マリアさん七変化? その一





「危ないっ!!」 咄嗟に叫んでから、横を摺り抜ける銃弾に臆する事無く、目の前の男性に体当たりする。 成人男性にしては華奢な身体は、マリアの体当たりに吹飛ばされる。 目測を誤ったのか、男の体重が思いの外軽かった為か、男の身体は樫の手摺を越えて踊 り場から落下していく。 「わあっ!」 声の方も上ずった高い声だった。 一方マリアの方も、体当たりの勢いを殺しきれずに、男の後を追って踊り場から飛び出 した。 かなりの高さを感じて、マリアは覚悟を決めた。 『この格好のまま死にたくはないわね…』 マリアさん七変化? その一 Maid in ヨコハマ Written by G7 「これを着ろというの…?私に…」 マリアが手に持っているのは、白いレースが襟元と袖口にあしらわれた濃藍のブラウスと 同色の膝丈のスカートだった。足元にはレースの付いたカチューシャと折りたたまれた純 白のエプロン…。 「そうですわ、我が神崎家オリジナルのメイド服ですわ」 扇子を口に当てながら、すみれが胸を張って言い放つ。 「………」 メイド服を持ったまま、咄嗟に言葉が出ないマリア。 「マリアだったら似合うと思うよぉ〜」 既にメイド服に身を包んだアイリスが、マリアを見上げる。その姿はフランス人形の様 に愛らしく、本人も気に入っている様子だった。 「私もカンナの様な…、きゃっ!」 「よっ!マリア。腹ぁ括っちまいなよ」 最後まで喋り終えない間に、背後からカンナに抱きしめられ、可愛らしい声を上げてし まう。 カンナは黒の三つ揃えに身を包み、生来の精悍な雰囲気も加わり、さながらジゴロかマ フィアといった姿になっている。 「ダーメっ!あたいは隊長とすみれの従兄弟の身辺警護、マリア達は給仕に紛れて護衛す るって決まっただろう?」 「でもっ…」 カンナの説得に押されながらも、今一つ決断できない…。警護が問題ではない。この服 が…、この格好を帝劇の仲間に、大神に見られる事が一番の問題なのだ。 普段の生活でもこの類の服装は持っていない。華劇団として舞台に上がる時でさえ、男 役が多い為にスカートなどは身に付けた事が無いのだ…。 マリアとて興味が無い訳では無い。何度か大神とデートした際も洒落てはいたが、女性 らしい服装とは言い難かった気がする。 大神は、「見てくれではない、マリアの内面から好きになったのだから…」と服装に関し て特に興味が無い様だったので、その言葉に甘えてしまっていた。 以前、衣装部屋でさくらのクレモンティーヌの衣装を、鏡にあてていた所を大神に見ら れた時があった。実際に着ていた訳でもないのに、あの時の恥ずかしさを思い出すと、ど うしても袖を通す気になれなかった…。 「マリアさん…。大丈夫、絶対似合いますって」 そう言ってくれるさくらにしても、瞳の奥に好奇心の輝きが見て取れた。 「本当に、この服装でなければ駄目…?」 縋るような気持でメンバー達に問い掛けてみる。 「そうですわっ!」 ここまで嫌がられると、違う意味でも後には引かないすみれだった。 ─コンコン─ 「大神だけど、衣装合わせは終わったかい?できれば明日の打ち合わせがしたいんだが」 控えめなノックの後に大神の声が聞えた。 「たっ隊長!」 大神の声に狼狽し、手に持っていたメイド服を隠そうと右往左往するマリア。 「隊長、いいぜ。入ってきなよ」 マリアの様子を面白そうに眺めていたカンナが入室の許可を出す。 「ほうっ…」 部屋に入るなり、隊員達の姿に感嘆の吐息を漏らす大神。 各々も大神の驚いた様子に、満足気に微笑んでいる。 ただ、マリアの慌てる様子を確認すると、小さく笑みを浮かべながら大神は声を掛けた。 「マリアはまだ着替えていなかったんだ。まぁ、明日のお楽しみって事にしとこう」 大神の言葉に狼狽の度合いを増すマリア…。 「隊長っ!明日のお楽しみって…!」 先程まで、ほんのりと染まっていた顔は真っ赤になっている。 「取り敢えず、打ち合わせを始めようか…」 マリアを落着かせるように、優しく彼女の両肩に手を置く大神。 不思議なもので、あれほど慌てていた自分の心が、波が引くように落ちついていくのが 感じられた。先程とは違った意味で顔が赤くなるのを自覚しながら、マリアはゆっくりと 腰を落した。 「要は、すみれの従兄弟にあたる男のお見合いパーティーで、邪魔をしようっていう昔の 女から、その従兄弟を護衛すればいいんだろう」 カンナの要約に、車座に並んでいるメンバー達も肯く。 今回の騒動の発端は、すみれの実家である神崎家の分家にあたる家の長男の帰国に端を 発する。 分家とはいえ、政財界を通じてもその力はかなりのものらしい。その分家の長男がこの 度、留学を終えイタリアから帰国する。 分家としても、そろそろ身を固めて欲しいらしく、帰国祝いを兼ねて横浜で「大お見合い パーティー」を開催するらしい。とはいっても完全な出来レースであり、結婚する相手はとう に両親が選んでいるらしい。一応は本人の自由意志を尊重してということでの名目上の「お 見合い」でしかない。 それだけだったら、貴族や旧家の間では日常的な事だった。しかし、その長男が留学先 のイタリアで付き合っている女性がいた…。 当然の事、分家としては裏で手を廻して、女に身を引かせようとした。相当な金額も動 いたらしい。 普通であれば、ありがちな悲恋話で終わってしまうだろう。只、その女性がシシリア・マ フィア一家の生まれであり、しかもその才覚を認められ、一家の首領になっていなければ …。 「イターリアのマフィアは恐いですネー」 イタリアの出身である織姫はある程度の内情は知っているのだろう。 「まぁ、何人かの下っ端が、嫌がらせや妨害をしに入り込むだろう。そいつらを摘まみ出 してしまえば、お終いだと思う」 本来ならば、華激団の出る事では無いのだが、色々と助けてもらっている神崎家からの 正式な依頼という事もあり、危険性も少ないという事でもあって米田も重い腰を上げざる 得なかった。 また、すみれも親族として出席しなければならないという事も花組出動の要因の一つだ った…。 「それでは、明日は本番だ。各人、手順通りに行動する様に…」 大神の言葉で打ち合わせが終了すると、再び騒がしくなる楽屋…。 『本当は、騒ぎが好きなだけじゃあないんだろうか…。逆に大事にならなければ良いんだ が…』 そう、大神の心配は何時も現実のものとなるのだ…。 「大神はん、こっちは異常無しや」 「異常は無しデース」 「此方レニ、異常無し」 耳に当てている小さな機械、紅蘭特製の通信機から次々と報告が入る。 自分自身もさり気なく周囲を見回すが、これといって不審な人物は見当たらなかった。 既にパーティが始まって数時間が経過している。あと1時間もすれば、お開きになるだ ろう。 『このまま無事に終わってくれれば…』 心の中で呟きながら、目の前でドレス姿の女性と談笑する護衛対象に目を移す。 年の頃は大神と同じくらいだろう。身長が高い分、ひょろっとした印象があるが、優し そうな青年だ…。 『イタリアに彼女を残して帰国してみれば、いきなり結婚かぁ…。まぁ、自分の我を押し 通すタイプには見えないが…』 どんな家に生まれてきたとはいえ、長男である以上は家を継がなくてはならない。日本 的な考え方だとは判っているものの、家・血筋というものを重んじる教育をする日本人と しては、その考えを無視することは出来ない。 かく言う大神自身も長男である。当然、愛を誓った女性もいる。職場上、性格的にも中々 に進展しない二人だが、何時かは自分達も直面するであろう問題である…。 「はぁ…」 そう考えると、目の前の男に僅かな同情を感じてしまう大神だった。 「どうしたんだよ、隊長?」 知らずの内に溜め息が漏れてしまったらしい。怪訝な顔をしたカンナが覗き込む様に顔 を近づける。 「いや、何でもない。後少しでパーティーも終わる、最後まで気を抜かない様にしよう」 「そうだなぁ、終わったら余った料理を包んでくれないかな?」 カンナは殆ど手を付けられる事の無い料理を眺めながら言った。 「お兄ちゃんっ!大変だよっ!」 受付に配置されたアイリスから突然の連絡が入った。 「隊長、一般人とは思われない人間達が大挙してやってくる」 同じく受け付けのレニからも連絡が入る。 「レニっ、アイリス!手は出さずに、皆と合流しろ。そうしてマリアの指揮で行動するん だっ!」 「マリアっ!」 「はい、マリアです」 「お客さんのお出ましだ。マリアは給仕をしている隊員を集めて、指揮を執ってくれ。相 手が何もしなければ、手を出さなくていい。此方はカンナとすみれ君とで警護を固める。 くれぐれも、皆を暴走させない様に」 「了解しました」 短い返事の後、通信が切れる。 カンナに目配せすると、既にすみれを手招きして呼んでいるところだった。 「隊長、30人前後が其方に向かっています」 マリアからの報告に、思わず舌打ちしてしまう。 内輪のパーティーということもあって、神崎家からの警備は極少数しか派遣されていな かった。 大神が対応を思案している間に、広間のドアが大きな音と共に開け放たれた。 金色のイブニングドレスに身を包んだ、20代前半の女性。ドレスに負けない気の強そう な美しい顔に、それらを引き立てる豊かに靡く燃えるような赤毛。 そして後に控える、人相の悪い屈強な男達…。 『まさか、直接乗り込んでくるとは…』 余りに派手な登場に、大神も呆気に取られてしまう。 そうしている間にも、赤毛の女性は堂々とした足取りで此方に近づいてくる。 ホールの人々は、海が割れるように彼女に道を開ける。 「招待されていないお役様は…、ぎゃっ!」 意を決した護衛の一人が彼女の前に立ち塞がるが、片手一本で床に叩き付けられてしま った。 「おい、隊長…。あの女、相当出来るぜっ…」 耳元でカンナが呟く。 既に臨戦態勢に入って、腰を落して構えを取っているカンナを片手で制しながら、自分 自身の逸る気持を落着かせる。 「相手が手を出すまで、動くんじゃない…」 大神が言い終わるのを待たずに、女性の後ろにいた黒服達が一斉に前に躍り出る。 「カンナっ!すみれ君っ!」 叫びながらも、自分の目の前に向かってくる男を投げ飛ばす。 それを見ていた赤毛の女性が一気に間合いを詰める。 「しまったっ!」 黒服達は囮、本命はやはり彼女だったのだ…。 振り向いた時には、自らの恋人に拳銃を向ける彼女がいた。 「ふんっ!アンタの家庭の事情も判っている…。私も一家を棄てる事は出来ない…。一緒 になれないのは判っていたけれど、他の女に取られちまうのはどうしても許せないんだ…。 だったら、アンタを殺して私の心のだけのモノにしてあげる」 淡々と語る彼女の表情に迷いは無かった。透き通る程に澄んだ瞳で目の前の男を見つめ ている…。 誰も動けない…。この緊張した空間を支配しているのは、トリガーに掛けられた彼女の 指だけだ…。 『霊力を纏って盾になれば…』 大神が最後の賭けに出ようとした瞬間、二階から声が上がる。 「ふざけないでっ!」 広間の全員が声の方向に顔を向ける。 「マリア…?」 吹き抜けになっている二階のテラスに、メイド服姿の彼女が立っていた。 後ろには同じくメイド姿の花組のメンバー達。 「一緒になれないから殺すですって…。そんな一方的な想いは、本当の愛ではないわっ! たとえ寄り添う事が出来なくても…。諦めるのではなく、相手を信じ思い続ける…、それ が本当の愛の姿なのだからっ!」 マリアの独白に、後ろで肯く隊員達。 普段の冷静で、然もすれば己の感情も押し殺してしまう彼女とは別人のようだった。 顔を紅潮させ、自分の心情を吐露するようなマリアの言葉に対し、 「フンっ!アンタ達の愛情論なんてどうでも良いんだ。私は私の愛し方を貫くっ!」 彼女の指が引き金を引こうとした瞬間だった。 「そこっ!」 鋭い気迫と共にマリアのスカートが捲り上げられる。右足の太股に付けられたホルスタ ーから抜き放たれた、エンフィールドが正確に赤毛の女性の拳銃を弾き飛ばす。 残像として残る、マリアのなまめかしい白い脚を振り払いながら、大神は指示を出す。 「皆っ!今だっ!」 標的になっていた男性を二階へ逃がすと、他の隊員達も待ってましたとばかりに黒服達 に向かって行く。 「畜生っ!お前ら、出番だよっ!」 彼女の掛け声に黒服達も一斉に動き出す。 「アイリスに織姫君は一般人の避難を誘導するんだ」 「うんっ、判ったよお兄ちゃん」 「了解デース」 さくらとレニは何処から持ってきたのか、それぞれ箒とモップを刀と槍に見立て奮戦し ている。 すみれとカンナも息の合ったコンビネーションで相手を蹴散らしている。 「はぁ、神崎家のお見合いは呪われているのでしょうか?」 何時の間にか手にしている長刀の刃を返しながら、すみれが呟く。 「日頃の行いだろ?」 カンナも後ろから襲ってくる黒服を、裏券の一撃で沈ませながらすみれに答えている。 「みんなっ!無理はするな…。いや、極力穏便に…」 「任せときぃー」 ─ボン、ボンっ─ 大神の言葉に被る様に、モクモクと色鮮やかな煙幕が辺りを包み出す。 「紅蘭…」 向かってくる相手を躱しながら、がっくりと肩を落す大神…。 「マリアさん!後ろですっ!」 「ハッ!」 相手の拳を躱しながら、顔面に蹴りを叩き込む。 「ありがとう、さくら」 「あのっ…、マリアさん。その格好で蹴るのはどうかと…」 煙幕で視界が悪いながらも、さくらが頬を染めているのが判る。 「あっ…」 自分の格好を確認して、マリアも頬を染める。 「煙幕があって良かった…」 大神や他の人間に見られなかった事に安堵していると、煙の間からすみれの従兄弟が姿 を見せた。 「こちらから早く逃げてください!」 ヨロヨロと覚束ない足取りの従兄弟を、引っ張る様に奥に連れて行く。 「逃がさねぇ!」 回り込んでいた黒服が拳銃を向けるのが見えた。 『間に合わない!?』 手の中のエンフィールドには、もう弾が入っていない。打ち倒すには距離が遠すぎる…。 「危ないっ!」 躊躇する事無く、マリアは身体を前に投げ出した…。 「わあっ!」 頭上から聞える叫び声に顔を上げる大神。 煙幕で曇っているが、確かに人が落ちてくる。 「カンナっ!」 叫びながら、落下点まで全力で駆ける。僅か数歩の距離が縮まらない。 「よっ!」 なんとか間に合い助けた相手を確認すると、逃がした筈のすみれの従兄弟だった。 隣ではカンナがマリアを横抱きにしているのが見えた。 「ギリギリ、セーフ」 カンナが此方を見ながらおどけてみせる。 「ありがとう、カンナ…」 マリアの方も大丈夫らしい。 「良いって事よっ」 三つ揃えでキメたカンナとメイド服のマリア…。絵になる二人の姿に暫し見惚れてしま う。 「少尉さん?何時まで抱いていらっしゃるのです」 横に来ていたすみれの言葉に我に返る大神。 「大丈夫ですか…」 「ええっ…」 なんとか自分の足で立ち上がると、大神の問いに返事を返した。 「アンタっ!」 煙幕の為か、赤髪の女性が近くまで来ている事に気がつかなかった。 「まだヤル気か?」 カンナがマリアを抱いたまま、腰を落す。 大神もすみれも咄嗟に身構える。 「待ってくださいっ!」 大神達の間に割って入る、すみれの従兄弟。 「君も早まった真似は止めなさい。僕は…、僕は間違っていたのかもしれない…。家や世 間体なんかより、大切な事を忘れる所だった…」 そのまま彼女を抱きしめる。彼女の方も黙って彼の背中に腕を廻す。 余りに急激な展開に、一同呆然としてしまう。 「百万の言葉より、勇気を出した行動に勝るものは無しってヤツか…」 マリアを降ろしたカンナが、照れたように頭を掻く。 「貴方の場合は、言葉が少なすぎるのですわ」 「そうかもな…」 すみれの言葉にも怒る様子も無く、ただ目の前の二人を眺めている。 「隊長…」 「マリア…」 大神の隣に来たマリアの手をさり気なく握る。目を合わせる事は無かったが、優しく握 り返す彼女の返答に、お互いの想いが通じ合っている事を確認する。 他のメンバー達も此方に走ってくるのが見えた。 花組を前に、寄り添うようにしている男女。 「今回は御迷惑をお掛けしました…。両家の問題も残っていますが…」 「問題なんて、直に解決するわっ!私に子種をバンバン仕込んで、沢山子供を産んで両家 の跡取りにすれば良いのだから」 そう言って、引き寄せる様に抱きしめるマフィアの女首領。 一同がドッと笑いに包まれる。 「ふうっ、これで一件落着か…。今回はマリアの活躍に救われたな、名台詞だったよ。可 愛い格好のマリアも見られたし…」 和やかな雰囲気の中、大きく息を吐く大神。 「隊長…、からかわないでください」 抗議するマリアの口調も厳しいものでは無かった。 「大神さん!いつまで手を繋いでいるんですか!」 「任務終了、手を繋いでいる必要はないと思う…」 「もう煙幕は切れてるで、大神はん」 「ねーねー、お兄ちゃん。仕込むってなーに?」 「マリアさんの気持だけ聞いておいて、少尉の告白は聞いていませんわよ?」 「隊長!そろそろ覚悟決めたらどうだい?」 「ニッポンの男、ハッキリしない最低デース」 迫ってくる隊員達に思わず後ずさる大神、しかしマリアの手は放さない。 「よしっ!みんな、帝劇に帰ろうっ!」 マリアの手を引きながら、逃げる様に駆け出す大神。 「「「「「「「逃がしませんっ!」」」」」」」 一斉に大神の後を追う7人。 「隊長っ!?どうするんですか?」 大神に引かれるマリアの言葉は困惑しながらも、透き通った笑顔を大神に向けていた。 ─FIN─ 後書き マリアがマリアじゃ無い・・・(泣) もっと、煩悩爆発なモノになる予定だったのですが…。 説明が多いし、メイドなマリアさんが表現できていません…。 次回はもっと素敵なマリアを書ければと思います…。 マリアに着せて欲しいモノがあれば、リクエスト待っています。




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