それぞれの休日



Written by G7






5月の大型連休の後、再び訪れたある日曜日。場所は星見町ドリームパーク。 園内には初夏の柔らかい日差しが万面無く降り注いでいる。新緑に彩られた芝生の広場 には、連休の後という事もあってか人も疎らだ。 そんな中、一組のカップルが木陰の下で弁当を広げていた。 「こっ…このおむすび、とっても美味しいよ、愛ちゃん」 不格好な米の塊にしか見えないソレを、美味しそうに頬張る吉良国。 「そんな…。ただの梅干しおむすびなのに…」 気恥ずかしさなのか、自分の料理下手を恥じているのか、吉良国の言葉に愛子は頬を染 め俯いてしまう。 傍からみれば、いや本当に初々しいカップルである。ただ、彼らの正体が、このドリー ムランドの地下に本部を置く秘密組織「Gear」の隊員という事を除けばだが…。 「しっかし、吉良国さん、上手そうに食っているよなぁ、北斗」 「そうだね、銀河。やっぱり料理は愛情だって言うしね」 「アンタ達、何気に酷い事言っていない?」 二人の座る木陰から数十メートル離れた木の裏手で、様子を覗う三人組…。 秘密組織「Gear」の所有する、スーパーロボット「電童」と「凰牙」に選ばれた少年、 草薙 北斗と出雲 銀河。同組織の誇る天才少女スタッフ、エリス・ウィラメント。 現在この三人は、中々進展しない吉良国と愛子の仲にヤキモキしている「Gear」の職員 達の期待と興味を一身に背負い、秘密任務を遂行中である。 もちろん、二人の行動は逐一、外宇宙からやって来たスーパーコンピューター「メテオ」 を通じてブリッチに中継されている。 平和ここに極まれり…。 「でもよ、エリス。形も大切だと思うぜ…。あっ、次は玉子サンドを取ってくれよ」 銀河は手に持っていたサンドウィッチを一口に頬張り、顔は前方を監視したまま、隣に 座るエリスに手を伸ばす。 「でも吉良国さんって、何を食べても美味しそうに食べるんじゃないかな?あまり味とか 形とかに拘らなさそうだもんね。僕はツナサンドで…」 同じく、エリスに腕だけを伸ばす北斗。 「もうっ…。お行儀悪いわよ、二人共」 口では二人に注意を促すエリスだが、膝の上に乗せたバスケットから二人の注文の品を 取り出して渡してあげる。 「サンキュ。あと、鮭の入ったヤツ、俺の予約な」 「えっ、ずるいよ銀河。僕も狙っていたのに。それに、鮭じゃなくてスモークサーモン」 「いいじゃねえか、お前って細かい所を気にするよなぁ」 前ばかり見ている二人だが、しっかりとバスケットの中身はチェックしていた様だ。 「二人とも朝ご飯食べたんでしょう?それに、しっかり見張っていないと。い・ち・お・ う任務って事になっているんだから」 エリスもバスケットから、トマトサンドを取り出し、口に入れる。 我ながら良い出来だと思い、思わず顔が綻んだ。 「しょうがないだろ、エリスのサンドウィッチが美味いんだから」 「うん、母さんに負けない位に美味しいよ」 心の中を見透かされた様な二人の返答に頬が熱くなっていくのが判る。此方を見ていな いと判っていても、思わず顔を俯かせてしまう。 『銀河も判っていて、そんなセリフが吐けるほど気が利かないし。北斗も副司令…、お母 さんに比べられてもねぇ。やっぱり北斗って、少しマザコンの気があるのかしら…?』 そんな事を心内で思ってみても、顔が緩んでくるを止められないエリス。 何かと言いながらも、満更でも無い様子。乙女心は複雑である…。 そんな三人組みを他所に、木陰に座るカップルに動きが見られた。 「御馳走様、愛ちゃん。本当に美味かったよ、愛ちゃんの旦那さんになる人は幸せ者だな ぁ…」 一杯に膨らんだ腹を摩りながら、何気なく口に出す吉良国。 「えっ…。だっ、旦那さんなんて…」 普段の流暢なオペレーター業務が嘘の様に吃りまくる愛子。 吉良国は自分の言った言葉の意味も解らず、慌てる愛子を不思議そうに眺めているばか りだった。 天然恐るべし…。 「ふぁーあ、でもよぉ、あの二人って傍から見ていて、まだるっこしいよなぁ」 進展の無い二人の監視に飽きたのか、欠伸混じりに背中を伸ばしながら周りを見渡す銀 河。 いくら初々しいと言っても、小学生にこうまで言われてしまうカップルとは…。 「あっ…!!」 思わず大声を上げそうになり、自分で口を押さえる銀河。 「しーっ。どうしたんだよ、銀河。二人にばれちゃうだろ」 人差し指を唇に当て、注意を促す北斗。 銀河は口を押さえたまま、目線で二人に注意を促す。 エリスと北斗は、いぶかしみながら銀河の視線の先を追う。 「あっ!か、かぁ、むぐぅっ…」 言葉の途中で、後ろにいたエリスが北斗の口を慌てて塞ぐ。 「北斗、ばれちゃうでしょ!でも、あの二人ってこんな所で何しているのかしら?」 三人の視線の先、吉良国らから少し離れたベンチの影に潜んでいる二人組み。本来であ れば、それだけで十分に怪しいのだが…。 一人は腰まである金髪にベレー帽。さらに顔半分を覆い隠す仮面…。もう一人は、あか らさまに地球人に有るまじき水色の髪。怪しい異国風の衣装、更にその腰には物騒な刀を 差していた…。 言わずと知れた、秘密組織「Gear」の謎(?)の副司令べガとその兄アルテアである。 道 行く人々が奇異の視線を送る中、二人は気にした様子もなく前方のカップルを見つめてい る。 「か…母さん…」 現実を受け入れられずに、うろたえる北斗にどうしていいのか判らずにキョロキョロと 視線を動かす銀河。 「確かにアノ格好でも、アトラクションの出演者だと思えば、怪しくも無いの…かな?」 さすが天才少女、一人冷静に分析する。 「そろそろだろう、べガ…」 ベンチの影に蹲りながらも、堂々とした口調のアルテア。 「いえ兄上、あの二人の様子からすれば、進展には今暫らくの時間が…」 「そうか、これが地球人の逢い引きの間なのだな」 べガの返答に大仰に肯く。 地球人って言っても、アンタもそんなに文化レベルが違う訳でもなかろうに…。と思う 所ではあるが、心優しい妹が兄の為、異星の地に早く慣れる様にとの社会勉強なのだろう、 多分…。 「しかし、教本によれば、そろそろ二人に絡んでくる悪人が…」 懐から何やら本を取り出し、ページを捲りながらアルテアが呟く。 「そうです、兄上。そろそろ二人を邪魔する…。って兄上っ!教本って何ですか?」 思わずずり落ちそうになる仮面を押さえながら、べガがアルテアの手元を覗き込む。 荒廃した大地、逃げ惑う人々。追い回すのは異様に筋肉質の男達。時は西暦19××年…。 「って、北斗○拳ですかっ!?」 確かに、年齢的に言ったら世代なんですねぇべガさん…。 「ああ、電童のパイロットに借りたのだ。生きる上で大切な事が学べると…」 本の内容に肯きながら答えるアルテア。 「銀河君ね…。兄上、これは私から返しておきますので」 そう言って本を引っ手繰るべガ。 「そうか、強敵(とも)に宜しく伝えてくれ」 すっかり染まっているのですね、アルテアさん…。 周りに渦巻く混乱を気にもせず、「芝生の上で彼女の手作りランチ」を楽しんだ二人は、 次のアトラクションに進むべく立ち上がった。 「ほら、愛ちゃん」 立ち上がる愛子にさり気なく手を差し伸べる吉良国。 「アリガト…、吉良国さん」 頬を染めながらも、差し出された手を握る愛子…。 ぎこちないながらも、一番真っ当に青春(?)している二人である。 「おい2人共、動き出したぜ。しっかりしろ北斗、エリスもいつまで考えてるんだよ!」 動き出した2人を見て、慌てて北斗とエリスの肩を揺さ振る銀河。 「そうね、考えていても仕方が無いかも。あの方向はお化け屋敷ね、行きましょう2人共」 そう言って、まだ立ち直れない北斗の襟を掴んで引きずっていくエリス。 「おい、待ってくれよ」 慌てて追いかける銀河…。 彼らもまた、青春真っ只中なのであろう…? 「随分と薄暗いな、べガ」 温かい日差しの照らす外と違い、館内は少し強めに冷房を掛けてあるらしく肌寒い。 「そういうものなのです、兄上。お化け屋敷というものは…」 言い聞かせるような口調でアルテアに説明するべガ。しかし一歩先行くアルテアの服の 裾をさり気なく握っているのがいじらしい…。 機獣に対して生身で向かって行く無敵の副司令も、お化けは苦手らしい…。 「大丈夫だ、所詮は紛い物。何か有っても、私が守ってやる」 微妙に怖がっているのが判るのか、アルテアは優しい微笑みで、裾を握っているべガの 掌を握ってやる。 「兄上…」 幼い頃の感触を思い出したのか、僅かに頬を染め、憂いの含んだ表情でアルテアを見上 げるべガ…。 2人の世界を創っているべガ達に、先を行く吉良国達は既に眼中に無いらしい…。 「恐くはない?愛ちゃん」 「大丈夫…」 薄暗い闇の中で見上げる吉良国の顔。細かい表情までは判らないが、耳朶を伝わる声か らは、不器用ながらも彼の優しさが感じられた。 実際の所、愛子は周りの様子などは見てはいなかった。ただ、お互いの指先が触れそう で触れない微妙な距離に全神経を集中させていたから…。 愛子とて吉良国の事を憎からず思っている。いや、好きだと思う…。 最前線で命を危険に曝し、子供達と共に戦う吉良国。 普段はその子供達の兄貴分として、何かと気を廻している吉良国。 そして、ふとした時に優しい笑みを自分に向けている吉良国…。 彼の様々の表情を見る度に、ドキドキと胸を高鳴らせる自分…。しかし職場の性格上、 顔を合わせる機会が多い分、逆に素直になれない自分がいる。 「チャンスなのかな…?」 「えっ何?」 自分の思考が思わず口に出てしまったのを吉良国に問い返され、慌てて返事をする。 「ううん、何でもない。今日は楽しみましょう!」 「おうっ!」 思いがけず2人して大声になってしまったが、後ろの方の客から聞えてくる悲鳴に掻き 消され、辺りに響く事は無かったようだ。 お化け屋敷に似合わない軽い足取りで、微妙な距離を保ったまま二人は先を進んだ…。 「ちょっと、銀河!そんな大声出さないでよ、暴れちゃうでしょう。北斗も何とか言って やってよ」 「そんな事言っても…。恐いモンはしょうが…、ギャーっ!!」 エリスの左腕にしがみ付きながら、悲鳴を上げまくる銀河。右を向けば、先程から前を 行く2人、べガとアルテアの仲睦ましい姿を見て壊れかけている北斗…。 「かぁさぁん〜。僕だって、僕だって…」 当初の吉良国達の監視という極秘任務は忘れ去られ、それぞれ別の事に気を取られて暗 い道を進む三人組…。 「はぁ〜っ」 思い切り深いため息を吐くエリス。 こうなると、微妙な三角関係どころではなく、子供を引率する幼稚園の先生の様だ。 『私だけでも、任務を遂行しなくちゃあ…』 心の中でそう思ってみても、震えながらしがみ付いてくる銀河や、ブツブツ言いながら も、叔父にジェラシーを燃やす北斗。しかし二人共、しっかりとエリスにしがみ付いてい る所を見ていると、幼い母性本能を擽られてしまう。 「しょうがないなぁ…」 不満気に呟きながらも、どこか優しげな表情のエリス。 やはり乙女心は複雑…なのか? 「そろそろではないのか?べガ」 「はい…。兄上」 アルテアの問いかけに、まだ回想の世界から抜け出ていないのか、ぼんやりとした返事 を返すべガ。 「この教本では、こういった暗がりの中、人形に混じって本物の死体などが…」 二度、片腕で衣装の袖から本を取り出し捲り出すアルテア。 「そうですね、兄上…。あの頃は暗がりから死体が…。って死体!?」 やっと現実に立ち戻ったのか、握っていた手を振り解き、アルテアの手にある本を奪い 取る。 「じっちゃんの名に賭けて…はぁ、『金○一少年の事件簿』ですか…。今度は誰に借りた のですか兄上…」 「いや、北斗が貸してくれたのだが…」 「いいですか、兄上。この本に書いてある様な事件はそうそう起こりません!起こっても 困りますっ!」 アルテアの前方に回り込み、眼前に人差し指を出して注意するべガ。 「そうなのか、結構気に入っていたのだが…。私ならば、アルクトスの名に賭けてといっ たところで…」 「もうっ!それは良いのです!帰ったら北斗によく言っておきますので。全く兄上は染ま り易いのですから…」 北斗の単行本を握り締め、一人ブツブツと言っているべガ。 「べガ…」 「兄上っ!いい加減にっ!」 べガの剣幕に困った様に、アルテアは苦笑しながら先を見やる。 「先を急がなくて良いのか?2人は大分先に行ってしまったぞ」 「あっ!そうです、こんな所で立ち止まっていては」 そう言って、再びアルテアの手を握り、先頭を切って早足に歩き出すべガ。アルテアも 妹のそんな様子に苦笑しながらも、黙って後に続く。 多少変わってはいても、二人も仲の良い兄弟には違いが無いのであろう…? 眼前に広がる夕日に染まった星見町。全てを黄金色に覆うその巨大な姿は、見るものに 感動と自然への畏怖を感じさせる。 そんな景色を一望できる人気のアトラクション、近県でも最大の規模を誇る大観覧車。 それぞれの思惑を乗せ、ゆっくりとその巨体を回転させていく。 「綺麗ね…」 「うん…」 向かい合いながら、吉良国と愛子は向かい合ってゴンドラから外の景色を眺めていた。 お互いに交わす言葉は無くとも、それはデートのスタート時のぎこちなさから来る物では なく、お互いにお互いを理解する事からくる沈黙だった。 窓から外を眺める愛子。ゴンドラの中にも柔らかな夕日が差しこんでくる。 『本当に綺麗だな、愛ちゃん…』 口に出してこそ言わないものの、先程から外の景色より愛子ばかりを見てしまう自分。 外の景色も確かに美しいのだが、愛子の方がより美しいと思ってしまう。 自分の気持ちには当に気付いてはいた。そう、ずっと前から目の前の女性に好意を寄せ ていた事を…。 今なら口を開けば、素直に自分の気持ちを伝えられそうな気がする。しかし、数秒考え てから、声を掛ける事無く、吉良国はそのまま愛子を眺めていた…。 『そろそろなの?吉良国さん…』 愛子は外に目をやりながらも、吉良国の視線を感じていた。 お互いに、後はきっかけだけだと思う。やはり女としては、最初は男性の方から告白し て欲しいと思う。 一瞬、吉良国が何か言おうと、顔を上げたのが判った。 こくっ… 次に来るであろう吉良国の言葉に身構え、思わず音を立てて喉を鳴らしてしまった。 しかしいつまで経っても、吉良国からの言葉は無い。相変らず優しい視線を投げかけて くるだけだった。 お互いに、自然と目が合う…。口に出す言葉も無く、ただ笑みを交わす2人…。 「「少しずつ、進んで行こう…」」 心の中で呟いた言葉が、お互いに同じだった事を2人は知らないまま、ゴンドラは二人 を運んでいく。 「べガ…」 「何です、兄上…」 アルテアの問い掛けに、刺のある口調で返答するべガ。 「ゴンドラに乗っては、二人を見る事が出来ないのでは…?」 「仕方が無いでしょう、お化け屋敷から二人を見失ってしまったのですから。此処からで したら、園内が一望できますから…、一緒に探してください」 語尾を強調しながら、窓から園内に目を走らすべガ。 アルテアも同じように窓の外に目を向ける。 「見てみろべガ…、綺麗な夕日だな。教本によれば、夕日が差し込むゴンドラで二人は見 詰め合い、徐々に接近してくお互いの距離…、そして二人は…」 「もうっ!!教本は結構です!それに、見詰め合って、キスなんて…、また間違った知識 を…。って?」 言いかけて途中で自分の台詞に詰まってしまうべガ。 「そうです…。当たっています…」 アルテアの手元を見ると、電話帳程の厚みをもつ漫画雑誌が開かれていた。 「エリスちゃんですね…。初めから、それを参考にして頂いていれば…」 疲れた様に深いため息を吐く。 納得の様子のべガさんだが、少女漫画に二十歳を越えたカップルをなぞらせるのはどう かと思うが…。 「下ではなく、景色を見てみろ」 視線はそのままで、アルテアが声を掛ける。 「綺麗…」 黄金色に揺らめく夕日の姿に言葉を失うべガ…。 「アルクトスに劣らぬ、美しい星なのだな、地球は…」 「はい…」 互いに懐かしい故郷の星の思い出を重ねあわせているのだろうか、心地よい静寂の中、 ゴンドラは廻って行く……。 「はぁ…」 ゴンドラの席に浅く腰を下ろしたまま、深いため息を吐く。目の前では、疲れきった様 子の銀河と北斗が同じ様な姿勢でへたり込んでいた。 「そんなため息を吐くなよ…。俺達だって悪かったって、思っているんだから。なぁ、北 斗?」 「うん…、僕も少し動転しちゃったし…。ゴメン、エリス…」 お互いに申し合わせたかのように、目の前で手を合わせ、頭を下げる二人。 余りにシンクロしている二人の行動に、可笑しくなってしまい声を漏らす。 「フフッ…。もう良いわよ、元々デートの覗き見なんて好きじゃないし……ねっ。諺でも 有るじゃない、人の恋路を邪魔する者は…って」 「ユニコーンに蹴られてってヤツだろ?」 「銀河…、馬だよウ・マ」 何時もの調子に戻った三人。ゴンドラの中に笑い声が広がる。 「見ろよっ!スッゲぇ夕日だぜ!」 銀河の声につられて、窓の外を見る二人。 目の前に広がる光景に暫し言葉を失う三人。 「綺麗ね…」 「うん、これが僕らの守った地球なんだ…」 「おうっ!これからも、俺達が守っていく地球だ…」 再び静寂に包まれるゴンドラ。 思い出したように、笑顔のエリスが二人に振り向いて言う。 「また来ようね、三人で」 北斗も銀河も満面の笑みで、それに答えた。 「もちろん!今度は僕達だけの目的で」 「絶対になっ!!」 FIN




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