500Hit 記念SS





カーテンから漏れる月明りに、自然と瞼が開く。 彼は私の隣で、向い合うような格好で寝ている為か、差し込む光に気付く様子も無い。 月光を避けるように、彼の胸へ潜り込む。 目を瞑りながら、大きく息を吸い込んでみる。 胸の中が彼で充たされていく…。 その心地良い感覚を楽しみながら、私は再び眠りの世界に落ちて行く…。 再び目が覚めると、彼は既に起きてしまったようで、抱きしめようと伸ばした手は空を 切る。 代わりに抱きしめたシーツはまだ暖かく、彼の温もりを残していた。 「珍しいわね…。私より早起きをするなんて…」 覚醒しきっていない頭の中で、纏まらない思考をそのまま口にする。 取り敢えずカーテンを開こうと体を起こす。 上体を起こすと直に外気を感じ、自分が何も着けないまま寝ていた事に気付く。 辺りを見回すが、昨夜脱ぎ散らされた寝間着は、ベットの遥か向こうで丸まっている…。 一瞬、昨夜の出来事を思い出して、顔が火照ってくるのが判った。 数え切れないほどに彼と愛を交わしてきた…。 しかし未だに二人で迎える朝に慣れる事ができない。 仕方なく手元のシーツを巻き付け、一気にカーテンを開けた。 「んっ…!」 視界に飛び込んでくる朝の陽光に、目を細める。 「おはよう、マリア」 後ろから聞える彼の声に、一番の笑顔で振り向く。 今日、彼が最初に見る私の顔、最高の笑顔を見て欲しいから…。 「おはようございます、一朗さん」 500Hit 記念SS 「甘い」のはお好きですか? ─起床偏─ Written by G7 「マリアもブラックでよかったよね?」 ベットの縁に腰掛けたまま、彼の差し出すマグカップを受け取る。 「はい、ありがとうございます」 香ばしい薫りが鼻孔と寝起きの頭を刺激する。 カップから立ち昇る湯気越しに、彼の顔を見上げた。 「……っ!」 「どうしたの?」 蕩けるような優しい表情。 普段から周囲に笑顔を振り撒いている彼だが、この瞳の奥に愁いを秘めた表情は、私だ けのものだ…。 しかし、今はその顔を見る事が出来なかった。 寝間着の下だけを着けて、上半身は引き締まった素肌を曝したままの彼。 私の肩に手を置きながら、回り込むようにして隣に腰を下ろす。 何も言えないまま俯いてしまった私に、覗き込むように顔を近づけてくる。 「上着を…、着てください…」 「えっ?」 聞えなかったらしく、更に近づいてくる彼…。 「上着を着てくださいっ!」 思いの外、強くなってしまった声に、カップの水面が小さく揺れる。 「なんで…?夫婦なんだし、別に構わないんじゃないかなぁ?」 まだ理由が判っていないらしく、不思議そうな表情で首を捻っている。 「カーテンも開いていますし…」 「男だもの、気にしないよ」 「違いますっ!そのっ…、身体に付いた…」 真っ赤になった私は、そこまで言うのがやっとだった。 私の言葉に、自分の身体を見返した彼は、納得したように肯いた。 彼の身体の所々に付いている紅い跡…。 引き締まった身体を照らし出す朝日が、より克明に刻まれた紅を浮き立たせていた。 「そんなに隠すものじゃあ無いけどなぁ…。だって、マリアが俺を愛してくれたっていう 証なんだからさぁ…」 そう言って、彼はおどけて胸を反らす。 「もうっ!ふざけないでください」 「本気だよ。マリアは愛してくれてはいなかったの?」 そう言って、少し拗ねたような表情で、私を見つめる。 「ひっ卑怯です…。愛していないわけが、無いじゃありませんか…。ただ…、一朗さんの 身体を見る度に、昨夜の自分を思い出してしまって…」 彼の視線を逸らし、覗き込んだマグカップに複雑な表情の自分の姿が映っている。 「それじゃあ、こうすればいい」 肩に廻された腕に力が入る。そのまま彼の方へ引き寄せられる。 「きゃっ…!」 手に持った珈琲を零さないように慌てていると、少し高い体温が直に伝わってきて、彼 の胸の中にすっぽりと収まっているのに気付く。 「これだったら、お互いの顔だけしか見えないだろう?」 私の耳元に顔を寄せ、囁かれる。 擽ったさに身を縮めながらも、どうにか言葉を紡ぐ。 「これでは、珈琲が飲めませんけど?」 「ブラックばかりでは、体に悪いよ…。偶には「甘い」のもね…」 耳朶に感じる吐息に、徐々に別の熱さが混じってくるのが判る。 「そういえば、一朗さんがブラックなんて珍しいですね?」 彼のアプローチを逸らかすように、身じろぎながら話題を変える。 「そうだね…。昨日は甘いものを沢山食べたからね」 そう言いながら苦笑気味に、手の中のマグカップに口を付ける。 そんな彼の表情を眺めながら、昨日アイリスやさくら達とシュークリームを作った事を 思い出す。 「随分と食べていたようですしね」 次々と差し出されるメンバー達の「自信作」を困った顔をしながらも、最後まで残す事 無く食べきっていた。 「ははっ…。さすがに、胃に凭れてしまってね。偶には苦いのも良いかなって…」 「一朗さんが、良い顔ばかりするから…、自業自得です」 意識したつもりはなかったが、言葉尻に僅かな刺を含んでしまう。 「大丈夫。こういう顔を見せるのは、マリアの前だけだから…」 再び彼の唇が私の顔に近づいてくる。 「甘いのは、お腹一杯なのでは?」 私の言葉に、子供の様な満面の笑みを浮かべる彼は、そのまま私の腰に優しく手を廻す。 「マリアは、別・腹♪」 今日も慌ただしい出勤前の様子を予感しながらも、私はゆっくりと瞼を閉じて彼に答え た…。 ─FIN─ 後書き 500Hit 記念SSです。 リクエスト通り「らぶらぶ」なお話になっていたのでしょうか? 和三盆(お砂糖の名前です)の様な上品な甘さを追求したかったのですが…。 合成甘味料って感じな「ベタ」な甘さになってしまいました…。




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