111Hit 記念SS






─それでは、今回の旅を振り返って、お二人の感想をお願いします。 マリアさん 「そうですね、今回の旅行で感じた感動を今後の舞台でも生かせたら良いと思います」 カンナさん 「美味い物も食えたし、いい気分転換になったよ。この元気を舞台でも見せるからよっ!」 ─それぞれの感想を述べた所で、今回の旅行記を締めさせて頂きます。今後の舞台でのお 二人の活躍を期待しながら…。 次回の旅は…。 ここまで原稿を書き終えて、大きく背伸びをする。私が生まれるよりも早く作られた木 製の椅子が、ギシギシと抗議の声を上げる。 「ハイハイ、労って使いますよ。おばあさん」 椅子の肘掛けを優しく摩りながら、私は机の上に目をやる。 書き損じた原稿用紙と冷えてしまった珈琲。 完成まで後少しの原稿の横に置かれた写真の束。 徐に一枚の写真を取り上げ、頬杖をつきながら眺めてみる。 「この写真、使おうかなぁ…」 写真の中で互いに笑い合っているマリアさんとカンナさん。普段の舞台やインタビュー では見る事の出来ない、特別な笑顔…。 「うーん…」 写真を持ち上げたまま、机の上に突っ伏してしまう。 誰もいない編集部には、私の呻き声だけが響いている。 今夜も当分帰れそうにない予感を胸に、私はそのまま目を瞑った…。 111Hit 記念 羽衣の松と天女の想い Written by G7 「取材旅行ぅ!?」 大帝国劇場の支配人室にカンナの驚きの声が響き渡る。 目の前の米田は耳を押さえながら、話を続けた。 「そうだ。今回、帝都画報社の依頼で、お前ぇ達二人に静岡は清水に旅行してもらい、そ の様子を記事にしたいっていう話だ」 「しかし、私達は華激団としての任務もあるので、帝都を空ける訳には…」 そう言って、マリアは米田の横に控える華激団隊長としての大神に助けを求める。 「行ってきなよ、マリアもカンナも偶には羽根を伸ばしてくるといい。現在は目立った敵 も現われていないし、俺や残りのメンバーでも大丈夫だから」 大神はその包み込む様な表情で言葉を終えると、かえでに目配せした。 「そうよ、これは華劇団としての正式な仕事なのだから。この企画が好評なら、次も考え ているって話しだし…」 「そういう訳で、宜しく頼むわっ!」 大神、かえで、米田と、三人の笑顔に囲まれて、マリアは渋々と首を縦に振るしかなか った。 「清水かぁ〜、やっぱ魚が美味いんだろうなぁ」 すでに旅行での食事に思いを馳せているカンナを肘で小突きながら、マリアは支配人室 を後にする。 『清水か…。どんな所なのかしらね…。仕事なのだし、下調べはしておかないと』 突然の旅行への戸惑いと興味を胸に、マリアは図書室に向かった。 「うぉ〜っ!海が近づいてきたぞぉ!」 蒸気タクシーの後部座席の窓を全開にして、カンナが声を上げる。 「あまり身を乗り出したら危ないわよ、カンナ」 カンナのジャケットの裾を引っ張りながら、マリアも入り込んでくる潮の香りを吸い込 んでみる。 未だに水に対しての恐怖心はあるものの、瑞々しい潮の香りは、何処か懐かしい思いが する。 「お二人って、本当に仲が良いんですね」 シャッターを切る短い機械音に、顔を前に向ける。 助手席から身を乗り出す様にして、後部座席に坐る私達の写真を撮る女性。 日本人の中でも小柄な部類に入るであろう、華奢な体躯に乗る童顔。髪もおかっぱで、 少しそばかすの残る顔立ちは女学生の様だった。 東京駅で待ち合わせた時も、社員証と大きなカメラを見なければ、今回の旅に同行する 記者だとは信じられなかったかもしれない。 「そうね、カンナとは一番付き合いが長いから…。でも他の子達もこんな感じですよ」 「そうですよねぇ、皆さん本当に仲が良いんですよね。でも、マリアさんとカンナさんか らは、大人の友情ってのが感じられるんですよ」 ファインダーから顔を上げて微笑む彼女は、その童顔に拍車をかけるように幼く見えて しまう。先に話を聞いていなければ、彼女が私達より年上とは思えなかった。 東京から熱海までの汽車の中でも、終始この調子だった。生来のものなのか、クルクル と変わる彼女の表情を見ていると、初めて会ったというのに、苦笑しながらも心を開いて いる自分に気付く。 カンナなどは早くも意気投合し、彼女の前でポーズを取ってみせたりしていた。 「ところで、今日は何処を廻るのですか?」 胸元から手帳を取り出し、スケジュールを確認する彼女。 「ハイっ!今日は、始めにカンナさんのリクエストで清水の梅陰寺に行きます。その後は 当初の予定通り、三保にある羽衣の松に…」 彼女の元気の良い声を聞きながら、驚いて横に坐るカンナに振りかえる。 「カンナ、貴方いつの間にリクエストなんて…」 カンナは少し照れたように頭を掻きながら、上目使いで私を覗き込む。 「へへっ…。清水って聞いて、どうしても行きたい場所があったんで、電話でお願いした んだ…」 「はぁ、しょうがないわね…。こんな所はマメなんだから…」 悪戯が見つかった子供の様な表情のカンナと、手帳を持ちながら満面の笑みを浮かべる 彼女を見ていると、これ以上何も言えなくなってしまう。 苦笑混じりに軽く肩を上げ、了解の意思表示を出すと、カンナが飛びついてきた。 「やっぱ、マリア!話がわかるぜっ!」 「カっ、カンナ。車の中では静かにしなさい!」 チャンスとばかりにシャッターを切る彼女を気にしながらも、抱き着いてくるカンナを 引き剥がすが、狭い車内の為上手く行かない。 徐々に強くなる潮の香りに、海が近づいている事を感じる。そんな中、蒸気タクシーは 賑やかに目的地に向かって進んで行く。 「でも以外ね、カンナが清水の次郎長の墓参りだなんて…」 吹きつける潮風に舞う金糸の様な髪を押さえながら、マリアが口を開く。 「いや、ヤクザが好きってわけじゃないけれど、晩年を郷土の為に捧げたっていう志を意 気に感じるっていうか…」 自分で言葉にしながらも、照れで頬が赤くなるのが判る。 梅陰寺から車で十数分、夕刻を迎えた天女の羽衣で有名な三保の松原は、遊泳禁止区域 の為か人も疎らだった。 「アタイも帝都が本当に平和になった後はって、考える時があるんだ…」 あの女性記者は「富士山と松原を背景に入れて…」と言いながら、かなり遠方からシャ ッターを切っているので、話を聞かれる心配は無い。 「沖縄に帰るって事…?」 マリアは驚いた様子も無く、自分の故郷を口にする。 「うーん、今すぐってわけじゃあ無くて、次郎長みたいに晩年って事だぜ」 自分で自分を安心させるように、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。 「それに、今は帝都を守る事に生きがいを感じてるし、舞台の方も最近は面白いなって思 ってるんだ」 そんなアタイの様子を見つめながら、マリアは優しく微笑みながら口を開いた。 「そうね…、何時かは考える時が来るのでしょうね…」 「例えば、すみれの奴だって良いトコのお嬢なんだ。何時までも女優を、華激団を続ける ってわけには行かないだろうしなぁ…。まぁ、アタイ以外はそうなんだよな」 「私・達でしょう?」 自分の肩口を軽く突つきながら、マリアが訂正を入れる。 普段は反目する事が多い自分とすみれだが、だからこそ判る事も多いのだ。すみれが相 当の葛藤を心の中に秘めている事も…。 「ねえ、カンナ。先程記者の方が言った事を憶えている?」 「ああっ、羽衣伝説ってヤツだろ…」 昔、松原の美しさに魅せられた天女が水浴びをしようと舞い降りた。 そこへ通りかかった漁師の若者が、水浴びをする天女を見かけてしまう。 一目で天女に惚れてしまった若者は、松の枝に掛かっていた天女の羽衣を隠してしまう。 羽衣が無くなり、天界に帰れなくなった天女は、若者の妻となり地上で暮らす事になる。 そして、数年後…。夫となった若者が、自分の羽衣を隠した事を知る天女。 夫に懇願し、羽衣を返してもらい天界に帰ってゆく天女。 何処にでもある、ありふれた昔話…。 梅陰寺から松原まで向かう途中、女性記者が簡単に天女の羽衣伝説を説明してくれた事 を思い出す。 「あの記者さんは、私達を現代の天女に見立てて、天女伝説のあるこの地と交えて記事に したいって言っていたけれど…」 「マリアはともかく、アタイが天女って言ってもねぇ」 自分が羽衣を纏っている姿を想像して、思わず苦笑してしまう。 「姿や形では無く、ここの天女の話には通ずるものがあると思うの」 真摯な表情のマリアに気が付き、苦笑いを引っ込める。 「でもアタイ達は、羽衣が無くて帰れないって訳じゃあ無いぜ?」 「そう…、私達は帰れない天女ではなくて、帰らない天女なのだと思うの…」 「帰らない天女?」 マリアの話の真意が判らず、鸚鵡返しに聞き返す。 「私達は大切なものが無いから帰れないのではなくて、大切なものを手に入れてしまった から帰れない…。そして、帰らなければいけない時、私達は何を想い、胸に秘めて帰って いくのかしら…」 マリアは語り終えると、そのまま眼前に広がる海原に目を移した。 「ねえ、カンナ。天女は何を想いながら帰っていったのかしら?」 アタイもそのまま海原に目をやりながらマリアの問いに答える。 「さぁね。アタイは天女さまってガラじゃ無いから判らないけど…。でもアタイ達の想い は判ってるぜ…」 夕日に染められた水平線に浮かぶ大神や花組の面々、そして天女の微笑みを浮かべるあ やめの姿も見えた。自然と自分の表情も柔らかくなるのが判る。 ふと横を見ると、マリアも爽やかな笑顔で前を見ている。 『きっと、同じだよな…』 お互いに声も無く、前を見つめている。夕刻の優しい潮風が二人の想いを運ぶように吹 き抜けていく。 この想いがきっと届くよう、風に祈りを乗せて…。 マリア達が一泊二日の取材旅行から帰って、数週間後…。 サロンで午後のティータイムを楽しむ花組の元へ、マリアとカンナ宛の小包が届けられ た。 宛名を見ると、あの女性記者の名前が記されている。 「おっ!アタイ達宛かぁ、こりゃあこの前の旅行の記事か…」 カンナが小包の封を開け、中から真新しい雑誌を取り出す。同封されていたらしい手紙 をマリアへ渡すと、早速ページを捲るカンナ。 「ねーねーっ、アイリスにも見せてよ〜」 「どんな感じに仕上がっとんのや?」 「私も私も…」 カンナの持つ雑誌に群がる花組の面々達。 「私の時は、海外取材でなくっては…」 憎まれ口を叩くすみれも、扇子の奥から横目で覗き込んでいる。 そんな様子に苦笑いを浮かべながら、マリアは封筒の中身を取り出す。 ─ 先日は大変お世話になりました。 おかげさまで、素晴らしい記事を書く事ができました。 書店に並ぶ前に、出来上がった雑誌を送らせて頂きます。 追伸 この写真は記事には使いませんでした。いや、使えませんでした。 写っているお二人の笑顔は、特別な想いが込められているような気がしましたので…。 マリアさんとカンナさんの為に、二枚だけ焼き増しました。 よろしければ、記念にどうぞ……。─ 最後まで読み終えたマリアは、封筒の奥に入っていた写真を取り出す。 あの松原で、望遠レンズを使ったのだろう。 夕日の燃える様な橙色を背に、微笑んでいる二人…。 マリアはそっと手紙と写真をジャケットの胸ポケットにしまい、少し温くなった紅茶を 口にしながら、目の前のカンナ達を優しく見つめる。 『想いはきっと…。ねっ、カンナ……』 ─FIN─ 後書き 111Hit リクエスト作品、「マリアとカンナのほのぼの系」です。 「ほのぼの」しているかは判りませんが…(汗) 作中の「梅陰寺」にある清水の次郎長のお墓や羽衣伝説のある松原も静岡県清水市に実存 します。




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