままのレニとアイリスも不満そうに顔を向ける。 「でも、相手に気持ちを伝えるのは、シンプルが一番…」 「ぶーっ!それじゃあ、すみれがお手本をみせてよー」 「おっし、任せとき、ウチが大神はんとマリアはんのプロポーズをバッチリ再現したるか らな!行くで、すみれはん!」 「宜しくってよ、紅蘭」 勢い良く立ち上がり、向き合う二人。 「マリアはん…、違う。マリア…」 「一朗さん…」 ゆっくりと手を取り合い、寄り添う二人…。お遊びとはいえ、さすがに舞台女優である。 周囲からは感嘆の溜め息が漏れる。 「俺に…、俺に君の作った美味しい味噌汁を毎日飲ましてくれないか?」 紅蘭の台詞に唖然とする一同…。 「紅蘭!!」 すみれが柳眉をあげる。 「まぁ、一応お約束やし…」 紅蘭も周囲の引き具合に、幾分表情が引き攣っている。 「しょーがねぇ、真打登場か?」 両手を軽く打ち鳴らし、カンナが座の中央に歩み寄る。 「いくぜっ…」 一言呟くと、立っているすみれの腰を引き寄せる。 勢いがあるものの、添えられた手はどこまでも優しい。 「カっカンナさん!?」 驚いたすみれはカンナの顔を見上げる。 「一朗さんだろ?マリア…」 甘く囁くように顔を寄せるカンナ。 「えっ…」 カンナの視線から目を離せないすみれは、薄らと頬を染めて肯く。 「はい…、一朗さん…」 二人の息の合った真迫の演技に、喉を鳴らす一同。 「俺は不器用な男だから上手く言葉に出来ない…。だから、君を抱きしめる。俺の想いが 君に伝わるまで…」 「伝わってきます、貴方の想いが…」 カンナの背中に手を回し、ゆっくりと肯く。 「マリア…」 「一朗さん…」 静かに目を閉じた二人の距離が近づいていく…。 「お取り込み中のところ、申し訳がないんだけれど…」 部屋の中の全員が声の方向を向く。 心なしか生気の無い表情の大神が、ドアから顔を覗かせていた。 「たっ隊長!」 驚いたカンナが顔を戻そうと、振り返った瞬間。 ─ゴン─ まだ目を閉じていたすみれの顔面と衝突してしまう。 「ぎゃっ!」 「うわっ!」 お互いに顔を押さえて蹲る二人…。 「大神さん、どうしたんですか…?」 二人の姿を隠すように、大神の前に立つさくら。 「いっ、いや、ちょっとね…」 「何かあるんですか?」 要領を得ない大神の態度に、さくらは訝しげに尋ねる。 「何でもない、何でも…」 意味を成さない言葉を残しながら、部屋を後にする大神。 その様子に、部屋の中にいた一同は首を傾げる。 「何やったんやろう…?」 「お兄―ちゃん、元気なさそうだったよ」 「あの態度は絶対何かあるデース」 「ちょっと、変でしたよね?」 まだ蹲っている二人を放っときながら、それぞれに考えを巡らす面々。 「ひょっとして…」 閃いたようなレニの言葉に一斉に彼女を振り向くメンバー達。 この後、大喧嘩に発展したカンナとすみれを余所に、密談は遅くまで続いていった…。 ◇ 「どうしようか…」 帝劇のロビーで一人、大神は途方に暮れていた。 あの日、タイピンが無くなった事に気付いてから数日が経っていた。 心当たりのある場所を片っ端から探してみたものの、それらしい物は見つからない。 加山にもそれとなく聞いてはみたものの、手がかりは掴めなかった…。 周りに気取られないように探しているつもりだが、薄々は感づかれているかもしれない。 昨日辺りから、妙に花組の面々が心配そうな顔で近づいてくるのだ。 元々、自分は上手に嘘がつけるタイプではないのだ…。 その内にボロが出て、マリアの耳にも届く事だろう。 彼女には他人の口からでなく、自分から真実を伝えたい…。 「正直に話すしかないかな…」 呟いて深い溜め息をはく。 多分、正直に彼女に打ち明ければ、彼女は許してくれるだろう。 自分の己惚れかもしれないが、きっと許してくれると思う…。 しかし、その優しさに甘える訳にはいかないのだ。 プロポーズをして、婚約指輪を渡した時のマリアの表情。 瞳に沢山の涙を浮かべながらも微笑んでくれた彼女…。 いま思い出してみても、胸が熱くなる。 その笑顔を曇らせたくない、絶対に守ってみせる…。 そう心に誓ったはずが、この体たらくだ。 普段、上司や年長者として偉ぶっているものの、結局の所は彼女にベタ惚れなのだ。 「はぁ〜、あやめさん、俺はどうしたら良いのでしょうか…?」 窓の外を眺めてみるが、どこまでも広がる青空しか見えない。 「俺の心は荒れ模様なのに…」 青空に愚痴りながら、大神は足取り重く、テラスに向かう階段を上がっていった。 ◇ 「マリッジ・ブルー?」 驚いたマリアの声に全員が肯く。 「一朗さんが、マリッジ・ブルーだというの?」 「そうなんです…。最近、大神さんの様子が変なので、私達心配で…」 さくらの言葉を紅蘭が引き継ぐ。 「何か思いつめた様な表情だったり、ウチらと会ってもコソコソしたり…」 「とにかく、らしくないって感じなんだよ」 カンナも相づちを打つ。 「総合した結果、マリッジ・ブルーの可能性がある…」 皆の意見に耳を傾けつつ、マリアは自分の左手を眺めてみる。 「まぁ、一朗さんの様子がおかしいのは気付いていたけれど…」 確かにここ数日、彼の様子がおかしい事は気がついていたのだが…。 「理由は大体、見当がつくから…。マリッジ・ブルーでは無いと思うわ…」 「そうなんですか?」 「流石、マリアはんやなぁ。ウチらに判らん事でも判ってしまうなんて…」 マリアの言葉に一同、尊敬と憧れの視線を送る。 「伊達に付き合いが長い訳じゃあ無いって事だな」 カンナが納得した様子で首を振る。 「そうね、確かに出会ってから随分経つけれど…。ただ時間を重ねてきたってだけではな いもの。お互いに、想いを…、約束を積み重ねてきたから…」 そう言って微笑むマリアに、全員が何も言えずに惹きつけれる。 「いいなぁ〜。アイリスも何時かそんなふうになれるのかなぁ?」 「あら、アイリス達だって同じ筈よ。私だけではなく、皆も同じ様に想いを積み重ねてい るのだから…」 目を瞑り、自分の胸に手を当てるマリア。 他のメンバー達も同じ様に胸に手をやる。 サロンが暫しの静寂に包まれる。徐々に彼女達の顔に暖かい笑みが浮かぶ。 「そうですわね…。私達も同じなのですわ…」 軽く息を吐いて、すみれが顔を上げる。 続けて顔を上げていく彼女達の表情は、皆晴やかなものだった。 「でも、約束って?マリアはお兄ちゃんと、たくさん約束したの?」 「ええ…、そうよ」 アイリスの頭を撫でながら、優しく言葉を紡ぐマリア。 「もちろん、プロポーズもですよね?」 さくらは興味津々といった様子で身を乗り出す。 「ふふっ、どうしたというの?」 「ワタシも凄く、聞いてみたいデース」 マリアの方ににじり寄るメンバー達。 「それは、秘密よ…。貴方達にも、きっと自分だけの言葉が聞けるはずだから、だからそ の時まで、楽しみに待っているのよ」 マリアは苦笑しながらも、柔らかい口調で追求を躱す。 「それじゃあ、隊長の不信な行動の理由は…?」 幾分残念な表情ながら、レニが尋ねる。 「それは…、本人から聞くのが一番なんじゃないかしら…。ねぇ、一朗さん?」 テラスの方を向きなら、マリアが声を掛ける。 「「「「「「「えっ?」」」」」」」 マリアの言葉に一斉に顔を向ける彼女達。 ◇ 「マリア…」 テラスの影から、情けない表情の大神が歩いてくる。 「大神さん、ひょっとして聞いていらっしゃったんですか?」 羞恥に顔を染めながら、さくらが口を開く。 「ああ…。隠れるつもりはなかったんだけどね…」 バツが悪そうに頭を掻く大神。 「そんなら話しは早いわ、大神はんホントの所はどうなんや?」 紅蘭を先頭に、大神に詰め寄るメンバー達。 迫って来る彼女達を、両手で軽く制してから大神は口を開いた。 「俺は別に、マリアと結婚する事、婚約する事に不安や悩みは全く無い。今回皆に心配を 掛けたのは、俺自身の問題だったんだ…」 そう言って一端言葉を切り、一人残っていたマリアの方へ歩み寄る。 彼女も黙って、大神が近づくのを待っている。 互いに半歩の距離で見詰め合う。 大神から発せられる緊迫した雰囲気に、後ろで控えるメンバー達も固唾を飲んで見守っ ている。 「マリア…」 やがて意を決したように大神が口を開く。 「はい…」 マリアは落着いた表情で大神の話を聞いている。 「実は、タイピンの事なんだけど…」 「タイピンですか?」 幾分彼女の言葉が芝居掛かっている事に気付きながらも、大神は話を進めた。 「そう、マリアに貰ったタイピンだけど…」 大神が言葉を言い切る前に、マリアが遮るように言葉を挟む。 「これの事ですか?一朗さん」 ポケットからハンカチを取り出し、ゆっくりと開いていく。 「あっ!」 銀色に光るネクタイピン…。 確かに彼女の左手に光る物と同じ色のタイピンがそこにはあった。 「一朗さんが、酔われて帰ってこられた晩、見回りに行くと言って着替えた時に、私に預 けたではないですか」 「そうだっけ…?」 「そうですよ」 あまりに急な展開に、暫し呆然とする大神。 「何でマリアに預けたのかな…?」 「さぁ?私も酔っ払いの心情までは判りかねます」 「ごめん、マリア…」 この状況に安心して良いのやら、大神は複雑な表情だった。 「一朗さんが取りに来られないので、もう要らない物かと思いました」 マリアは少し意地悪な笑みを浮かべながら、大神にタイピンを差し出す。 彼女の言葉にも俯いたまま黙っている大神。 「一朗さん…?」 マリアが心配そうに大神の顔を覗き込む。 「マリア!本当にゴメンっ!」 タイピンを差し出す彼女の掌ごと、自分の両手で握り締める。 「……」 マリアは無言で大神を見詰める。 「タイピンの事だってそうだけれど…、マリアに本当の事を言えなかった事が…」 「もう良いんです。私も早く言えば良かったのですから…。一朗さんを試すような事をし てしまって、すみません…」 「俺の方こそ、君にそんな思いを抱かせるなんて、男として情けないな」 「大丈夫ですよ、あの時の言葉…。私は信じていますから…」 残されたメンバーを余所に、完全に二人だけの世界を作り上げる二人。 「なぁ、アタイ達って…」 「完全な空回りですわね…」 互いに顔を見合わせながら、諦めに近い表情を交わす。 「でも…」 「でも?」 レニの呟きにさくらが反応する。 「あの時の言葉って…」 「そうやなぁ、やっぱプロポーズの言葉って奴やろうなぁ」 紅蘭も話に加わり、他のメンバーも次々に輪に入ってくる。 「気になりますわよね…」 「聞きたいよねーっ」 話に花を咲かせるメンバー達を眺めながら、思いを馳せる大神。 『婚約を交わしても、何も変わらない…』 数日前に考えていた言葉が頭を過ぎる。 あの時は思い付きもしなかった事、気付かなかった事…。 確かに変わっている。いや、確かなものになっているのだ。 生活や言動ではない。 婚約という約束を交わした事で、彼女との心の結びつきが、強く掛替えのないものにな っているのを確かに感じる。 ほら、今だって…。 横を向くと、同じ様にこちらを向いた彼女と目が合う。 言葉は無いが、無言で彼女の腰を引き寄せる。 視線の先には、話に夢中になっているメンバー達。 お互いに優しい眼差しで彼女達を見守っている。 『婚約を交わして、確かに変わった事がある…』 そう、確かに変わって行くのだ…、しかしこの想いは決して変わらずに…。 ─Fin─ 後書き 1000HIt 記念 SSです。 指輪や贈り物に関してですが、私の周囲では・・・。 朝、会社に来て「指輪」を外す男性が多いんです(笑) 好き嫌いは別にして、少し悲しいですよね・・・。 年に数回、「指輪が無い」って騒ぎになります(笑) さて、今回のSSですが、婚約って結婚の約束を交わす事は 勿論ですが、「プロポーズ」の言葉ってのが大事なのでしょうね? 私自身、経験が無いので判りませんが・・・(笑) 今回、大神さんからマリアへのプロポーズの言葉はあえて書き ませんでしたが・・・。 ゲーム中で、それらしい事は何度も言っていますし(笑) 私がマリアだったら、絶対プロポーズと勘違いしそうです。 婚約という微妙な期間が表現できていたら・・・、と思います。




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